| 2010年09月08日(水) |
ぱっちりと目が覚めた。午前二時。あまりにぱっちりと目覚めたおかげで、再度眠る気が全く起きない。ちょっと首を傾げ、考えた挙句、起き上がることにする。 風呂場に幕を張って、暗室に。引き伸ばし機をえっこらしょと運び込み、急遽プリント作業。後期の展示に使うものが、まだプリントしきれていない。その作業に取り掛かる。 国立の後期は「あの場所から�検廚療玄─�今年の「あの場所から」は砂丘での撮影だった。前の日の夜浜松で集合し、夜中過ぎまでファミリーレストランで時間を潰した。それからタクシーで砂丘へ向かい、真っ暗な中、砂の上を歩いた。波の音が近づいてきて、突如海が現れて。そこに小さな穴を掘り、小枝を集め入れて火をつけた。焚き火を真ん中にして、私たちはまたそこでもおしゃべりを続けた。途中黙り込む者、考え込む者、それぞれに、それぞれの時間を過ごした。 実際に写っているのは二人だけれど、二人以外にももう一人、その場に居て、荷物を守り、火を守ってくれた子がいた。その子の分も、気配で写真に写しこめたら。もちろんそんなこと、できるわけがないと知りつつも、祈るようにそう思い、写真を焼く。 あっという間に三時間が過ぎ、私は風呂場から出て、大きく伸びをする。髪の毛に薬品の匂いが染み付いている。苦笑しながら私は髪を結わき、丸める。 窓を開け、外に出て、気づく。雨が降り出しそうだ。見上げる空には鼠色の雨雲がごっそり。微風も何処か湿っている。久しぶりの雨になるのかもしれない。そう思いながら、私はプランターの脇にしゃがみこむ。 デージーは、まだ黄色い小さな花を咲かせており。そういえばデージーの写真を一枚も撮っていなかったと改めて思い出す。でも、こんな終わりの姿になって写真に撮られるというのも嫌なものがあるだろうと、カメラを持ち出すのは止めておく。また種を植えればいい。そう思って。 弱っているパスカリの、新葉がひらひらと微風に揺れている。日当たりは同じ条件のはずなのに、それでもこのパスカリはまるで日陰で育っているかのような姿をしている。やっぱり土のせいなんだろうか。土がもう、だめなんだろうか。いつ土を取り替えてやるのがいいだろう。私は首を傾げる。 桃色の、ぼんぼりのような花を咲かせる樹。ふたつの蕾がぷらん、とくっついている。まだまだ小さくて、花弁の色は見えない。 友人から貰った枝を挿し木にしたもの、片方がまだまだ新芽を芽吹かせる勢いで。紅い塊が芯の方に色濃く見える。冬になる前に、何処まで伸びてくるつもりなんだろう。楽しみだ。 横に広がって伸びているパスカリ。蕾はもう、私の中指の先ほどに大きくなってきた。少しクリーム色がかった外側の花びら。ちょっと心配。真っ白のはずなのに、またクリーム色になっている。何が違うんだろう。何の影響なんだろう。それがよく分からない。 ミミエデン。ふたつの蕾がぴんと空を向いて立っている。まだまだ小さな蕾だけれど力強い。古い葉と新しい葉がまだ混在しているが、もう少ししたら、古い葉を思い切って全部取ってしまっても大丈夫だろう。 ベビーロマンティカは、むっつの蕾をそれぞれの枝の先にくっつけて。ふたつの蕾からはもう、明るい煉瓦色がはみ出している。新葉のきれいな萌黄色が、この鼠色の空の下でも輝いている。本当にこの樹は、私の元気の素だ。 マリリン・モンロー。ふたつ目の蕾も少しずつだが大きくなってきている。それぞれに凛と空に向かって立っている。そして体のあちこちから、新葉を芽吹かせて。紅い縁取りのあるそれらは、瑞々しい色合いを放ってそこに在る。 ホワイトクリスマスは白緑色の新芽をぶわっと広げ始めた。さぁ、ここからどう伸びてくるんだろう。ちょっとマリリン・モンローと近いところだから、影に入っていかなければいいのだけれど。 そしてアメリカンブルーは今朝、一輪の青い青い花をつけており。風にゆらゆら揺れながら、それはまるで空に向かって手を振っているかのよう。 部屋に戻り、濡れた印画紙を窓際に吊るす。そしてお湯を沸かし、ポットいっぱいにふくぎ茶を作る。濃い目に入れたそれに、氷を三つほど入れる。そのカップを持って机に座る。椅子に座って改めて空を眺める。鼠色はだんだん濃くなってゆくようで。天気予報では、台風が近づいてきたことを知らせている。まとまった雨はどのくらいぶりだろう。いつ雨が降ったかなんて、もう覚えていないほど前のことだ。街路樹たちにとって、これはどれほどの恵みの雨になるか。公園の樹々たちにとっても。 と、思っているところに、ぽつり、ぽつり、雨が降り出した。やあやあやあ。久しぶりだねぇ。思わず挨拶してしまう。そうしている間にも、雨は徐々に強くなり。 さぁ、私は朝の仕事の時間だ。椅子に座り、取り掛かる。
ねぇママ、ママにとって友達ってどういうの? 何? だからさ、ママにとっては友達ってどういう人を言うの? うーん、遠く離れてても、心が繋がってる人、かな。なんで? なんかさぁ、ちょっと何かあるとすぐ悪口言ったり、陰口言ったりするのって、友達じゃないよね? ん? 何か言われたの? 私が言われたんじゃないんだけどさ、いつも一緒にいるくせに、ちょっとその子が目立つことしたら、あの子生意気だよねとか、むかつくとか言い出してさ、そういうのって友達って言える? なるほど、そういうことかぁ。うーん、ママは、そういう手のひら返したような態度をとる人は、友達って言わないなぁ。別にいつも一緒にいなくてもさ、気持ちが繋がってる、それが大事なんじゃないの? うーん。あなた、親友がいるって言ってたよね? うん。あなたにとって親友ってどういうの? 何でも話せて、相談したり相談されたり、そういうの。その子、学校の子? それとも塾の子? 塾の子。ってことは、別にいつも一緒にいるわけじゃないけど、心が繋がってる、そういうことだよね? うん。そういうのが友達、或いは親友っていうんじゃないの? なんかさ、こう、一緒にいるクセに、悪口言ったり、指差してこそこそ陰口叩いたりって、ずるいと思わない? うーん、でも、残念ながらそういう子は何処にでもいるよね。そうなの? ママが子供の頃だって、そういう子ってやっぱりいたよ。ママはその子たちとはどうしてた? 距離とってた。距離? だから、くっついたりしないで、できるだけ距離もって接してた。そうなんだ…。あぁそうか、あなたが言いたいその子たちっていうのは、あなたがいつもいるグループの子たちなんだね? うん、そう。同じグループの子にそういう子たちがいると、どうしていいかわかんなくなるかもねぇ。うんうん、わかんないんだよ、だって、私は別に、悪口言いたくないし、陰口言いたくないし、なのに、言わないと私まで陰口悪口言われるようになるし。なんか変だよ。あぁ、そうそう、そういうの、ある。ママもあったの?! あったよぉ、そういうこと。そうなんだぁ。私たちだけじゃないんだ。うん、あなたたちだけってわけじゃないね。何処にでも、そういうのは転がってる。なんか、ヤだね。ヤでしょう? だから、自分はやらないってママは決めてるの。そうすると、自分が今度仲間はずれにされたりしない? うん、されるよ。え、それでいいの、ママ? だって、自分が悪いことしたわけじゃないもんさ。それでいいじゃん。仲間はずれにされてもいいんだ…。そりゃ、その時はちょっと辛かったりするけどね。後々になって、自分が後悔しないようにした方が、ずっといいよ。…。 実はね、ママ、中学一年生の頃、いじめられてたんだ。ええー、ママを苛める人がいたの?! はっはっは、いたよぉ、クラス全員に無視されて、授業が在るのにロッカー室に閉じ込められたり、教科書ぼろぼろにされたり、いろいろあったよぉ。ええーーーー。信じらんない。ママ、その時どうしたの? どうもしないよ。どうもしないってどういう意味? 何もしない。だってママは何も悪いことしてないんだから。堂々としてればいい。そう思ってた。悲しくなかったの? 悲しかったよ。悲しかったし辛かったし、悔しかったし。でも、だからってへこへこするのはもっと嫌だと思った。だから、絶対負けるもんかって思ってた。へぇぇ。そしたらさ、何故か三学期の或る日突然、みんなが話しかけてくるようになってさ。変だと思わない? 変だ、それ。それで虐めは或る日突然終わった。それから普通にクラスの子たちと話すようになった。ママ、嫌じゃなかった? 最初はね、すごく嫌だった、ついこの前まで私のこと避けてたくせに、今何なのよ、って思ったりしてね。すごく嫌だった。じゃぁ我慢したの? 我慢したっていうかさ、なんか、みんな、ひとりひとりは弱いんだなって気がついた。弱いって? 集まって何かするから虐めになるんで、そのひとりひとりは実は、弱っちいこれっぽっちの人間にすぎないんだなって気がついた。…。みんなも自分も、結局は、ひとりひとりに戻れば、これっぽっちの人間なんだなって。そう思ったら、なんかもう、今までされてきたこともどうでもよくなってきた。そうなんだ。なんかそれも不思議。そうかもしれないね。ママ、苛められたのはそれ一回だけ? ううん、転校するたんび、苛められたよ。わはははは。ママって損な人間だね。そうなの、ママって損なのよ。そのママの血継いでるあなたも、損することがあるかもしれないね。でもさ。でも? 自分が正しいと思うことを、貫き通していれば、やがて分かってくれる人間が、ひとり、ふたりって出てくるものだよ。それまで我慢するの? そうなることも、ある。でも、ま、あなたは私より、要領がずっといいから、大丈夫! そうかなぁ。自分が正しいと思うことをやっていけば、いいんだよ。悪いと思ったらそこで謝ればいい。それだけのこと。…うん。ま、そっか。そうだよ。ほら、しゃんとして。背筋伸ばしてっ! はいはいはい。
じゃぁね、それじゃぁね。手を振って別れる。私は雨傘を持って、階段を駆け下り、ちょうどやってきたバスに飛び乗る。混みあうバスの中、私はじっと、柱に掴まり立っている。窓の外、降りしきる雨。窓ガラスに幾つもの雨筋が描かれてゆく。 駅で降り、短い階段を降りる。制服を着た小学生が、今にも泣き出さんばかりの顔でちょこねんと角のところに立っている。どうしたのだろう。話しかけてみる。定期券を忘れてしまった、という。何処まで行くの? Y駅。じゃぁ、片道分だけおばちゃんがお金出してあげるから、それで学校行きなさい。それで、学校に着いたら先生に言って、帰りの分のお金を貸してもらいなさい。ね? ありがとう…。 その子を改札まで見送り、私は逆方向に歩き出す。K川に架かる橋を渡り、N社のロビーを横切り、そこから続く歩道橋を渡り。 さぁ、今日も一日が始まる。 |
|