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昔飼っていた猫の話。 - 2002年01月09日(水) 昔飼っていた、「和希」の最後の日の話です。 ダイブ大きくなってから我家にやってきた「和希」は人見知りが激しく、なかなか懐いてくれなかったのです。いつも考え事しているような?友達が遊び来てもけして、甘える事もなく、タンスの上から皆を観察してるような、猫らしくない、猫でした。 そんな「和希」も人間でいうと90歳程の年齢でしたし、亡くなる数ヶ月前から、アチコチでオシッコなどをするようになり、赤ちゃん用のパンパ―スを履かせてました。痩せてもきたし、心配はしていたのです。 「高齢でボケてきたんだぁ」と思いつつ、家族の一員の「和希」が居なくなる事など想像もしたくない私達は、その現実を楽感的に(永遠の命が続くであろう)と考えていて、「亡くなってしまうかも」などとは一切口にする事なく、過ごしてきました。 私家に来て8年目のそんなある日、その現実がやってきました。 亡くなる前日、11月になったばかりでその日はやたらと寒い日でした。 いつもは布団の中や押入れの中などで、包まりながら寝るのに、その日にかぎって、いくら布団の中に入れようとしても中に入らず、ユニットバスのそれも洗面台下の隅の方で寝ようとするのです。 そんな所に行く事など8年間飼っていた中で今まで一度もない事でした。 それもこんな寒い日に。 何度も部屋に連れ戻したのですが、どうしても洗面台へ行こうとするのです。 布団に入れる事は諦め、椅子の上に毛布を引いてそこに乗せると、ようやくその場で落ち着いてくれたのですが、私の心の中では嫌な予感がありました。 覚悟は心のどこかでしていたと思います。 しかしその日は、「和希」を私以上に可愛がっていた人が仕事で3日程いなくて、「頼むから、あと3日は元気でいてくれ!」と心底思ったのです。 次の日、目を覚ますと「和希」は毛布の上で痙攣をしていたのです。 その後は無我夢中でタクシ―に乗せると、某有名動物病院に行き、先生方に治療をお願いしました。人間と同じ様に、マッサ―ジやら点滴やら心拍数を計ってくれたりと、必死になって治療にあたってくれました。 点滴で一命を止めたのですが先生に 「残念ですがこのまま、和希ちゃんは復活する事はありません」と言われました。 点滴が体に入る度に「ピックン」と体は反応、心電図も軽く反応するのですが、 また直ぐに、ほぼ0に近い状態に戻ってしまう。 実はガンだったのです。 ボケていた時には既にガン細胞が脳に転移していたのです。 悔しかったです。高齢と思って、ボケてしまったと勘違いしてた自分に。 話せない「和希」を前に、申し訳ないと思いました。 しかし先生は「猫のガンは分かにくいし、発見して治療をしたとしても治る確立はかなり低い。ましては和希ちゃんは高齢です。治療も辛い。寿命をまっとうしたといってもいいでしょう」と慰められました・・・ 「あと3日・・」心の中では、その人が帰って来て「和希」が亡くなるのを見届けさせてあげたいと思ったのですが・・・。 「このままでは、和希ちゃんがかわいそうです」 「せめて、あと3日は・・」 「点滴をしているだけでも、和希ちゃんにとっては辛い事なのです。ただ寿命を延ばすだけなのであれば、今この苦しみから開放してあげた方がいいのではないか」 先生に言えわれ・・・ 悩みました。 ・・結局、点滴を止めてもらう事にしました。 その瞬間「和希」の心拍数は止まりました。 病院で先生方が見てる中、ワンワン声に出して泣きました。 この時「和希」にいろいろ教わったような気がしました。 よくある話ですが、命の大切さとか・・出会いとか・・・ 不思議ともう二度と猫を飼うのはよそう、と思わなかったのです。 猫っていう固有名詞じゃなくて「和希」に出会えてよかったと思えたんですね。 そして「和希」の存在を無かった事にしない為にも、こうしてたまにフト思い出して語るのも大切かなぁと。 形は無くなっても、やはり何か・・う−ん?違う形となって・・ 忘れ去られていくって、やっぱ悲しいじゃないですか。 存在してたのに、形が無くなったからといって、突然、思いも無になってしまうのは・・思いは無にならないか? う―ん何か、未練じゃなくて・・ そう!何か語り継ぐって大切かなと。 TVに取り上げられる、エライ人のばかりじゃなくてね。 自分の身内にとっての「知ってるつもり」みたいな・・・。 てな訳でここでちらっとだけど、数年間私の身近にいてくれた家族の一員 「和希」の話をさせてもらいました。 ...
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