ふつうっぽい日記
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2003年04月02日(水) ウソをついてないなんてウソだった

昨日、日記を書いて、就寝しようとした時に気付いた。
曜日感覚が鈍っていたことを。
昨日の日記に4月1日月曜日と平気で書いていた。
つまり、私はウソを書いてしまっていた。
嗚呼。
ウソをついてないなんてウソだった。

たまに、こういうことがある。
後から、思い出してみてから、自然にボケていて、周りにハニワ顔をさせてしまい、その時は何も気付かず、後から、そうだった…と思う事が。

思い込み、根拠のない自信。それは、“自然に”私にまとわりついている。「壁画」を、「古代壁画」であると確信したように。

過去の日記にも書いたかもしれないが、この「壁画違い」は8年くらい前の話。そう、学生時代である。
美術(図画工作)の時間、私は遅刻をしたか、前回休んだとかで、友人から何をすればいいのか聞いた。「この画材を使って、壁画みたいなのを描くんだってさ」と。画材(画法?)は、顔料を卵の黄身で溶くというテンペラというのだったと思う。
壁画…壁画といえば、「ラスコー洞窟の壁画」というのがピンと繋がった。こう、なんていうか、昔ぽいというか、神秘的なモノを描くということなんだと私の脳は確信した。
で、私は自分の想像する、神秘の埴輪みたいな宇宙人みたいなナゾの物体を単純な色使いで描いたのだった。
ところが…作品ができて、発表会というか、周りの人の絵を見ると…
ディズニーキャラクターや、浮世絵っぽいやつ、アメリカンテイストのある弾けたモノをいろんな色を使って描いている。

あれ?と思いつつ、8年の歳月が流れた。

そして、あの時「壁画」をどういう意味で使っていたのかが繋がった。たしかに、壁に描かれる絵にはかわりはなかった。でも、古典的な壁画ということじゃなかった。
分かりやすい場面でいうと、長い工事期間を要する建物の外壁や、港近くの倉庫の壁などにさりげないんだけど、一目をひくような絵が描かれていることがある。自己アピールしたい画家か、美大生などが脚立にのぼって、ペンキまみれになって描いたような大きな絵。電光が派手な(?)大型トラックなんかに龍が描かれているあんな感じの絵のある環境もあてはまるか。
まぁ、表現の感覚は自由で、厳しい先生ではなかったので、一つの個性としてとらえてくれたのだとは思う。

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キセキ。
輝く石?
輝きを忘れずに生きよう。


KAZU |MAIL