最強の星の真下

2002年12月19日(木) 人の親切。昔の話。

郵便局に書留を取りに行った。
家の最寄りの本局が変更されていたので、その郵便局に行くのは初めてだった。
迷子になった。

・・・どうして駅から随分歩く、駅と駅の中間地点にあるような郵便局を本局にするかなあ。
前は駅前だったのに。

夜道を迷子になりながらたどり着いたので、帰り道も判らなかった。
窓口の人に、どちらの駅の方が近いのか聞いた。

○△駅ですよ。

教えてくれたのはいいが、郵便局の何処にも地図が置いていない。
とりあえず郵便局を出たものの、・・・どちらに向かって歩けばいいのかも判らず途方に暮れていた。
もう一度局員さんに聞くか・・・と戻りかけた時。

駅まで行くの?

窓口で私の後ろに並んでいた見知らぬ小母様が声を掛けて来た。

はい。
なら通り道だから車に乗せていってあげるわ。

何て親切な小母様!

えっ!宜しいんですか?
いいわよ、同じ方向だから。

・・・ありがた〜くその親切に甘えさせて戴いた。
真っ暗な夜道を熱でふらふらしながら迷いに迷ってたどり着いた郵便局だったが、思いがけない親切に感動した。
小母様ありがとう!



私は暗所が苦手だ。
真っ暗で光がない場所が、もう全く駄目だ。
暗所が怖いというより、真っ暗な光のない場所に一時も居られない。
恐怖心が湧く以前に、生理的に駄目なのである。

勿論理由も解っている。
以前道端で通り魔強盗に遭ったからだ。
暗くなったばかり、冬だったのでまだ随分と早い時刻だった。
後ろからコートを被せられ、視界が真っ暗で両手の自由もコートで拘束されたまま、犯人と格闘した。

金を出せ!静かにしろ!大人しくしないと刺すぞ!

暴れる私を犯人は脅したが、両手で暴れる私を押さえ込もうとしているのに、刃物を出せる訳がない。暴れるのを止めたら却って刃物を出す余裕を与えてしまうではないか!
大人しくするなど論外だ。犯人が両手で押さえつけようとしている間は私は無事のはずだ。
咄嗟にそう判断して暴れ続け叫び続けた。
路上からすぐ傍の団地の敷地に引き摺り込まれたが暴れ続けた。

時間感覚は無かった。とても長いような気がした。短かったのかもしれない。ずっと真っ暗だった。

突然、犯人が拘束を緩めた。
瞬間、刺されるのを覚悟した。
身を捻りながら無我夢中で視界を確保するためコートを剥ぎ取った。
多分あの時、本能的に、向かってくるだろう刃物に備えたのだと思う。

すぐ目の前に犯人の顔があった。
と認識した瞬間、犯人が逃げ出した。
人の声がした。団地の人だった。

助かったと理解した瞬間、恐怖からパニックに陥った。

後でその団地の人に聞いた話によると、最初は路上での男女の喧嘩だと思ったらしい。随分酷い喧嘩だし長いしと、様子を窺おうと窓を開けてくれたお陰で私は助かったらしい。
暴れ続けるべきとした判断は、正しかった。

その団地の人、恩人さんが警察を呼んでくれた。

落ち着いてからの警察の事情聴取に、暴れ続けた理由に加え、犯人は常習で慣れていると思う、という事も言った。犯人の手は、汗ばんでもいず、暖かなままだったから。
緊張状態では、手は冷える。
数ヶ月後に捕まった犯人は、何件も路上強盗や住居に侵入しての暴行、強盗傷害を繰り返している、常習犯だった。

襲われた時、どうも私は冷静だったらしい。神経伝達が鈍いのかもしれない。
警察の人には、こんな被害者は初めてだ、と表情に迷われた。

まあ正しい判断ですが、大抵は恐怖で身動き出来なくなるんですがねえ。(←何となく理解しがたいものを見るような表情)
そうですか。(そんな事を言われても。咄嗟にした判断なのだし。)
何か武道でもやっておられたとか?
いいえ。
・・・そうですか。(←ますます範疇外のものを見るような顔)こんな目に遭うのは初めて・・・ですよね。
そうです。
・・・・・・そうですよね、勿論。(←何かを飲み込み損ねたような顔)

終始、「被害者である私に同情しているのだが別のところで理解不能」というような顔をされた。
いや、気持ちは解らないでもないので別に警察の人に悪印象は無いのだけれど。とても親切だったし親身な対応をしてくれたのでとても安心したし。
自分でも、何でこんなに落ち着いているんだ、そんな場合か?!と内心突っ込みを入れないでもなかったし。

暴れ続けた筋肉痛は、5日程で消えた。
叫び続けて嗄れた喉は、10日程で治った。
打撲による痣も、2週間程で無くなった。
こんな被害者だっただけあって、日常に戻るのは割と早かった方ではないかと思う。


あれから10年になる。
夜道も平気で歩けるけれど。


 < 過去  INDEX  未来 >


桂蘭 [MAIL] [深い井戸の底]

↑エンピツ投票ボタン
My追加