愛より淡く
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「この頃さあ、昔の女がとっかへひっかえ夢によく出て来るんだよ。しかも、目が覚めても、夢の内容までしっかり覚えていてさあ」
と、いうようなことを夫が、宙を見て、つぶやくように言った。
「それはきっと、いよいよ晩年に近づいてきた証拠と違うか?人生が終わりに近づいてくると、やたらと昔のことを振り返るようになるっていうし」
と、いうようなことを返した。
「なるほどね。若い頃なんて夢をほとんど見なかったし、見てもサッパリ覚えていなかったけど、この頃、なんだかやけに覚えているんだよねえ」
と、いうようなことを、また、しんみりとしながら、言った。
「みんなきれいな女だったなあ。あの頃は、はんぱじゃなくめんくいだったからさあ。きれいな女ばかり追いかけて・・・、」
と、ここで言葉がつまり、
ひと呼吸か、ふた呼吸おいて、
「で、結局は、いつも、捨てられてしまうんだ」
と、さみしげに言った。心なしか目が潤んでいるようだった。
でもまあ、捨てられたということは、それまで、曲がりなりにも相手にしてもらえたということやろうし、ええんちゃうん、わたしなんか、わたしなんか、相手にもされず、思いきり冷たくあしらわれただけやったで。
というようなことは言わずに黙っていた。その代わりに
「私も、昔のことよく思い出すよ、昔好きだった子のこととか、どうしてるのかな?元気かな?って思い出すよ。」
ぽつんと、ひとりごとをつぶやくように返した。
返事はなかった。
会話は、そこでぱったり、途絶えてしまった。
夫の夢の詳しい内容までは訊かなかった。
私は、作業を続けた。
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