まつや清の日記

2005年06月10日(金) 6月議会のはじまり

 6月議会がはじまります。
 6月16日から7月5日。
 24日に一般質問。打合せで質問内容についてやりとりしていますが、石川知事との最後の質問になるのか、まだこれからも続くのか。テーマの設定に苦労しています。一方で、県知事選挙の準備。13日、14日、18日にJCによる知事選挙公開討論会です。

 そして今日は、25年来のお付き合いで、私の政治活動に多大な支援とご理解をいただいていた中村順英弁護士。日本弁護士連合会副会長就任で励ます会が盛大に開催されました。160人ほどの参加者がありました。幅広い交友関係でいろんな方々が参加されておりました。

 中村さんは、東大全共闘・構造改革派のグループに参加していて、安藤仁兵衛さんの門下生の1人です。政治的市民としては理想的な存在。その中村さんがいわば、日本弁護士会の中央の「官僚」として1年間活動されるわけですが、国政がらみの発動も飛躍的に増えることになると思います。

 政治家=議員とは違った意味で制度の中での法律策定や国民の中で新しく発生する諸テーマをコーディネートしていくことが活動の中心になり、今まで活動のスタイルが変わり、中村さんの違った側面の能力が発揮されることになり、大いに期待したいと思っています。二次会にも行きたかったのですが、知事選準備で途中抜けました。戻ったのが午前2時。パーティには、牧野さんも海野さんも参加されていました。何か、進展するといいのですが。



2005年06月09日(木) 巴川遊水地第四工区浄化対策検討委員会

 6月7日もくせい会館で巴川遊水地第4工区浄化対策検討委員会が開催されました。傍聴者は10人くらいいたんでしょうか。昨年の8月に公表されたダイオキシン汚染の原因が明らかになりました。予想されていた通り、この事業が始まっときに沼の埋めたての土壌改良剤として使われた静岡沼上工場の焼却灰18万トンの中のダイオキシンでした。

 対策基本計画
1、基本事項
2、対策範囲と対策必要量
 汚染土は、ボーリング結果と汚染濃度分布から推量で265000リュウベ。
3、対策手法
 緊急対策、準恒久対策、恒久対策に分かれていている。技術としては掘削除去処理=除去+脱水・固化+土質材料として利用、原位置処理=覆砂、固化処理の三種類の組み合わせを考える。
4、対策案
 結論として、水域として残すことを基本として、汚染対策を実施する。除去したと土は、固化処理後、4工区内に小高く盛り上げ水面の減少を最小限にする。として16億円程度の経費。

 河川改良課としては、この案で了承してもらいたと三人の専門委員の方々に求めましたが、ちょっと待て、と意見が出されました。
1、お金がかかるからこの案で、というのでは説明したことにならない、汚染土の全量除去が、自然環境にどれくらい影響があるかを調べて、そのバランスとしてこの案とか、でないと。
2、住民の方々にまず説明をして、それをもとに対策を確定していくという手法で臨むべきでは。
3、全量といっても焼却灰投入時、小さな田んぼの畔道があったわけで量的にはそんなに多くならないのではないか。また今後の追加調査で地層図が確定してくれば量も変わる。

 などが出され、まずは住民に説明をして対策を確定するということで終わりました。この案で了承を求めた時には、ちょっと驚きましたが専門委員によって妥当な所に落ちつきました。住民説明会は、6月7日、8日、9日、10日、13日、14日と全30ヶ所で行われます。住民のみなさんがどう判断されるか。

 あと、問題は観山中学校の野球部やサッカー部で使用しているグランドの50センチ下の所に高濃度汚染土があること、流入口でのダイオキシン汚染はこの焼却灰とは違う成分なので、静岡市が周辺の川などダイオキシン調査をやることになっていること、魚の汚染は問題になりませんでしたが、昨日の議員控え室での説明で過去に調査したことがあるというのでその資料をもらうことになりました。

 この報告により、汚染土の除去を巡る議論へと事態は転換しました。さてどうするか、です。私は、全量除去すべきと思います。管理型処分地建設ではお金がかかりすぎると当局は説明しますが、静岡市の最終処分場に捨てさせてもらうというのが一番いい方法であると思います。これからが知恵のだし所です。



2005年06月08日(水) 「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版教科書

 来年の学校での教科書選定に向けて静岡県教育委員会は県内19ヶ所で6月3日から教科書展示を行っています。静岡市では、県立中央図書館、静岡市立中央図書館、静岡市立清水図書館で行われています。

 さっそく、市立中央図書館に行ってきました。2階の図書室のロッカーの裏側に展示コーナーがあります。問題の扶桑社の歴史教科書を手にとって見ました。とりあえず近代の朝鮮侵略のページを開きました。日韓併合の所を読むと何か違和感を感じます。3・1独立運動や伊東博文暗殺の記述がありません。

 あれっと思って教育出版の歴史教科書をめくって見ました。チャンと記述がありました。いろんな雑誌や市民グループの学習会などでの問題点は理解していましたが、やはり、直接に教科書を目の前にして、なるほどと実感しました。自分たちは小さな頃、どうだったたんだろう。

 学校の授業では、実際は近代の歴史は吹っ飛んでいたような記憶があります。大学に入って、自分で書物を読んで侵略の歴史を知らされたというのが実体です。私の場合は、教科書は教科書としてきちんと教えられていなかったわけですが、問題はどこでそうしたことを学ぶのかということです。

 今、アジアから日本の過去の歴史問題に対する認識を厳しく問う声が上がっています。こういう時こそ学校で歴史的事実を教える、またどうしてアジアの人たちはあんなに怒っているんだろうとか、どうして日本だけが責められるのか、とか討論を行うチャンスが生まれます。一方的に知識を教え込むだけではいけません。まさに過去が現在に生きるわけです。
 
 図書館では、意見を投稿できるようになっています。何人くらい見に来ているかは、無記名で職業ごとに○を付けることになっています。学校の先生達が8人くらいで、一般の人が10人くらいでしょうか。是非、図書館に行って見てください。
 



2005年06月07日(火) 知事、出馬表明で「法定闘争も辞さず」発言

 昨日の知事記者会見、各社新聞報道で全容が伝わってきます。それにしても、驚くべき発言をしたようです。「土地収用・事業認定がなされなければ私への死刑判決」として、その時には出馬しないことを公言していた石川知事。会見では、それは「約束でなく、単に政治状況を述べた」だけ、また「認定されなければ法定闘争も辞さず」、とか。

 すごいですね。事業認定なしを自分への死刑判決といっていた方が、認定なしなら法廷闘争で闘う、県民は私を支持している、と。これは何なんでしょうか。ロジックが成り立ちません。だったら,最初からそのように主張されていればよかった、はずです。結局、「事業認定=公権力発動」を「自らの進退問題=私的利害」とイコールにしてしまった、3期12年に長期政権の思いあがりがなせた技でしょうか。方針転換を明確に県民に説明すべきです。

 知事が発表した「しずおか県民満足度日本一宣言=石川よしのぶ、しずおか一筋=」という10大公約。これについては、機会を改めて批判をしますが、ざっとみて、とにかく現状の県政をただ羅列しているだけで、新味がありません。危機感がないんでしょうね。ただ1ついえることは、四年前に掲げた「情報公開日本一」がはいっていないことです。四年前の公約を果たせない、あるいは、10大公約に入れることができない、いれない理由を説明しなければなりません。

 実は今日、浜松市で「2005年国際博覧会記念 風力・再生型自然エネルギー・燃料電池国際会議・見本展示」の開会式があり参加しました。石川知事の最初の挨拶、全然さえない、つまり自然エネルギーの意義を語れず、「化石燃料が有限だから新エネルギーを開発する必要がある」という認識。そのあとたった北脇浜松市長の方がよほどリアルで説得力ある発言でした。

 石川知事、大丈夫ですか?

※※ この国際会議、昨年のボン会議の続きでもあり、今年の2月のハイリッヒ財団の自然エネルギーセッションの続きでもあります。詳しく後日報告します。また、午後は、麻機遊水地「ダイオキシン」問題の会合がありました。くこれについても後日報告します。



2005年06月06日(月) 「誰も発言しない」第1回国民保護協議会

 「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」に基づく国民保護計画をつくるために召集された国民保護協議会が、本日15:30から16:15まで,グランシップの11階の会議室で開催されました。2005年度中に都道府県、2006年度中に市町村が定めることを義務付けられています。

 会長は勿論、石川知事。委員は46名で今日の出席者は代理出席を含めて43名。総務省消防庁・国民保護室長が、国民保護計画について20分の特別講演。参考例として紹介されたテロ事案は、1994年6月の地下鉄サリン事件、2001年9月のニューヨークの同時多発テロ事件、2004年3月のスペイン同時多発列車爆破事件、1998年8月の北朝鮮のテポドン発射事件。

 進行は石川知事。静岡県国民保護協議会運営要領、傍聴要領が提案され承認。静岡県国民保護計画の位置付けや基本的な考えかた、計画の構成、作成スケジュールを協議会に諮問。知事がこれを受けて「何か質問ありませんか」。2分くらいの沈黙。重苦しい。知事やむなく「次回中身が出てくれば意見も出てくるのでは」「円滑な進行にご協力ありがとうございました」と締めました。15分も早い終り。

 これだけ重要なことが諮問されているのに43人の委員の誰一人発言しない協議会の実体。どう考えたらいいんでしょうか。戦争体制にどう備えるかを決める場です。スケジュール表によれば8月に県側から計画案を提示し、11月に計画案を審議し、06年1月に最終案を答申することになっています。傍聴席には、マスコミ関係者と県側関係者、そして私。

 民主主義の危機は、突然狼がやってくるのでなく、無関心によって物言わぬことが日常化していく、その中にある、ということでしょうか。PTAの会合で誰も発言しないのとさして変わらない会合風景。少なくも憲法9条をアピールしている平和団体や政党関係者くらい傍聴に来てくれてもいいんじゃないかな、と思うのは思いあがり?かな。

 静岡県の指定公共団体は31。都市ガス会社ー10、プロパンガスープロパンガス協会、旅客船ー2、バスー静岡バス協会、鉄道ー7、トラック―静岡県トラック協会、医療―県医師会、看護協会、病院協会、放送―テレビ局5社、公共施設管理者―県道路公社。

※※ 17:00すぎから石川知事は出馬記者会見とのこと。明日が楽しみです。



2005年06月05日(日) 明日から月―金で朝の街頭演説

 明日から1ヶ月に1回の1週間(月―金)毎朝の街頭演説です。
 雨が心配ですが、雨のときは休みます。
 6日―センター前
 7日―安倍川駅前
 8日―静岡駅南口
 9日―日吉町駅前
 10日―羽鳥地区

 知事選挙を考えると毎日でもやりたいくらいです。一方で24日の質問の打ち合わせもあります。自分の体を物理的にどちらかに強制しないと、どちらとも中途半端になりそうです。

 若手スタッフが日曜出勤で一緒にまくチラシを作ってくれました。
 感謝です。
 明日は、知事出馬会見の可能性ありとの読売新聞報道。
 しっかりと街頭演説やりたいと思います。
 
 明日までに終わらせなければならない仕事に『現代の理論』という政治理論誌から依頼されている原稿があります。『現代の理論』といってもピンとくる人はいないかもしれません。安東仁兵衛さん、構造改革派の理論誌・・・・。テーマが「日本の緑の党の現在」で12000字。やっと全体構想ができあがった段階です。もうひとふんばり、です。

 



2005年06月04日(土) 「民を救った義士たちの物語―その時歴史は動いた」を観る

 先日、NHKのテレビ番組「その時歴史は動いた」の「宝暦の治水・薩摩藩士の苦闘」を観ました。薩摩藩の反幕府のメンタリティの遠因にもなったといわれる大治水工事。

 NHKホームページの説明によると
 「江戸中期、徳川幕府と薩摩藩の間に知られざる戦いがあった。宝暦4(1754)年正月、突如薩摩に下された濃尾平野の大治水工事命令。薩摩藩士たちの多くが幕府への抗議を主張する中、薩摩藩家老・平田靱負(ひらた・ゆきえ)はあえてこの難事業を引き受ける。現場に赴いた藩士たちを待っていたのは過酷な労働環境、そして横暴な幕府の監督官たち。病気や事故、幕府に対する抗議の切腹で、80名以上の薩摩藩士たちが犠牲になる。一年半にわたる苦闘のすえ工事は完成するが、その直後、家老・平田は武士として最後の決断を下す−。
 歴史の影に埋もれた悲劇の宝暦治水。日本最大級の治水工事を実現した薩摩藩士たちの苦闘の全貌を描く」。

 抗議の切腹が明らかになることが幕府への謀反となる時代に、記録には「腰のもので命を落とす」(はっきり記憶していないのですが)としてしか書けなかった薩摩藩。家老・平田も治水完成後に切腹。

 県知事選挙で勝利する為に「薩長連合」をと主張してきましたが、明治維新から100年前の歴史的事件に改めて歴史の原動力の一つを垣間見た想いです。

※※ 「新しい静岡県を創ろう会」は、知事選挙の候補者として吉田としあきさんを応援することを決定しました。マスコミの注視するフルオープンの中での白熱した議論と民主的な決定でした。

 



2005年06月03日(金) 吉田さんとじっくり話す

 県知事選挙予定候補者である吉田寿昭さんとじっくり話す機会がありました。元銀行マンというので、いわゆる銀行「勤め」をイメージしていましたが、30年近くに渡ってかなりの部分が海外での仕事、国際金融畑の人であることを知りました。

 ロシアやアメリカでの生活が結構長く、ちょっとした国際人。

 2001年9・11ーニューヨーク貿易センタービルテロ事件。あれから世界は大きく変わりましたが吉田さんの人生も大きく変化しました。

 吉田さんは、ちょうどその日、その時間、貿易センタービル49階で仕事をしていました。ズドーンという地震のような揺れ。部下が全員避難したことを確認して自分も非常階段へ。とにかく外に出ないと。駆け下りている最中にも、上からは怪我人が運び出されていく。下からは消防士が上がってくる。一体何が起きているのだ。人の話やマスコミからどうも飛行機が突入したらしい。身震い。亡くなった同僚は20名。

 高校時代はバレーボール部、静岡高校始めての全国大会出場。まさにスポーツマン。吉田さんの話をもっと聞きたくなりました。6月4日18:30より産経会館。「新しい静岡県を創ろう会」主催の集会にご参加ください。

※※ 「空港はいらない静岡県民の会」は、本日の会合で、現段階での吉田としあきさん支援を決めました。海野徹さんへの出馬要請問題もありますので、いくつか配慮しなければならない点は残されています。

 



2005年06月02日(木) 国土交通委員会での審議状況は

 国土交通省中部地方整備局の静岡空港・土地収用に関しての社会資本整備審議会付議を受けて国土交通委員会での質疑が可能かどうか、含めて金田誠一衆議院議員を訪ねました。6月8日に理事会が開催されてこれからの日程を決めていくとのこと、中心は尼崎脱線事故が中心にならざるを得ない、とのことでした。

 今国会では、国土交通委員会に「総合的な国土の形成を図るための国土総合開発法等の一部を改正する等の法律案」が出されているとのことでした。趣旨は「社会経済情勢の変化に適切に対応するため、国土総合開発計画について、名称をを国土形成計画(仮称)に改めるとともに、計画事業の拡充、都道府県等による提案制度及び広域地方計画(仮称)の創設等を行うほか、国土利用計画、各大都市圏の整備に関する計画及び各地方の開発促進計画との調整のための所要の改正等を行う」と云う内容です。

 当然、空港など高速交通ネットワークの形成は大きな課題の一つになります。静岡空港がその中でどのような位置づけがされていくのか、議論の対象にはできるようです。「地方空港の整備など数量的な事業拡大ではなく、既存設備の使い勝手を高める質的な事業を想定している。」(日本経済新聞 2月15日)とあるように、改めての需要の実態がきちんとなされる必要があります。

 土地収用までして作るような空港なのか、中部地方整備局も第1次判断がどのようなものであるのか、国会の場で是非とも議論をしてほしいものです。

※※ 国会での「ノー上着」「ノーネクタイ」の議会運営員会での申しあわせ資料を入手してきました。



2005年06月01日(水) 社会資本整備審議会に付議

 マスコミの報道どおりに国土交通省中部地方整備局は、本日、静岡空港・土地収用事業認定について社会資本整備審議会に付議しました。一切が非公開である為、今後の展開についてはほとんどわからない状態です。

 推測できる点は
1、第1次判定では、土地収用認定を了承している
2、審議会公共用地分科会は少なくもニ回は開催される
3、こうした経過からすると大臣告示までに最短で1ヶ月
4、となると県知事選挙前に土地収用事業認定が認められる可能性がある
5、ただ、審議委員が二回の審議で了承するのか、県知事選挙前認定が国土交通省にとってベターな政治選択であるのか、という点で未知数の所があり、認定時期はには巾が出てくる
 くらいでしょうか。

 『空港はいらない県民の会』では、認定後に備えて訴訟準備を進めており、闘いの体制は万全です。

※※ 今日は半日県庁にいました。みんな、ノーネクタイ。議会事務局調査課に県内市町村議会での本会議、委員会での「ノーネクタイ」「ノー上着」の現状調査、併せて47都道府県議会の調査もお願いしました。


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