2005年04月21日(木) |
愛知万博への議員参加の公費負担をどう考える |
今日の朝日新聞で手厳しく批判をされた議員の万博参加交通費の公費負担。産経新聞と日本経済新聞は「静岡デー」の報道なし、そのほかは「静岡県を盛り上げた」企画との報道趣旨でした。私自身、視察の認識は参加する段階から持っていましたが、昨日の日記を読み返して、公費負担に耐えられる何かを得ていたか、といわれると考えこんでしまう所はあります。情報公開だけは行っています。
早速というわけではありませんが、企画部で「経費1850万円の使いみちのチェックもしてもらいたい」とのコメントを発表されていますので、その内訳、コンセプト、委託先などの資料を求めました。この報道によってしか内訳に関心を持っていなかった自分のチェック能力について反省が必要です。というのも、共産党がこの議案に反対で、私は賛成していましたので、内訳まで把握していませんでした。ただ、参加名簿には共産党議員の名前も載っていましたが実際に参加されたかどうかはわかりません。
使いみちの妥当性については、式典以外には参加していないので、プログラムと新聞報道による評価になります。推測する所、静岡県のPRには効果をもたらしたとは思います。実際の参加人数、参加者の感想も含めて今後の研究課題です。ただ、昨日の日記でもふれましたが、景品が強調される進行の流れでコンセプトがなんであったか、特にこの万博の環境博とも言われるその視点でテーマ性があったかどうか、については、やや疑問は感じています。明日の入手資料を参考に考えてみたいと思います。
そもそも今回の公費負担が妥当かどうか、これは議長判断になりますが、議長は各会派代表者会議での意見聴衆をしているはずですから、そこでの議論がどのようなものであったか。その確認もせず、私自身は決まった事に特段の批判もしませんでしたので、賛成したことになります。この是非については県民の方々の批判を待ちたいと思います。ご意見をお待ちしています。
2005年04月20日(水) |
愛知万博のみどころは? |
静岡県スペシャルデーということで、あいにくの雨でしたが、今日、長久手会場のEXPOホールで開会式が開催されました。代表挨拶は副知事でしたが、英語通訳も入り国際博覧会らしい始まりでした。ただ、式の直後に抽選会なんかがあったりして最初から騒がしい感じで、ヤマハ吹奏楽団の演奏会をやるとか、富士山の立体映像とか、何か工夫があった方がいいように思いました。
せっかくの視察とJRのリニアやトヨタ、日立のパビリオンを見ようと思いましたがそれぞれに40分、3時間、150分待ちということでこれはダメ。70年の万博の時もなんか混んでいたナーなんてことを思い出しながら、待ち時間のないところはと歩き始めました。
すると『アルジャジーラ放送』のあるカタール共和国の看板が目に付き、誰も並んでいない、ここだ、ととにかく入りました。そんなに広くないのですがヘナを使った女性のための化粧コーナーには結構待ちがあり、ホーッと眺めていました。傍に小さな音楽演奏のスペースがあり、誰かが「何時演奏はあるのですか」の質問。「日本と違うから何時とかじゃなくてそのうちにはじまるよ」の答え。そこで観客席に座って待っていると5分もしないうちにシンセサイザー、ドラム、ヴォーカル演奏。イヤー楽しかったです。
そのあとはハシゴ。サウジアラビアー3D映像が結構面白い。イエメン、バングラディッシュ、パキスタン、スリランカーここでカレーをたべましたがおいしい。韓国は待ち時間がありました。でも、ちょうどシム・ガヒ錦林舞踊団の創作舞踊、パンソリ、太鼓演奏45分を観劇する事が出来、これにはすごく興奮しました。中国ー広いスペースの空間デザインがなかなか。大画面映像の部屋もさすが。モンゴル、ブータン、中央アジア共同館ーここで政府から派遣されているという大学生と中国問題で意見交換、刺激を受けました。ネパール、インドー「菩提樹の下で」のメインスローガンには引き寄せられるものがあります。
ここまで比較的、物販中心でグリーンツーリズムの様相。そこで先進国は?と、ふと隣を見るとカナダ。待ち時間ありでしたが、みようかと。ここでは多様性をテーマにした8分の2つの映像。10メートルくらいの天井の円形の壁の全面にランダムに凹凸を作りその上にレースのカーテンのようなものをかけ、光でオーロラを再現しています。この広大な円形をスクリーンに、ちょうど目の高さに20個くらいのテレビ画面を横に並べていき、4種類の画像が次々に変化し、全体のオーロラの部分にもいろんな映像が流れます。そして、もう8分は、その内側といいますか同じように円形の壁をスクリーンにして今度はもっと大きな大画面3つに同じ手法で多様性がテーマの映像。
物販的雰囲気とはガラリとかわってのテーマ追求型パビリオン。おもしろかったので説明書が欲しいと係員の方に話しかけたら「そうした声を沢山頂くのですが、感性で受けとめて下さい。説見書などは一切ありません」とのこと。なるほど。何故か、他の先進国のパビリオンを覗きたくなりました。戻らなければならない時間。最後にとキューバ館。ゲバラの写真展。オー!。係員の方は大変若そうで「あなたがたはゲバラを知っているのか?映画「モーター・リサイクル・ダイアリー」は観た?」ととても楽しい会話が出来ました。日本に留学していたとのことで日本語は結構うまい。ラム酒もストレートで飲んでしまいました。
というわけで、もう一度いって見たいと思ってしまった万博視察でした。
2005年04月19日(火) |
今日の段階でも「社会資本整備審議会に付議していない」 |
4月7日の国土交通省総合政策局とのやりとりを踏まえて、本日、「空港はいらない静岡県民の会」メンバー島野、増田両氏に同行して、中部地方整備局建政部計画管理課の中島、木下、蒲生氏の3人との現状の確認に行って来ました。
今日の段階でも、中部地方整備局としては、静岡空港の土地収用第一次判定に基づく社会資本整備審議会への付議は行なわれていないことが確認されました。付議したか否かについて中部地方整備局からは公表しないが問合せに対しては答えるとのことでした。毎日の確認が必要です。
やり取りからすると4月中に社会資本整備審議会に付議されるかどうかも危うそうな気配でした。
まず代表幹事の島野氏から「事業認定の請求の棄却を求める」要請書を提出し、2点についてのやり取りを行いました。
1、社会資本整備審議会について
審議会に提出する資料は公聴会の速記録(一字一句か要旨かについては詰める必要があるが現在は未定)、県の申請書類、2000通の意見書の類型化したまとめ、第1次判断の理由など。
全国幹線純流動量調査結果の水増し、浜松・静岡・三島以外の想定移動時間、便数、運賃などの情報公開、新幹線ひかりの品川停車、セントレア開港による浜松から空港までの時間設定、などあらゆる論点について地方整備局としての考え方は示す。
札幌便50万がくずれると大型機の乗り入れが必要なくなり、2500mの滑走路が不必要になる、そうすると土地収用対象面積が現在より少なくなるが、この点についても必要最小限の原則に基づき考え方を示す、過去に社会資本整備審議会で外部からの意見を聴いたことはない、現段階での社会資本整備審議会員との接触については、どこまでが非公式の接触かということについて付議していないので何ともいえない、申請から決定まで3ヶ月という努力目標についてはこだわらず、慎重にやっていきたい。
2、22条に基づく専門家からの意見聴取について
聴取を行うつもり、その際に国土交通省の事業評価の際に求めた専門家メンバーと重なるのかについては答えられない、判断の是非でなく需要予測の手法等について意見聴取する選択はありうる、事業認定の是非決定後に意見聴取の専門家については公表するが、判断に関係のない場合には非公表の場合もある。
3、そのほか
国会での国土交通委員会での質疑行われる場合、局長が出席し答弁する事になる、情報公開と現在の事務審査の関係は、請求があった段階で公開か否かを検討する、電子媒体についての公開は保存形態によって検討される。
というようなやり取りが行われ、最後に社会資本整備審議会の審議記録の公開について要旨でとの回答であるが、認定されれば訴訟が起こされるわけでその際に審議経過が重要になることから全面公開を要望して話合いは終わりました。
このあと、情報公開窓口にいって5点の公開請求を行いました。 1、2月18日、19日の静岡空港公聴会速記録及び要約文書 2、静岡空港の22条に関わる意見聴取依頼文書及び報告書、謝金等支出証拠書類 3、静岡空港に関わる意見書要約文書 4、静岡空港についての社会資本整備審議会付議文書 5、静岡空港事業認定の第一次判定に関わる業務委託契約書
30日以内ですのでその頃に付議がされているかもしれませんが、とりあえず請求しました。
2005年04月18日(月) |
映画『コンスタンティン』を観る |
キアヌ・リーブスの主演映画『コンスタンティン』。『マトリックス』を何回も観てしまった人間にとってこの映画を見逃す事は出来ません。封きり映画をどうして観たいと映画館に駆けつけましたが、意外やガラ空きとはいいませんが、満員ではありませんでした。
極めてわかりやすい大人向けSFファンタジー。キリスト教的神、地獄、天国という絶対的に崩れないはずの境界線を舞台にそこにうごめく地獄の悪魔、人間、天国の天使たちの正義をめぐる闘いが展開されます。
最初、主人公のコンスタンティンがタバコをやたらと吸うシーンに違和感を感じさせます。アメリカであれだけ喫煙者の社会的悪を非難している社会風土の中でどうしてこれだけタバコを吸うシーンを強烈に印象づけようとするのか。しかも肺ガンでいつ死んでもおかしくない病状。しかし、それが最後に明解にこの物語の一つの仕掛けであることが示されます。
霊力をもつ選ばれし者コンスタンティン、悪魔に棲み込まれた人間から悪魔を地獄に追い戻す仕事を続ける、その霊力故に自殺をはかり2分間だけ死ぬことで地獄を垣間見る。霊力を持つ双子の姉妹のイザベラが自殺を図る、生きているもう一人の霊力を持つ刑事アンジェラス、彼女が妹の死をめぐってコンスタンティンとの出会いが始まる。地獄界の悪魔の息子が天国界の天使と結託して人間界に踊り出ようとする、そこに「運命の剣」が登場。といった具合のストーリー。
最後は、キリスト教では自殺は悪。コンスタンティンが自殺したアンジェラスの妹イザベラを救う為にもう一度自殺をし、地獄界の悪魔サターンを呼び出し彼女を救う、そしてコンスタンティンがサターンに地獄に連れていかれるシーン、この自己犠牲に神がノーの姿勢をしめし天国に送ろうとする、これに怒ったサターン、それならコンスタンティンを生かす、とタバコで汚染された肺がんのがん巣を抉り取り最後はハッピー。
自己犠牲。人間の普遍的価値に向う最高の行為。このことを考えさせるファンタジー。大人になっても失ってならない人間の原点を指し示すという点で『マトリックス』に通じる映画力。キアヌ・リーブス、続編が観たいものです。
2005年04月17日(日) |
「平成の大合併」後を占うミニ統一地方選挙 |
05年3月が合併特例法の期限切れ、そして合併に伴う首長選挙、議員選挙が目白押しです。いわば、ミニ統一地方選挙でもあり、地方から政治はどう変わるのか、一つの社会的・歴史的分析対象です。既に1月に菊川市、3月に静岡市、といっても私自身が関われる範囲を対象にするしかありませんが。
今日、新磐田市の市議会議員選挙で立候補している大杉幸好候補、玉田文江候補の選挙事務所を訪問しました。磐田市は、太田川ダムに関わる水道事業の見なおしについて選挙後に静岡県と調整する事になっています。市長選挙も現職・鈴木氏に対抗して寺田氏が告示日直前に闘いを挑んでいます。湖西市での大逆転の市長選挙があっただけに磐田市だけでなく掛川市、袋井市、伊豆の国市の市長選挙の行方は予測がつきません。
磐田駅を降りてタクシーに乗って運転手さんに選挙状況について聞きました。「関心がネー」と投票率の心配をしていました。盛りあがりはイマイチという感じでした。静岡市の政令市選挙は、市全体の高いレベルでの政策が争われると思いきや「村型」選挙に逆戻りしました。磐田市のように5市町村がからみ、選挙区が広がった全市的選挙の手法はどのように展開されるのか、大変関心がありました。ただ、選挙の始まりの一日目であり、十分に現状を理解する事は出来ませんでした。
いずれにしても各陣営とも、手探りという印象です。とにかく、大杉さん、玉田さん、全力で闘い抜いて当選を確実に勝ち取っていただきたいと思います。
2005年04月16日(土) |
内部告発に対する中部電力の反論 |
昨日、中部電力浜岡原発2号炉に対する内部告発を行った谷口雅春さんの記者会見が行われました。中部電力の反論がホームページ上に載っています。
彼らの主張は以下の通りです。 1、浜岡2号機の原子炉建屋基礎岩盤強度については、当社試験により確認しており、この試験には、ご指摘を頂いた方が所属していたという会社は関与しておりません。 2、燃料集合体の固有振動数については、原子炉建屋の固有振動数に近いことは承知しており、それを踏まえた詳細設計を行っています。 3、建屋の減衰率については、1〜5号機全て同じです。 4、直下地震の上下の振動により制御棒が挿入できなくなるという点については、燃料集合体の下端は燃料支持金具に6cm程差し込まれているとともに、制御棒の上端は全引き抜きの状態でも燃料集合体下部に約17cm入り込んでおり、仮に浮き上がりといった事象を考えても、挿入性に影響を受けにくい構造となっています。
ますます文書提出命令を受けている耐震関係書類の必要性が明確になっています。燃料集合体の固有振動が、原子炉建屋の固有振動が近い数値である事を認めていますがどのような対策を行っているのか、中部電力には説明責任があります。
先日の茂木清男さんが指摘する1970年、72年の1号炉、2号炉の申請時の耐震設計の問題点が真に迫ってきます。
2005年04月15日(金) |
浜岡原子力発電所2号炉耐震設計に関する内部告発文書 |
昨日の日記コーナーで紹介した内部告発文書の全文です。 これが事実とすれば大変な内部告発です。
※米
耐震計算結果は地震に耐えられなかった
私は1969年4月に東芝の子会社である日本原子力事業(株)に入社し、東芝鶴見工場で、原子炉の炉内構造物の設計に従事しました。上部・下部シュラウド(炉心隔壁)、上部・下部格子板、緊急冷却装置など核燃料を支える部分の設計です。
最初は東京電力福島原発2号炉、次に中部電力浜岡2号炉の設計を担当しました。設計者は計算担当者の指示にしたがって、炉内構造物をいくつかの部分に分け、その部分の重量など計算用のデータを提出します。そのデータに基づいて計算担当者が耐震計算をします。
浜岡2号炉の場合、設計者は100人近くいました。部門ごとの設計者代表が集められた会議の席で計算担当者から聞かされた話は「建屋と圧力容器について、いろいろ耐震補強の工夫をしてみたが、空間が狭すぎてうまく行かないので諦めた」ということでした。原子力発電所の建設は、建屋→建屋内の圧力容器→容器内のシュラウド、格子板などといった順に、安全性の許可を得ながら5、6年掛かりで進めますので、後になって補強のための空間がないとわかっても、それから広げることはできないのです。
私も私が担当していた核燃料集合体の上部の水平の位置を保持するための上部格子板の応力計算をしてみましたが、「完全につぶれる」という結果が出てしまったのです。
計算担当者の説明によると、浜岡2号炉が地震に耐えられない原因は次の2つです。 (1)岩盤の強度が弱いこと(福島は強かった) (2)核燃料集合体の固有振動数が想定地震の周波数に近く共振し易いこと
ごまかしの再計算
そして計算担当者は、「対策」として、次の3つの方法で再計算すると述べました。 (1)岩盤の強度を測定し直したら強かったことにする(福島なみ) (2)核燃料の固有振動数を実験値でなく米GE(ゼネラル・エレクトリック)社の推奨値を使用する (3)建屋の建築材料の粘性を大きくとる(振動が減衰し易い) つまりごまかしの計算をして、当初計画のまま押し通してしまうということです。
私はその直後の1972年7月に退社することにしました。会社の会議室で上司に辞意を伝えました。自分の席に戻ったときには、耐震計算結果のバインダーはなくなっていました。
私の退社後に耐震補強を行ったかどうかは私にはわかりません。しかし、浜岡1号機は配管破断事故とシュラウドの亀裂で停止中、2号機も亀裂の入ったシュラウドの交換が終わる(08年3月)まで停止と報道されています。私が設計に携わった頃から今日まで大きな地震もなかったのに、このように深刻な事態が起こっていることから推測すれば、中部電力は耐震のための設計変更はしないまま建設を進めたものと考えられます。
計算担当者が中部電力に内緒でごまかしの計算書を提出した可能性がないわけではありませんが、技術者が関係者に相談もせずに偽の計算書を出すことはまずあり得ませんから、中部電力は地震に耐えられないことを承知していたはずです。
浜岡1、2号機が造られた70年代初めには東海地震の震源域のど真ん中に位置していることがわかっていなかったという報道がよくありますが、もっと問題なのは原子力発電所立地について地盤強度の基準がなかったのではないかと思われることです。プレート境界や活断層の有無以前の問題として、なぜ、地盤強度の弱い浜岡に電発が立地したのか。基準さえあれば浜岡原発の建設は避けられたはずなのです。
退社して10年ぐらい経ったとき、大学院時代の研究会のOB会で、大手重機メーカーで原子力施設の仕事をしている後輩に会いました。「浜岡2号機は耐震が持たないので会社を辞めた」と話したところ、彼はたまたま浜岡2号機の圧力容器を担当していて「そう言われれぼあそこはちょっとした地震でもビンビン揺れます」と言っていました。これが大地震もなかったのに配管が壊れたり、シュラウドに亀裂が入った原因と思われます。
中部電力は、地盤および原子炉の建家、圧力容器、配管などに、震度計を設置して、地震時のデータを公表すべきです。そうすれば、すべてが明らかになります。公表できないとすれば、それは浜岡原発がいかに地震に弱い構造であるかを自ずと物語ることになります。
直下型地震が起こると核燃料の制御ができなくなる可能性がある
現在の原子炉の耐震計算は横波(水平方向の揺れ)に対してのみを行っています。しかし、阪神・淡路大震災のような直下型の地震では、縦波(上下方向の揺れ)も強く、建物がつぶれました。この縦波を原子炉について考えると、制御棒の挿入が不可能になり、原子炉は制御不能の状態に陥ることが考えられます。
ご存知のように、軽水炉(BWR型)原子炉の燃料集合体は使用済みになると、原子炉から引き上げられ、新しい燃料集合体に換えられます。これが簡単にできるのは、燃料が下部格子板の上に乗っているだけだからです。ただし、燃料集合体と燃料集合体の間を制御棒が動くスペースを確保するために、下部格子板の穴にはめこまれ、横方向には動かないようになっています。
メルトダウンの危険性
ここを直下型の大地震波が襲うことになると、大きな上下の振動と、水平方向の振動が同時に来ます。上下の振動が激しければ、燃料集合体は上に投げ出され、下部格子板から離れて宙に浮き、下部格子板は水平方向にも振動してますから、穴の位置がずれて穴に戻らなくなる可能性があります。したがって、強い地震を感知して、自動的に制御棒を挿入しようとしても、制御棒が核燃料集合体にぶつかったり、破損したりして、挿入できなくなる可能性があります。
原子炉が制御不能に陥れば、核反応は止まらなくなります。その後、液注、配管破断による炉内の水漏れ、緊急冷却装置の故障を経て、やがてはメルトダウン(炉心熔融)です。浜岡原発は世界に放射能を撒き散らす最悪の事態を引き起こす可能性があります。過去に設計に関わった者として、そのことを明確に申し上げます。
2005年04月14日(木) |
浜岡原発2号炉設計で内部告発 |
浜岡原発止めよう本訴の会を原告とするラウンドテーブルが今日開催されました。文書提出命令と中部電力の即時抗告で裁判事態がストップするかもしれないという状況がありましたが、“文書提出の内容に係らない部分で審理を続ける”ということになりました。弁護団は「審理ストップ」の場合、「第3次提訴」も準備していたとのことですが、その必要はとりあえずなくなりました。
裁判長からの提案で検証のための「事前見学」の実施と双方の争点整理を行うこととなり、中部電力が意外に検証に前向き?という感じであらかじめ用意された具体的検証の方法についてのやりとりが行われました。そして、即時抗告に対する高裁の判断を待つ間、口頭弁論の形は取らず、進行協議として次の予定が組まれました。
そのあと記者会見だったのですが、終わろうとしたとき原告団事務局から、「実は原発震災を防ぐ全国署名運動連絡会の村田光平さんのところに浜岡原発2号炉の耐震設計についての内部告発が届いている。その内容は、インターネット新聞・ジャンジャンで報道される」の発表。弁護団事務局長の海渡弁護士が「それではよく分からない。公表できるならすぐさまここで公表すべきでは」と、記者会見の中断と内部告発文書の検討が行われ、公表すべしの結論。
すごい内容です。 1969年に日本原子力事業(株)に入社し、浜岡原発2号炉の耐震設計に関わった方からの告発で、法律に基づいて国に申請するとのことです。中身は、 1、2号炉のシュラウドに関わる耐震設計では、数値の改ざんが行われた事 2、直下型地震において核燃料の制御が不可能になる事 です。
弁護団は、この内容はこれまで裁判の中で指摘した事その物であり、私たちの主張を裏付けるものとの見解を述べました。午後から中部電力の記者会見も予定されています。中部電力がどのように釈明するのか、注目です。
2005年04月13日(水) |
静岡市政令市移行式典ーフエ市との都市提携発表 |
政令市制度の今日的矛盾についての疑問から政令市県議会決議に反対してきましたが、今日の式典には参加しました。グランシップの大ホール「海」には3000人ほどでしょうか。進行は、いつものパターンですが、静岡市・フエ市の友好年提携の発表には大いに関心が湧きました。
小嶋市長は、正直に「この時期にフエ市との都市提携には迷いもあったが、これからのアジアとの関係を考えるとベトナムとの関係は日本にとって大きな意味を持つと考えて都市提携にふみきった」との説明していました。日本ではじめて、勿論政令市でもはじめての「ベトナム―日本」の自治体間提携。96年に静岡市のボランティアグループ「子どもの家」(ストリートシルドレンの救護施設)との交流・支援活動から始まっています。
実は、私自身、97年「ブリッジ エーシヤ ジャパン」というNPO団体が計画したスタディツアーに参加しフエ市を含むベトナム縦断ツアーを経験しました。そして、そのことがきっかけとなって静岡市の清掃・パッカー車をタンフォア市というところに寄贈する事業に間接的に関わりました。(詳しくは『地方から政治を変える』コモンズ社刊に報告が載っています)
私たちの世代にとってベトナムとの友好関係は「ベトナムに平和を、市民連合」(いわゆるべ平連)世代にとって特別な感情があります。小嶋市長が、どのようなアジア認識をもって都市提携に臨もうとしているのか、じっくり意見を聞いてみたいと思いますが、この事業は歓迎です。
2005年04月12日(火) |
日本語教育センターの入学式に新鮮な感覚 |
2月議会と政令市議会議員選挙で3月の街頭演説を休みました。今週からとはりきりましたがきのうは雨で今日になりました。若手スタッフがニュースの配布を手伝ってくれました。ありがたい事です。
1時間くらいセンター前でマイクを通じて話し始めました。久しぶりのせいか、喉を嗄らしてしまいました。何人かの方に会う機会がありましたが、「風邪?」。明日は昼からは晴れそうですが、朝は不安定と天気予報されています。何か寒さがぶり返しているような感じです。
午後に静岡日本語教育センターの入学式があり、理事として参加しました。65人ものアジアの若者が新入生になりました。中国―26人、ベトナムー14人、スリランカー8人、ネパールー7人、ミャンマー3人、タイー2人、韓国ー2人、インドネシアー2人、スイスー1人。ベトナムから新入生が「進んだ日本の技術を学びたい」とたどたどしい日本語で抱負を語りました。
挨拶の機会がありましたので、昨日の「中国の反日デモ」について話しました。まだ日本語の理解力が十分でないため彼らにはうまく通じなかったと思います。彼らが、昨日の中国の反日デモや韓国の反日の動きをどのように理解しているのか、是非とも話してみたいと思いました。
反日が広がっている時期だけに、何故か、彼らとの出会いがいつもに比べてすごく新鮮に感じた入学式でした。
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