まつや清の日記

2006年04月16日(日) 青島ビールの原料の25%は米

 インターネットの利用料金が杭州ホテは30分で20元、上海では1分3元、青島で15分25元、と都市によってホテルによって随分違います。この点では、韓国がやはり群を抜いたインターネット環境です。青島では担当従業員と英語でのやりとりでやっと日本語使用に到りました。

 今日は、上海から空路で青島に来ました。国内移動ですが空港ではパスポート提示を求められました。チケットは松谷名でしたので、パスポートの戸籍名との違いで担当官が何か言うかなと気になりました。何回も戸籍名とチケット名を見ていましたが、判をバチンと押してくれました。

 今日の視察は青島ビールでした。1903年から16年までのドイツ占領下での会社設立、17年から45年までの日本の統治、49年から78年までの人民政府による経営、そして79年からの株式会社化、そして、中国のシェアの12,7%という生産高一位に到る経過も簡単ではなかったようです。

 それにしても青島ビールの原料の大麦はオーストラリア、米は地元、ホップは新疆ウイグル地区、そして原料において米が25%ということや、生産高の95%が世界48国への輸出とのことではじめてい知ることが沢山ありました。人口との関係もありますがビール消費量は今、中国が世界一です。

 夕食会は、青島で国際貿易を担う益佳集団有限公司との交流で沢山のことを学びました。青島は、旧清水市との都市提携を行っていた自治体でもあり、合併した静岡市にとっても今後の連携が求められます。その意味でも青島視察は有意義でした。



2006年04月15日(土) 上海弁事務所アドバイザー弁護士からのプレゼンテーション

 今日のテーマは、上海事務所アドバイザー弁護士による「中国事業展開における4つの主要問題」についてのプレゼンテーションと豫園見学でした。視察も4日目となり多少の疲れも出てきましたが、会議室がホテル内であったため、いつもより睡眠をとることができました。公的研修の意味を噛み締めたいと思います。

 郭紅さんからは、テーマに基づいて、以下について報告を受けました。
1、投資段階における諸問題
2、労務管理に管理に関わる問題
3、債権回収に関る問題
4、行政指導への対応に関る問題

 第一線の現場で活躍されている方だけに、ちょっと他では研修できないような貴重な問題提起を頂きました。資料等必要な方にはお分けします。中国が外資導入に当たってのその政治的スタンスの変遷、特にこの2,3年の間に法律が3000くらいから6000くらいに増えており、その内容を把握するだけでも大変とのことでした。

 労務管理については、昨日のYAZAKIでの報告と逆の中国政府からみた観点では、やはり、いくつか違ったポイントがあり、実態が多少とも把握できました。上海事務所からの最新事情を記した報告もあり、今後も継続した中国事情に関する情報収集の必要性を痛感しました。

 私からは、4つの質問をしました。
1、2004年に作られた行政許可法が一切の自由裁量を配しているとの報告について、日本での行政手続法の成立と自治体の条例に制定による裁量権の行使との関連で、法律の中での中央政府と地方政府の分権との関連でどのような棲み分けがなされているのか。

2、上海人口が1700万、流入人口500万(上海での都市戸籍を与えられないため、公的サービスを受けにくい社会的差別が生まれている)という中で、地方から流入する労働者についての社会保障(養老、医療、産育、失業)は中国企業、日系企業の中でどのように扱われているのか。

3、中国は、人治主義の国で法治主義への転換が簡単にはできないと聞いているが、特に共産党の指導的立場の維持と万人が平等である法治主義はなかなか両立できないのではないかと理解しているが、法律家としてどのように現状を認識されているのか。

4、急激な市場原理の導入の中で、環境問題とか、農村の工業化など、外から見ていると法律が追いつかない社会問題が噴出しているようにみえる、ニュース報道で北京で苦情処理委員会のような形の緊急的問題解決処理機関が作られていることを知ったが、法律家としては、この現実をどう受け止めているか。

 回答は、大変興味深いものでした。詳細は、視察報告にて述べます。

 旅行会社のガイドさんからも巨大な近代的マンションが林立する一方で、その隣で下水も完備しない古い2階建て長屋で生活する流入する労働者の生活実態の話は、衝撃でもありました。まさに、市場化の中で「発展途上国」と「中進国」と「先進国」並存する、何でもありの中国、大いなる刺激を受けました。

 中国が好きになりそうです。明日は青島です。

 



2006年04月14日(金) さすがのグローバル企業YAZAKI

 今日のコースは抗州経済技術開発区と静岡県に本拠地を構えるYAZAKIそして上海への移動でした。1日目の蕭山区の開発区とは打って変わった超近代的な特別区。道路は6車線、自転車道も完備、104平方キロメートル、中国49の開発区の10番目、39の輸出加工区の中の4番目の輸出入総額を閉めます。

 一番の進出企業は台湾で、日本は28%で2番目で、名だたる日本企業がひしめいています。管理委員会としては、開発「区」から「市」を目指し、12万人という学生を擁する学園都市、生活区を含む副都心の構築も視野に入っているようです。この地域が中国にとって経済発展にどのような位置をしめていくことになるのか。

 そのあと訪ねたYAZAKIの企業戦略と労務管理には学ぶべきことが沢山ありました。日本では、生産高及び従業員数の80%を静岡県というローカル拠点に本拠を構えながら、世界の37カ国に17万人の就業員、中国に11法人、24500人というグローバル企業です。メキシコが最大拠点とのことでした。

 企業の海外進出としては相当に早く19年前に中国にきたとのことで、しかし、海外に一度進出して撤退することは今までなかったとのことでした。カナダが合弁企業問題で1カ国だけあったが、という姿勢に企業哲学をみる思いでした。続きは、後の時間で.



2006年04月13日(木) 2006杭州世界博覧会会場はまだ工事中

 本日の日程は西湖ー杭州工業大学ー杭州世界レジャー博覧会会場訪問でした。何といっても圧巻は、世界レジャー博覧会会場の工事中のほこりまみれる、とても4月22日の開催日には間に合いそうもない、働く人たちであふれる現場でした。

 4月から10月という花博と同じ半年間に渡る長期イベントであるわけですが、信じられない工事の進捗状況で徹夜の突貫工事をやっても無理としか思えない状態でした。一方で、国内1500万人、海外100万人の来場計画を立てているとのことです。

 そもそもこの計画は創城という民間企業集団が杭州市と連携して40億元(600億円)をかけて、人工都市を作ろうという壮大な事業です。それは、日本でいえばハウステンボスのような開発に似ています。

 当然にも企業はこの博覧会イベントでの収入(入場料2000円=150元くらい)だけでなく、マンション、別荘の販売という不動産事業でもあります。関係者の話を総合すると4月に全部完成しないことも想定範囲のようでした。すごい計画です。

 工業大学は、実際は総合大学で1953年に開校、全国2000ほどの大学でランキング90、研究予算では年間2億4000万ほどで額にしてランキング40とのことでした。中央政府による研究プロジェクト20のうち7つを独占しているとの事です。

 私は、予算における中央地方の割合いー企業が半分以上負担をしていて、大学の中に企業の研究所がいくつもあるとの事、また、具体的なバイオ技術の研究状況や産学共同分野において韓国のソウル大学の黄教授の問題について質問しました。

 西湖については、明の時代の状態に復元したことも含め年間3000万人以上の観光客があることや、そのことによる有料の公園の一般開放など、すばらしい自然風景に感動しました。実際に平日にもかかわらず大勢の観光客には驚きました。

 遊覧船のエンジンが環境の観点からバッテリーエンジンに変えたこと、杭州市内からガソリン小型バイクを禁止(ガソリン車を政府が購入したとのこと)、このことから上海市での乗用車の規制政策に議論が発展し、結構、面白かったです。

 視察2日目、今日も刺激に満ちた1日でした。中国は面白い!の実感です。

 



2006年04月12日(水) 日系企業工業団地の実情

 日航ホテルでチェックインを済ませ、7:40バスに乗り込み出発。外は結構な雨。途中パスポート検査、出入国管理が厳しさを感じました。空港では、vip待遇か、日航の支店長が桜ラウンジに直接案内してくれると移動。

 ただ、空港で携帯電話をレンタルすべく、別行動。NTT窓口にいくも、中国は電波状況が悪く、他のメーカーを薦められ、急遽ボーダフォンに。といってものすごくいいというわけではなさそうです。

 時差1時間、現地時間13;00少し前に到着。こちらも雨。早々に杭州市蕭山経済開発区で日系企業工業団地についての説明をうけました。1993年に工業団地として開発されましたが、静岡県の企業が第1号であった、とのことです。

 工業団地には、日系企業50社そのうち10社が静岡県の企業、ただこの2,3年は新規参入がないとのことでした。質疑に入って私は、工場の排水の問題についてどのような現状にあるのか尋ね、排水基準についての資料をいただきました。

 そのあと、掛川市に本社のあるパントーネというパン製造会社を訪問しました。パン生地を工業団地で成型し冷凍して船便で輸送し日本で焼くというシステム。責任者の方から「中国進出のメリットと問題点」というレポート報告を受けました。

 17;30からは浙江省の人民代表大会常任委員会による歓迎式とレセプション。テレビでよく見る中国式スタイル、そして宴席は「乾杯」と「一気のみ」を繰り返す友好を深めるパターン。聞いてはいましたが、あっけにとられていました。

 明日からは急成長する中国経済の現実を更に詳しく把握してみたいと思います。空港から開発区、工業団地、ホテルというコースでは、近代化した中国のGDP10000ドルを目指す「陽のあたる」中国しか見ることができませんでした。

 

 
 



2006年04月11日(火) 中国視察出発直前に土地収用委員会との話合い

 14:11の新幹線で中国視察に出発するのですが、午前中は土地収用委員会との話し合いでした。直前にこうした重いテーマでの活動が出きる事は、議員活動にとって大変意味のある事と思います。内容は、下記の申し入れにある通りですが、公正・中立に向けて今後も話合いが必要です。

 権利者と「実現する会」との関係や代理人選定などの手続きを進める事も含め事前協議の可能性はありうるということや、却下を求める意見書の取り扱いについては、その都度提出できる、取り扱いは委員の「常識の範囲で」審議対象にないうることなど、事務局と言う立場の限界性がありながらも成果を確認出来ました。

 問題は、事務局が予断と偏見を持って、起業者優先の運営を行うかどうかです。注意深く事務局をチェックすることが重要です。

 ただ今から出発です。
 
※※

静岡県収用委員会・会長 増田 尭様         2006年4月10日
               
土地収用裁決申請却下を実現する会(事務局長  増田 勝)
〒420-0839 静岡市鷹匠2−12−10 「市民ひろば」内
�筺�fax  054−653−2791                 

2006年3月16日に「空港に反対する地権者・住民の会」、「空港に反対するオオタカの森トラストの会」、「空港に反対する共有地権者の会」として、収用委員会に対して以下の3点の申入れを行いました。
1. 審理は2ヶ月に1回程度の開催とすること
2. 審理の期日は原則として日曜日(または他の休日)とすること
3. 審理期日及びその方式の決定は当事者間による事前の合意にもとづくこと。
そして、話合いの中で、4月初旬とも言われる収用委員会でこの申し入れについての報告と協議を行う事を収用委員会事務局として了承して話合いは終わりました。
ところが、先日、各権利者に「審理の開始についての(通知)」という形で、5月31日、7月4日の収用委員会の日程、及び、審理における発言申出についての連絡が届きました。しかし、その内容は3月16日の申し入れが一切無視されているもので、私どもとしては、とうてい納得できる内容でなく、尚且つ、第三者機関である収用委員会の本来の公正・中立の精神はどこにあるのか、大きな疑念を持たざるを得ないものでありました。あらためて、以下の点について申し入れを行うものであります。

1、4月はじめに行われた収用委員会では、どんな議論がなされてこのような通知に至っているのか、経過を明らかにすること。
2、法律65条にある権利者の意見陳述については、開催される収用委員会ごとに意見書提出の機会を保障すること。
3、意見書締めきりは、収用委員会開催日10日前までとし、進行については権利者との協議を行うこと。
4、現在提出されている意見書の数や傾向、どのような扱いをしようとしているのか明らかにすること。
5、今日の話合いを踏まえて早急に収用委員会を開催し、今回の決定の修正を検討すること。

 尚、3月の話合い後に関係3団体にて上記の団体を結成し、収用委員会に対応する事を決めましたことをお伝えするものであります。



2006年04月10日(月) 静岡県立大学・短期大学の入学式

 県立大学合同の入学式に参加しました。グランシップの大ホールが会場で、舞台がライトアップされ、何か変な感じがしました。主人公は、入学生のはずですが、何故か、壇上の大学の管理者と来賓が目立つ式典でした。

 西垣 克学長は、式辞の締めくくりで、「ナチスにより追放されたハイデルベルグ大学のヤスパース教授は、その時代、ドイツの大学は崩壊したと語っているが、今の時代の大学のあり方として、戒めとしたい」と述べました。

 石川知事がこの言葉を受けて式辞で何を述べるのか、大いに期待しました。「勝海舟の父親が息子に語った言葉に「野郎の本棚になるな」があります。知識だけの人間という意味ですが、社会に貢献する大学人になって欲しい」。

 実は、学長は大学の独立法人化(自主的選択と言っていましたが)という大学が置かれている厳しい環境についても述べているのですが、知事は、そのことについては触れずに終わりました。

 それにしても新入生の誓いの言葉は格調高いもので、新入生とは思えぬ感じで驚きました。高校の頃からテニスをやりながら食品が体の機能性にどう影響するのか研究してきたとの言葉に、時代を感じました。

 新入生のパワーに期待です。



2006年04月09日(日) 土地収用委員会の非民主的運営を考える

 静岡県土地収用委員会から第一回収用委員会の開催通知を静岡中央郵便局で4月7日やっと受け取る事が出来ました。開催日が5月31日(水)10:00から17:00、開催場所がグランシップ1階大ホール「海」です。

 大ホールは、多目的ホールで収容人員は4626席です。権利者1400を越えますが、平日開催に、どうしてこんなに大きな会場が確保されているのか、理解に苦しみます。全員参加を前提に会場が予定されていると思いますが、何か魂胆を感じます。

 郵送物は、案内以外に会場地図、審理に当たっての注意事項、当日出席する事が出来ない場合について、審理における発言申申出について、の文書が入っていました。特に気になるのは、発言申出に関する文書です。

1、3月16日に申し入れした事項= 審理は2ヶ月に1回程度の開催とすること、審理の期日は原則として日曜日(または他の休日)とすること、 審理期日及びその方式の決定は当事者間による事前の合意にもとづくこと、については一切無視されています。4月はじめに行われた収用委員会でどんな議論がなされてこのような結論に至っているのか、まず明らかにしてもらう必要があります。

2、法律65条にある権利者の意見陳述について、収用委員会ごとに認められる意見書提出の機会を奪い、最初の申出に限って受けつけ、一方的に陳述を振り分け、運営しようとしているのは、全くの非民主的といわざるを得ません。これこそ、当事者との話合いを必要とするものではないでしょうか。

3、しかも、期限を4月28日としていることです。私が受け取ったのが4月7日です。28日まで約20日余りです。28日から5月31日まで1ヶ月以上あります。公的機関が自分達の準備には時間をかけ、権利者には少ない時間と言う、全くの「お上的」スタイルに対して、どのように考えたらいいのでしょうか。

4、そもそも、意見書がどれくらい出されて、どのような傾向があり、それをどのように受け入れ、意見陳述と言う形で当事者の主張に耳を傾けようとしているのか、この文書ではうかがいしる事が出来ません。まず情報公開されるべきです。

 したがって、まずは3月16日の申し入れをした地権者グループと収用委員会事務局が話合いを持ち、今回の決定の修正も含めて再度の収用委員会を開催し、誰でもが納得できる民主的運営に努めるべきと考えます。是非とも再考して欲しいものです。





2006年04月08日(土) 働く人のよろず相談・街頭キャンペーン

 1人でも労働組合員になれるユニオン運動をすすめる県内の労働団体が、静岡市中心部の青葉公園で、テントをはり、マイクを使い、「相談カード」の配布するなど恒例の「働く人のよろず相談」キャンペーンを行いました。

 私も、彼らと共に、また、県議会商工労働・企業委員会の一員としても、マイクを握り「格差社会」の是正を訴えました。議会での労働問題の議論とこうした労働相談が合体する事になりました。

 今日は、あいにくの雨混じりの不順な天候で、風も強く、どれくらいの人たちが反応してくれるんだろうという不安もありました。私自身は、短時間だけの参加で全体のことは把握していませんが、いくつもの相談があったようです。

 派遣労働を巡る最低賃金や契約のずさんさや「ビックリする」ような内容のものもあり、こうした街頭でのキャンペーン活動を継続的に続けていく意義が再確認されたようです。

 こうした「現場」を経験してこそ、議会での活動も重みを持つというものです。来年度の所属委員会がどうなるかもありますが、いろんな刺激を受けます。労働組合の本来の意味での存在根拠を見る想いです。



2006年04月07日(金) 静岡にもLRTを走らせる会・総会

 久しぶりに「走らせる会」に参加しました。事務局の山本耕三さんが、参加者の書いた意見を一つ一つ読みながら解説をし、会議全体をコーディネートしていきます。自分の意見を紙に書き、司会者がそれを整理していく会議の運営スタイルを見たのは、1992年だったか、ベルリンで開催された国際会議に参加したときでした。

 民主的討論の一つのスタイルなんだ、その時に感じましたが、「走らせる会」では普通の進め方になっている運営風景、遅れて参加しましたので、直接の意見を出せませんでしたが、最新知識を沢山学びました。30人ほどだったでしょうか、様々な立場の方がいらっしゃって、刺激を受けます。

 静岡にもLRTが走る時が来るんではないかと、少し希望が湧いてきました。CDで示される巾の狭いLRTのヨーロッパでの実践例を見ると、車社会からの転換のために、いろんな暗中模索をしているその姿勢が伝わってきます。そのことの実現のために市と県がどのような協力するのか、県土木部長の顔が浮かんでしまいました。

 最後の方で七間町商店街の100年の歴史をあらわした本が刊行されていることを知りました。映画の街・七間町、さっそく明日買いに行ってきます。読むのが楽しみです。


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K.matsuya

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