見つめる日々

DiaryINDEX|past|will HOME


2010年08月24日(火) 
娘と喧嘩した。いや、喧嘩というより、私が彼女を叱った、というべきなのだろうか。怒った、というべきなのだろうか。その辺りがよく分からない。分からないが、間違いなく私は彼女を泣かせた。私は嘘をつかれるのが何より嫌いだ。約束を多少守らなくたって、まったくもう、で済むが、嘘は別だ。そこは譲れない。
叱りつけ、むくれている彼女の頬を軽く叩いた。多分、叩かれた方より、叩いた私の心の痛みの方が強いんじゃないかと思うくらい、情けない叩き方だった。それでも私は彼女を叩いてしまった。それに変わりはない。
一瞬呆然として、それからしばらくしてぼろぼろと涙を零す彼女の顔を、私は見ていられなかった。でも、目を逸らしたらそれは私のずるさだと思って見つめた。彼女がごめんなさいと言い、それでも私は最初、受け付けなかった。受け付けない私を感じたのか、彼女はじっと私の隣に立って、私を見つめている。私も彼女を見つめていた。本当は、すぐさま、ごめんね、と私の方が言いたかった。
半泣きの状態で、彼女を送り出し、私は、彼女の涙の粒が残った部屋の中、ひとり、佇んでいた。そして、あぁ、あの頃の、母の気持ちはこんなんだったのかなぁと思った。あの頃の母にそっと、切ないね、と言った。

起き上がり、窓を開けると、うっすらと雲のかかった空が広がっている。この雲はいつまで広がっているのだろう。水色と薄灰色とが入り混じった空。私はしゃがみこみ、ラヴェンダーとデージーの枝葉を解きにかかる。改めて思うが、デージーというのは本当に強いのだなと。どういう隙間にでも芽を出して、きっと育っていくに違いない。そんな強さがある。それに比べて、うちのラヴェンダーは結構デリケートなのだな、と思う。デージーに遠慮して、デージーの上になるのではなく、下に、枝葉を伸ばす。日が当たらないから、それはすごく細い枝葉になる。だから私はいつも、その細い枝葉を上に上に持ち上げて、日が当たるよう、心を配る。
友人から頂いた花束から挿し木した枝、また新葉を伸ばそうとしている。赤く染まったその芽。何処まで伸びてくれるだろう。
パスカリの、横に広がっていっている枝。さすがに支えをしないと、窓を開け閉めするたび擦ってしまう。私は、棒を一本、枝の後ろに挿す。これで支えになればいいのだが。どうだろう。
ミミエデンから、ちょこちょこと、新芽の気配。まだまだ固い芽だけれども、これは確かに新芽だ。そう思ったら、嬉しくなる。どんどん出ておいで。新しい葉を芽吹かせておいで。私は心の中、そう声を掛ける。
ベビーロマンティカは、私がそう声を掛ける隙間もないほど、もう新芽を次々吹き出させようとしており。ふたつの蕾がそれぞれ、その合間にくっついており。ひとつはだいぶ丸みを帯びてきた。今週中には咲くかもしれない。
マリリン・モンローも、それぞれの蕾を真っ直ぐ空に向けて立っており。綻び始めた一つが、そろそろ切ってやった方がいい頃合なのかもしれない。これは小さめの花だ。でも咲いてくれた。それだけで嬉しい。
ホワイトクリスマスは今朝も凛々とそこに在り。まさに在るという言葉が似合うような佇まいで。まっすぐ天に向かって蕾を伸ばしている。ホワイトクリスマスにまでは、あの吸血虫は広がらなかったらしく。葉を拭っても、何も指にくっついてはこない。よかった。私はほっと一息つく。
アメリカンブルーは今朝二つの花を開かせている。真っ青なその色。うっとりしてしまう。
部屋に戻り、お湯を沸かす。ふくぎ茶をポットいっぱい作る。今日はふくぎ茶の葉にレモングラスを少し足してみた。口に含むと、ふわりと爽やかなレモングラスの香りが広がる。ペパーミントが好きだったら、それを足して飲むのもいいんだろうなと想像する。私はちょっとペパーミントが苦手だからやめておくが。
机に座り、煙草に火をつける。ついでに檜のお線香にも手を伸ばす。火をつけると、すっと涼しげな香りが机の辺りに漂う。とりあえず朝の一仕事にとりかかろうか。私は口紅を軽く引いて、作業にかかる。

考えてみたら、秋の展示は十月下旬から。その準備にかからなければいけない時期だ。まず、先日届いた、前期の展示「花流季」用の原稿を改めて読む。改行だけ訂正したら、そのまま使えることを確認する。私は写真展示の折、写真集と、もし寄せてもらったテキストがあればそれを配布するようにしている。
まず写真集の編集。できるだけ画を大きく見せられるよう、かといってしつこくならないよう、気をつけて配置する。これのどこにテキストを織り込むか。そしてまた、展示する作品の絞込みもしなければならない。
展示は後期もある。後期は「あの場所から�検廚砲覆襦�この展示に際して配布するテキストは、今年少し多くなったから、準備しなければならない分も多くなるということだ。あぁ、新しく紙を買っておくんだった。一瞬後悔。まぁ明日買い足せばいいといえばいいのだが。
作業していると、あっという間に日が傾いてゆく。気づけば空は茜色に染まっており。私は開け放した窓際に立って、大きく伸びをする。あぁ、これだけじゃない、やらなきゃいけないことはまだまだある。

突然電話が鳴る。娘かと思ってのんびりした声で出ると、違った。古い友人だった。私は伸びた声を謝り、改めて電話に向かう。
明後日どうする? と言われて思い出した。そうだ、明後日私は学校で留守だからと、娘の遊び相手になってくれると友人が言ってくれていたのだった。すっかり忘れていた。情けない。
プールの無料券がちょうどあるから、プールに連れて行っていいかい? うんうん、楽しみにしてるんだよ、お嬢。それはよかった。じゃぁ朝駅で待ち合わせということで。よろしくね。こちらこそ。
友人の喋り方は、ちょっと特徴がある。角ばった、というか、きちっとした、というか、そういう喋り方なのだ。
いつだったか、友人に、私が性犯罪被害者だと吐露したとき、友人は本気で怒っていた。どうしてそういうことが在るのか、と。でも、在るんだよ、今この瞬間だって、誰かが何処かで襲われているかもしれない。実際、そういうニュースがちょうどさっき流れた。
友人たちみんなで夜通し遊んで、朝、私の部屋にみんなでなだれ込んだときのことだったと思う。みんなが床で眠ってしまっているとき、友人は私につきあって起きていてくれた。そうして言葉少なかったけれど、話をした。
友人とは妙な縁で、私が高校の頃、自主制作の映画に参加した折に知り合った。以来、まるで腐れ縁とでもいうかのように、細く長く続いている。
娘に、Hさんから電話来たよ、と言うと、飛び上がって喜ぶ。で、プール行くって? うん、プールだって。どんなプールだろう? ママ、知らないからなぁ、どういうプールなんだろう。滑り台とかあるかな? 分かんないなぁ、あるかもしれないしないかもしれない。あるといいなぁ! 早く行きたい! 行く前に、ちゃんとドリルやっといてね。はいはい、わかってるってば。
娘は、どうも読書の方にばかり傾いていて、算数の宿題が追いついていっていない。「みんな塾行ってるから、学校の宿題ちゃんとやってくる人なんて、あんまりいないと思うよ」なんて、暢気なことを言ってのける。読書は、目標の冊数を軽く超えたらしい。それと同様、算数も頑張りなよ、と言うのだが、ふんふん、という返事だけで、やる気配がまったくない。まぁ、宿題を忘れて恥をかくのは本人なのだから、と、放って置く手もあるのだが、それはそれ、これはこれ。やらなくちゃならいことはしっかりやってほしい。なので私は彼女の尻を叩く。ほれ、ドリル! わ、わかったってば。
それにしても。私は本当に恵まれていると思う。うちが母子家庭であることを気遣って、あれこれ世話を焼いてくれる友人がこんなにいるのだから。
同時に、父母の世話も、そろそろ考えなければいけないよな、と思う。どうやったら父母とバランスをとってやっていけるだろう。そのことを、そろそろ真剣に考えなくちゃいけない。

じゃぁね、それじゃぁね、今日ママ、昼戻れないからね。わかってる。ハムサンド、冷蔵庫に作ってあるから。うんうん。じゃぁね。手を振って別れる。
いつもと逆方向、坂を上る。上って上って、今度はだぁっと下り。そこからは平坦な道が続く。二つの川を越えていかなければならない。二つ目の川を越える時、鴎と鳩とが入り乱れて、飛び立つのを見た。彼らはこれから何処へ行くのだろう。
さぁ、今日も一日が始まる。しかと歩いていかなければ。


遠藤みちる HOME |MAIL

My追加