| 2006年12月30日(土) 2006年作品展制作ノートより |
言葉にしなくとも 伝わり残るものがひとかけらでもあるならそれでいい この紙の表面に浮かび上がった像は あくまでも像でありカタチであり、それ以上でもそれ以下でもない それを突き抜けて 画の向こう側がもし見えるなら それこそが 画と対峙してくれた人の中に残ってくれるなら カタチの向こう側 言葉の向こう側 世界さえもを凌駕する何者かに そうして私は常に手を伸ばし続ける 諦めなどという言葉はそこには存在しない 諦めないことで 無駄と知りつつもそれでも信じ手を伸ばし続けるその先に ようやく微かな解放が光る その光は無限に広がり、同時に闇も無限に広がり、 世界はひとつになる 唯一無二に なる
◇ 鎮風景(2006.10.19〜11.20)
その場所は町の隅も隅にある。急坂を上りきったところにちょこねんとあるすっかり寂れたバス停。ここでバスを降りる者はいつでも私たちだけだった。バスの通過点のひとつではあっても、その場所は今を生きている人たちの記憶からは、殆ど失われてしまっている。 訪問者ももちろん殆どいない。だから、私たちが訪れるときも、植木や芝の整備を任されているらしき職員が一、二名いるかいないか。彼らは言葉ひとつも発することなく、芝刈りや水遣りを淡々と為しているのみ。 沈黙或いは静寂という今この、写真機を持ち私が立つこの地点に、際限なく多くの異国の戦没者たちが眠っている。今まさに私が立つこの地点にも、この園内の何処を歩こうと、それは死者たちの眠る大地。あまりの静寂が、冥界との扉を曖昧にしてしまう場所。
子どもがその合間を歌いながらスキップする。あまりの無邪気さに大地が小さく笑う声が響く。樹々が風と共に歌う。 世界の大地はもうとうの昔から没者たちで埋め尽くされていることを、おのずと思い出させられる。でも死者と生者とは、切り離された別の物ではなく、もともとつながり合い、共に支え合いながら在るもの。 ふと思う。 私たちが生まれるのに、一体何人の人間が連なっていたのだろう。自分たちの遺伝子を残し、それぞれに命を全うし、そういった人たちの連なりが、私たちをここに存在たらしめている。
人は人の死の上に屍の上に立ち、生を謳歌する。そして己も死を受け容れる時がくれば、おのずと自分もその一粒となり、土の肥やしになる。大地はそうやって、未来の命をこの世に送りだす。人間は、いや、この世に生を受けた者はみな、そうして命を永らえてゆく。
人の死の上に人の生が降り積もる。生と死とは常に手を繋ぎ、緒でつながり、永遠に回り続ける。 だからこそ。 生者は常に死者への鎮魂歌を。歌い続ける。 生を受けたことへの感謝を。そして私たちを支えてくれている死者たちの大地への愛を。
歌はどんなに痛めつけられようと嬲られようと 高らかに 響き続ける。
◇幻霧景�供祖炭欧猟蹐如�2006.11.21〜2006.12.30) |
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