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■ 一週間にイッペンの日記って、どうよ?
<近況報告とかしてみましょうか?> さてさて。我が父上さまの入院から、1週間がたった。昨日からようやく、自力でご飯が食べられるようになったらしい。ああ、よかったよかった。 脳のCTとったら、「隙間がありますね〜ボケたりしてませんか?」とか先生にいわれて、「とうとうきたか!」と思ったとか、愉快なママ上さまが、毎日「大変よ〜」といいつつ、面倒をみに病院に通っているが、我輩は娘として、一度も見舞いにいっていない、人でなしである。−−−だって、家の事やるニンゲンがいないとね〜あははん。というのもあるが、命に別状はないし、酔っ払ったあげくのに、顔面スライディング(受身なし)を豪快にかまして、ムチウチで頚椎いためちゃったパパ上さまも、人並みに羞恥心はもっている筈だから、見舞いにいかないのも、「武士の情け」でござんしょう。 −−−そんな、彼氏の退院予定は2週間後である。つまり、まだまだ先は長いのである。更に、その後もリハビリがあるらしい。ま、これからも、やっぱり大変な孤とには代わりないようだな。(←なぜかひとごと) んで、最近思う事。 「仕事と家事ときちんとやって、更に同人活動している方…めさめさ、尊敬しますですよ〜」という感じである。我輩なんぞ、平日はとても余力残らないですもん。うぬぬぅ。煩悩だけでは、眠気にかてませぬぅうう!つーかんじで。 そんなこんなで、最近日記も一週間に1度と、「日記じゃないじゃん」という突っ込みはいりまくりな状況だが……とりあえず。 「生きてるにょ。」 「ワタシ個人は元気だにょ。」 と主張してみたりして。 その主張の一環としてかは、定かでないが。 6月1日の今日、ヤケのように沢山小野不由美の小説サイトでは、怒涛の勢いで更新したりなんかしちゃったりしてv −−−サイト開設3周年記念企画とか、 −−−眼福幼稚園第2話とか、 −−−トップページの更新とかとか。 どうしちゃったの!なにか悪いもん食べたのか!?つーくらいである。 まるで、死ぬ前に、命の炎が最後に一瞬燃え上がるかのように!(←不吉な) これも、夏コミの原稿執筆に入ったら、もう全く更新できなくなるしぃ、いまのうちだけ〜なので、今後もウルトラスーパーハイスビードの更新を期待するだけ無駄なのでやめたほうがよござんす。 「ああ、明日からまた仕事なのね〜」となんだか夏休み明けの小学生のようにダルダルな、今日の我輩。
<今日は何の日?> 西光・俊寛らの平氏討伐の鹿ケ谷の陰謀発覚(1177年) 生田万が同志とともに越後柏崎で決起(1837年) 日比谷公園が開園(1903年) 幸徳秋水が大逆罪容疑で逮捕(1910年) 社会・民主などが連立して片山哲内閣成立(1947年) 国鉄・専売公社が発足する(1949年) フランスのド・ゴール内閣が成立(1958年)
=記念日=
●写真の日 銀板写真(写真機)は1839年にフランス人画家のルイ・ダゲールが開発し、その2年後には早くもオランダから日本に上陸。その写真機を日本で最初に手にしたのは島津藩(今の鹿児島県あたり)の御用商人・上野俊之丞だった。彼は早速、藩主・島津斉彬に献じ、1841年6月1日に斉彬を撮影したという。これを記念して日本写真協会が1951年に毎年6月1日を「写真の日」と制定した。 ●電波の日 1950年6月1日に施行された電波法・放送法により、電波は一般に開放された。これを記念して郵政省は、1951年から毎年6月1日を「電波の日」と制定。国民に広く、電波に関する知識普及と利用の発展を呼びかけている。 ●気象記念日 1875年6月1日、赤坂の葵町に設置された東京気象台は中央気象台を経て、1956年7月1日に気象庁に昇格。その際、毎年6月1日が「気象記念日」と制定された。またこの日は、1884年に東京で初めて天気予報が出された日でもある。 ●人権擁護委員の日 1949年6月1日、人権擁護委員会法が施行されたことを記念して、全国人権擁護委員連合会が1981年の総会で、毎年6月1日を「人権擁護委員の日」とすることを制定。全国の人権擁護委員が、その使命を再認識し自ら研鑽するとともに、人権思想がより広く普及することを目的としている。 ●麦茶の日 「麦秋」と呼ばれる6月初旬は麦の収穫時期であり、夏の暑さを迎えて麦茶が飲みたくなりはじめるころ。そこで全国麦茶工業協同組合は、麦茶の需要拡大を図って、1986年に衣替えの日の6月1日を「麦茶の日」と制定。PR活動を行っている。
……なんで、6/1にこれほど記念日が多いんだ?(謎)
2003年06月01日(日)
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