![]()
- 2003年10月27日(月) 「119」=ライブ=投票日!!
20031026・ひええぇぇ(忙しい)も書きました。
会津どたばたしてますが、よかったら読んでくださいまし。あらあら、まあまあ。
決して意図したわけではないのだけれど、わたしが企画したライブ『119ライブ in やまぼうし』の開催日11月9日は、総選挙の投票日に重なることになってしまったのですね。
こういうところにミョーな先見性のあるわたし。
でも、ちゃんと肉付けしないと、ただ単に選挙の影に隠れてかすんでしまうだけ。
うーん、でも、そこまでやってる余裕がない……
今は、できるだけ明後日のライブでどこまで宣伝できるかを考えながら、体を休めよう。
うう〜〜〜、しんどいよぉ〜〜〜〜。
---------------------------------
んでもって。
友人の一人が面白いことを教えてくれた。
というのは、今回の「衆議院解散」が「10月25日」=満月の日だったそうな。
そうして、投票日の「11月9日」=やっぱり満月なんだって!
不思議★
---------------------------------
それから。
同じ友人が、↓こんなアピールを送ってくれた。
例によって「転送歓迎」とのことなので、ここに転載しちゃいます。
どうかみなさん、よーく考えてくださいね。
以下転載---------------------------------
<転送歓迎>総選挙に向けての共同アピール
今度の選挙の争点は、「日本が戦争への道を歩むか、どうか」です。
<ちょっと待った、その投票>
衆議院が解散されました。11月9日に選挙が行われます。選挙の争点は、一体何なのでしょう?
各党の「マニフェスト」をのぞくと、郵政民営化や道路公団民営化、景気対策、福祉や年金政策などが、テンコ盛り。どれもこれも大切みたいだけど、どの党も言っていることは似たりよったりだし、ほんとに実現できるかも分からない。
じゃ、少しでも何かしてくれそうなかっこいい党首のいる党に投票しよう、と考えているあなた!
違います。今度の選挙で問われるのは、選挙後の少なくとも3年間、日本がどのような道を歩むのか、その方向を選ぶ選挙です。そして、道を誤れば、日本は「戦争のできる国」に向かって、引き返しようもなくなるほど進むかもしれないのです。
この選挙は、私たちと私たちの子どもたち、孫たちの生き方を根底から変えてしまうかもしれない、とても大切な選挙です。
<選挙後、すぐにイラクへ自衛隊>
考えてみてください。自民党は選挙の争点になるのを避けよう避けようとしていますが、小泉政権は選挙に勝てば、戦争状態にあるイラクに、自衛隊を必ず派遣します。
ブッシュ大統領が強く要求し、小泉首相はそれに応えて、大多数の国民が賛成してもいないのに、派兵を決めたからです。
自衛隊が海外に出て、武力行使を行うのは、もちろん日本国憲法違反です。
そもそもアメリカが一片の大義もなく、国連など国際社会の制止を聞かず、国際法にも反し、いわば勝手に戦争を始め、勝手に占領したあげく、ゲリラ攻撃で収拾がつかなくなっているという話です。石油施設だけはしっかり確保しておき、危ないところは他国の部隊を傭兵代わりに使おうというアメリカ本位の「虫のいい話」。
他国の都合のために、なぜ戦後50年以上も、戦争で殺しも殺されもしてこなかった大切な原則を、ここで捨て去るのでしょう?なぜ大義のない戦争に、日本の自衛隊の若者が行って、殺したり殺されたりしななければならないのでしょう?
<教育基本法を改悪して、子どもに愛国心を強制>
ワイシャツ姿の小泉首相がかっこよく掲げている「小泉改革宣言」の5には、「教育基本法を改正します」と宣言されています。ここまではっきり教育基本法を変えると自民党が明示したのは、初めてのことです。
戦前の教育のあり方を反省し、子どもたちの自由な心と自ら育つ力を尊重したのが教育基本法です。それを、現代版「教育勅語」に変え、子どもたちに上から国家意識、愛国心を植え付けようというのです。それがどんな恐ろしい結果をもたらしたか、私たちはよく知っています。「愛国心」とは、国のために死ぬことをいとわない心のことです。
<憲法の改悪が目の前に>
イラク派兵と愛国心。小泉政権が進もうとする方向は、憲法を変え、とりわけ第九条(戦争の放棄)を取り払い、「戦争のできる国」にすることです。
「小泉改革宣言」には、「2005年、憲法改正に大きく踏み出します」「防衛庁を防衛省に移行させます」とはっきり書かれています。
自民党が勝てば、イラクだけでなく、米国の要請によって、日本の「軍隊」はどこにでも派遣されることになるでしょう。そして憲法が変えられてしまえば、出て行く兵士は私たちの息子であり娘であり、あるいは孫であるかもしれません。
なぜなら、自民党が構想している憲法改正案には、すでに「国民の国防義務」が現れているからです。国防の義務があり、愛国心があるのが当然となれば、「徴兵制度」の復活も日程にのぼってくるでしょう。
私たちの社会は徴兵と軍隊のある、これまでとはまるきり違う社会になってしまうでしょう。あなたはこの方向を選ぶのですか?それとも違う道を模索するのですか?
<今度の選挙の選択は、二つに一つです。>
私たちアピール署名者は、イラク派兵、教育基本法「改正」、憲法「改正」に強く反対し、多くの国民の皆さんに、以下のことを呼びかけます。
�〜�挙の争点について、家族、友人、地域の人々と話し合ってください。
�∩�挙区の各党、各候補者に、この問題での公開質問を送り、その答えを広く公開して、人びとの目に触れるようにしてください。
��そして、選択を誤らず、必ず投票をして、「戦争国家」にストップをかけましょう。
【共同アピール署名者(2003年10月23日現在)】
阿部浩己(神奈川大学教授)、井上ひさし(作家)、石田雄(政治学研究者)、内海愛子(アジア太平洋資料センター代表理事)、大内裕和(松山大学助教授)、桂敬一(立正大学教授)、加藤周一(評論家)、加藤節(成蹊大学教授)、川田龍平(人権アクティビストの会代表)、川本隆史(東北大学教授)、喜多明人(早稲田大学教授)、小林直樹(東京大学名誉教授)、小森陽一(東京大学教授)、阪口正二郎(一橋大学教授)、高橋哲哉(東京大学教授)、暉峻淑子(埼玉大学名誉教授)、水島朝穂(早稲田大学教授)、長谷部共男(東京大学教授)、樋口陽一(憲法学者)、藤田英典(国際基督教大学教授)、前田哲男(東京国際大学教授)、村井吉敬(上智大学教員)、毛利子来(小児科医)
---------------------------------以上転載
わたしの考えは:
「戦争は人間の生物としての本質である。
しかし同時に、それを回避する能力も、生物としての人間に与えられた能力である。
そして、この二つの矛盾した選択肢のどちらかを選択するということが、本質的にまたは本能的に決められているのではなく、人間自身に委ねられている、ということが「人間性」の大きな特徴だ。
「選択する」ということは、人間性の質を決定する重要な行為である」
ということだ。
……あれれ、難しすぎるよ、これじゃあ。
ただ、わたしは戦争を「人間の本質だ」(だからそれを行うのは当然だ)と考える人たちに対して説得力のある言葉を発したいと思っているのだ。
「所詮ああいう人たちとは世界が違うのだから」と言っていては、戦争に巻き込まれたくないと思っている人たちは戦争をやりたい、やってもいい、と思っている人たちに対して全く無力だと思う。
戦争を行う者は戦争をしたくないと思っている人間を否応なしに巻き込んでしまう。
わたしは、多少の恨みも込めて、「戦争は人間の劣った本性」だと思っている。
(類人猿のチンパンジーやゴリラ、オランウータンなどは「戦争」みたいなことをやる(テナガザルのことはよく知らない)。
霊長類=サルは大半が群れを作るが、その何割かは同種で殺しあう争いをする性質を持っている一方、それを回避する行動をとる種もいる。
どちらもその種の性質として、たぶん本能的に与えられたものだ。
人間は、どうやらそのことを「知って」「選択する」能力を与えられているらしい)
政治の中で「どうしても戦争をしなければいけない時」というものがあるのかもしれないけれど、それは「最悪の選択」でしかない。
それを決断した政治家は、勝っても負けても戦争を起こしたことを恥じて辞任する、失脚する、罪を問われる、そういうことが必ず行われなければいけないと思う。
それが国際社会でごく当然の「常識」となるよう、世界中に対して求めていきたいのだ。
(今のアメリカ人の多くにとって、こんな考え方は「非常識」もいいところだろう:
「誰がおまえを守ってくれるんだ? 世の中にはおまえの命を脅かす悪人が必ずいるというのに」)
このことを考えるとき、わたしはいつもわたしの父親を思い出す。
父が求めていた「理想社会」も、きっと今わたしが述べたのと同じようなものだったに違いないと思う。
父がそういう発想をしてから今までにだいたい60〜70年。
わたしが引き継いでから20年。
更に50年や100年かかってもいいから、人類が
「戦争は人間の本質かもしれない。でも、人間性にかけてあえてそれを起こさない」
という叡智ある常識を身につけた世界を目指していきたい。
もちろん、実現するのに、今の世界の実情から考えて100年や200年の継続的努力が必要なのは、ある意味当然のことだと思う。
イスラエルは決して罰せられないし、ブッシュも罪に問われたりはしないだろう。
それとも……?
![]()