珈琲の時間
INDEX過去未来


2001年12月13日(木) 大きな桜の木の下で

昼休み午後2時。
『モルヒネを使ったから』栄子叔母から電話が入った。
一応連絡まわしとこうかと妹、母、母方の祖母の家に電話を入れた。
よけいな事かも知れないけど自分だったら連絡してほしいと思ったから。
父親が挨拶もせずに家を出てしまってから親戚間の空気は悪い。
そんなでも話は別でしょ。心残りないように顔を見せてあげてほしかった。
祖母も祖父も会いに行ってくれた。よかった。

7時15分に仕事が終わり病院へ直行。
7時40分青梅総合病院に着く。西病棟5F。
勝叔父が居た。お爺ちゃんは眠っているようだった。
栄子叔母がどこからか帰ってきて呼ぶので廊下に出る。
今日の昼間に痛みでとても苦しんだそう。
その時に使った鎮静剤を以前から話に出ていた『モルヒネ』と間違たとのこと。
少しだけ安心したけど病状が悪化している事に変わりは無い。
続けて叔母は話す。夢の話。
浅い眠りを繰り返し夢を見る。その夢が繋がったんだと話したらしい。

墓場の淵までもう3度も行って、皆に連れ戻された。

ひのき舞台の中央に連れていかれてせっかくだからちょっと休んで篭でも編んでいこうかと思ったら皆何処かへ消えてしまった。

そこに大きな桜の木があってその下に椅子が置いてあり光が当たっている。
皆に『ありがとう』を言うためにここに座るようにと。 

そんなふうに繋がったらしい。

「せっかくの舞台だから逝った時には『おめでとう』と言えよ。泣かずに笑って見送れよ。」

そうだね。

昼間に驚いて駆け付けた親戚の前で『無駄だから薬はもう止めろ』と。
今日の与三郎日記に『全てお見通しだ』と勝行叔父が書いていた。

そんな話をしていると『今起きてるよ』勝叔父が来た。
病室に戻ると従姉妹の薫ちゃんが来ていて二人で体をさすった。
薫ちゃんは左腕。私は足。心臓が開くようだ、と気持ちよさそうだった。
笑いながらおばぁちゃんの話をした。
しばらくして薫ちゃんと勝叔父は帰った。
続けて栄子叔母とマッサージ。痛みが一番あるらしい左脇腹をさする。
呼吸が落ち着いている。
突然目を丸くして『不思議だなぁ、こないだもそうだった。痛みがおちてくんだ。』と言う。
あいかわらず誉め上手だね。不覚にも涙が出てしまった。
いつだってお爺ちゃんだけは誉めてくれた。だから大好きなんだ。だから心が落ち着くんだ。
細かい事は言わず黙って見ていてくれる。自分にだけはとても厳しい人。人に気を使うのを忘れない人。
いろんな事を話してくれた。ユーモアだってある。世界で唯一尊敬している人。

最近になってふと思った事があって。
たぶんとても当たり前の事なんだろうけど、

何度も言っていた『皆が来てくれて幸せだ』と言った言葉について、
私はおじいちゃんの孫で良かったと、私はおじいちゃんの孫であって幸せだったと、そう思うからここにいるんだと。
皆たぶん同じ事を思うからここにいるんだと。
だから自然に集まってくるんだね。
おじいちゃんは幸せだね。だけどここに来る人たちも幸せなんだね。

話ができるうちに伝えたかった。今日は言えて良かった。

明日またくるからね。
酸素マスクの下から『車、気をつけて帰れよ。』だって。
笑って握手した。

帰りはの峠道は昼間の雨のおかげで霧がすごかった。
そのせいか帰り道はいつもより遠く感じた。


urahihc |mailココロのスキマ

My追加