憲 随 誌
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2005年02月14日(月) ��196 自分

ここ1〜2年の経験を自分なりに思考している。
自分にとっては劇的なことでもあるし、ありがちなことでもあるかもしれない。
いろいろな出来事から、被害妄想とか、自分で自分を苦しめることも多かったけれども、やっぱり人を信じる思いは強くなっても弱まることはない。

ただ、その意味を思うにつけ、子供時代の自分の経験と決して無関係ではないと思うに至った。
自分にはどうも昔から、困難に直面している人とかある意味弱い立場にいる人と出逢うと、状況とか周囲の反応に構わずその人ととことん関わろうとする性分があるようだ。
きっとその相手が好きだからそうしたのだろう。もちろん時として相手を思いやれないわがままもあるのだが、それを超えたものに動かされてきたとも思える。

僕には小・中学校時代にそれぞれ抜群に親しかった友達が一人ずついる。
小学校時代の友達は、知恵遅れではないけれど学校の成績はビリで言葉を(はっきりした言語として)話すことにハンデを持っていた。主にそのことで6年間いじめのターゲットになっていた。
中学校時代の友達は、成績はとても良く学校を休まないようなガッツのある子。でも原因は違うけれども学校生活の中で会話が全くできず、そのためにいじめられていた。

どちらもずっと同じクラスで一緒にいることが多く、よく面倒を見ていたので、自分にもいじめの矛先が向いたりもした。
見て見ぬ振りとか、力になれないことも多かった。でも相手を裏切るようなことはなかった。
それはともかく、自分自身も弱く、幸か不幸かただ成績が良いことで環境に恵まれていた「良い子」だったので、二人と付き合い続けたのは今でも不思議に思う。

一人は一見何の取り柄もないどうしようもない奴のようだがある逞しさがあった。
一人は一見弱いようで、でも内に秘めた強さをすごく感じた。
自分とも全く違い、それぞれ全く違う二人だけれど、そんな二人にある強さには一番惹かれていたように思う。

逆境で強さを持つ人間に惹かれ、その人と関わり続けようとするのは、昔も今もちっとも変わっていないんだなぁと、ある意味困った奴でもあり、ある意味自分の好きなところでもる。

そんな自分を持ち続けようと思う。
もっと強くなりながら。
もっとエゴではなく人として想い行動できる自分をつくりながら。

そこに本当に自信が持てるようになった時が、すべての経験、出逢いを生かせる時なのだから。


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