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2005年04月07日(木)
同じ時間の流れの中での差って
診察&カウンセでした。Fくんが「医者もカウンセラも役に立たなかった」って 言っていたから、自分もそれが怖かった。 一度不信になると、それを取り戻すのって大変だから。 診察で、言ったよ。 「日曜日に友達が亡くなったんです」って。 そのあとにカウンセリングだったので、 心の様子まではあまり話さなかった。 でも主治医は「みんな一緒に良くなるわけではないからね」 みたいなことを言っていた。私も、そんなに話さなかった。 でも最後に「辛かったら電話してきていいからね」って 言ってくれて、ほんと主治医には迷惑ばっかかけてるけど いい主治医に恵まれたな、って思った。 その後カウンセリングで。いつも主治医とカウンセラさんの間は 話が筒抜けなので、その話を主治医がカウンセラさんに したもんだとばかり思っていた。でもしてないらしく。 結局、最初から話すことになった。 いつもカウンセラさんは「どうですか?」の一言から始まる。 私はいつもその答えを考えて心理療法室に入っているわけではなくて、 そのときの気分を答えるようにしているんだけれども、 (その受け答えで、カウンセラさんは私のこと大体わかるみたい。) 今日は「んーなんともいえなくて、微妙で・・」って言った気がする。 前回、なんて言ったか自分は覚えていないけれど、カウンセラさんは メモってるので「じゃぁ前回よりいいのかな?」と言われたのだけど、 「いや、そうでもなくて・・実は・・」って話が始まった。 私が「友達が亡くなって・・」という話をしたら、 カウンセラさんは、最初、もの凄く発言に気を使っていた。 いっぱい言葉を選んでいた。いつもよりカウンセラさんの発言数が 少なかったので「もしかしてこの人はこういう話題は苦手なのかな?」 と思いつつも、私が結構話したら、でもその後に色々フォロー してくれたので、助かった。自分が気付いていないことも、 沢山言ってくれた。 そのポイントだけ、少し書いておこうか。(要約済み) *本人と残された者は、どちらが辛いのか。 それは比較対象にはならない。 でも相手の気持ちを「共有しよう」という態度が重要。 *なんだかな、の中身はなんだろう。 彼女への怒り、自分への怒りを同時に抱えている上、 まさか彼女が、というショックがでかい。 *事故だとしても、自死だとしても、絶対に彼女も 無念だと思っていた。そして回りの人間も無念。 *薬を飲む、ということ自体が、誰にも伝わらない最後のメッセージ。 *やはりお葬式は、残された者のための儀式である。 葬送、はこちらから送る、ということだ。文字どおり。 お別れを言う場である。 最後に大きなポイントがあった。 それは彼女が亡くなった日に私がココで書いている、 「何が違うんだろう」ということ。 4年間サイトをやってきて、その当時一緒に悩み苦しんでいた人達で、 今は結婚して幸せな人もいる、仕事に復帰した人もいる、 資格を取るために頑張っている人もいる、 それなのに死んでしまう人もいる。この差は何なんだろう。 カウンセラさんに聞かれた、「なんだとおもう?」って。 私は答えられなかった。 でもこの着眼点は、ものすごくいいといわれた。 今考えるべきこととして、もの凄く重要なことだと。 私がその話をした途端、カウンセラさんのメモが激しく始まったよ。 そこに答えがあるのかな、私が4年も5年も6年もうだうだと 死にたいくんを引きずってるワケが。 ちなみに、次回その話をすることになりました。 PS.すみません、メルマガそろそろ書きます。。。ごめんなさい;; |