Opportunity knocks
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2004年11月09日(火) 観てきました

「2046」

想像通り期待通りでほんとうに素晴らしかった。
映画を観終わったあとも心ここにあらずという感じ。
まるでながくひきのばされた夢をみているみたいだった。
今年いちばんの感触かも。

トニー・レオン。素晴らしい。ためいきの連続。
ひとつひとつの行動にいちいち感情が揺さぶられて感情移入させられる。

カメラワークが素晴らしい。足元を撮るシーンがどの作品でも多く使われているけど、この映画ではより象徴的に使われている気がする。
つぶやきながら迷いながら歩き回る足元、ステップを踏む靴音、官能的でしかも無機質なアンドロイドの足首。そんな1シーンがすべてと繋がってひとつの雰囲気を作り出している。なにより美しくってみとれてしまう。


観ていていろんなことをかんがえた。
なくしたものは二度ともどってはこないのか記憶はいったいなんのために存在するんだろうどこにも行き場のない気持ちは?樹の穴に向かって密やかに人はいったい何を告げるのだろう、などなど。いろんなものがかけめぐって今もぐるぐる頭の中でまわっている。


「欲望の翼」に出てきた足のない小鳥の話が出てきて、ああやっぱり繋がっているんだなと思った。この映画はやっぱり「花様年華」の雰囲気よりはなんとなく「欲望の翼」の雰囲気といったほうがしっくりくるような気がする。「欲望の翼」のラストシーンで、トニー・レオンが淡々と身支度していく場面、うまく言葉にできないけれどとてもすきだ。

惜しむらくは木村拓哉かなやっぱり。
冒頭の台詞もそうだけど、あまり頭に入ってこなかった。感情や背景が上手く伝わってこなかった。どういう意図を持ってその台詞を言うのか、もしかしてよくわかってなかったんじゃないのかな。というか作品自体を理解していたのかが疑問。
フェイ・ウォンがアンドロイドとして小説の中にでてきて木村拓哉と話す場面、あのシーンの彼は木村拓哉が演じた青年ではなくトニー・レオン演じる小説家が投影されているわけだから、もっと小説家の存在というか気持ちを表現しなくてはいけないはずなのに、木村拓哉はやっぱり木村拓哉でしかなくて、そのせいであのシーンは少しぼやけてしまったような気がする。
その点、フェイ・ウォンはさすがに素晴らしかった。彼女はただアンドロイドとしてではなく、小説家が諦めようとして諦めきれないもの、永遠に追い求め様として手に入らないものをきちんと表現していた気がする。だからこそ時間が永遠に流れてもアンドロイドは同じ場所にとどまるわけで、それがすなわち現実世界とつながるリンクになっているのだとおもう。


それにしても。もう一度みたい。
観終わった瞬間そうおもった。
とりあえず「花様年華」を観なおして、またぜひ観ようとおもう。
今度はまたもう少し深いところまでいけたら、理解することができたらいいなとおもう。



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