てらさき雄介の日記
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| 2011年09月25日(日) |
北緯38度線の間違い |
「大日本帝国崩壊〜東アジアの1945年(加藤聖文著)」を読んでいる。8月15日をどう迎え、戦後処理をどのように行ったか、帝国の海外領土と占領地ごとに記述してある。
�ゝ�城��台北��重慶・新京�て醉侶嘉隋Τ鯊世僚腓砲覆辰討い襪�、過去の歴史書では本土内の対応に多くが割かれていたため、新たな事実を多く知ることが出来た。著者に感謝したい。
北緯38度線は、旧帝国領土内の関東軍と朝鮮軍の担当区域から、戦後南北朝鮮の境界に設定された。過去いくつかの場所でそう教わってきた。しかし事実は違った。
戦後朝鮮半島に進駐する米軍の担当官が、その時点における判断で引いた‘線’だった。上記区域との一致は偶然であった・・。いや都市伝説?とは恐ろしいもの。
上記の誤りを過去人にも言ったことがある。訂正してお詫びしたい。戦前の歴史云々を言ってはいても、基本的な知識に誤りがあった。一層勉強を深めねばなるまい。
●今日一日
【午前】 お休み
【午後】 地域まわり/緑区内
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