つれづれ草^^
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2005年07月10日(日) 北海道に行ったら・・・



これは・・・・・


愛しの・・今は亡きエアシャカール。
菊花賞の時のもの。

今年の夏は友人のいる北海道に行く計画を立てている。
馬好きの友人の案内で、あちこち牧場巡りをさせてもらう事に
なっている〜〜(^^)
今からわくわくして、「あのお馬にも会いたい」「あの子にも・・」と
いろいろリクエストをしたのだけれど、今のところ、なんとか行けそう^^
今から・・いろいろと準備してくれている友人に本当に感謝(泣)


で、やっぱり行きたい場所�癸韻蓮ΑΑ�
シャカールのお墓参り。
本当だったら、種牡馬になっているシャカールに会いに行く予定だったのに
シャカールはあっけなく・・・逝ってしまった。

私が競馬を知って、初めて好きになった馬がエアシャカールだった。
武豊しか知らなかった私は、当然彼の乗っている馬に、最初に注目した。
それがエアシャカールだった。
最初は騎手から入ったのだけれど、みるみるうちに
競馬の主役、馬たちに夢中になった。
エアシャカールは本当に美しい馬だった。
初めて身近に・・・手を伸ばせば触れるくらいの距離で見たシャカールは
溜め息が出るほど、美しくて・・・しなやかで、可愛かった^^
サラブレッドの美しさを教えてくれたのがシャカールだったと思う。
そして、彼らの持つ強さと儚さ、賢さ、暖かさ、悲しさ・・・を
教えてくれたのもシャカールだったような気がする。
サラブレッドのもつ・・その気性の荒さ、弱さ、儚さ・・・
そして力強さ・・
シャカールはそういう・・ガラスのようなサラブレッドの美しさを
持った馬だったと思う。

シャカールはその世代では、限りなく3冠馬に近い2冠馬として
ファンを湧かせ、期待されていたけれど
菊花賞を勝ち、2冠馬となった後、ファンの期待にはなかなか応えられずに
2002年の有馬記念で9着になったのを最後に、引退。
故郷に帰り、種牡馬をとして第2の馬生を送る事になった。
シャカールの引退は本当に寂しかったけれど、その子供たちがまた競馬場に
帰ってきて、湧かせてくれる事を思って、楽しみでもあった。
いつか・・・種牡馬になったシャカールに会いに行くと決めていた。

それなのに・・・
引退してすぐの2003年3月13日。
放牧中に何かに驚いて暴れたのか・・左後脚を骨折、そのまま予後不良で
安楽死処分が取られた。
まだたった11頭にしか種付けをしていなかった。
うち、受胎して生まれた子供はたったの4頭。
4頭みんなが、シャカールそっくりの子たちだと言うが・・・。
種牡馬になれて・・喜んでいたばかりだったのに・・・。
種牡馬になれずに亡くなっていく馬や、地方競馬でボロボロになるまで
走って、あげく死んでいく馬もいて、乗馬になっても、需要がなくなったり
適正が認められなかったら・・・生きてはいけない馬もいる。
それなのに・・・せっかく種牡馬になれたシャカールが事故とはいえ
亡くなってしまい、片や・・・引退後の馬生が保障されていなかった
私のもう一頭の愛しい馬は、地方競馬で毎日生き死にを賭けて
頑張りながら・・・今だ幸運を掴んでいる。

シャカールは死ぬ時もサラブレッドの儚さを見せて逝ってしまったなぁ・・


可愛い可愛いシャカール。
パドックでいつもピョコタンピョコタンとダンスを踊っていたシャカール。
脚を長く伸ばし、まるで踊っているように走っていたシャカール。
大好きだった。
もう決して会う事は叶わなくなったけれど・・・・・
今年はあなたのお墓参りに行くよ。
そして・・・生まれてくれた4頭の娘たちを、これから応援していくよ。
シャカールそっくりの彼女たちが、シャカールの存在をこれからもずっと
競馬界に残していってくれる事を・・・願って。



そして・・・・・地方競馬という幸運を掴み、必死で頑張っている
私のもう一頭の大好きなお馬。
ツルマルザムライ。。。
ザムはもう9歳。でもまだまだ頑張っている。
どうか・・・もう一つの幸運を掴んでくれますように・・・と
願うばかり・・・。

<知ってか知らずか・・・中央時代から、いつもパドックではこちらを
見てくれたザム^^「アイツまたおるで・・」って思ってたのかな(笑)>



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