ふつうっぽい日記
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5月の連休、6月の友人との企画(両祖母との面会)に続き、7月は緊急帰省。そして、来月は、半年前から決まっていた友人との芝居鑑賞のための帰省。来月の帰省の福岡滞在中に、祖母の四十九日も予定されている…
楽しい計画的な帰省は疲れもあるが、それよりも楽しみの重みがあるので、前向きに受け入れられる。 でも、突然の、それも、身内の不幸によるものは、ガツンとくるもので、気力を持ってかれそうになる。5月に伯母が亡くなった時は、駆け付けなかった。「無理に来なくてもいいから…」との言葉に甘えた。 今回も、母から同じように言われたが、“母の母”の葬儀であることで、ちょっと弱い母の傍にいることだけでも役に立つかもしれない(変な表現だけど)と思った。 母からして、従兄弟にあたる人なども、もちろん葬儀にきていて、母は「ウチの娘」と挨拶をするように言ってきた場面もいくつかあった。 社交辞令、お決まりのように「子どもは?」と聞かれたり、「どっちがお姉ちゃん?」「KAZUちゃんは妹によう似ちょるねー」。 子ども問題は2、3年前くらいに妄想のピークを迎えていたので、笑って流すことは苦ではなかった。 でも、私の従妹、従兄弟の子連れ一家を目の当たりにすると、もしも子どもがいたら夫も引き連れて一家で参列してたのだろうか…とも思い、母も得意げに私等を紹介するんだろうな…と思った。
従兄弟の子等は、純粋でこちらから声をかけなくとも寄ってきて何かを話てきた。でも、それを監視する親は、「邪魔しないのぉ〜」とか「静かにしなさい」とか、どこか私との接触を避けさせようとしているような感じにも映り、ちょっぴり切なかった。 かといって、彼女等に近寄り、子どもの成長っぷりをたたえるような気の利いた言葉掛けもできなかった。 私は子どもが苦手なのかもしれない…とも思ってしまう。 また自分の子どもをもつと、変わってくる、という声もきいたことがあるので、やはり、流れにまかせるのが自然だな、と言い聞かせる。
今回も、来るべきものは来た。 それも、焼き場で待っている最中に。 実は、今回は密かに期待をしていたのだ。 おばあちゃんが、きっと守ってくれる…繋いでくれる…みたいな、都合のいい願いに期待をしていた。 でも、それは、ツゥーっと、激しく来た。 その痛みも一緒に、連れて帰った。 夫に「ダメだったよぅ」と訴えた。 夫は「また次頑張ればいいんだから」と、頭をなでながら、痛むお腹をなでながら言ってくれた。
おばあちゃん、私は、幸せに暮らしています。 見守っていてくださいね。
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