Murmure du vent
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その日が最後の休暇だった。 チェックアウトをしている私は、あの人の香りがしたように思った。妻はベル・ボーイに荷物を預け子供達と楽しげに話していた。
一瞬のうちに全ての色彩が鮮やかに塗り替えられ時計が反対廻りしていくように思えた。
完全な人だった。その穏やかな微笑みと手の届かぬもどかしさ、ベッドの中でも終にほんとうの顔を見ることはなかった。
この腕の中で何回抱き締めても余りに手触りがよいシルクのように零れ落ちていく人。
「いつかこうしてまた、お逢いできると思っていました」優しくて柔らかな声が私を包んだ。 「同じ日に到着していましたのよ、私は一人でしたけど」肩にふんわりと髪がかかるスタイルはそのままだった。
世界で一番高価で、世界中の貴重な香りを1000種類も使ったと言われている。 ベルベットのように光沢があり白檀の官能的で扇情的な香りが似合う人だった。
ミルはあの人の為に作られた香り…
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