月の輪通信 日々の想い
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京都で寮生活に入ったオニイ。 連休には「こっちじゃ、休みにこれといってする事がないから」と、帰省してきた。 帰宅して来た日のオニイは妙にハイテンションで、いつも電話で聞くくぐもった声も数トーン高くて弾んでいた。 たった数週間の不在にも関わらず、喜んで兄を迎えた弟妹達が密かに顔を見合わせたりした。
「毎日、なんとか食べてる。料理もそこそこしてるし。 同室の先輩達が料理上手なんで、時々ご馳走してもらってる。 んで、『200円』とか『300円』とか、その場のノリで先輩がつけた値段を払うねん。 結構ごちそう、食べてるねんで。」 なんだか、楽しそうだなぁ。 男の子の寮生活って、なんだか長い長い合宿生活のようでいい。 親元を離れての新生活の不安も、ぐちゃぐちゃ、わさわさの日常に紛れて、感じる暇もないのかもしれない。
「なんだか、君の話は食事のことばっかりやなぁ。 なんか、陶芸の学校へやったのか、お料理学校へ行かせたんだか、判らなくなるわ。」 と揶揄ったら、 「だって、おかあさんに土練りのことなんか、話してもわからんやろ。 陶芸もちゃんとやってるよ。」 と切り捨てられた。 はぁ、そうですね。 何せ、母は陶芸、素人ですから。 あれこれ心配しながら自分を送り出した母に、「とりあえず、うまいもん喰ってる。」という言葉で安心をくれようとする息子。 おうおう、オトナになったねえ。 連休明け、私は毎朝オニイに定時に送っていた目覚まし代わりのメールをやめた。
少しのインターバルがあって、今日、オニイが送ってきたメール。 前日に私が送った銀行の口座の事務のメールの礼にそえて一言。
「すんませんなあ 画像は努力の賜物」
暗い画面にアンモナイトの化石。
・・・・ではなくて、土練りを終えた粘土の写真。
陶芸修行の第一歩は土練り。 大きな粘土の塊を全身の力を込めて捏ね上げ、リズミカルに練っていくと、手の中の粘土塊の表面に規則正しい練り跡が美しい螺旋を描く。 その螺旋が折り重なる菊の花弁に似ていることから、「菊練り」という雅な名で呼ぶ。 普段父さんが土練りをすると、その手の中で重い土塊は軽やかに弾んで、まるで魔法のようにあっという間に渦を巻く。 これまでにオニイも、何度か工房で父さんに習って土練りの稽古をしたことはあったが、なかなかきれいな菊文を見るには至っていなかった。
繰り返し繰り返しの訓練の賜物なのだろう。 陶芸修行の門をくぐったばかりのオニイの胸に、誇らしい菊花の開花。 「やったぁ!」という瞬間をそのままに画像に納めて父母に送る、オニイの気持ちが愛しい。 ちょっとだけ、胸が熱くなった。
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