遠く、遠く。棄て去られた記憶。
彼は彷徨う。歩き、疲れれば座り、また歩き出す。
どこの街も同じだった。
幼い日。まだ、身を守る術をもたない頃。
血を流し、蔑まれ、さらに血を流す。
立ち上がれば罵られ、座れば叱咤された。
川の淵に座りながら、目に映るものは何も無かった。
左手に痺れ。言う事をきかない。
もう涙も毒舌も出なかった。
ただ、そこに存在するだけの有機物。
愛情など辞書でしか見たことのない言葉だった。
目を覚まし、彼は再び歩き出す。
既に日は落ちていた。太陽の光などとうに届かない。
ポケットに手を突っ込み、人の流れを避けて歩く。
どれも違う顔だったが、どれも同じ顔だ。
その同じ顔の中に彼も飲み込まれ、街は夜の喧騒に還っていく。