またまた、仕事もせずに午前は本とネコを相手にぼやぼや。 本は、マザーテレサの真実。 ダージリンに行く途中に受けた啓示でマザーは、インドのスラムへ身を投じたというのは知ってはいた。 その啓示とは、「我、渇く」 イエスの最期の言葉。 インドの貧しい人達にイエスの渇きを見た、あるいは見る・・・だから「神の愛の宣教者会」を創設した。 聖書をよく知らないと、この言葉の解釈というか捉え方は難しいようだが・・しかし、何よりマザーは祈り(瞑想といいってもいいか)のうちに、ほとんど生身のイエスからの言葉として、圧倒的な体験をした。 それが彼女の人生を導いた。 それをマザーは彼女の内輪の人達(シスターやブラザー)ヘ向けた遺書の中に書いている。 キリスト者ではない私には、もう一度読み返さないとなかなかにすっと入ってこないのでまた今夜読み返すつもりだが・・・。 彼女は、なにかあると、祈りのうちでマリア様に相談していたらしい。 深い祈り(瞑想)のうちに超常的な世界へ(霊的世界・神さまの世界)招き入れられる方だったのだろう。
興味深いのはマザーの最後の日(帰天の日)だ。 1997年9月5日。 それは、ふつうの1日として始まった。 朝は、娘を自殺によって亡くした夫婦の話を聞き、慰藉を与え、そのまま午前は忙しくお仕事をなさり、お昼を食べて、少し横になって多分3時頃、チャイとビスケットを召し上がったあとに「体がいたくて動けない」といわれてその後の祈りはほかのシスターが行かれて。 夜になって、「息ができない」と。 付き添っていたシスターがあわてて、お水と薬をわたしたが、すでにその力もなく。午後8時30分息がとまった。 最期は、神父さまが「塗油の秘蹟」をなさったあとに、壁にかけてあったイエスさまの茨の冠に2回触れてそのままだった、と。 その後心臓マッサージを下が息は止まったままだった。 まさに天寿尽きて、お帰りになったのだ。 というのがわかる。
比較するにはあまりに偉大ではあるが、この世で肉体を持っていたのは同じ。 弟もガンにもかかわらず、さして苦しみもせずにあっという間に逝った。
天寿とは「あっという間」(1日から数日)に逝くことなんだと。
今日も朝顔は4つ咲いた。 えらいなあ。
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