思い出に変わるまで
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2006年09月30日(土) 母の一時帰宅

今日は母が5ケ月ぶりに家に一時帰宅。
さとしクンは朝5時起きで富山までツーリングに行ってる。
夕方には名古屋に帰る予定で私とタメと実家に向かった。

家に着くと既に父が自家用車の助手席にタスキをかけて母が乗りやすいように工夫してた時だった。
間もなく病院に向かい、病室へ。
ベッドで寝ている母。
ずっと待ってて寝てしまったようだ。
父がナースステーションで手続きをし、必要な薬を頂いてから母を車椅子に乗せる。
表情が心なしかやわらかい。
何度も何度も「帰りたい」の言葉を発してた母。
すごく嬉しいんだろうな。

今回の一時帰宅は急に決まった。
父から病院に行くまでの間に話を聞いた。
自分より後に入院した人が次々と退院していく。
自分のリハビリが思うように進まず、周りの人と比べても障害の重度が重い母は相当のストレスを溜めてたみたいで、食事の量も少なく、体重は落ちるばかり。
かつては50キロそこそこだった体重も今は38キロ。
眼底出血もしており視力も無い状態。
リハビリをすれば体中痛みとの戦いで見かねた先生、看護士さんから自宅に戻って気分転換をしてはどうか。と提案されたらしい。

本当は日曜の予定だったのが急遽父の仕事の都合で今日になった。

家に着いた母は車椅子姿で家の前に立った時点で泣いてた。
嬉しくて嬉しくて・・・。
でも、介護保険を使っての家の改築がしていない我が家はバリアフリーなんて縁遠い段差ばかりの家。
母を部屋に入れるまで父が力づくで持ち上げたのだけれど、これがマズかった!
麻痺した肩を脱臼しやすい状態で持ち上げたものだから相当痛がってご機嫌が一気に急降下。
父に対して怒りをぶつける母。

何とかして部屋に上げたものの車椅子にずっと座らせておくのも疲れるみたいですぐにベッドに横になりたがる。
家に戻ったのはいいが、トイレに行く時以外はベッドにずっと寝てる。
私としてはもう少し動いて欲しかった。
ずっとそばについてたけど言葉のロレツも少し分かりにくくなってしまってほとんど分からない。
何度も何度も聞き返すからしだいに母は沈黙。

やはり私の意識から変えていかなきゃいけないのかな?

次第にキツい言葉を発してしまったり、母に対して怒りを表してしまった。
あれだけ帰りたかった家に居てまで嫌な現実を目の前に叩き付けた。
励ますつもりの言葉も今の母にしては残酷な言葉だっただろう。
聞き飽きた言葉だろう。

自己嫌悪と自己反省ばかり。

夕方、母が病院に帰る前に私は実家を後にしたけど、帰りの車の中では頭の中でグルグル反省ばかりめぐる。
もっと優しい声をかけてあげればよかった。
もっと今の母の励みになる事をしてあげればよかった。
もっと・・・もっと・・・。

身内であるから言ってしまう言葉。
身内だからこそ理解してあげたい事。

解りたい・・・。

勉強したい・・・。


mamirin |MAIL

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