今原発30キロ圏内で起きていることは、柏崎刈羽原発で同じことがおきたなら、当地で起きることだ. 中越沖地震の時に、原発からの煙を見た時に、ああ…終わりかなと思った. でも、それは今回のような重大事故ではなくて…偶然の幸いというしかない. 福島の方がおおぜい当地にも避難されている。 子どもがいるし、怖くて帰れない、帰りたくない・・仕事を探すというような声もあるという。 当然だ。 我々は、大きな大きな痛みと共に意識を変ねばならないときが来たのだろう。
子どもたちには、話して聞かせている、いまおきていることは私たちにも起きるかもしれないことだ、と。刈羽原発は世界1の原子力発電所だよ、と。(ここで、エーと声をあげる) そして、その電気はみんな東京に行っているよと. 私たちがつかっている電気も、しかし、他の県の原発で作られているものもあるんよと。 巻町(新潟市西蒲区)は立派だった。東北電力が原発をつくると決めた時に賛成派の町長を解任して反対した。 これからはこういうところがほとんどとなるだろう、多分。
どんどん亡くなった人の数が増えて行方不明者は以前としてそのままだ。 今晩も祈りたい。 大勢のいなくなった人達と、原発で命がけでたたかってくれている人のために。 原発は今のところ、かろうじて皮1枚ながっている、最悪の一つ前というところだろうか・・・笑われるかもしれないが、14・15・16日と2匹のネコがほとんどご飯を食べなかった、あのときはヤバイと。 今は食べているので、山1つは越えた?と。ほとんどネコ占いだが。
それでも浮き足立って、本来の私ではない自分が見える。 自分を叱りつつ、厳しく粛々と暮らそう。
|