言葉的遊戯
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2007年08月31日(金) 一度は味わうべきかも知れない・・・

生まれてこの方、絶体絶命のピンチになったことがない。
どこかしらに、絶えず最後の切り札であったり、救済措置が隠れていたりする。
尊翰教の中でぬくぬくと育ってきてるので、自分自身を追い込むのも不十分になってると思う。
人にそんなことを突っ込まれると、「うるさい!」と一喝してしまうのも、自分自身が未熟であるため。
でもね、自分自身の手が届かないところにあるものを、さぞ「オレは分かってるぞ」的に「ほれ!」とされると、
容易に感謝できない「あまのじゃく」な部分を持ち合わせている。
自分自身のことを理解するというのは本当に難しいと思うし、理解しきってしまうと自分自身がつまらない。
「あ!、オレってこんな部分があったんだ!」って思えることが生きている上の所々で発生すると、
明日につながる活力にあったりする。
基本的に外面的にポジティブであるが、内面的にネガティブ。
そして他者に対しては厳しい。自分の範囲内にいる人と、そうでない人をしっかりと区分けする。
全ての人に愛されたいなんて思わないし、みんな自分の手の届かないところにいってしまっても仕方ない、とさえ思う。
でも、どうだろう?、実際のところ、そうなったことはない。むしろ、無意識にそれをとどめようとしている。
結局それも自分への甘さか?、ようわからん・・・。

でも、今こそ、そのもう一歩踏み切れていない自分への扉を開けることのできるタイミングかも知れない。
はっきりいって、何をしたいという仕事がない。見つかるまで仕事をしなきゃ良いとさえ思ってる。
オヤジには「失業保険の手続きしておかないと」とさえいわれる。
あの人は年内に仕事を探すことの方がむしろ悪だといいかねないような空気をもっている。
ここまで来たらとことんやれ的な見方をしている人だ。

その昔、村上春樹さんは自分自身を追い込むために、日本から飛び出して世界を旅しながら執筆をしたらしい。
日本にいると何かしら甘えが出て、自分自身のリミットが見えなくなってしまってるかも知れない。
むかし、よく言われたが、「もうあかん!」ってところを超えたところに新しい限界があるといわれていた。
今の限界を知らずして、自分自身の今後などはかることはできないし、それを知るにはこの年齢は良い年齢かも知れない。
自分の知り得るエリアの中にこもっているのではなく、新しい扉・・・。
期限を考えずに、自分自身に向き合える、そんな時間にしなければいけない、今日からの無職期間だろうと自分に言い聞かせたい。






↑哲学的であり、現実的、難しいものだ・・・。
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