世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年06月13日(木) まだ足指が変?

西国から帰ってそろそろ一週間。だけど、右足の中指の感覚がいまだ少しおかしい。鈍くなったまま。
あと少しこのままだったら、カネサカさん(私のホームドクターのような鍼灸医さん)いかないと・・・。

午後、白洲正子さんの「熊野古道」のエッセイを読んでいたら、いつの間にか眠ってしまっていた。まだ、やっぱりどっか疲れているんだろうね。
夕方、Iさん来訪。お願いしていた本を持ってきて下さった。
二人して、秩父のグルメワイン、源作ワインを空けた。
おいしかったわ。
話は、女の老後から、金パチセンセイでやっていたという性同一障害の問題まで。
面白い時間だった。
Iさん、また飲もうね。
今度は「プロミス」を見に行く約束をした。(ジョークじゃないよ、プロミスって、アラブ、イスライルの子どもを撮ったドキュメント)

・・・・・・・・・・・・・・

2000年の今頃、私はシベリア鉄道に乗っていた。
乗車したものの、荷物を入れるとこもなにもわからなくてウロウロしていた私をお世話をしてくれたのは、アリョ−シャという8歳の男の子だった。
座席を動かし、そこに荷物を入れ、ベットを作り・・とかいがいしくサポートしてくれた。
これ、日本の8歳の男の子にはできないだろうなと思った。だって、仕草が「紳士」なんだもん。
アリョーシャは、夏休み(ロシアの夏休みは6月に始まって8月まで)で、おじいさんおうちにお母さんと行くところだったんだけど、降りるまでの2泊3日、その態度は変わらなかった。
「この何にもわからない日本から来たおばさんを守るぞう」みたいな感じで、ほかの車両から私を見物に来る人からガードしてくれたっけ。
私が乗った列車が「ロシア号」といったインターナショナルな列車だったら、よかったんだけど、あまり外国人の利用しない(モスクワまで行かない)ローカルなヤツだったから、私はめずらしかったらしいのだ。
アリョーシャの紳士的な、大人っぽい態度は、日本のあまやかされた子ども(特に男はダメだあ、日本の子供は世話されることしか念頭にない子が多いから)にはできない態度だよなあ・・と感じたものだった。
なつかしい思い出・・・・
シベリア鉄道は、キケンだ、という話も聞いていたので、緊張していた私だったが、6月のシベリア鉄道は、休暇で旅をするファミリーでいっぱい。のんびりとした車内の雰囲気はいい感じだった。
バイカル(もう一度行きたい!!)まで、いつかまた乗りたい・・と思う。



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