Opportunity knocks
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新聞を読んでいたら「トニー滝谷」のことが書かれてあった。
「エドワード・ホッパーの絵画のように、風景の中に小さく人物がいて、黙っていても希望、絶望、夢、現実、さまざまなことを能弁に語っている、そんな映画にしたい。・・・」 と、これは市川準監督の言葉。 いろいろ想像してみる。原作がどのように映像化されているか、どんな雰囲気になっているか。 3月12日からシネマテークで公開されるとのこと。非常にたのしみ。
最近テレビを見ていると局のどこかはフジテレビとライブドアのことを報道していて、まあまったく興味がないというわけではないけれど、いささか食傷気味。 ライブドアがフジをどうこうしたとして、別に世の中が良い方に変るとも思えないし、権力志向の人間がただ大きな入れ物をほしがっているだけのように思えるし。
テレビを見ていたら、団塊の世代がほかの世代にくらべて圧倒的に堀江氏を支持していることがアンケートの結果わかった、とアナウンサーがいっていた。小さな個人が大きな体制に向かって反旗を翻すということに共感を覚える、ということらしい。そんなものかな?とおもう。それよりはもっとどろどろした俗物的な欲みたいなものを感じるけどなあ。 そういう欲に対する執着心というか実行力みたいなものはすごいなあと思うけど、それを英雄視しちゃうとか何かとっても良い事のように吹聴するのはどうかとおもう。 たとえ小さな個人(ライブドアが小さな個人とは思えないけど)が大きな体制に反抗して勝利を勝ち取ったとしても、それがなんなの?と思う。問題は勝ち取ることではなくて、なんの為に勝ち取るかっていうことじゃないのかなあ。 それが純粋に自分のためなのか、何か大きなもののためなのか、それが大事なんじゃないかとおもうのだけど。
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