TOPからリンク張りました。
私もネットサーフィンしているうちに、 ふとバナーを見つけて、クリックしたのです。 これを機会に行ってみてください。
夜、私はこれを見ました。 もう怖い。とにかく怖くて怖くて仕方ありませんでした。 虐待についての詳しい話もあって、その写真へのリンクもあったのですが 「ご自分のご判断で見てください」とかいて在りました。 本当にこういうことがあったんだ、見をそらしちゃだめだ・・・ ・・・としばらく考えましたが、 どうしてもクリックできませんでした。 おそろしくて、みれません。
おかしい。
どうして今目の前にいる猫のしっぽを切れますか。 どうして足を切れますか。 どうして首を裂けますか。
言葉だけ聞いてもおそろしくならない方、(それも結構問題ですが 自分がそうする事を想像してください。 それでもダメな方、自分の足が・・・と想像してみてください。 思わず、足のすね辺りがむずむずしてきます・・・。
「動物を殺すのはいけない」
私、正直に言うとこの言葉はピカピカしすぎていると思います。 牛や豚、にわとりを殺して食べていることを思うと・・・いえません。 生きるために、食べるために殺すのは仕方がないと思います。 食べることは、殺すことでもあるのではないでしょうか。 命を食べることじゃないのしょうか。
小学校の小さい頃、先生が言っていたことを覚えている。 「野菜も、お肉も、お魚も、全部生きているんだから、 だから『いただきます』は給食のおばさんへにだけ言っているんじゃないよ、 このお野菜やお肉にも命を『いただきます』って言うんだ」
食べるから殺す。 これは仕方がないと思うのです、私は捕鯨だってよいと思います。 むしろこれすら「残虐だ」という人はどうかと思います。 でも、それが文化なら彼らはそれでよいです。 それを、他の人にまで押し付けて欲しくないです。 ただ、捕鯨も限度や加減を考えなくてはならないですよね。 韓国が犬を食べるのもいいと思います。 命を食べて、私達は今ここにいるんです。
私達だって、地球です。 ちっこい生物から、時間がたってこういう生物になった自然の一部です。 弱肉強食。殺して、食べて、また殺して食べて、命を長続きさせる。 ふと返ってみると、動物が殺すことをするのは、 いつだって食べるため、生きるためです。
なのに、その猫を殺したのは何のため? こげんたはどうして殺された? 行き場のない命。 これは「してはならない殺し」です。残虐な行為です。 それは人殺しにも同じことが言えると思います。 今回の事件を「猫でしょ」と見過ごしてはいけません。 「殺して楽しい」という意識がある人が世の中にいては 大変なことになると思います。動物も、そしてその中の人間も。
ちなみに、ここまで読んで 「じゃあ殺した後、食べればよかったのか」とか思う人がいたら、 私はちょっとがっかりです。 殺したことが罪にならないように食べるんじゃないですからね。
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