明日の命

震災から10年。
16日の夜中から、震災特集みたいな番組やってて、
見るつもりなかってんけど、じっと見入ってしまった。
悲惨な話がたくさんあった。

あたし悲しいことを直視するのは苦手かも。
動物とかすごく好きで、動物を救う為の募金とかだったらめっちゃするけど、
街頭とかで、ボランティアか愛護協会の人かよく分からないけど、
『人間のせいでひどい仕打ちをうけた動物たち』の写真とか展示してたりするやん?子犬の時に首輪付けられたまま捨てられた犬が成犬になって、首にめっちゃ食入って死にそうになってる写真とか。アレ、もうダメ。絶対ダメ。見れない。

あとけっこう前にインターネット上で猫の虐待画像が配信された事件、あの事件についての本が出てるねんけど、これも絶対見られへん。
てゆうか、その事件思い出すだけでもう、この上ない嫌な気持ちになる。

確かにそれが現実で、偽善者にならないために、見なきゃいけない事実なのかもしれない。けど、無理なもんは無理。
震災についても同じような感じで、酷すぎる、悲しすぎる話とかはあんまり聞きたくなかった。今までは。
けどそのテレビ番組見て、うん、なんか見てよかったのかしれないと思った。
見たから何を感じた、とか、感動した、とかじゃないんだけど。

よく、震災10年で、『忘れちゃいけない』とか言うけど、
あれって実際、「何」を忘れてはいけないんだろう。
悲しい災害が起こったこと?その時に人々が助け合ったってこと?たくさんの命が奪われたってこと?そんな時を利用して悪いことをしようとした人がたくさん居たってこと?
・・・たぶん全部なんだろうと思うけど。
例えば忘れちゃいけないとして、その記憶や学んだこととかは、自分の内のどのカテゴリに入れときゃいいんだろう。どのように覚えていればいいんだろう。
もし自分の子供に語るとき、なんて言えばいいんだろう。「あの時は大変だったんだよ」って?こういう言い方しか出来ないから、戦争の話とかもあたしは嫌いなんだ。

じゃああたしはどう伝えよう?いや、伝える必要はあるのか?
うーん。考えれば考えるほど分からない。。。

けど、人間、いつ死ぬか分からないってことだけは確かに学んだ。
後、本当に死ぬかもって思った時に、あたしは「死にたくない」って何度も言った。
今になって思うことだけど、ああいう時に「家族」って必要だなぁって。

うん。それが日々忘れてはいけないことなのかもしれない。
2005年01月17日(月)

日記ちゃん / はゆな

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