Opportunity knocks
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「白の闇」読了。 早く読み終えたいような、まだまだ読み終えたくないような、そんな複雑な感じの読後感。とにかくすごい小説だった。
以下、ネタバレです↓
やはり最初に思ったのはオースターの「最後の物たちの国で」。失明した人々は、何も生み出すことができない。人々は残存する物を先を争って奪い合う。無秩序、人間性の崩壊、原始的な本能が理性を上回る心理状態。どちらも(「白の闇の場合は視覚)人間が持つ何かが欠けてしまった結果、そのような世界が生れてしまう。
全人類が視覚を失ったらどうなるか・・・現実的には起こりそうもないことだけど、この小説を読むとそれがとてもリアルに感じられる。そのような病気が起こりうるかという可能性のことではなくて、視覚というものを失った人間がどのような状態になるかということ。 読みながら、人間というものはやはり一個の動物に過ぎないんだなあということを思った。食べる、飲む、眠る、排泄する、性交する、そういう生き物として基本的なことは、たとえ目が見えなくなろうが体が動かなくなろうが、生きている限り避けようがない。状況が危機的であればあるほど人間はそれを求める。それを手に入れるためなら理性も分別も二の次。そう考えると、高等な生物として世界に君臨している人間という存在がとても危ういもののように思えて来る。今までわたしたち人間が作り上げてきたものはいったいなんなのか。ほんの少しの均衡が崩れるだけで、人間の世界(秩序)というものはたやすく壊れてしまうのかもしれない。
「目が見える、目の見えない人びと」小説の終わりに医者の妻が言った言葉が頭に残っている。ようするに、わたしたちは見えているのに見えてない(何もわかっていない)のだ、ということだろうか。 「だけどわれわれは実際にはみんな盲目じゃないか」と作者は言っている。 最後まで失明しなかった医者の妻だからこそ、わたしたちは誰一人として見えてはいないのだ、と言えたのかもしれない。
ジョゼ・サラマーゴは1922年に生れ、1995年に「白の闇」を書いたとのこと。つまり「白の闇」が書かれたのは73歳ということになる。これはちょっとかなり驚異的なことだと思う。長編を書く体力のこともあるが、なにより、文体や文章が示唆に富んで、すべてを見とおすような広がりと力強さに満ちている。それに73歳という地点にいながらなお、問題を提起していこうとする姿勢はほんとうに素晴らしいと思う。
「白の闇」を読み終えて、まだまだ読むべき本がいっぱいあるんだなあとうれしくなってしまった。これからもそんな本との邂逅をたのしみにしながら読んでいこうとおもう。世界というものをより多く知るためにも。
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