も*う*は*う*け*い*じゃ*な*い*か*ら♪
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2006年12月11日(月) ぼくは電マ

ぼくは映画が好きです
ぼくは映画が大好きです
ぼくは映画を観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画を観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画をたくさん観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画を映画館でたくさん観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画を映画館で独りでたくさん観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画を独りでたくさん観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画を独りで観ることが大好きです
ぼくは映画を独りで観ることが大好きです
ぼくは独りで観ることが大好きです
ぼくは独りが大好きです
ぼくは独りです
ぼくは
独りです
ぼくは映画が好きです
ぼくは映画が大好きです
ぼくは女性も大好きです
ぼくは映画好きな女性が大好きです
ぼくは映画館の映画好きな女性が大好きです
ぼくは映画館に独りで観に行く映画好きな女性が大好きです
でも
そおゆう女性は独りで見に行くのが好きなのだから
友達になりたいと声を掛けたところでうまくいくはずもないし
それどころか気持ち悪がられもするし
そもそも私にそんな勇気があれば
いやそんな勇気が無いのだから
毎回独りで行くハメになってるのだから
結局
ぼくは独りです
ぼくは
独りです
ぼくは映画が好きです
ぼくはいろんな映画をたくさん観ることが大好きです
ぼくはいろんな映画をたくさん観て思うのです
興行収入だとか観客動員数だとか
そんなことが映画の価値基準では無いと
ぼくはいろんな映画をたくさん観て悔しいのです
興行収入だとか観客動員数だとか
そんなことでしか映画の価値が判断されることが
ぼくはいろんな映画をたくさん観て悔しいのです
興行収入だとか観客動員数だとか
そんなことに騙されるバカが多いことが
ぼくはいろんな映画をたくさん観て思うのです
興行収入だとか観客動員数だとか
それは宣伝の結果だと
興行収入だとか観客動員数だとか
宣伝に金をかければある程度の結果は出るし
宣伝に対する費用対効果の結果であるからして
興行収入だとか観客動員数だとか
それで誉められるのは宣伝広報部の仕事で
作品としての良し悪しではけしてない
寧ろ
過剰な宣伝のおかげで
宣伝と本編の内容が違ったり
宣伝が本編の内容をバラしていたり
まああもともと下らない作品を
面白おかしく宣伝していろんな費用を回収しなきゃいけないのだから
必然と
ウソ大げさ紛らわしくなるのも道理で
ある意味
詐欺であると
欺瞞であり虚構であり無意味であると
ぼくは年にそう何回も無い酒の席で
映画好きと自称するバカ女につい力説してしまうもので
やはり
ぼくは独りです
今年も
ぼくは独り
なのです
ぼくは酒が好きです
ぼくは酒を飲むのが好きです
ぼくは強くないけど酒を飲むのが好きです
ぼくは酒を飲むと小便が近くなります
ぼくは酒を飲むと何度も何度もトイレに行きます
なのでぼくは年にそう何回も無い酒の席では
トイレに近い席に座るようにしています
ぼくは酒を飲んで何度も何度もトイレに行くと思うのです
最近はトイレにしかも男性用小便器に限って
ここを狙って用を足してください的な
小さなダーツの的や絵や数字のシールみたいなのが
よく見受けられるようになっており
それは居酒屋どころかいろんなお店や関空のトイレにまで
実はヒット商品番付には載らなかったものの
今年大ヒットしたものらしいです
皆さん御存知でしたか
つまり
男性というものは立って小便をするものであり
しかも男性器であるチンコはぶらぶらぷらぷら垂れ下がっており
小便を横にこぼす為に掃除が大変なので
それの対策として何か的のようなものを便器に付ければ
遊び心で小便でその的を狙い
小便のこぼれが減ります
ということが受けて大ヒット
でも
ぼくは思うのです
売れたか売れてないかその売上げと言うものは
先述のようにあくまでも宣伝広報の成果であり
必ずしも顧客満足商品満足には繋がらないということ
そもそも
本当に
小便のこぼれが減るのか減ったのか
最重要問題はこの一点に尽きるわけで
では何故
小便がこぼれるのか
小便時のアクションとして
チンコを出し
小便を発射し
チンコをしまう
このスリーアクションで
小便が便器からこぼれる可能性が高いのは
皆さんどこだと思いますか
実は
チンコを出して
チンコをしまう
この部分なのです
つまり
酔っ払ってイタズラ心で
わざと悪意を持って小便を便器外に照射しないかぎり
小便発射中は
小便はけしてこぼれないのです
勿論例外的に
小便の勢いが強過ぎて
便器に当たった飛沫が便器外に飛び散ることはあるかもしれない
でもそれは的シールがあっても同じことよね
だから
小便がこぼれる要因として
チンコを出して小便を発射する瞬間
解りやすく言えば
ホースなんかで水を出すときの感じね
水を出す瞬間って水圧の衝撃でホースが暴れるでしょ
草木に水をやるときなんかでも
水を出した瞬間は目標物に当たらないでしょ当てることができないでしょ
そおゆうことなんですよ
さらに日本人には仮性包茎が多く存在し
皮だってむかなきゃいけないし
しかも切羽詰った状況時では
チンコを出して小便発射を
ツーアクションではなく
ワンアクションで流れるような行動をとらざるを得ないわけですよ
そして小便が終わりチンコをしまうとき
出し切った小便をチンコをふるふるして小便を切らないといけない
この行為こそが女性には理解されないどころか
そんな行為があるのかすら知らない女性も多く
小便後に紙で吹く習慣が無い男にとって
小便が済んだからといって
チンコをすぐにしまってしまうと
残尿がパンツに付着し
いざねらっていた大好きなあの娘とベッドインてなときに
小便がパンツについてたらそらイヤでしょうよ
だからこそ
ちんこをふるふる振って小便を切る必要があるわけなんです
それに対して
この小便用的シールは
明らかに小便発射中のみの対策物であるからして
本当にその効果があるのか
非常にマユツバであるし
確かにアイデア商品であるからして
一度使ってみて損は無いという点で
売上げがあるのはりかいできるわけで
ただその効果に関しては
甚だ疑問であるのはつまり
商品の本来の目的と
その原因のピントがずれているに違いなく
では何故こうしたピントがずれた商品が生まれたか
ストレートに想像するならば
この商品開発者は女性であろう
無論この男性小便論議に
家庭内便器においては男性であろうと
座りながらの小便を強制する人も多く
座って小便することに対する傷つけられたプライドを回復すべく
考えた苦肉の策とも考えられないことは無いが
やはりピントのずれ方を考みるに
やはり女性の発案では無いかと
では何故女性の発案であるのか
つまりセックス解放ジェンダーフリーと呼ばれてても
便所掃除の担当は未だ持って女性であることが多く
そら女性からしたら
何で便器のそとに飛び散るねん
何でそれをアタイが掃除せないかんねん
とそうなるわけで
何故便所掃除にはジェンダーフリーが通用しないか
それは未だに差別社会で
一度は解放されかけた差別社会も
格差社会という言葉に代わり
汚い仕事は金を払って貧民にやらせよといった
思想ができはじめているのかもしれないと
ぼくは思うのです
ぼくは独りで
思うのです
ぼくは独りです
でも
ぼくは性行為が好きです
独りだから仕方無しになけなしの金を払い
プロを相手に性行為するのが好きですが
勿論金を払わなくても良い素人の女性も大好きです
できれば多くの人と相対したいし相互鑑賞乱交
何てものにも憧れています
では
ぼくはスケベか

ぼくはスケベです
ではスケベな僕は変態か

ぼくはスケベな変態です
では
スケベで変態な僕は社会悪か

多様化する性嗜好誰にだってそおゆう願望はあるわけで
では
ぼくは命ある限りできるだけいろんな数多くの女性と性行為がしたい
それは僕が経験したことのないプレイやいろんな世界を見て体験して
見聞を広めることが人間大事だと思うからで

ぼくは命ある限りできるだけいろんな数多くの女性と性行為がしたいわけではない
見聞を広める為のその行為が
性行為を通じないとできないだけであり
故に
ぼくは性行為が大好きです
と女性には自己紹介をします
でもまだまだ未熟者ですがなんて自分を卑下しようがしまいが
女性には却下されることが多く
やはり
ぼくは独りです
ぼくは独りが好きです
ぼくは独りでオナニーするのが好きです
でも最近は
独りでオナニーするところを大勢の人に見られたい
見せつけてやりたい願望なんてのもあります
ただ
専らオナニーのオカズはAVにたよっております
最近はメーカやメーカー内レーベルの増加に伴い
女流監督なんてのも増加し
男性監督は男性であるからして
如何に同棲である男性を興奮させるべきかを考え
その結果女の本質だとか女のはじらい各種フェチのクローズアップ
を第一に制作されいるわけで
これが女流監督の場合
自分がしてもらえば気持ち良いこともしくはしてもらいたいこと
これをクローズアップするが為に女の生々しさを感じても
女のリアルさには男にイマイチ伝わら無いことが多く
むしろAVは映画と同様の映像作品であり虚構の世界であるからして
女の生々しさはむしろチンコにもマイナスであることもしばしば
ただし女流監督も男性監督と又同様に経費削減で
監督と女優を兼ねることもまたしばしば
高慢な監督がアヘアヘ言う作品を
ぼくは今日もオカズに
オナニーするのです
ぼくはオナニーが好きです
ぼくはAVをオカズにオナニーするのが好きです
ぼくはAVをオカズにオナニーすることが大好きです
ぼくは女流監督のAVをオカズにオナニーすることが大好きです
ぼくは女流監督をオカズにオナニーすることが大好きです
ぼくは女流監督のオナニーを見るのが大好きです
ぼくは女流監督を観るのが大好きです
ぼくは女流監督です
ぼくは
女流監督
ではありません
ぼくはぼくで
それ以上でもそれ以下でもなく
それが
アイデンテティ
なのだと
オナニーを通じて
AV鑑賞を通じて
今年の流行語大賞は
イナバウアーでも品格でもなく
業界を席巻した
「電マ」
ではないかと
ぼくはひとりです
あなたもきっと独りなのでしょう
でもそれは
社会悪でも恥ずべきことでもなく
ぼくは誇りにおもうです
ぼくは電マ
きみの電マになりたいし
きみに電マをしてあげたいし
結句
ぼくは電マ
そう断言できる大人になりたいと思うのです
小便は飛び散りがちですが。




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