まつや清の日記

2006年01月06日(金) 防災船「希望」の最後の姿は静岡空港に重ならないか?

 読売新聞スク―プの防災船報道、「県が97億支出 防災船「希望」 大赤字 無償譲渡へ 維持費かさみ」との見出しの記事。昨日の知事インタビュー記事の続編的報道です。

 記事は「2005年度限りで廃止するテクノスーパーライナー(TSL)防災船「希望」について、県は引きうけ先があれば、無償で譲渡する方針を固めた。県は1996年に国から約3億円で購入し、約19億円をかけて防災船を改造した。維持費など加えると、昨年度までの累計で97億円を支出してきた。廃止後も保有を続ければ、コストが膨大にかかるため、処分を急ぐ事にした。大きな赤字を垂れ流した上、無償で手放す事に県民からの批判も予想される」とのリードになっています。

 議会からは自民党含め総スカンを食らっていた防災船「希望」。県知事選挙での吉田としあき氏のマニュフェストでも即刻廃止を打ち出していましたが、その意味で対立候補の政策が実現した事になります。

 ただ、無償譲渡という判断がどのような努力の結果、そうした施策になったのか経過の確認が必要です。努力の中身如何によっては世論的にもそう簡単に容認できる物ではありません。

 同時に、この問題の教訓がどのように今後の静岡県政に活かされるのか、大きな関心を呼びます。土地収用という権力的手段を用いてまでして強行される静岡空港建設事業が、防災船「希望」の二の舞を踏むはないのか、今からでも遅くはありません。土地収用手続は中止すべきであります。

 本日の日経新聞での知事インタビューでは、民間運営会社に「将来的にも運営会社への県の出資はないと思う」と述べていますが、果たして本当にそうなのか。静岡ゼロエミッション事業で、民設民営という基本協定ナで結んでいながら、状況の変化の中で、3分の1の株式出資と言う公的関与を行う事を明確にした静岡県、はたしてこの知事の言葉を信用できるのでしょうか。

 厳しい議会・県民のチェックが必要です。



2006年01月05日(木) 結局、搭乗率補償に踏み込む石川知事

 本日の読売新聞静岡支局長インタビューで、石川知事は、航空会社への支援策として「就航する定期便に対し、一定の搭乗率に達しない場合、差額の運賃を支払う搭乗率補償制度の導入に前向きな姿勢を示した」との報道です。えー!あれだけ搭乗率補償を否定していた空港部ですが、何の事はありません。やっぱりです。

 昨年の5月25日付け「静岡空港の整備・利活用推進に向けて」で「株式会社日本航空ジャパン(JAL)と静岡県は、静岡県は、競争力のある空港の実現に向けて、静岡空港の整備・利活用を以下により推進する。」として4項目の約束をしています。その一つに「日本航空グループは、静岡空港開港時に新規乗り入れを行うこととし、静岡県は、その就航路線について収支均衡を図るための運行支援策を実施する」があります。

 議会では、この項目は開港前から赤字想定の搭乗率補償ではないのか、と厳しく追及されていました。空港部は「そんな約束は一切していない」、「これは、着陸料の低減と言う意味も含まれている」と繰り返し説明してきました。議会にウソを答弁していた事になります。記事の中では「着陸料、ターミナル賃貸料などのコストが、航空会社との課題になる。搭乗率補償も含めた支援策を急いで考えたい」。

 1月に立ちがるとされる民間運営会社は、根本的な矛盾を抱えています。便数を増やそうとすれば着陸料をさげるしかなく、運営会社は赤字になります。一方で滑走路など維持費を確保しようとすれば着陸料を高くなり、航空会社は乗り入れを渋ります。結局、今回の搭乗率補償という形の税による補填を前提にしなければならないのです。

 中日新聞インタビューで、台湾・香港などエアポートセールスで国際便が確実であるかのようなキャンペーンを行っていますが、「就航を決めるに当たって重要な、どれくらいのコストで離発着できるかを算定するに必要なデータなど追加要求された」とあります。まさか、国際便にまで搭乗率補償をしようなどとは考えていないでしょうが、心配です。

 まだ知事インタビュ―を掲載していない毎日、朝日新聞では、空港問題はどのように扱われているのか、多いに関心が高まります。



 



2006年01月04日(水) 今日から仕事始め

 今日から仕事始め、午後に県庁控室にいきました。たまたま、議長、副議長が議会事務局職員や各会派付き職員に新年の訓示とのことで、その前にと職員の方々に新年の挨拶をさせていただきました。知事部局は午前中訓示が行われています。

 知事発言については、地元紙である中日新聞、静岡新聞は夕刊で写真入りで紹介しています。知事の発言にメモを取る幹部職員の方々の表情を拝見していると1人1人の個性とパワーが脳裡を駆け巡ります。この人たちと対抗しているんだ、を実感します。中日新聞が政令市・浜松市長発を、静岡新聞が政令市・静岡市長発言を紹介、地域性がでていますが、知事発言についても、取上げる個所が違っています。

 さて、一方で小泉首相の年頭会見は、全社夕刊で報道されています。見出しを見ると
静岡新聞―首相年頭会見 中韓を厳しく批判 靖国参拝「心の問題」
毎日新聞―靖国問題 首相、中韓の対応批判 総裁選 直前に後継者指名
日経新聞―靖国問題 首相、中韓の対応批判 ポスト小泉、外交継承期待
読売新聞―中韓に「交渉閉ざさない」 靖国問題 首相、年頭会見で強調
朝日新聞―靖国問題 内外からの批判 首相「理解できぬ」 年頭会見
中西新聞―「心へ介入 理解できぬ」 年頭会見 首相、靖国で中韓批判

 アジアからの孤立に「どこ吹く風」ということでしょうか。
 
 たまたま今日の静岡新聞社社説は外交問題です。見出しは、「時代の転換点の中で 一段と求められるアジアの視点 どこまで進む中国の解放と民主化 何の得になる対日アレルギーの誘発 一番の愚かは内向き思考に陥ること」とあります。静岡新聞「辛口」評論の多い私としては、この社説の中国評価について、3分の1はなるほどと思いますが、3分の2は、ちょっと違うぞ、という立場です。
 
 ですが、「一国のリーダーたる者は、不要なナショナリズムの惹起を抑え、穏健な対外思潮へと大衆をいざなう事が重要な仕事だと考える」「麻生太郎外相や前原誠司民主党代表の相次ぐ「中国脅威発言」は、時と場を考えず、人気取りを狙った舌禍の類だ」「日本はもっとアジアの視点に立ち、東アジアの歴史を書き上げるリーダーになること」という視点は、静岡新聞としては冷静な主張と受け止めました。

 仕事始めの今日は大変寒い1日でした。小泉首相の「お寒い外交」、地球温暖化異常現象として放っておいていいはずもない出来事と考える方々の方が多数ではないかとは思うのですが、どうなんでしょうか。
 



2006年01月03日(火) 新年初の街頭演説

 昨年、一昨年は、新静岡センター前で新春第一弾・街頭演説をやりました。2006年は、場所替えで青葉公園前で行いました。風が強く、のぼり旗が折れそうなくらいで、心配しながらマイクに向かっていました。

 目の前では、献血運動の呼びかけがなされており、隣では年賀はがきの臨時販売所、迷惑がかからないようにと思いながら訴えました。しばらくすると、大道芸人らしき若いメンバーが準備をはじめました。

 すると1人の女性が、「静岡を大道芸の街にする会(正確ではないかもしれませんがNPO団体だそうです)のものですが、このあとここで大道芸やりたいので、20分づつくらい交替でやらして頂けないでしょうか」。勿論「どうぞ交替で」。

 大道芸人は、もーりーさんという方で、さっそく芸が始まりました。風が強かったため、なかなか人だかりができにくく、一生懸命にアピール、20人くらいの人が足を止めてくれました。パフォーマンスがはじまるや拍手、拍手。

 その後を受けて再び街頭演説。支持者のTさんが立ち寄ってくれて、「誰も聞いていないよ」「音が割れているよ」とアドバイス。「聞いてくれている人は少ないと思いますが、毎年、新年の挨拶をやっている事が大切」に「なるほど、ネー」。

 でも結構、支持者や知人の方々が通り過ぎて挨拶をしてくださるので、元気が出ているんですが、普通に考えると正月に何をうるさく怒鳴っているの、と思われているのかもしれません。それでも頑張ります、2006年も。
 



2006年01月02日(月) 『下流社会』(光文社)を読む

 昨年のベストセラーとなった三浦展氏の『下流社会』、金子勝さんが「ブッシュと小泉の選挙の狙いが奥深い所から見えてくる」と評する社会分析です。副題に「新たな階層集団の出現」とあるように「格差社会」の現状を客観的に明らかにした書として注目されていました。

 地域政策研究所で「団塊の世代とニート・フリータ世代が仕事をキー概念に語り合う」シリーズも既に4回を終わり、1月11日にはコピーライターでもあり演劇脚本家でもある高岡基さんが予定されています。この企画を通じて若者の仕事意識とは、ということでこの本も話題になっていました。

 目次は、第1章ー「中流化」から「下流化」へ、第2章ー階層化による消費者の分裂、第3章ー団塊ジュニアの「下流化」は進む、第4章年収300万円では結婚できない!?、第5章ー自分らしさを求めるのは「下流」である、第6章ー「下流」の男性はひきこもり、女性は歌って踊る、第7章ー「下流」の性格、食生活、教育観、第8章ー階層による居住地の固定化が起きている、です。

 団塊の世代(狭義には1947年から49年、広義には1945年から1952年、団塊ジュニア(1971年から75年、真性という別の区分でいくと1973年から80年)、新人類世代(1960年から68年)、昭和ヒトケタ世代(1926年から34年)の4つの世代、そして男女比較が入って8つの世代パターンを対象に様々な質問項目を用意して「上流」「中流」「下流」意識分析を行います。

 簡単に言えば、団塊世代は自分らしさを自他と共に求めた世代で「上流」意識を持つ人ほどその意思は強い、が、団塊ジュニアにおいては、自分らしさを強く感じるのは、「下流意識」を持っている人たちである、としてこのことが書全体を通じて何故そうなのか、が追求され、そのことが階層化社会にどうかかわるかを分析します。

 団塊の世代である私自身が、まさに「自分らしさ」を追い求めてきたが故に、現代の若者のあまりに個人を大事にして他者とのぶつかり合いを回避する、ディベートはうまいのですが、その姿勢はいったい何なんだろう、がいつも疑問としてありました。どこで、彼ら世代と対等な関係が結べるのだろうか、課題です。

 そのことを、私は、以前より、第1に若者の「自分らしさ」意識を、過剰な個人主義と未成熟な個人主義の2面性としてとらえ、社会参加=普遍的全体価値と個人の関係をどう紐解くか、第2に新自由主義的労働社会の中で学歴社会と年功序列社会の崩壊と若者のフリーター化現象との関係をどう紐解くか、との問題意識で考察してきました。

 ただ、ここまでデータ分析に徹底すると、「だから何なんだ」と言い返したくなるほどに執拗に「自分らしさ」意識を客観化します。変革の意思はどこに現れるかという点で、その答えを追い求めれば求めるほどいらだちを感じてしまうのは、団塊世代への思い入れでしょうか。

 最終章の東京の住居を、明治維新での「第1の山の手」、明治・大正時代の「第2の山の手」、関東大震災後の「第3の山の手」、戦後の「第4の山の手」と高級住宅街が移動していくさまと「上流」「中流」「下流」意識分析は圧巻です。階層社会論が単にアンケート調査分析だけでない歴史性と都市計画性をミックスしての問題提起は読者に大きな刺激を与えてくれます。

 そして、「おわりにー下流社会を防ぐための「機会悪平等」」で政策提起となります。階層化解消のために「機会平等」を説く学者への厳しい批判的始点を提示しながら、階層化社会をそのまま肯定する姿勢でないことを明示します。一読をお勧めします。



2006年01月01日(日) 各新聞社の元旦社説を読む

 新年おめでとうございます。
 今年もよろしくお願い申し上げます。

 今日は毎年恒例の若葉町内会の9:00からの池ヶ谷東公園での新年の会から始まりました。天気も心配されましたが何とか持ちなおし、そのあと、池ヶ谷天神山に登り、静岡市全体を眺望しました。麻機湧水池を取り巻く街並みは、回復した青空の中でひときわ綺麗に見えました。

 ※※新年の挨拶をアップしましたホームページが文字化けしています。ホームページを開いて右クリック、エンコードをクリックして日本語(自動選択)をクリックしてください。日本語に戻ります。原因探索中です。

 1年の計は元旦にあり、各新聞社の社説に目を通しました。大見だし、小見出しを紹介します。

朝日新聞―「武士道をどう生かす 2006謹賀新年 内外のいらだち 他者への哀れみは 品格を競いたい」

中日新聞―「日本の出番なのに 年のはじめに考える アジアに積極的関与を 近隣との確執が障害 10年後を描きつつ」

産経新聞―「新たに始まる未知の世界 アジア戦略の根幹は日米同盟 モノ言う外交は出発点 驕らず高ぶらず」

日経新聞―「成長力を高め魅力ある日本を創ろう 「GNP」をもう一度 百年後の日本のために」

読売新聞―「人口減少時代へ国家的対応を 市場原理主義への歯止めも必要だ 民族の歴史的節目 危機直面の財政、福祉 国民説得が政治の役割 EU的共同体は幻想だ 超党派で国家像確立を」

毎日新聞―「壮大な破壊後の展望が大事 結果責任負ってこそ名首相 改革の結果はこれから 手段が目的に」

静岡新聞―「せめて問題を共有できる社会に 時代の転換点で 国民が国家を養うなんて 環境がよければ子どもは減らない 我慢強さはまず大人から」

 朝日、中日、産経が外交問題を軸にアジアの中の日本のあり方を論じています。勿論、朝日、中日と産経は全く逆の立場です。日経、読売は経済回復をを見据えてのこれからの日本経済を論じ、更に読売はほぼいつもの2倍の分量で少子高齢化に対応する国家像を明示しています。毎日新聞は、小泉後を軸に改革の中身を論じていますが、言いまわしは微妙で、続投も匂わせながらです。静岡は、いつもの高飛車な物言いで、分析と言うより、精神訓的内容です。

 気になるのは、読売の「超党派での国家像確立を」は、自民・民主大連立への誘いこみです。「市場原理主義への歯止め」も語って民主への気配りも忘れていません。毎日の企画ものの中で、「民主分裂、一部社民との合流」との識者意見が紹介されています。全体を通して「団塊世代」「人口減少化社会」テーマは共通です。

 企画モノでいうと、毎日の「縦並び社会 格差の現場から」は年末から3回目で非常に面白いです。中日の「流れを作る」、朝日「再生 新生」、日経の「日本の力」は、まだ1回目で評価ができませんが、注目です。

 それにしても中日新聞1面トップの「静岡空港 就航交渉が本格化 大韓航空が意欲」と知事インタビュは気にかかります。早い段階での住民グル―プとしても海外航空会社への本当の実体キャンペーン活動が求められているようです。そして、中日新聞、静岡空港建設事業にも参入している水谷建設の政治献金報道の要チェックです。

 というわけで2006年が始まりました。各新聞社の英知が現れる1月1日社説、企画テーマに私達、政治にかかわるものも緊張感を持ってその水準に対応できるような迫力が必要になります。1年間頑張り抜く所存です。ご指導、ご鞭撻よろしくお願い申し上げます。



2005年12月31日(土) 結局、おせち料理は今日に

 毎年、年末の1日、1日は、朝の通勤の1分に相当するような感じがするせわしなさです。どういうわけか、毎年忙しくなっている感じがします。大掃除の次は、おせち料理になります。ほとんど恒例化しているものを作るわけですが、どうしたらうまくなれるのか、やはり考えてしまいます。

 ローストポークは今年はちょっと凝ってみましたが、いまいちでした。それでも、まだ作らないといけないおせちがまだ残っています。そうだ、日記だ、としばし、事務所に。新聞を見ようと思ったら、スタッフが正月休みだからと新聞を休刊扱いにしてくれていて、困った、です。

 明日は、1日、毎年、各新聞社社説をひととおり読んでの1年のはじまりですが、どうしよう、と。たまたまスタッフが31日だと言うのに事務所に来ていてくれて、難を逃れました。果たして、各新聞社、来年の企画はどんなことを考えていてくれるんでしょうか。

 期待したいと思います。



2005年12月30日(金) 大掃除のガラスふき

 昨日は、事務所の忘年会ということで、遅くなりました。今年は、趣向を変えて、駒形通りの「ラス・タパス」でアイリッシュバンドギネス・ボラーチョ』のライブに出かけました。アイルランドというとエンヤを思い浮かべるくらいですが、想像していたより、ジャンルも多様で、技術力も結構いけていて楽しい時間を過ごしました。

今日は眠い眼をこすりながら、年末の大掃除、窓ガラスふきをはじめました。1年に1回ですので汚れが目立ちます。帰省している次女が大学で掃除のアルバイトをやっているという事から、窓拭きに新聞紙を使うと綺麗になるんだよのアドバイスを受け、それならとさっそく試みました。

 確かに綺麗になります。特に結露によるガラスの下の戸のさんはカビがはえていてなかなか難しいのですが、これでやると効果があるというのです。ただ、どうしてきれいになるのかその理由が良くわからず、途中から面倒くさくなって、いつもの水に濡らしたウエス(古着)で拭き、そのあと乾いたウエスで二度拭きというパターンに戻ってしまいました。

 終わってから、インターネットで調べたら、新聞に含まれる油脂が汚れを落とし、そのあと乾いた新聞で磨くと油膜もはりぴかぴかになるとのことでした。なるほど、と感心してしまいました。合成洗剤を使わなエコクリーンとの評価でこの手法は結構広がっているようです。まだ試していない方は一度やってみて下さい。




2005年12月29日(木) 映画『アイランド』を観る

 韓国でヒトのクローン胚から胚性幹細胞(ES細胞)を作りだしたとする黄兎錫(ファン・ウソク)ソウル大学教授の科学雑誌『サイエンス』掲載論文を巡って大変な問題となっています。今年の初めに世界で初と国家的プロジェクトとして始まっていただけに、論文の科学的根拠が虚偽とするとまさにこれは大スキャンダルです。

 私は、この科学技術を生命倫理との関係でこのような国家プロジェクトする事に極めて懐疑的でした。静岡県でもクローン牛が研究されており、既にクローン牛が生まれています。人でなく牛ならいいのか、という問題をどうクリアするか、昨年の農業水産部での常任委員会では毎回議論を重ねていました。

 この映画『アイランド』は、クローン人間をテーマにした映画です。最初の「夢の楽園に抽選で選ばれる」という話から始まるのですが、途中でそれが、臓器としての単なる販売商品になることである事が少しずつ明らかになります。そこから、SF的趣向で観客はドラマにのめりこんでいきます。

 ただ、最後に主人公2人が多くのクローン人間を解放するのですが、そこは何かしらら救世主的舞台になってしまいます。『アイロボット』の最後のシーンと重なります。クローン人間を商品として求める人間社会をもう少し突っ込んでもらいたかった映画です。でも、それでも十分に面白い映画です。映画評論でB級扱いですが、韓国の事件が頭にあって観たのでとてもリアルで緊張感溢れました。








2005年12月28日(水) 静岡新聞「静岡県議会定数削減」報道

 静岡新聞1面トップに「県議会総定数削減 清水区・庵原郡など影響 特別委試算結果が判明 6月までに決定」の見出しで、県議総定数削減幅に伴う各選挙区の定数試算表報道がありました。ビックリしました。選挙区等調査特別委員会での議論を待たずに叩き台がスクープされているのです。

 問題が問題だけにあえて関係筋でアドバルーンをあげたのかもしれません。それにしても自分自身にかかわる葵区の定数6名が5名に減じられています。いままでの特別委員会で政令市の減員については、議論の対象にもなっていませんでしたが、どうして?です。

 何人もの方から、あのニュースは何なの?もう決まったの?問合せがありました。後援会関係者にして見ればやはり驚きの事であったと思います。議会事務局からも経過について連絡がありました。おそらく、公表を前提としない委員長サイドの検討資料かと思いますが、それにしても年末のこの時期です。

 果たしてこれでいいのかどうか、十分な検討が必要です。定数削減についての私の見解は、後援会ニュースで表明しています。「私は有権者に信頼される議員活動をする議員が増えない限り、たとえ議員が削減されても、有権者の不信の解消にはつながらないと考えています。皆さんはどのようにお考えでしょうか」。


 < 過去  INDEX  未来 >


K.matsuya

My追加