世界お遍路 千夜一夜旅日記

2002年08月19日(月) ★アムステルダムのチャイナタウンへ★

滞在している間に納豆を作ろうということで,アムステルダムの一角にあるチャイナタウンの中国人ス-パーへ大豆だの,豆腐だの,大好きな空芯菜などを買いに行った。
大豆はオランダのスーパーにはない。チャイナになる。豆腐はこの頃見かけるが,オランダスーパーにある奴は信じられないくらいまずいらしい,友人が言うには。
チャイナの店は,らーめん,おせんべい,インスタント味噌汁,等など何でもある。
ながねぎは,チャイナとトルコ人の店。果物はすいか、桃,みかん,りんご,ぶどう,アフリカから来るサボテンの実,等など。トルコ人の店が断然豊富だ。
エジプト人街に行くと,これまた少し変わったものが手にはいる。
多くの移民や亡命者を受けいれてきたアムスの街は食べ物の種類やお店も様々だ。

とだな作りをしている友人の夫,テクラブ氏に行ってくるよと出かけたのはいいが,いつも私がお金を下ろしていた「INGBANK」がない。ど、どうしたんだ?仕方ないので,もう一つ先にあるAMROBANKまで。
いつも行く本屋にストリッペンカルテという,市内の乗り物に共通する回数券を求めに行ったら,これまた定休日。仕方なく郵便局に。混んでいた。15分近く待たされた。路面電車に乗ろうとしたら,今度は乗る位置が変わっていて…。ということで,昨年との違いにおたおたしながら,駅近くにあるチャイナの店に行ったのは,11時を過ぎていた。

お店があるニュウマルクトは,夜になると怪しい町になる・・・そう、あの有名な飾り窓が近い。しかし,昼は,シナゴーグがあるし,観光客がうろうろする普通の顔をしている。
でもまあ,アムスの町の中でも,危ないところなので警官がパトロールをして入るが……。
友人によれば,この頃アムスで問題になっている犯罪は,偽警官なんだという.
東洋人の観光客(中国,勧告,日本など)に「ユーロのチェックだ」といってバックの中を調べて、金を持ち去るというものらしい.(ユーロは2月導入のヨーロッパの新通貨)
私「そんなんで引っかかるの?IDカードを見せろ,とか,大使館に行ってから開くとかっていわないのかねえ」
友人「制服を見たら,ハハッ-って国から来ると信じるんじゃないの?」
なんて会話をしたばかりだし,ご用心ご用心ではある.

もち論,偽警官の服は偽モノだがそれらしくしているらしい.

買い物……豆腐、空芯菜、大豆,小豆、肺骨ジャンという中国の味付けの元,ラーメンとか,冷凍のごま菓子をかいたかったが,かさばるのでやめた。
この後,クリエイツブツアーへ、来週からのエアチケットを取りにいかないといけないのだ.
アムスダムの中心、ダム広場に出て電車に乗る.
いつも観光客がびっしりと座っている広場の戦没者慰霊塔周辺は意外と寛さんとしていて,夏のバケーションが終わったんだという感じ.

中心とはいえ,ウィーンに比べると建物の高さが低くて威圧感がない。「宮殿疲れ」も癒される気がする.

クリエイツブツアーはJAL系の会社でホテルオオクラの近くにある.
電車に乗って移動.
何時もチケットの手配をしてくださる池谷さんとはほぼ一年ぶりに再会.7月の一番忙しい時期にメールを出して,色々とお願いした.昨年は戦争さなかにエジプトやトルコにいくので,チケットの発券をギリギリまで待って頂いた。
「1年ぶりですねえ」なんて,旅や洪水のことを話していたら,一時間があっという間に過ぎた.
また来年お願いしますね,といってきた.(またきたいよね)
池谷さんによれば、チェコのこうずいは、9mも水位があがって、プラハのヒルトンやコンチネンタルといったホテルは営業を見合わせだという.また,観光客は5万が避難して,4万が帰ったが,まだ1万人が帰れないらしい.
100年ぶりの大洪水,大変なことになっている。

帰り,暑くて、ぼとぼととあるいていたら,前から知った顔が….
「ア・・?」(本人の希望により伏せ字とします)とおもっていたら、彼が手を振りながら私の名前を呼ぶ.
「どうして,あんたとこんなとこであうんだろうね・・・・げんきなの?」
友人のところに時々くる,お父さん日本人,お母さんアメリカ人の若者である.
「元気ですよ,ずっとプラハに行っていてまた金曜から行くんです,」
洪水でしょ。
でも大丈夫ですよ,もう…
私,今回は1週間しかいないからね,来るんだったら今週中よ,
なんて会話をしてわかれた。
彼は,ぶらぶらしていたのだが,今はあの「サッカーの小野」関係の仕事をしている.

帰宅して,暑い暑すぎる.…へこたれてゴロゴロ状態.
夜は少し元気を盛り返してよなかまでおしゃべりをした。





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