宛て名のないファックスによる告別式案内
今岡寿子(享年85才) 葬儀日程 1.密葬式とする 2.葬儀場 大本山 広達寺 瑞海殿 3.告別式 5月10日 後12時〜13時 4.山中火葬場 5.初七日の事(精進落とし) 同上瑞海殿 5月10日後15時〜
同上日程にて取り行いますので宜しくお願い申し上げます。なお密葬式にて、御供花、御香典等は固く御辞退申し上げます。 喪主 今岡多市 長男 今岡福吉 やがて上記のような宛て先を書いていないファックスが二人の姉稔子と淑子の元へ送りつけられた。最初の訃報と比べればましな文章であるが、宛書きが入っていない。ということは告別式に出て貰いたい人達には宛書きを個別にしてファックスしたのであろうが、二人の姉に対しては淑子の抗議に驚いて慌てて原稿として残っていた文章に宛書きもせずに慌てて送りつけてきたのであろう。ましてや電話は一切ないので二人の姉は父からも弟からも肉声を聞いていない。
二人の姉は密かに般若心経を唱えながら、告別式の時刻に姉の家で一緒に母親の冥福を心から祈った。
疑惑
稔子も淑子もこの文面のあいまいな表現に疑問を持った。「呼吸停止」したら死ぬのは当たり前のことである。専門用語でいえば呼吸不全というのではないだろうか。また弟が姉達に対して「連絡だけは知らせる」という言葉の用法の間違い、無礼な表現方法とその含む意味である。 最初に浮かぶ疑念は呼吸停止といえば首をくくって自殺か或いは締め殺ろされたかと考えるのが普通だ。死に方が異常だったから密葬にしたのではないか。 連絡だけは知らせるというのは「母寿子の死を知らなかったとは言わせないぞ」という言外に含む脅しである。本心は二人の姉に出席して欲しくない事情があるのではないか。 淑子は性格が父親譲りで勝気である。早速父親に電話した。自宅に何回電話しても誰もでないので、国光病院へかけた。暫く待たされてやっと父がでた。開口一番父の発した言葉は 「淑子よ、財産は全然残っていないよ」であった。
淑子は唖然としたが、疑念をぶっつけた。 「お父さん何故母が生きているうちに知らせて下さらなかったの。」 「6年も出入りしていないで何を言うか」 「出入り出来ない状況を作ったのは誰なのよ。お父さんが自分で呼んで集めた二人の姉達を目の前で殴った弟に対して父親としてけじめをつけさせることができないからでしょう。家長として長男に謝らせるのが当然でしょう。稔子姉さんなんかは尾てい骨骨折で2カ月も治療にかかったのよ。」 「そんなことがあったっけな。年だから忘れた」 「いつもそう言って逃げるから示しがつかないのよ。いくら田舎に寄付してもあなたのやっていることは偽善行為で世間体を繕うだけなのよ。」 「親に向かって何を言う」 「事実を言っているだけですよ。それに今朝、福吉がファックスで送りつけてきた無礼な訃報をみましたか。あれは告別式には出席してくれるなという意味ですか」 「俺は知らせるように指示したが原稿は読んでいないから判らない」 「あなたの妻が亡くなったのでしょう。それを娘に肉声で知らせるのがあなたの務めでしょう。それを欲ぼけした馬鹿な福吉にまかせるからですよ」 「・・・・・・」 「何か言ったらどうですか。」 ガチャンと一方的に電話が切られた。
悲しき弔い
今日家族だけの密葬による今岡寿子の告別式がK市の大本山広達寺でしめやかに取り行われた。密葬というだけあって参列者は僅か17人の寂しい告別式であった。告別式も終わり瑞海殿で行われた初七日の法要に集まった親戚縁者は故人の三人の子供の中、長女と次女が揃って出席していないことを不審に思った。
「児島稔子殿 TELXXX-XXXXX FAXXX-XXXXX 豊岡淑子殿 5月9日 朝5時33分 母 今岡寿子呼吸停止により国光病院にて死去す。 葬儀は家族にて密葬とする。 連絡だけは知らせる。 長男 今岡福吉 」
このような無礼な死亡通知が二人の姉にファックスで送りつけられていたとは誰もしらない。
拝啓 木々の緑が鮮やかに目に映える時節となりました。 私儀、五月二十一日還暦を迎え、○○年間勤務した☆☆株式会社をかねてからの希望通り、定年退職し第二の人生へ船出することになりました。在職中公私にわたり御指導を頂き且つお世話になりましたことに対し深く感謝し厚く御礼申し上げます。
お蔭様で二人の娘達も嫁ぎ、それぞれに愛情豊かな家庭生活を営んでおりますし、私達夫婦とも目下健康体なので、後顧の憂いなく年金生活を迎えることのできる幸せを感謝しております。
これからはこれまでに社会から受けた恩恵や皆様から戴いた御恩に感謝しながら、多少なりとも社会のお役に立てるよう、ボランティア活動等にも積極的に取り組んでみたいと考えております。今後は趣味の方面にもかなりの時間が割けそうなので、生活を楽しみながら心豊かな人生が全う出来ればいいがなあと願っております。
最後に皆様の御活躍を祈念しますと共に、今後とも従前にも増した御厚誼の程をお願い申し上げます。 敬具 ・還暦の送別会や五月晴れ 平成九年五月吉日 楽しきかな我が人生 都窪 勇 この挨拶状を投函した時、私は名実共に自由人になったことを実感した。その足でこの日以降一年間だけ住まいしようと予て用意しておいた京都市内中央部にあるマンションへ妻と一緒に向かった。京都で過ごした大学時代に廻りきれなかった史蹟を探訪し、見学出来なかった四季折々の祭りや行事を堪能するためである。健康の為、地図を片手に一日最低一万歩以上歩くことを日課としているので乗り物は市バスと地下鉄以外は殆ど利用しない。スニ−カ−を2足履き潰した程である。訪ねる先々で興趣が湧けば俳句をひねりスケッチ・ブックには下手な水彩画を蓄えた。
京都を足場として熊野古道を歩いたり、テレビドラマ甘辛シャンを見れば丹波篠山へ行ってみたりと近畿各地の観光名所を渉漁するのも楽しいものであった。
その一方で月に二回横浜の鶴見川で催される大学時代のボ−ト部の「OBが漕ぐ会」の練習にも駆けつけてはエイトで汗を流した。約一時間半の激しい運動の後、ビァービレッジで旧友達とジョッキを傾けながら対東大OB戦に関する作戦を語り合ったり、久しく途絶えている琵琶湖周航を復活させる企画の打ち合わせをしたりするのも楽しい一時であった。こうしたとりとめのない談笑の中から夢のような話が飛び出すことがある。それは、英国のテームズ川で行われるヘンリーレガッタにOBクルーを編成して参加しようとか大学後輩の学生諸君が冬場の練習も兼ねて遠征するハワイアンレガッタにOBも応援に駆けつけ、出来ればOBクルーとしてレースに参加しようというものであった。ところがこれが実現したのである。
平成9年暮れの12月24日から新年一月五日まで学生クルー15人とOBクルー14名がハワイへ遠征し、大晦日と正月三日間にかけてアラワイ運河で行われたロイヤル・ハワイアン・ローイング・チャレンジのレースに参加した。 四日間で十レースに挑戦し、善戦虚しく一勝九敗の結果に終わったのであるが、還暦前後のOB達が体力消耗の激しいレースを誰一人故障することなく漕ぎ切って、爽快な達成感を味わい全員無事帰国したことは一種の奇跡であると言えよう。
今後は毎月一回ずつ十日間前後のツァーを選んで参加し、世界各国を歩く夫婦二人旅を、俳句手帳とスケッチブック片手にエンジョイしようと計画している。いくら喰っても一升半天下をとっても一畳半と喝破した政治家があったが全く同感である。楽しき我が人生に乾杯。 (了)
「わかりました。資料を提示して下さい。私の知っている限りの事実については喋りましょう」と勇は覚悟を決めて言った。
勇が驚いたことに提示される資料は全て営業費を捻出するために社長から指示されて比較的利益率の良い工事の原価に算入した架空の外注工事代ばかりであった。国家権力が権限を奮って組織的に動けば、民間の中小企業が小細工を弄してもとても太刀打出来るものではないと思った。
取り調べが終わり解放されたのは夜の12時を回っていた。社長と話ができたのはその時であった。 「社長、朝、一旦出社されたのにすぐ自宅へ帰られましたね、何か情報が入っていたのですか」と勇は朝からの疑問をやっと投げかけることができた。 「ワイフから電話があって、自宅の回りに見知らぬ男達が四、五人いて様子を窺っているというので、労災事故の補償問題にかこつけて暴力団でもきたのかと思って帰ったんだよ。そうするといきなり、国税の奴達が踏み込んできて、ここへ連れてこられて今までかかったということなんだ」 「そうだったんですか。私は少し考え過ぎたようです」と勇は疑問に思っていたことを口にした。 「裁判になるかもしれないから、税理士とよく相談しよう」 「そうですね。修正申告で済むように運動する必要があるでしょう」
勇は取り調べの際にいろいろと悩んだ心の葛藤を日記に次ぎのように書きつけた。 某月某日 我が最愛の家族に告ぐ。これは貴方がたの夫であり、父である都窪 勇が見知らぬ世界ヘ旅立つにあたっての訣別の手紙と思って読んで貰いたい。 父は人生の信条として、1)威張らない。2)嘘はつかない。3)人を侮らない。4)人を謗らない。5)人を貶めない。という五つの行動規範を心に抱いて、55年の人生を生きてきました。そして日常生活もそのように行おうと努力してきました。悲しいかな凡人の弱さでこれが全うできなくて思い悩んだことが幾度もありました。
人はそれぞれに価値観をもって生きていることでしょうから、どの価値観が正しいのかは神様しか判定できないことだと思います。
父は価値観の根底に二つのものを堅持してきました。その一つは、性善説です。二つめは価値相対主義です。
先ず性善説ですが、これは遠く孔子、孟子の時代から現代にいたるまでどちらが正しいのか結論の出ていない哲学上の永遠のテーマです。しかし、どちらが正しいか正しくないかは別問題として、人生を生きていく限り、真剣に人生の生き方を考えた人なら必ずぶつかった問題であろうと思います。父も若い頃この問題について友人達と議論しました。結論は出ません。結局は人それぞれの選択の問題に帰着するのです。父はこのテーマについて性善説を信奉することにしました。おそらく大学生の頃だと思います。それ以来性善説を信奉しています。
その二は価値相対主義です。これはドイツの法哲学者ラードブルフ先生が唱えられた説です。そもそもこの問題は人生もしくは世の中に究極価値というものがあるとすれば、それは絶対的なものだろうか、それとも相対的なものだろうかという素朴な疑問から発したものだと思いますが、よくよく考えてみれば、世の中によくある両者を足して二で割るという選択をなしにするとこのどちらかしかないのであります。
父がこのラードブルフの法哲学の中でもこの価値相対主義という思想に触れて感激したのは大学三年生のとき加藤新平教授の法哲学の講義を聞いてからです。
以上父の価値判断の基本原則について述べましたが、大学を卒業して以来今日に至るまで、父の挙措・言動は、すべて以上述べた原則にもとずいて行われていることが理解できるでしょう。世俗の俗物どもにいわせれば、やれ融通がきかないとか頭が固いとか営業センスがないとか言って批判します。しかし、それは人それぞれの見方ですから、謗られようと侮られようと、父は意にも介せず生きてきました。世俗の立身出世は出来ませんでしたが、心になんのやましいことなく生きてきました。人に後ろ指を指されるよう反社会的な行為も悪事もしたことなく、ひたすら愚直に生きてきました。
このことが父の誇れる唯一のことです。よくきれいな空気だけ吸って生きられるものではないとか、世間を知らなすぎるとかいかにも世間の辛酸をなめつくしたような言い方をする人が身近にいますが、人生に対する或いは世間に対する態度が不遜に過ぎ、人格そのものがうす汚いと言わざるをえません。規範意識が乏しく倫理感の欠如した人問程、哀れな存在はないといえましょう。私腹を肥やす為に脱税行為を頻繁に行い、発覚すると激しい安値受注競争の中で仕事を確保していくために行った必要悪であり、それがあたかも正当な行為で、たまたまバレたのは運が悪かったのだくらいにしか捉えられない破廉恥な人が身近にいることはまことに悲しいことです。
「国はなにもしてくれない。困った時に国が助けてくれたことがあるか、自分で稼ぎ出した金を自分で使うのだから、自然犯とちがってなんら恥じることはない。誰でもどの会社でもやっていることではないか」とうそぶいて懲りるところが全然ないのは考えものです。
悪法でも国法であると言って敢然として毒杯をあおったソクラテスの故事もあるように、国民である限り、国法には従わなければならないのは明白なことです。これはすぐれてその人が堅持する価値観の問題であり、規範意識の問題に帰するでしょう。規範意識が欠如した社会はアナーキー以外のなにものでもないでしょう。
権力の頂点にいるものに規範意識がなく自ら、禁則を破っておいて、下の者にだけルールを守れと説いてもそれは通用しないというのが、社会の経験則でしょう。
あなた方がどのような価値観を持って生きていこうと自由ですが、反社会的な自分の良心に恥じる不道徳な行為だけは絶対にしないようお願いしたい。
今度の脱税事件はこれから裁判になるでしよう。この日記のこの文章は、父に万一のことがあった場合に、家族の者に読んで貰いたいと考えて認めた父からの訣別の手紙であると思って下さい。我が心中をよく読み取って欲しい。
この事件があった時、勇は5年後には定年退職事由に該当する還暦に達するので、義父である会長や義弟である2代目社長から慰留されても断固会社を辞めようと密かに決意した。
国税局の取り調べ室は四畳程の広さで机が向きあって置かれている。相対して座った担当官は藤村と名乗って今回の事件では勇の取り調べ担当になったと自己紹介をしてから取り調べが始まった。次々と外注工事代の計算書や領収書、振込依頼書の綴りの中から付箋を付けた箇所を開いては突きつけてくる。
「この佐藤、谷山、中山という署名のある領収書の印影とあんたの机の引出しに入れてあった判子の印影が一致するのはどういうことかね」 「ですから、何回も言うように、溶接免許の更新手続きのために預かった判子を返し忘れていたんですよ」 「それでは説明にならないだろう。佐藤、谷山、中山をここへ連れてくることができるかね」 「できますよ」 「佐藤、谷山、中山の所へは裏付けをとりに行かせているから後でわかるだろう。泣き面かくなよ」 「確かめて貰ったほうがこちらも嫌疑が晴れて助かりますよ」 「それでは、この振込依頼書の宛て先に書かれている丸山太一という人に会ったことがありますか。」 「会ったことはありません」 「そうだろう。架空の人間だから会える筈がないよね。この丸山太一の住所の番地には公衆便所が建っているんだ。証拠はあがっているんだ。そろそろ架空取引だったことを認めたらどうだ」
「私は経理マンだから、現場の担当が検印をして請求書を廻してくれぽ金を払い工事番号毎に収支の計算はしているのだから、当然原価性があるかどうかのチェックをしているわけだし、実行予算との対比もしているんだから、架空の工事代が発生する余地はありませんよ。振込先の住所が実在しないといわれるけれども、この業界には事情があって住所を知られたくない人だって働いていますよ。そうゆう人達でなければこん汚くてきつい仕事をする人なんかいませんよ。日本経済の発展はそういう社会の底辺に蠢いている人達が支えているということを認識して欲しいもんですな」
勇は提示された丸山太一宛の振込依頼書をみて、よく調べているなと思いなら知らぬ存ぜぬで通すしかないと腹を決めて、苦しい答弁を繰り返していた。身にやましいところは一つもないので最後には真実を話すしかないのではないかと自問してみる。どの段階でどの程度かが難しい。頑強に否認を続けていても最後には認めざるを得なくなるのではないか。ロッキード事件、リクルート事件のことが思いだされる。最初は頑強に否認していた人達も最後には認めざるをえなくなっていくのがこの種の事件の今までの経緯である。どうせそうなら早い時期に事実は事実として認めたほうが今後の展開を考えた場合得策ではないかという思いがちらつく。新聞に派手に報道されては恥晒しになるし、営業活動上致命的なダメージをうけるであろう。会社を潰してしまっては元も子も無くなってしまうのではないか。囲碁の攻め合いの場面が髣髴と脳裏をよぎる。多少の尻尾は切り捨てても、本体が生き残るほうが勝負の上では勝ちに繋がるケースが多い。
ドアーがノックされて今日始めて見る捜査官が部屋へ入ってきて、向かい側に座っている藤村になにか耳打ちしている。 「都窪さん、社長が白状して架空外注費があることを認めたよ。あんたもよく頑張ったね。会社にもいろいろ事情があってやったことだろうし、社長の指示でやったことだからあなたの責任ではないよ。早く認めて楽になったら」と藤村は勝ち誇ったように優しい声色で言った。
外界との連絡を絶たれ情報が入ってこないと頭が錯乱する。今の藤村の言葉は罠なのではないか。勇を落とすためのテクニックとしてわざと伝令を寄越させてもっともらしさを装っているのではなかろうか。勇の悩みは続く。 「本当ですか。それで社長はなんと言っているんですか」 「工事会社では仕事を取るために発注先の担当者にいろいろ経費がかかるので、架空の外注工事代を計上してこれを裏金として営業費に使ったことはあると言っっている。詳しいことは経理担当のあなたに聞いてくれと言うことだ」 「社長と話をさせて下さい」 「まだ取り調べ中だからそれはできない。社長がそう言っているのだからあなたは真実さえ話せぱいいんだよ。それに社長は裏金を蓄えていた偽名の通帳と判子を全て貸し金庫から出してきて提出したよ」 勇は捜査官が言っているのは本当だろうかと一応疑ってはみるものの、事態がそこまですすんでいるのであれば、これ以上頑張ってみても意味がないのではないかと思ったりする。疑わしきは罰せずという鉄則がある。挙証責任は捜査側にあるのだから、自白調書がそのまま証拠に採用されることはないであろうが、事実を曲げて供述すると後でのっぴきならぬことになるのは目に見えている。
余計なことは言わないで事実だけを認める作戦でいくしかないと心を決めた。一生に一度か二度の重大な決断の時であった。命令を受けてやったことなので、首謀者ではないし、ましてや共犯でもない。例え兄弟であったとしても最後のところでは骨肉相争うことになるのが、人問の悲しい性ではないのか。源頼朝と義経、足利尊氏と直義、歴史にはいくらでも例がある。少なくとも自分の身だけは護り、人を誹らず、貶めずの方針で行くしかないと覚悟した。
待たしてあったタクシーで自宅まで帰ってくると既に自宅の中には四人の捜査員が会社に入ったと同じ時刻に乗り込んできて、書斎の机や本箱の中を引っかき廻していた。 「パパお帰りなさい。朝からこうなんですよ。会社の方も大変でしょう。連絡しても電話をかけさせて戴けないのよ。急病人でもでたときにはどうなるんでしょう。連絡できなくて死んでしまったりしたら責任をとっていただけるのかしら。人の命は弁償のしようがないと思いますけどね。それに由紀は受験中だというのに勉強もできないんですよ。入学試験に失敗して浪人でもするようなことになったらかわいそうだわ」と妻の田鶴子も家宅捜査でかなり、気分を壊したらしく捜査員に間こえよがしに皮肉を言って訴える。 「心配しなくてもいいよ。何も悪いことはしていないんだから。何もでてこない所をつつくよりも、住宅金融専門会社の不良債権にまつわる不正融資を徹底的にやってもらいたいものだね」と勇も鬱憤をぶっつけるが相手は反応を示さない。
勇は会社の方はどうなっているのか気にかかるところだが、電話はかけさせて貰えないし、取り次いでももらえないのでさっぱり状況が掴めない。 「都窪さん、この印影はみたことがありますか」と紙切れに押した「中山」「佐藤」という印影を勇の目先に突きつける。その印影は見たことがある。溶接工の免許証の期限を更新するために溶接工から預かって手続きをしたとき使った覚えがある。 「さあ、見たことはあるような気もしますが」と反応を窺ってみる。 「その判子は何処にありますか」 「本人が持っているでしょう」 「中山、谷山、佐藤という苗字はありふれたものだけど、この判子の持ち主はいますか」 「実在してますよ」 「何者ですか」 「溶接工ですよ」 「この判子を使って架空の外注費を引き出していたのではないかね」とその捜査官は勇が架空外注費を作りだして、会社の金を横領しているのではないかというような言い方をする。 「何を。失敬な。でたらめを言うとただでは済ませないぞ」 「この判子があなたの机の引出しから出てきたのは何故ですか」 「免許の更新手続きで預かったままになっているんですよ」と勇は答えたが内心これは大変なことになったと思った。迂闊だった。判子は本人に返しておくべきだった。
「先程までの調べでは、外注工事代の領収書は大半のものが銀行振込になっているから辿っていけば金の流れは判る。しかし幾つかの領収証にはこれと同じ印影が押されている。しかもその判子があなたの机の引出しからでてきた事実をどう説明してくれますか」 「それは、溶接工達は一人者が多く、昼間働いているので銀行ヘ金を下ろしに行く暇がないんですよ。だから、現金で払ってあげている。そのため領収書があるんですよ」 「なるほど、巧く考えたね、だけどこの程度の判子なら何処にでも売っているから簡単に手に人る筈だ。中山、佐藤、谷山という溶接工が実在するかどうかを確認してみなければあなたの容疑は晴れないね」勝ち誇ったようにその捜査官の態度は横柄になってくる。 「ほかにも、これに類したものがあるはずだ。押収した資料ももうそろそろ局の方へ届く頃だから局ヘ一緒に行ってもらってゆっくり説明を聞くことにしようじゃあないか」と捜査官は腕時計を見ながら言った。勇が時計を見ると既に正午ちかくなっていた
この頃には社長は代替わりして今村研一の長男今岡福吉が同族会社の事業を継承していた。
勇は先程、海野が人払いをするかの如く、勇を応接室にわざわざ呼び込んで「否認するなら最後まで否認して下さいよ」と言った意味をどのように理解すれぽよいか必死になって考えていた。
社長が朝、一旦出社したのに自宅からの電話で慌てて喪服を取りに帰ったことことの意味もよく判らない。確かに古参社員の父親の告別式が今日午後一時よりあるのは事実である。そのことは昨日通夜に出席しているのだから、喪服を忘れる筈がない。するとわざわざ喪服を取りに帰ったと言ったのは口実で、今日の査察についてなにか情報が入ったのでそれを確かめに帰宅したのではないか。政界や中央官庁には沢山の情報ルートを持っているから、ホットラインで何かをキャッチしたのではなかろうか。それが海野をして「否認なら最後まで否認してくださいよ」という一種の暗号として勇に謎をかけてきたのではないかという気がしてならないのである。社長と連絡をとりたい。そうすれば、海野が投げかげた「否認するなら最後まで否認してくださいよ」といった言葉の謎が解けるのではないか。
一つの解釈は庇理屈でもいいからとにかく事実関係を否認し通すことだそうすれば、政治力が働いて闇に葬り去られるという意味である。
もう一つの解釈は商売仇による投書があってこれが査察の端著となっている場である。この場合であれば内部に会社の機密を漏らした者がいることが予想されるから充分内部調査をしてから対処しなければならない。どの程度の情報が漏れているかを把握しなければならないから対処の仕方がむつかしくなる。その場合にはむしろ被害が少なくなるように事実関係を素直に認めて修正申告で済ませる方向で決着するよう工作する必要生じてくるだろう。そのためにも社長と早急に速絡をとりたかった。だがそれができないなら自分の判断で最善を選択するしかないなと考えていた。
「都窪さん。金庫を開けて下さい。それから清泉銀行に会社の貸し金庫が有るでしょうその鍵を出してください」と次席捜査員の韮山が勇の側を離れずに指図する。 「貸し金庫には何も入っていませんよ」 「開けて見れば判ることだからとにかく鍵を出しなさい」と次第に命令口調になってくるので、勇の胸の動悸はますます高まってきて、部屋の隅に置いてある金庫を開けようとするがダイヤルの番号を思い出せない。毎日、無意識にダイヤルを回して開けているのに今日は何度やっても金庫が開かない。 「気が動転してダイヤル番号を思い出すことが出来ないので、気を静めるために一服したいから喫煙室ヘ行かして欲しい」 「どうぞ」
勇は海野の言うように本当に各支店にも捜査員が入っているのか状況を把握したいと思って喫煙室の受話器をとると、 「都窪さん電話をかけてはいけません」とただちに、傍らにいる捜査員が待ったをかけるのでどうなっているのか状況が皆目判らない。外部から電話が掛かって呼び出し音がするとすかさず近くにいた若い捜査員が受話器を取り 「こちら今岡建設工業ですがいま取り込んでいますので三十分後に掛けなおして下さい。」と言ってガチヤンと切ってしまうのである。 「大切なお客さんからの電話かもしれないのにそんな応対の仕方はないでしょう。仕事がとんだらどうしてくれるんですか」と営業課の藤本が食ってかかると
「脱税をするような悪い会社なんだから仕事の一つ二つ飛んだって仕方がないだろう」と生意気な答え方をする。 「嫌疑をかけられただけで脱税していると決まってはいないだろう。裁判もしていないし、判決も出ていないのにひどいではないか。国家権力をかさにした横暴は許せないぞ」と藤本も負けてはいない。 「まあまあ、そんなに興奮しないで。工藤さん、相手の名前は聞いてあるんだろう。藤本さんに相手の名前を教えてあげなさい」と白髪頭の年配の捜査員がとりなしたの雰囲気はおさまったが藤本は憤懣やるかたない気持ちを顔に露に示して相手を睨みつけながら部屋を出て行った。 「金庫はまだ開きませんか」と勇に命令した韮山が催促をする。 「支店と連絡を取りたいのだが電話をかけさせて欲しい」 と勇は韮山に訴えた。
「まだ駄目です。何を連絡したいのですか」 「支店にも捜査が入っているのか確かめたいのです」 「支店のすべてと関係子会社全部に捜査員が入っています。全ての取引先銀行と社長と経理担当重役の自宅にもはいっています。先程話したように百人の捜査員が手分けして今言った所ヘ入っているのです。徹底的にやりますから早く真実を喋ったほうがいいですよ」 「社長は自宅にいるのですか」 「社長は自宅で捜査員に調べられていますよ」 「速絡をとらせてください」 「それは出来ません。早く金庫を開けて下さい。もし開けないのなら職権で金庫を壊しますよ。ダイヤル番号を忘れた振りをしても駄目ですよ。都窪さん。観念することですね。」と韮山は勇の魂胆を見透かした口ぶりである。 勇がダイヤルの番号を思い出して金庫を開けて貸し金庫の鍵を取り出すと韮山の指示をを受けた小鹿という捜査員が貸し金庫の置いてある銀行まで一緒に行って貸し金庫を開けてくれという。勇もこうなったら下手に逆らっても無駄だと思いはじめていた。
「貸し金庫には何も入ってませんよ」 「この目で確認しないと信用できない。捜査とはそういうものです。銀行まで遠いのですか」 「歩けば三十分ほどかかるでしょう」 「会社に車はありませんか」 「全部現場ヘ出ていますから、歩くしかないですね」と勇は少しでも時間稼ぎを試みるが捜査員もそこは見通しである。 「タクシーで行きましょう。公費で処理できますから都窪さんも一緒に乗って下さい」
清泉銀行に到着して、窓口で今岡建設工業だが貸し金庫を開けたいというと、態度がいつもと違ってよそよそしい。見ると既に別の捜査員が先に来ていて、いろいろ事情聴取されていたようである。早速貸し金庫を出して貰って合鍵であけるが中にには何も入っていない。 「それ、ご覧なさい。何も入っていないと言った通りでしょう。私は嘘と坊主の髷だけはゆったことがありませんよ」と勇は一つの関門を通り抜けたという安堵感に浸りながら言った。 「次は都窪さんの自宅まで御同行ねがいます」と会社から清泉銀行までついてきた子鹿捜査員が、金庫に何も入っていなかったのは理解しかねるといった顔付きで新たな指示をした。
▼国税局の査察 朝出勤してから一番にする仕事は、手提げ金庫の中の現金を勘定して出納帳の数字と照合することである。今岡建設工事株式会社の経理マン都窪 勇はいつものように一万円札を数えていた。 晩秋の寒くなりかけた日の朝の出来事である。部屋の入口が開いて人相の良くない二人の男が入ってきた。見慣れない顔である。
これはおかしいと感じて 「どちら様でしょうか」と誰何した時には本能的に札束を金庫の中に収めて身構えていた。 勇が最初に考えたのは、暴力団が労災事故を種にゆすりにきたのではないかということであった。
つかつかと勇の所へ近寄ってきた闖入者の一人がポケットから身分証明書と捜索許可証を取り出して勇の目の前に示しながら言った。 「都窪 勇さんですね。東京国税局の者ですが、法人税法違反の容疑で査察します。そこを動かないで下さい」 身分証明書には東京国税局査察部第二部長海野一郎という活字が印刷されていた。 「そんな無茶な。悪いことなんかしていませんよ」 「調べれば判ることです。現金を数えて下さい」と海野は都窪の抗議にはとりあわず、事務的に命令する。 もう一人の背の低いほうの男は、何ごとが起こったかとこちらの方ヘ注目している部屋の中の事務員達に向かって言った。 「脱税容疑で査察しますから、皆さんは、仕事を止めて我々の指示に従って行動して下さい。今後暫く電話の使用を禁止します。電話はかけないで下さい。掛かってきた電話は我々が取りますから皆さんは許可がでるまで受話器には一切手をつけないで下さい」 勇の胸は早鐘を打つように高鳴っていた。国税当局が査察を掛けてきた以上確信をもっているのであろう。証拠もある程度掴んでいるのではなかろうか。架空工事代の計上が見つかってしまったらしいということは容易に想像がつくが、どの範囲までなのだろうか。どのように対応するか。頭は素早く回転しいろんなケースを想定する。
「都窪さんこちらへ来て下さい」と先程、身分証明書を提示した海野一郎が隣の応接間に勇を呼ぴ込んで言った。 「今日は百人の捜査員があなたの会社の本社、東京支店、大阪支店、四国支店、九州支店ヘ手分けして動員されています。脱税容疑です。脱税の事実を認めますか」 「冗談じやありませんよ。脱税なんかしていませんよ」 「確信をもって言えますか。本当に脱税していないというのなら最後まで否認して下さいよ。もしやっているのならあまり手間をとらせないで、今すぐ認めて下さいよ」海野はじっと勇の目を鋭い眼差しで覗き込むようにして言った。 「濡れ衣です。投書でもあったんですか。もしそうならその書類を見せてくださいよ」と勇は食い下がった。
「捜査上の機密ですから教えられません」と言ってとりあってくれない。海野が今日の捜査の責任者らしく、主だった捜査員に指示をすると捜査員達は机の引出しや書棚をを引出しては茶色の封筒にファイル名を転記して、番号を打ち、一件ごとに封入していき、更に段ボールの箱に封筒を格納していく。勇が捜査員の数を目で追っていくと四十人位しかいない。海野が百人と言ったのはこけおどしかハッタりではないのか。それにしても社長はどうしたのだろうか。朝、顔を見たのに「一寸喪服を取りに家まで行ってくる」と言い残して帰ったまま姿を見せない。
勇が初めて海外へ旅したのは一九七六年アメリカ建国二百年祭の年であった。この時は、斉藤栄三郎先生を団長とする経済視察団に参加しての渡米であった。アメリカにおいて発展しつつあったコンビーニアンスストアの現況を視察し、経営理念を勉強してこれが日本の風土に根づくかどうかを研究するという狙いがあった。
当時日本の政権はロッキード疑惑で失脚した田中内閣に替わって三木内閣が政治倫理を唱え田中角栄元総理大臣が逮捕されるという前代未聞の事件が起こったりしていた。経済は不況のさなかにあり大企業の興人が倒産するなど企業倒産が相次ぎ世相は暗かった。国民は政治に失望し、不況にあえぎながらもそのうち景気が循環してまた好景気がくるだろうと明日を期待しているという、ゆとりのようなものがまだ残っていた。日本経済はまだ右肩上がりの趨勢を失ってはおらず、世の経営者達や投資家達は次の時代に流行る事業は何かを模索し探していた。
今でこそコンビニアンスストアはどんな田舎町へ行っても必ず見かけるほどに普及したが、当時の日本の社会には皆無であったし、言葉自体が新鮮な響きを持っていた。この視察団が帰国して一年経つか経たずしてコンビニアンスストアが雨後の竹の子のように都会地に出現した。この事実を知ったときこの視察団の団長を勤められた商学博士、法学博士、文学博士という三つもの博士号を持つ斉藤先生の炯眼を思ったものである。
当時先生は参議院議員であったが、旅行中のセミナーで学者が何故国会議員になったかを洩らされたことがある。それは飛ぶ鳥をも落とす勢いのあった田中自民党総裁から「悪いようにはしないから出馬してくれ」という要請があったからだという。先生は総裁が「悪いようにはしないから」という意味を大臣のポストを用意するからという風に理解して出馬したというのであった。碩学の先生にして名誉欲という俗世間的な誘惑に勝てなかったことに人間らしさを感じもし、人間の持つ煩悩のようなものを感じたのである。
ニューヨークのエンパイヤステートビル近くのホテルに宿泊したのであるが、夜遅くまで続いたホテル内別室でのセミナーが終わり、自室へ引き上げた。
翌朝目覚めて時計を見ると、やがてモーニングコールがかかる時間だった。髭剃りを始めたところ、激しくドアを叩く音が聞こえた。まず覗き穴から覗いてみると目に飛び込んできたのはパンツ一枚の裸でたたずんている日本の国会議員であり三つの博士号を持つ碩学の斉藤栄三郎氏ではないか。 慌てて扉を開けながら、押し込み強盗にでも入られて身ぐるみ剥がれたかとの思いが一瞬脳裏を駆けめぐり、胸を早鐘が打つ。 「先生どうなさいましたか」と聞く声にも力が入る。
先生答えて曰く、 「いやー、お恥ずかしい。鍵を部屋へ置いたまま荷物を廊下へ出そうとしたものだから、部屋へ入れなくなってしまったのです。一寸電話を貸してくださいませんか」 この話は今まで口外したこともないが先生は泉下から苦笑いしながら聞いておられることだろう。
  
|