食卓

生まれて来た時は、自分じゃなんにも出来なかった。
ご飯を食べることも、歩くことも、なんにも。

寒い場所に放り出されればそのまま凍死しただろうし、
暑いところでは熱射病で死んだだろう。
独りで生きることなんて出来なかった。

もしあたしが母親になったら…
そんなことを想像してみた。
自分が居なきゃ絶対に生きられない自分の子供。
あたしのことを絶対的に必要としてくれる人。

だってあたしが居なきゃ死んじゃうんだもん。
…どれだけ愛しいか。

絶対的に自分を必要としてくれるのは、
生まれたばかりの子供という存在しか他に居ないかもしれない。


今、あたしは22になった。
独りでご飯を食べられる。お金を稼ぐことも出来る。そのお金で何だって出来る。
きっと独りで生活が出来るだろう。
母親は、絶対的に必要不可欠なものではなくなった。

きっと母はそのことが気に入らないんだろうと思うんだけど、違うかな。
あたしが何か新しいことをしようとすると、第一声は「あんたそんなこと出来ないでしょ?」。
なんでそんなこと言うのかずっと分からなかった。だけど、もしかしたら、あたしが大人になったことが気に入らなかったのかもしれないと思ったんだ。


この家には4人が住んでいる。
それが日常。
いつも独りなら、「独りになること」は割と平気なのと同じで、
いつも3人なら、4人のうち1人欠けても平気かもしれない。

この家には4人が住んでいる。
あたしはよく家に帰らない。
3人で囲む食卓は、やっぱり少し淋しいんだろうか。

今、少し解るんだ。
いつも居る人が居ない、食卓の淋しさ。
2005年01月06日(木)

日記ちゃん / はゆな

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