2006年01月23日(月) |
ベルリンの壁とゴルゴダの丘 |
アタクシ コカ派のコーラ党 もはや十数年 毎日コカコーラを愛飲しており もうそろそろCMに抜擢されてもいいのではないかと 思うほどアタクシの飲みっぷリはカッコ良く されど健康診断しても 血糖値は正常であり 多少私が太め体型であるのは コーラのせいではなく ただの運動不足であるのだけれど しかしまあ 真冬のコーラほど美味い物は無いのだが 真冬の冷製ドリンクとタバコの愛飲がたたってか 冷え性 しかも極度の 血流が悪いわけですが まあこの季節 温暖化はどこへ消えた ってくらいの寒波ですよね 地球への優しさを返して欲しいくらいなんですが 元来ポイステなど 地球に優しく無いオイラ 無論ポイステも理由あってのいことですが それはまた別の機会に でまあ 最近は地球に優しくってのが なんか社会の常識になっている風潮があるのですが それはまあ 個人でできる程度のことを個人の責任において 行なえば良いだけの話で そんなことまでに口出ししようとは思わない 勿論企業だって 企業内の規則でそれを行なうのは構わない 社則に則るのがサラリーマンの本質である ただ ただ企業が顧客に それを強いるのはいかがなものか 確かに私は冷え性で寒さには弱いが それは単なる冷え性という問題では無いのは 寒い寒いの 何が 電車が 寒い寒いの 何故 暖房が入って無いから 都会に住む宿命 長時間での電車通勤を強いられるわけですが 秋口だとか 初春だとかでなくて この真冬 まだ日も出てない朝6時だとか7時だとか 暖房が入ってない ということを 信じられますか 朝っぱらから乗ってる乗客の舌打ちが車内に響き渡るのです 電車両の暖房は誰が管理しているのだ 確かに地球も大事だが 乗客に心地よく乗車してもらうことが サービスの第一義ではないのか なのに 乗客を凍えさせてどうするのだ この阪急電車京都線よ 阪急電車京都線のおかげで毎年風邪を引き 阪急電車京都線のおかげでコートや防寒着を買わなくては それで消費を煽る気なのか それが資本主義というヤツか あんたら何でも金か と朝から怒り心頭なのだが もう一度 言っておこう 阪急電車京都線の関係者よ お前らのせいで多くの人間が迷惑被っておる そんなだから株を大量購入されるのだ まあ そんなこともあって 冷え性解消の為に え〜最近 ささやかな趣味として 今更ながら スーパー銭湯なるものに通ってまして まあ大阪という都会に住んでる以上 本格温泉となると なかなか日帰りで行けるものではなく 気軽に立ち寄れる温泉となると スーパー銭湯程度しかないのだが 店によっては全ての浴槽に天然温泉を使用している店と 源泉掛け流しの店もあれば 露天だけ温泉しかも加温加熱加水と胡散臭い店もあるのだが まあ泉質はどうあれ なかなか風呂屋というもの楽しいもので 露天風呂を楽しんだり サウナを楽しんだり ジェットバスや薬湯なんかも 気づけばあっという間に1、2時間は過ぎるほど 結構楽しいことに今まで気づかなかったのは やはりそれは 仮性包茎における コンプレックス だったわけなのだけれども 以前サウナに行ったときに 仮性包茎の若者が堂々と闊歩していることに 仮性包茎の夜明け前 と日記に書いたのだが よくよくス−パー銭湯でちんこ観察していると まあもちろん 仮性包茎の若者は堂々としているのだが よくよく観察して見ると 中高年世代 いわゆるオヤジ世代にも仮性包茎の多いこと多いこと 日本人の半数近くが仮性包茎であることを 身を持って体感し歓喜すら覚え むしろチンコを隠すのは 思春期世代の若者や毛が生えるか生え出すかくらいの世代の若者に多く なんだ仮性って普通ジャン もっと誇りを持っていいんじゃん チンコデカイやつもチンコ小さいヤツも 皆堂々としている世界はまるで桃源郷 そこに争いやいさかいは無く 数多くのチンコが同居し皆笑顔 そう つまり 世界平和が 非暴力で叶えられたユートピア が 男湯 イッツ男湯 しかしそこは所詮スーパー銭湯 無くては成らない壁が在る イッツ女湯 文字通り高い壁で仕切られており このベルリンの壁こそが 今ある世の中の 男女間の軋轢そのものなのであり もちろん ベルリンの壁をなくすには様々な弊害が在る 男の好奇な視線だとか 湯船でヤっちゃうカップルだとか しかしそれがなんだっていうのだ 東西ドイツが統一されたときも 様々な問題があった しかしそれは 時間をかけて徐々に解決していけばいいのであり 何より 死海風呂でいい歳こいたおっさんたちが チンコをプカプカさせている姿を見ると 平和だな と私は思うのであり 風呂上がりの濡れ髪の女性は 俺が一生掛けてでも守ってやりたい 守る為ならば 暖房の入ってない電車で通勤だってしてやる つまり 私が言いたいのは 人間裸同士であることが お互いの本音であり 何も着飾らない 生まれたままの姿こそ 人間本来そのもなのであり そーゆー姿を見せることによって お互いの秘密を共有し 信頼を築いていくことができるのであるわけで そおゆう観点から 風呂場での性行為を許可してくれる女性は 愛情の印でもあるし つまりあれだ 地球よりも 君のフサフサと生い茂る ゴルゴダの丘が如き 恥丘には 私は優しいのですから 誰か 私と一緒にお風呂入ってください だって寒いんだもん。
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