月の輪通信 日々の想い
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父さんの個展が近い。 搬入日まであと数日。 不眠不休の修羅場が続く。 毎度のことながら、今回も父さんの消耗振りは激しい。 「あと○日!」「あと、もう一つ!」と、自分自身を追い込みながら、イライラしたり、凹んだり。 作業場から乾燥室、窯場から吹付け場へと何百回も往復するので、狭い工房の中だけでも、万歩計の数字は簡単に5桁を刻む。 朝、私が工房に入ると、洗い桶には使い終わった筆や刷毛が何十本も浸かっていて、テーブルの上には無数の釉薬の容器がドリンク剤の空き瓶とともに散乱している。
今朝、素焼きの窯を開けたら、今回一番力を入れて制作していた大作が破損していた。焼成中に何らかの原因で破裂したのだろう。 「何故・・・?」 悪夢としか言いようがない。そばにいる私も、かける言葉がない。 行き詰る沈黙が流れた。
こんな事故はいままで見たこともない。 時間がなくて焦ったか。疲れが出てミスったか。 父さんは何度も何度も自分を責める言葉をつぶやく。 ドロドロと苦悶の海に沈んでしまいそうになる父さんを救出すべく、私も必死に言葉を捜す。
タイムリミットは近い。 乾燥室には、焼成を待つ作品がまだまだたくさん残っている。 救いようのない失敗作をぐずぐず惜しんでいる暇はない。 とりあえず事故作品を窯から出し、父さんの目に触れないところに片付ける。 父さんにペットボトルの冷たい水を渡して、 「30分でいいから、ここを離れよ?気持ちを切り替えて、ね?」と、仕事場から追い出す。 肩を落として工房を出て行く父さんの背中が切なくて、こちらまで胸がぎゅっと苦しくなる。
父さんのいない間に、作業台の下に積もった削り土をきれいに掃き集めて、使いかけの釉薬の容器をきれいにそろえた。 大丈夫。 父さんは、たった30分でも仕事を放棄できない。 すぐに這いずるようにして帰って来る。 失敗しても、凹んでも、作りかけの作品を放って置けないのが作家の業だ。 そして、その息詰まるような苦悶の背中をそっとささえつづけるのが、私の仕事だ。
駄目にした作品は、屋久島の杉の大木を刻んだ大作だった。 樹齢数千年とも言われる老木を、大地から来た土に刻み、窯の火で描く。 父さんがこの数年、大事に暖めて追求してきたテーマだ。 「なかなか、おいそれと造らせてはくれんなぁ。」 気を取り直し仕事場に戻ってきた父さんが、遠い目でつぶやく。 「そりゃそうよ。あちらはなんと言っても2000年だもの。」 父さんの疲れた笑顔を推し量りながら、おそるおそると軽口をこぼす。
さあ、仕事に戻ろう。 繰り返し、繰り返し。 何度でも。
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