語り
DiaryINDEX|past|will


2001年03月03日(土) 妹の看病のため東京滞在日記 1


先週の金曜日(3/2)の晩から、東京にいってきた。
今年はなんだか、とても関空にお世話になる年である。

物心ついた頃から、出した熱を次の日に持ち越したことのないという頑健きわまりない妹美雪。
鬼の攪乱というやつかインフルエンザで5日寝込んでいるという。
しかもいまだに熱が下がらないという非常事態になり、

「�鼻爾鵝⇒Г世舛亡派造僕茲討發蕕い燭い韻鼻⇒Г世舛縫ぅ鵐侫襯┘鵐兇Δ弔垢鵐灰錺い�ら、お姉ちゃんきて〜〜〜」

と姉をなんと心得ているのかケシカラン電話がかかってきた。
母が動けないので、仕方なく私が行くことになった。
去年の12月ごろ、ねたきりの祖母を風邪から守るため、病院にわざわざインフルエンザの予防接種をうちにいった私に

『100本ほど打たれてきな!!』と

メールでよこしやがった己の傲慢さをいまこそ恥じよ、美雪。

1ヶ月ぶりの東京。
しかも、花金の夜の東京。
羽田から、モノレールで浜松町、外回りの山手で新宿、そして中央線で三鷹、という、よりによって究極の人込みルートを選んでしまった私は、おもい荷物(母の作った料理がびっしりつめこまれている、エンゲル係数の高いボストンバッグ)を抱えて、ひさびさに満員電車にゆられた。
3年前までは慣れ親しんでいた、懐かしい感覚だった。
老若男女、総赤ら顔。
みんな御機嫌で酒臭い。
一ミリたりとも動けないぎゅうぎゅうの車内。
持ち手がなくても、密着したお互いが背中で支えあう程の込み具合。
東京の電車は(よく停まるが)乗り心地がいい。大阪の攻撃的な込み具合の電車とは違って、密着してても穏やかな感じ。
みんな上手に自分の居場所を確保している。
満員電車の人にもたれて立ったまま寝れる私の特技は、きっと東京でしか披露できないだろう。そして、その機会は多分この先、もうないだろう。
しかし、そんな私は和歌山に戻ると途端に人込みを避けるようになるのだが。何故だろう。
それは、
「人込みになれている人たちで構成される人込みは、ある程度お互いのルールを把握出来てて居心地がいいのだが、人込みに慣れていない人たちの人込みは、攻撃的なオーラが発せられ、居心地がよくないのだ」
と、吉祥寺につく頃、答えを出した。
そんな(くだらなすぎる)ことを思いつつ、深夜一時の三鷹に到着。
もってきたイチゴは、押されてつぶれた箇所がピンクになっていた(甘くなった)。
なんだか長くなっちゃったから、このヘンで一回しめよう。


ぶな |MAIL