2007年05月29日(火) |
1年と少し前のこと。 |
予定が19時に変更になって、それに合わせて待ち合わせ場所へ。
すごくすごく寒い日で、風もあって、スカートなんてはけなくて。
最後の信号でハンドル握る手が汗ばんでるのに気がついた。
運転中だけかける眼鏡に、がんばってメイクした睫毛があたって、 少し前にずらして、青くなった信号を左に曲がった。
4車線の左。曲がってすぐにまた左へ。
待ち合わせ10分前にはもう着いてた。
冬で、もうあたりは真っ暗で、エンジン切って室内の気温もすぐに寒くなる。
だけど、寒くて震えてるのか緊張で震えてるのか、 これは緊張の汗なのか暖房の汗なのか、よく分からない状態だった。
駐車場は店の奥につながっていて、私は入り口付近に停めた。
携帯とかばんを助手席に置いて、 ざぶとんの厚さに傾いた携帯が、指定着信音と一緒に光った。
「もう着いた?」
もう着いてると返信すると、「遅れるから先に中はいっといて」
車の中やから大丈夫って言うと、もうちょいで着くってメールが入る。
返信しようとしてたら、目の前を知ってる車が通る。
ただ「後悔しないように、楽しもう!ちゃんとお礼言おう!」って、自分の車から出た。
7分遅れでやってきた貴方は、見た事も無いきちんとした格好やった。 ジャケットをはおってて、革靴なんて履いていて。
ごめんなも何も言わない貴方をあいかわらずだな、なんて思ったりして。
久しぶりに見た私は、驚きと嬉しさでわけわかんなかった。
お座敷だからとパンプスにして、それを下駄箱へ運んで。
慣れたように振る舞う貴方がなんだか可笑しかった。
通された場所は向かい合う個室。
食事中、何を話したかあんまり覚えてないよ。
ただ、意外とがっしりした肩とかちょっと太った?とことか、 そういうのにいちいち胸が詰まった。
2時間もかからず食事は終了して、
前日まで必死に友達と練習した「ごちそうさまです」は貴方に言われて。
貴方はご機嫌に靴を履いて、すぐに外へ出た。
きちんと挨拶がしたくて、立ち止まりたかったのに、
止まる暇も与えてくれずに「じゃあな」って、私より奥に停めた車へ戻る。
必死に「いままで、ありがとうございました!」って叫んだ私に、
帰って来た言葉は「いえいえ」って、笑うなよちくしょう。
あっさりだって、ボーッとしてしまって、
だけど立ち止まるわけにもいかなくて、私も車へ戻る。
どうしようどうしようどうしようどうしよう
すっかり冷えた車の中で、私は必死に考える。
ちょっとして、パパッとクラクションが鳴る。
どうしていいか分からなくて携帯を握りしめていた私が前を向く。
小さく手をあげた貴方が乗った、見慣れた車が前を通る。
咄嗟に頭を下げた。
左に曲がる時を待ち構えている見慣れた車が右の先に見える。
私が助手席に乗った車が、 6足ギアチェンジの、 後部座席は空き缶が転がる、 カーナビの着いてる、 ナンバープレートは違法の、 爆音がする、 一緒にTMRを聞いた、 一緒にタワーを見た、 一緒に段ボール取りに行った、 一緒にコンビニ見に行った、
黒い、貴方の車が。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
曲がるタイミングが掴めないのか、私が何かするのを待ってるのか、
ずいぶん長い間、左のウインカーを出して停まってた。
どうしようどうしようどうしようどうしよう
今行けば、今行って引き止めて、ドア越しにでも告げたら。
もう会えないもう会えないもう会えないよ、もう会えない。
だけど、貴方の指輪が「来るな」って言う。
車の中、ひとりだと随分と防音になる。
月明かりか外灯なのか、なぜかかなり視界のいいフロントガラスで視線が踊る。
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
結局、もうどうにも動けなくて、車は最後に爆音をたてて曲がった。
終わった。全部終わった。これであたしのずっとのことが、終わった。
動けなくて。
ただ、動けなくて。
でも、泣けなかった。
こんな終わり方、ないやろ
パンプスも半分脱げて、ただ運転席で前を見てた。
あぁそうだ。お礼メールをうたなくちゃ。
こういうときは、 ありがとうございました、またよろしくどうぞみたいなないようだったよね?
たしかこないだけんきゅうにけんきゅうをかさねたざっしにのってたよね?
さんざんうまくいったともだちにきいて、けんきゅうして、れんしゅうして、
このひをむかえたんだったよね?
おれいめーるをうたなくちゃ。
言えなかったけど、言えなかったけど、何も伝えられなかったけど、
「負けず嫌いって言ってくれてから、いろんなこと頑張れた」って。
それだけは、どうしても。
送信をして、そしてまた現実に帰る。
ゆびわ。
アクセサリーも時計もおしゃれもしないあなたがつけてきたゆびわ。
ふいに、投げた鞄の中の財布から取り出した。 5000円ちょいのレシートに刻まれた
「客層 カップル」。
確か前に、牛乳さんと来たときも、これだったなぁって、
ちょっと笑えて、それで、
それで、泣けないのに嗚咽した。
なにこれ。なんだこの紙切れ。
こんなんのために来たんじゃないよ。
いつまでたっても返信はこなくて、
エンジンつけてないから寒くて。
このままじゃいけないって思ったんだったかな。
友達に電話をして、バイト先まで迎えに行って、「どうだった?」って聞かれて 「指輪してた」って言って、友達困らせて。
でも私は笑ってた。あっけらかんと、いつもの調子で。
その日、どうしたのか、それから、どうやって普通になったのか、 日記にも書いてないし、覚えてない。
ただ、引っ越しの怒濤の準備に追われたり、予定入れまくって考えなかったり、 してたような気がする。
で、あれからすぐにも泣けてない。
1年以上経って、やっと少しだけ素直に泣けるようになった。
でも、覚えてるなぁ。今書いただけでも、これだけは。 最後のクラクション、絶対忘れられない。
1年と少し、平均週3ペースで何時間も話をしていたのに。 3時頃、警備会社に「すいません」って謝るほど。 朝、明るくなるころ家に帰ったこと。
要って呼んでくれたのに。 一緒にF1とかサッカー見て、同じTMR聞いて一緒に歌って、 どこが好きとかどこがいいとか言い合ったり、よしぎゅー行ったり、 一緒にいろんなことをしたのに。
店長や他の人に言えない、まだ日記に書いてないことも、一緒に犬に吠えられたことも、 一緒に変な兄ちゃんに対応したことも、 「店長に見つかったらやばいな」って言うたことも、
じゃんけんがいつも4回連続あいこになっちゃうことさえ、
全部、もう無い。
結局一言も帰ってこなかったメール。
あの日から、1通も、1回も、交わしてない。
「元気か?」の一言さえ言われない。
だからもう、受け入れて。私。ね。お願い。頼むわ。
もう、本当に本当に思い出にしまわなきゃいけない。
絶対私の気持ち知ってたよね。
最後、あなたはどんな気持ちでクラクションを鳴らしたんやろうね。
それだけが、今も、今もひっかかってる。 でも知りたいわけじゃない。悲しい事実なら、そのまんまでもいい。
けど、けど、
がんばれよ、ぐらい言ってほしかった。
私だけが、いつまでも思い出して、ひとりで。
今あなたがどうしてようと、結婚しようとしなかろうと、 店がどうなってようと、私がどんな気持ちであろうと、
もう本当に本当にさようならしなきゃ前に進めない。
だから。
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