已 当 原初

今

羅列 回帰


戯 言ノ源
―― 連ねた意味も、持てない小鳥。
氷室火 生来
回帰

2006年10月31日(火) ■
くれないに沈んで。


同じく武装錬金録り逃した仲間仲間。あれなんだよ、だから延長は敵なんだよ。
と言う私信から。ついでに、本は未入手です。ふらりとまた本屋行かねばー。

無意識の内に唇の薄皮を剥いて剥いて剥きまくってしまいます。出血しても何のその(わ)。
故にふと気が付くと、いつもひりひり。塩味醤油味が染みる染みる(馬鹿だろお前)。
皮の再生も待たずにやり過ぎたのか随分とひどい事になったので、
そりゃあもう何外で口内炎作っちゃってるんですかってぐらいグズグズで(判り辛い)。
自分としても好んで皮を食べている訳でも無く、見ている方としても痛いからやめてくれと声が上がり、
無意識の事を抑えるなんてカノン君級で無くちゃ難しいようなえらい大変な事を(そこまで言うか)
頑張ってみている今日この頃。しかし先述の通りやり過ぎている為再生する方もどうしたもんか、
困っているのか知りませんが妙に皮さんささくれ立ってこりゃもう剥いてくれといわんばかり!
剥き過ぎて若干痛みを伴うからこそやめようという壮大な決意を揺るがす大敵です。
冗談めかしてますけどね、これが本当にいらいらしてくるんですよ。まじで剥いてやりたいと。
でも痛い。それに又再生してきたらきっとむずむずしてくると我慢我慢。ランボじゃありません。
そんなに気になるのならばリップクリームを付けろとは度々される助言ですが、
なんというか、邪魔と言うか(はっきり言ったよ)腕で擦り取りたくなるんですよ。
気になるささくれを我慢で無視するか、リップクリームを我慢で無視するか。壮大です(何処が)。
大体毎年買っている気はするものの二桁に届く回数使う前に紛失するとかのパターンで
一体どれだけのリップクリームが長いまま居残っているのか考えると新たに買うのなんて
無駄に思えて仕方が無いのですがそんなみみっちい事を言うなら他を節約したらどうかと。
指摘されたらぐうの音も出ない訳です。毎日何の味が染みるとかもいい加減滅入ってきたところ。
決死の覚悟で又すぐに紛失するやも知れない(その心構えを直せよ)リップクリームを
今日買ったのですが、や、なんか、あれ、高いよね。凄く癪ですマネー出すの。
折角自腹を切ったのだから今度こそもうちょっと、せめて今年いっぱいは使いたいものです。
一本使い切るとかそう言う目標を立てない辺り自分を判ってます。駄目人間め!
そして暫くそれを使ってある程度状態が安定すると、又無意識に向きに掛かるんだ。
そうに違いない確信は、既に何度も行なっている変えられない習慣然り。



2006年10月29日(日) ■
ここではない、ここより遠い、どこかへ。


真に残念ながら本日お仕事中にとんでもない大失態を犯してしまいました。
そういう内容の事は別に真にとかから始めなくてもいいんじゃんと思いつつ、
マリアナ海溝並に深い、という表現屡使われますが実際どんなか判っていない無学、
気分的にはそれぐらい、反省のドツボにはまっております。
結果としては、最悪の事態を回避出来、失敗に巻き込まれてしまった相手方も
大変良心的な方だったので事も無し、そう言えなくないのですが。
結果論だ過程論だは場合場合によって変わりますが、少なくとも自分が何か仕出かした場合は
一週間近く状況を出来得る限り鮮明に思い起こしては自戒、
今後は起こさないようにと努める意外に努力派タイプです。自分から意外にとか言うか普通。
これは金銭が絡む非常に繊細なトラブルだったので仮にお店で負担する場合は
全額自分が払う気満々だったのですが、お説教して下さる間もオーナーは、
そうなったら半額くらい、と優しさを滲ませます。一般的にこれは、優しさと呼べるでしょう。
勿論優しさだと自分だって感じますが、でも、それは、頂けないなと。
犯した罪の重さを受け止めるのに金支払わせればいいだろう、
そういった考えの持ち主ではオーナーが無いのは知っていましたし、
それは何故かといったら以前別件で矢張り金銭が絡む問題があった時で、
その際にも厳重注意はされたものの、いざ支払う、となった時にも、
初回だから半額で、そう妥協案を講じてくれました。
確かにアルバイトなんてしてるぐらいだからそれなりに裕福、ではない訳で
金額がでかいから半額なんです。少なかったらお小言だけで終わってしまう。
財布にしてみたら凄い助かるのは事実だけれど、だけど自分がミスをしたのに、
お金を払えば解決だと思っている訳でも無いけれど、その代価も支払わないのは、
ただの甘えだと、ただの甘やかしだと、そんな風に思ってしまうこれも小心者といえばそうですが。
多少意地もあるんだと思います。自分がやったんだから後始末だって自分が、
具体的な事が出来ないならせめて負担だけでも自分が、しないと気が済まない。
それでいて、聞いている事を一言一句噛み締めて受け止めている姿というのは
はい、だとかすいません、だとか相槌と謝罪くらいしかする他ありませんので
聞き流している風にも見て取れ、落ち込んだ様子を見せないポーカーフェイスも相俟って
ちゃんと聞いてる? 判ってる? 確認される事も屡。屡です。
様子を見せないと言っても実際落ち込んではいないのですが。反省と落ち込みは似ているけれど、
違うと思うのですよ。反省して次回に生かさなければいけないのは当然の事ですが、
だからといって落ち込むのは自分勝手な、独り善がりな行為だなと。
落ち込んだってどうにもならないじゃないですか。過ぎれば周囲に余計な心配だって掛けてしまう。
意味のない事だからしないと言うと違い、落ち込むと言う態度のが反省よりも目に見えて判り易く
伝わるものではあるのだから、そういった面を見せないというのは自分にとって不利ではあるのですが。
だって、落ち込んで、どうするんだ? 落ち込んだら、どうなるんだ? 今度から気をつけてね、なんて
余計な面倒を掛けさせたオーナーや他の人に言葉を掛けて貰えば満足なのか?
それこそただの自己満足じゃないか。迷惑の上塗りしてどうするってんだ。
問題は起こったけれどそれは解決するのだし、自分に何かが降りかかる事も無いのだけれど、
それでも痛手を蒙らない事がいやだ。悔しい。結局何も出来ないのだと、
マニュアル通りにこなし、こなせなかったら他の人が庇ってくれるのだと、
何某かに守られている事がいやでたまらない。相応の責任を課して欲しいのに。
Mじゃないですしマネーだって払いたい訳じゃないんですが、それは勿論。
それじゃあいつか忘れてしまって、教訓になんて活かせないんじゃないかと言う
漠然とした未来の自分への不安と、甘やかされるのに慣れていないもどかしさと、
守られている、と言う、悔しさ。何も出来る事なんて無い無力さ。
一つだけ傷を負ったとしたら、元々あったか知りませんが自分に対する信頼が
少しばかり下がった事、今後暫くは目を付けられるかもしれない、
ひいてはその事でギクシャクしてしまうかもしれないしこりぐらい。それが尤も大変ですが。
ギクシャクすると言っても自分としてはこれ以上どうしようも無いので反省して終わりですが、
オーナー側がきつく言い過ぎたと感じるか、或いはちゃんと今回の事を受け止めたのかと疑るか、
真逆ですが、どちらもあり得る想定で、そしてどちらも事実じゃない。
やっぱり自分から何かを起こす、なんて事は出来ないもんなんだろうな。ちっぽけなんだから。

しかしこれ、実は公共料金の枚数確認における失敗なのですが、
つまり場合によってはかなりやばい事態になりえる訳ですが、
普段徹底されている通り、そしてコンビニのアルバイトというのはマニュアルに従うのが原則な通り、
いつもきちんと確認していますし、偶々しなかった時に起こしたミス、というのも
それはそれで日頃の大切さが判っていいのかもしれませんが、
それを行なっていても尚起こってしまった事態なんだろうな、と自己完結。伝えはしないらしい。
多少でもずらしていれば未だしも、二枚同時に切ってしまうと切り口がえらい汚くなります。
何故今回の事が起こったのか、検証した際その汚い切り口のものが二枚ありました。
当然責任者としては、だからこそあれ程いつも指導していたのにとなる訳ですが、
密着していた二枚目の存在に気付かず行なったからこそそうなったのであり、
普段から二枚切りとかしていたのなら、計三枚、つまりもう一枚目の同じ切り口の型が
見つかるべきではと。それに客も自分も気付かなかったからこそ今回なのではと。
考察は自分の自由ですがそれは言い訳にしかならずそれってなんだか恰好悪いし(え)
いらん反撃をするよりは次回の教訓として生かす方が性質としても価値としてもあっている。
ですからここで皆様御願いです。公共料金を支払う際はご自分でも何枚あるのか、
せめて確認してくれたら嬉しい。袋ごと持ってくる人もいますが、それはそれで枚数は明確ですが、
沢山持って一気にお会計なさりたい方は、スムーズにいきますのでどうか宜しく(笑)。



2006年10月27日(金) ■
誰かの為に。イコール嘘吐き。


自分の文章と言うのは果たして、読み易いものなのだろうか。もっと言えば、伝わり易いのだろうか。
目下の課題です。と言うか、悩み事? どうこうしたいというより、どうなのか知りたい。
しかしその為には主観と言うものを捨てねばならず、自分が自分である以上無理な事で、
例えどれだけ第三者的立場に立ってみたとしても、あくまで的であり、実際にはそうでない。
それでは考えるだけ無駄、とも一つの結論。それでも考えるのが、また自分と言うものであります。
そんな訳でぐだりぐだり考察が続きますので目の疲労を最近感じる方はお控えになるが吉です(笑)。

先ず、読み易いと言う点について。読み易さと言うのは、何を持ってしてだろう。
語感の響き、五七五でなくともそれに近い一定のリズム感や、句読点の打ち方。配置。
これ等が起因しあって通じているのも一つではあると思う。そしてそれらは個人差だ。
少なくとも文章を作っている側である自分としては一定のリズムに基づいて読める、
又響きを伝えられるように、一般的にはおかしな場所でも句読点を打ってみたり。
誰かの為にでは無くあくまで自分がどうか、と言うものなのは、致し方の無い姿勢。
段落一つ一つが長く、改行による空白が少ないのは、読み易さは別としても、
パッと見の印象はあるかもしれない。人にもよるけれど、ずらっと羅列されているものよりは
適度な感覚で行間があった方がなんとなく読んでやろう、なんて気にもなるんじゃ無いだろうか。
そう言いながら相変わらず改行が少ないのは、した方がいいと感じないからであり。
なんだか誤解を招きますね。決してきらいではない。詩的表現の場合はその間こそ重要でもあります。
スタイルの差とも言えるんでしょうが、話が繋がっている以上不用意に区切ってみても、
それはそれで致命的な欠陥にもなりかねない。センスの問題もあるでしょうこの辺は。
経験値や場合場合の状況にもより、いつかの自分を今見たら感じ方が違うように、
今の自分も別の時間帯の自分が見たら以前感じたそのままで、受け取る事は出来ないんだろう。
ある程度はシンクロしていても、きっと詳細は違う筈だから。全く同じ考えは、何処にも無い。
それなら自分は、その当時の自分を尊重したい。例え今の自分から見て未熟でも、
或いはそれを未熟と感じる自分の方が間違っている場合もあるのだろうけれど、
よっぽどおかしな勘違いをしていたり、誤解や誤りを人に振りまくようなもので無ければ、
恥に感じたとしても、そのままであるべきだと思う。その時の自分に、その時の誰かが、
その時だけでも、何かを感じてくれたかも、知れないのだから。
そうなると進化なり退化をしたとしても、読み易さ、と言うものはあくまで、
その時間軸に生きていた自分に委ねられてしまう感性で、それに沿わない人というのは、
即ち自分と合わない人、とでも切り捨てるしかないのだろう。昔でも、その時でも、今でも。
考えの上で切り捨てたとしても、実際切り捨てるか否かは個々の判断だ。
合わない、と感じた人は遠ざかってゆくだろうし、逆もまた然り。
そもそも切り捨てる、と言う表現が不穏かもしれない。適切な表現についても、最近考えてます。
自分は時に自己の主張の面で、それが当たると思ったから切り捨てるでも使いますが、
それが人に与える感覚と言うのは、決して喜びやそれに近いものではない筈だ。
少なくとも善い感情を齎せるとは思えない。それにやっぱり、切り捨てたい訳でも無いのだと思う。
しかし他に変換して、意味を表せる言葉を考え付かない場合は、無知の証拠に、そのまま。
冷たくても、突き放していても、迷っている類似、何処となく近いもの、
それが程度にもよりますがいい気分のしないものでも、それが一番近いとするならば、
使っていきたいのは恐れないのではなく、やっぱりただの無知に過ぎないのだろうけれど。

そこで伝わり易さにも話は接点を持ってきます。機械的、或いは攻撃的な言葉の他に、
比喩的、抽象的な表現は、それこそ受け取る側に様々な選択肢を与えている。
少なくとも限定は狭まっている筈ではないか。何故ならその表現こそ、それらなのだから。
伝えたい事が具体的か否かにもよるし、伝えたさの度合いにもよるし、
矢張り伝えたい言葉が見つからなくて、感じてくれと委ねているとも言えます。
だからこそ誤解をされても文句の言いようが無く、誤解を解く為に幾つもの台詞を上乗せして、
時には重複してしまうのなら、それは結局伝えきれていないのだから、間違いなのか。
口に出すよりは融通が利いて、だからこそ深く考えなければならない、書き文字。
特にこの世界はそれこそが全てに近いところもあるから、勿論絵だって映像だってありますが、
今自分が尤も使い必要としているのは文章と言う表現なのだから、だとしたら、
もっと深く深く、突き詰めなければいけないのだろうか。そうして悩んで、答えが見つからなくても、
時期的に今だと諦めたりせず、何処までも追求していくべきなのだろうか。
だけど語彙だって経験によって蓄積され変化を為すのだから、幾ら考えたところで、
その当時の自分にはそれ以上の大幅な改善なんて望めない事のが多い。
理想に届かなければもどかしくて、現実は見るしか出来ない訳で、齎す行動が現実となるのなら、
今出来る事を頑張った結果、間違ったり危うかったとしても、誰かに不安や不快を与えたとしても、
それを望んでいなかったとしても、そうなってしまう形しか取れないとしても、
それしか現実になれないんじゃないだろうか。行動したからこそ、現実になるんじゃないのか。
未熟でもあやふやでも曖昧でも遠くても、その時その時なりに選び取った言葉と言う選択肢、
比喩的でも、抽象的でも、冷たくても、誤解を広める色のが強かったとしても、
後からやっぱり違うんじゃないかと悩んでも、もっとこんな適切な表現があったと後悔しても、
その時その時、それでも懸命に掴んだものなら、落ち込んでも、諦めてはいけないのだと。
反省しても、悔しくても、取り戻せなくても、取り返しが付かなくても、
出来る事は出来得る限りやったのだとせめて自分には言い訳が出来るくらい、推敲を重ねて。
だけど同じ時点にいる自分が、悩んでいる間変化が、多少あったとしても
大きく及ぼす影響が無かったのなら、細かな改定しか出来ないんだ。
何がどう危なくて、どれがどのように機能して、他人に何かを及ぼすなんて、
他人の感想を貰わなくっちゃ、到底自分だけでは辿り着けない。
人からの言葉を得る事で始めて、変化に及ぶだけの影響も受け取れるんだ。
恐れず、にいる事は出来ない。恐れと不安だらけのちっぽけな弱気。
そうしたら伝わり易さだって個人差だと、終える事は簡単なのだけれど。

自分が納得出来る終わりが見つからないのなら、考え続けるしか無いんだ。
幸い、優秀かどうかは知れなくとも考える脳はあり、その行為自体はすきであり、
自分が納得出来る節目を見つけなければ諦めきれないと言うのであれば、
自分を満たす為にそれをするだけ。どうしたって、自分本位に帰結する。
悪い事じゃない。悪い事もある、と言うだけで、全てが悪い事じゃない。
つまり結論は持ち越しなんですね。だって今の自分では、そう考えるのだけで精一杯だ。
他の誰かが何かを言ったり、行動をしたり、その気は無くともこっちが見たり感じたり、
そうして変化して、今の自分が過去の自分になるまで、別の道が見つかるまで、
ある日天啓を受けなければ言葉も考えも変わらないまま、纏まらないまま。
それもまた、悪い事じゃない。悪い事もある、けれど、全部が全部悪いなんて無い。
考えるだけ。考えを綴るだけ。纏める為に、綴るだけ。そしてその纏めは今の為では無く、
今より変化した自分がいつか眺めてこういった答えもあったんじゃないかと、
新たな選択肢を見つける為の、遠い未来へのクエスチョン。
一分後でも明日でも、遠い遠い未来への道標。あなたはこれを、どう受け取りますか。

自分が一番何かを訊いてみたいのは、今と、今じゃない自分。



2006年10月26日(木) ■
怒りや喜びの感情をなんと呼ぼう。


ちょっとシモい話。言う程でも無いですが。懐かしい思い出乙女の秘密編。
何故今この話題を出すかと言うと健闘虚しくいやいや負けてない負けていませんが
喧嘩宜しく僕は今戦っているからです。少しでも気を削ぎたいお年頃v(いつ来るんだそんなの)
さて何年前かと辿るよりも思い起こす当時の姿から推し量るのが楽な小学校高学年の時代、
TOKIOの祖母の家でなついあつをまったり過ごしている頃でした。
注意点その一。一般的に祖父母の家といったら田舎イメージの定着した漫画っ子ですが
残念ながらこの母方の祖母は我々よりグレートな所に住んでいたのでした。
おかげで車で行く際は上り下りが一般と逆でとても快適ではありましたが。
父方は実家にえらい近い隣市に住んでいる為しょっちゅう会うので正月くらいはいきますが
やれ夏休みだなんだと託けていちいち会いには行きませんでした。悲しい差だね。
注意点その二。あ、今の含めて注意点その一なんだ。長いよおばか!
注意点その三。ちょっと待てそれで終わるのかこら! なついあつはスルーかよ! さみしっ!
注意点その四。そして三はツッコミだけで終わるのか! 以下略。次のステージへ進みましょう(誰)。
TOKIOと言っても騒がしい中心地に、地下鉄二、三駅くらいの近場でそこ自体は静かで、
つまり大変住みよく利便性も高い憧れの土地だったのでありますが、
ネズミーランドにお株を奪われる為知名度の低さは哀れみの内、
実際都にある遊園地へきっと用意したのだろう何故かあったタダ券で赴く事になりました。
タダ券ですとも。流石はマイグランマでその辺の根性は引けをとりません。買い物に電車や車は邪道で
自転車で行くもの、とは此のお方から叩かれて覚えました。おかげで付き合わされる方はうんざり。
とは言っても流石に遊園地まで地獄のロード引率者達が走れませんので公共の物を利用してくんだり、
辿り着いた遊園地でまさかこのジェットコースターもコーヒーカップも駄目、
おまけに母君様がえらいびびりの高所恐怖症なので観覧車でもメリーゴーラウンドでも全員参加不可、
とお前等何しにそこまで行ったんだいなんてつっこまれても仕方の無い状況ですが、
なんと吃驚驚き桃の木序でに言えば山椒の木(いらないから)、遊園地にはプールが付随していました。
寧ろサマーにはそれをメインで行く方も多いようで、我々もその波に乗っていざ出陣!
しかしおっとどっこい落とし穴。そろそろ皆様それとも始めからお気付きでしょうが
このお話は奮闘中に、何とって例のあれですよ乙女の神秘ですよ、昔話でもしようかと気紛れでして、
つまりちゃんと災厄は己に降りかかり、プールを楽しみにしていた少女を屠ったのでした。
祖母と母君様と若くてピッチピチな叔母(どういう目で見てんだお前)が着替える他所で
到着してから気付いたのは多分痛くなかったからだろう一番辛いのは二日目だもんな、
膝を抱えて落ち込みながら一応水着には着替えたものの入れない虚しさったらない。
しかもテレパシーの無い、結界師見てるんですね惰性でね、元いデリカシーの無い兄上様は
何で来てんのに入らないんだよといらない茶々を始終振りまいてくれましたともさ。
入りたいに決まってるじゃないか例え気乗りしてなくっても現地に付いたら対応する社交性ぐらい
当時から身に付けていましたともさそれでも何で入らないかといえば不自然に赤く染まるプールとか
あ、ちょっと面白そうとか昔も今も感じましたが自ら実験台になる意思は無い訳で、
そんな風に昔も今も振り回されっぱなしです。そもそも把握する気がないからですが。
なんなんだよな、もう。迷惑が掛かる時にしか訪れないんだな。
というより来たら諸事情が変わって色々なものが億劫になって面倒に生じる訳ですが
やっぱりこのプール事件は君がちゃんと感覚をものにしていればよかったんだよって、
そんな戒めで終わってたまるか! 皆がきゃっきゃはしゃいでるプールべりで
表情や態度にこそ出さないものの内心落ち込んでいる自分を慰める叔母の顔ぐらいやるせない。
そんな、自分にしか判らない限定のやるせなさ示されても。想像は難くないと思いますが。
来ても全く困らない時、なんてきっと無いんだ。だって来たら全てが面倒になるんだから。
そんな感じでいい感じに濁ってネガティブ路線のまま、体調の方は何とか直りました報告でした。
何処がか? 一から十までよく考えてみろクソガキと今や猫じゃない猫に脅かされますこれじゃ。

もう一つこれ系のネタを出すとしたら(もういいもういい)小学生時分からひねくれた性格でして、
何となくちょっかい出さないと気が済まない時がありました。八つ当たり程では無いのだけれど。
そんなの周知の事実だろうって答えを、それでいて答え難い質問を、
人に浴びせる事を得意としていました。これを俗に人でなしと呼びます。覚えておきましょう。
そんなだから友達がいないんだよと言うより友達の定義を見定める為の試練、
だとか自分の心の中で定義付けていた気もしますが、ある日トイレに向かう女子が
手に持っているポーチは何ぞや? と聞いてみたり。年頃の娘なんだからそれぐらい判るだろ、
勿論判っていますとも。なんというか、そういったひどく厭味な質問をした時
人はどのような反応を取るのだろう、どういった答えをするのだろう、自分以外の誰かで(重要ポイント)
実験したくて仕方が無かったのでしょう。何処ぞのトレパネーション薦めてきた人と同じです。
ちなみに自分はあっさり中身を答えるタイプです。焦らしとか存在自体しませんつまらねー。
そんな毒牙に掛かった女子もまた、あっさり秘密のポーチのネタをばらして下さいまして
うわつまんねぇ、だの同じタイプか、だのしかし自分と同じように淡白な奴もいるもんだ、
だのだの思考を巡らせた訳ですが、彼女にそう答えられた以後は目ぼしい対象が見当たらなかった為
実験を行なえませんでした。しなくていいしなくていいそんな事。若気の至りって奴です。
昔から人の事を考えないタイプだったのです。或いは一定の定義に基いた場合なら
他人にどう思われようと他人がどう思おうと構わないと傍若無人だった訳です。
何故この実験をしようと至った、思いくらいなら述べられるけれど、原因を口にするにはまだ少し、
自分に心構えが足りなくて、そうやって自身を守る事はきちっとしているから、
余計に友達なんていないんです。そりゃそうだそんな無闇な事してりゃ。
例えばそんな事する前にそこ至る動機を話せるそれこそ友達がいたとすれば、
まぁましだったんだろうと言えなくも無い。



2006年10月24日(火) ■
届かないならもっと、届かないから、もう。


相変わらずへばっていますが、それなりに身体の調子は戻ってきているので、
結局一番堪えているのは易々と薬に頼ってしまう自分がきらいな心ってやつだったりするんですが。
こんな奴は、駄目なんだ。人に寄生しなければ、何かに縋りついていなければ生きられないものは、
そんなのは、生きる事すら。それでも生きてる。それを知っているから、何とか、セーブして?
そんな恰好のつくものじゃない。ただ単に甘えたそうなもの全てを排除しているだけだ。
思えば昔からずっとそうだった。親が全てで、家が世界。先ず、その構築から始まる。
残念ながら馴染めなかった学校という場もそう、そういった考え方に準じていればどれだけ、
どれだけか拠り所として居座ったのだろう。それとも他のそういう誰かが同じ事を考えていたら、
考えていたからシンクロして、だけどそれは、それじゃあ自分だけのものではなくて、
他の誰かも独り占めにしたいもの、自分以外もいる場所であって、
そんなの家だってそこに住まう家族だってそうなんだけど、そうじゃなくて。
独占欲はそれなりに強いんだろう。こうして記せば、もっと思うより、なのかもしれない。
自分勝手に、本当に勝手に、自分のものだと思い込まなければ、触れる事すら出来やしない。
尊いのではなく、恐れから。崇拝していれば触れられない感覚も判るけれど、そんないいもんじゃない。
自分のもの、世界と認識したものがその人の世界にあるその人のものに触れている瞬間、
全部ひっくるめて懐ける器量もないからそれすらも許せなくて、嫉妬心染みたもの。
責められるべきは自分以外の全てであり、裏切ったものであり、裏切りの定義は
この世界に干渉しているくせに勝手に世界を持った事、自分の知らないところで触れている何かが
在るもの、事、そんなせせこましい。許せない。いやだ。何処かへ行かないで。何処へも。
だけど前面に押し出しもしないから積もる心の内だけで、それさえもそれすらもひけらかさないまま、
また独り善がりな定義の元で判決を下して制裁を加える。与えるものも無いくせに。
学校と言うものにそれを見い出せないならこんな汚い心も持っていない生物にターゲットを変えて、
照準に据えた人とは一時でも離れていなかったのではと思う。トイレの時間と、其々の家以外。
毎日でも遊びの約束を取り付けて日中ずっと束縛して離さないで家の中へも侵入していって
まるでテリトリー気分に侵略して他人の家を知っていればそこの住人まで一員にして、
全部が全部自分のものだと貪欲に欲していたものも、愛、と呼べなくは無いのかもしれない。
危険だと思った事は無いけれど、危ういなと感じた事はあり、それはそのまま悦しみだった。
一週間一ヶ月一年もっとそれ以上ずっと側に居続けて吸い続けて
相手が重いと感じる頃には自分から離れていくのは飽きたから。やっぱり、勝手な理窟。
それなりに前触れを何処かで感じてそう思い込む事に成功していたのかもしれないし、動物的本能。
求めずにいられないといえばとても耳に心地いい寄生虫行為の対象を変えて、又、繰り返していく。
いつまでそんな事していればいいんだろう。自体に飽きていながら、きっと今も続いているんだ何処か。
誰かとか、何かとか、そういうものに縋っていかなければ、生きてゆけないなんて。そんなの。



2006年10月23日(月) ■
闇夜の月光。


照る日差しの強さは益々ながら過ぎる風の冷たさに季節の深まりを感じる今日この頃。
皆様如何お過ごしでしょうかなどとベタな挨拶に見えてそうでもない始まり方をして見たかったり。
我が住処のマンション四階とは風通しのよさも売りの一つになるものですが、
残念ながら大通りに面した窓からは心地良い風よりも一秒ごと増していく車の雑音のが届き。
冷え切った朝の寒さは毎日それはもう身に染みて、通う自転車の上にいる人物はすっかり
冬物に身を固めていますが夜は昼間の名残そのまま、温かさの余韻を持っている為
若干暑さを漂わせています。窓を開ければ吹いてくれる風に託したい所ながら、
眠る前のBGM代わり流すテレビの音もまっさら掻き消される億劫さから
年の終わりもそろそろ押し迫る今にありながら時折エアコンがガーガー稼動したりも。
お知りの方は既にご承知そりゃそうだ、自分の夏場の寝方といったら布団を被る為に、そのままだと
暑くて三分も我慢出来ないので送風される冷気を全身にガンガン浴びて寝る体勢ではありますが、
不安定なこの時期に及んでも繰り返していればそれなりに体調を崩すきっかけにもなり得ると。
つまり何をだらだら能弁垂れているのかと言えば又しても風邪とはいえないながら
諸症状に極近い不摂生を感じていたりするのです例によって月の贈り物とあわせて。
テメェぶっ殺すぞああん!? いきなり豹変してみたり。おおいけない物騒だ。
そもそも殺す殺さないの対象では無いのでどうしたいんだこれ頭悪いぞこの台詞。
何処と無いだるさの自覚に遅れて鈍く疼いてくる腹の底からの営み。
それでも気にせず一眠りすれば収まるだろうとまるで普通の人のように夜も更けないまま床に付く。
ところがどっこいどれが明確な理由かは判らないまま、目覚めて感じる様々な痛み。
まだ日付が新しく変わって数分しか経っていない家には慎ましやかな静寂が訪れていた。
共に早朝から出かける父君様はいつも通りながら珍しく良い子な就寝時間の兄上様、
闇の滞る空間で蠢くのは確かに自分だけなのに、重い足取りは決して自分のものではなかった。
何が一番強くて、どれが強烈に呼んでいるのかは定かでないまま崩落ちる躯は、
冷たい床に安堵も覚え、もう決して動きたくないと駄々をこねながら、くすぶったままの快感にも似た。
頭蓋骨の中に別の何かが侵入して活発に動き回るようなそれに圧迫されるような、
中心も知らないのに疼いてる真ん中が広がって広がって鈍痛を振り撒く下腹部、
もうすっかり冷えた夜の空気に曝されたそれよりも尚冷たい躯は自然に生み出したものとは違う
ただただ冷たいだけの風に身を委ねた結果から、口に広がるもどかしい感覚は、
嗚呼、覚えている、自分が起こす行動の中で、尤もしたくない選択肢。吐き出すなんて、何事も苦手。
相変わらず鈍い痛みが停滞している腹の何処かから逆流を唆す声がする。
何をしていても気持ち悪いし何もしていなくても気持ち悪い、軽く死にそうだと笑ってみたり。
いやがっているいつもの迷いは何処へやら流石に速攻手は伸ばされる。
使う機会も与えないのに鞄の中の常備薬、縋るように中身をひっくり返していらない他を退けて、
母君様が愛用していた記憶のがまだ自分が使う事より身近な、
薬を流し込んでも即効性なんて無いのにそれだけで安心したような心地。
この頃良く感じる心臓の派手な鼓動、目覚めた瞬間ふとした行動いつでも高鳴る恋もしていないのに、
それすらも少しずつ溶け込んでいって、振り絞った自力、もう一度寝台に力尽きて寝そべる。
布団を被りながら、数時間後超回復しているのは無理かもしれないと弱気、
一定のレベルだったならばこれも苦手な選択肢ではあるが休めばいいと言う逃げ場を与えながら、
どうにかこうにかいけそうだったなら、それでも何かしらが痛むのであれば、
もう一度頼ればいいと机の上に放置した、一時の安楽剤。効能外だが容量内で眠気を誘うそれ。
そうして、思った。自己管理の甘さでも、久々にどぎついと泣きそうな事よりも、もっと。
いやな事があるんだ。こわい事があるんだ。嘔吐するくらい、それともそれ以上、なきたい事。
再び目覚めて諦めを感じて同情を誘う声にだけはならないように律して
やっぱりが付きそうな苦手がおまけにも一つ、電話で休みと代打を御願いした。
迷惑を掛ける事はきらいだ。確かに一時の瀕死状態よりも快復したけれど、
それでも難しいと判断したのだから致し方の無い事であって、けれど、それが一番じゃない。
寝過ぎると今夜寝れないかもしれない、何より何処でか形成されている睡眠の時計は
それ以上の惰眠を許す事無く、文字通り横たわるだけの久々の怠惰。いつ振りだろう。
弱まったとは言え彼処から響く痛みに顰めた顔に付いている瞳には、
数時間前に出しっ放しだった薬が見えていて、知らず手が伸びそうだった。
嗚呼いやだ、これが、いやだったんだ。他人への迷惑よりも、何よりも、これが、一番。
そうやって薬とかに頼って、一度頼ったらもうずっと頼ってしまうそういう柔さとか狡さとか。
もう過ぎた瞬間より苦しくないのに、和らいだ経験が甘えへと引き摺りこもうとする。
又服用すればもっと楽になるかもしれない。このままじゃ明日も駄目かもしれない。だから。
囁く声は誰でも無い自分にしか出せない誘惑。弱音。きらいなもの。
病院はきらいだけど、骨折したら行くだろう。処置に納得したら、次は捻挫でも、擦り傷でも行くんだ。
捻挫が軽い訳じゃなくて、擦り傷だって黴菌次第で大変で、だけど、行きたくないから
いつもなら行かないのに、何故行きたくないのかはこうなってしまうから。だらだらと、惰性で。
何事にも理由があるとは思わない。結局は後付けになってしまうのかもしれない。
それでも求めるのは理窟屋だからかそうでもセーブしないとどうにかなってしまうからなのか、
催す感情のまま吐露したら折角溜めといたものが勿体無くてしかもそれは汚らしく見えて
悪臭を振り撒いて喉を器官を全てを焦がすような液体に見舞われて嬲られて屠られて
自制出来ない消化も仕切れないそんな未消化のままの気持ちごと誰かにぶつけてしまいそうで。
同じように、一度、頼ってしまったら、もう抜け出せなくなってしまう。甘美な心地に浸ってしまう。
実際にはそうでなくとも見える感じる範囲でなくても何処かしらおかげかもしれない、
起因するものがあったら今後ずっとそれに縋らないという保証が何処にも無い自分の心に。出来ない。
全てを制御するつもりなら日頃からの管理もどの周期で何が来るのかも
事細か手帳にでも綴っておくべきなのかもしれないけれどそうでは無くて、きっとメンタルな事。
精神、それってなんだろう。時に移ろい弱まり与える、物語の常套句。人の、心。
途中から訳判らなくなるそんなものを抑えられる筈が無い。抑えきれる筈が無い。
況して肉体的にも弱っているとしたら、だからこそ、考えたく無いと逃げ出したくもなり。
まぁ言っている事はぐだぐだです。要は体調が優れないだけなんです。
普段より少し躯が重いくらいで愚図ったりしない。問題なのは、弱る心の方こそが。



2006年10月21日(土) ■
夢に愛しい今が恋しい。


過去に感じた事を今も同じように受け取るとは限らない。進歩とも言える、寂しさでもある。
名前は出しませんが昔、自分の記憶と言うかなり怪しげなものであっても結構な昔、
好きだったかどうかは覚えていないし、当時からひねていたので(それについては確信しているらしい)
率直にそう思っていたというのも疑問だけれど、各所のシーンを覚えていて、
勿論キャラ名も、タイトルも覚えている漫画が、さる大型古本屋に置いてあった。
懐かしさ込み、兄上様が友達から借りパクした、返してやれよとも思うがかなり悲惨な保存状況なので
これはこれで返されてもいやかもしれないという複雑込み、しかもそれ中途半端なところまでなので
もう少し具体的に言えば巻数は折り返し地点を少し過ぎた辺り(具体的じゃない)、
記憶は新しく塗り直されていっても途中で止まったままのそれに、ふと気を惹かれて取ってみた。
そうしてラストまで読み続けた訳ですが。そういえば最終回の記憶はあやふやで、
ただ、その時の単行本はコンビニで立ち読みしていた記憶があり、本編ではそう記されていないけど
最終巻ならではの次回予告みたいな、軽く夢オチに持ってこうとしている台詞に絶望した。
糸色望じゃありません。いとしき、って言葉の響きは素敵なのに横書きだけで何故こうなるんだろう。
素晴らしい絶望先生のネーミングは置いておいて。絶縁とか絶倫とか凄いよね(まだ言うか)。
今ならあっさりスルー出来るけど、当時は衝撃だったんだろう。これまでの長い彼等の旅路が、
あっという間に、一瞬にして、ただのおふざけだったとしても、無かった事にされるのは。
夢が現実じゃない、そういう意味ではなくて、なんだろう、その、作者の姿勢が?
そして今全てを通して読むと、なんだか、以前どれだけか知らないけれど楽しみにしていて、
毎週WJが出ては読んでいた漫画に、感慨深さも、特に何も、感じなかった。
つまらなかった、というのは厳し過ぎるけれど、別にこの作者の作品すきー! なんつって
買いあさる根性は働かないと言うか、また読み返したいなんて期待に食指が動かないと言うか、
やっぱり程度は忘れたけれどショックを受けた夢オチの条も全く動じはしなかった事も含めて。
目が肥えたとか、経験を積んだとか、色々言いようなんてものはあるのだろうけど、
きれいきれいに創られた信頼や、とても心温まる台詞やエピソードばかり恥ずかしげも無く惜しげも無く、
連載当時それらに幼少の自分が心躍らせていたとはどうしても思えない、そんな気分。
そうは言っても実際はもうものすっごいすっごい好きだったのかもしれないし、
結局覚えていないのだからなんともいえないけれど、ギャグシーンは今でも笑ったりするけれど、
全編通じて一番伝えたい、全面に押し出されたテーマ、そういったものが
今一つ納得出来ないと言うかしっくり来ないと言うか気色悪いと言うか(毒)。
勿論夢を語れる世界なのだから槍が降ろうが超人大活躍だろうが正確には人じゃないですが
そんな事は全然関係なく、例えそういった架空世界であっても、大切にしたいものがある、
そういうのを伝える術が漫画と言う媒体の一つでもあるのだとしたら、これは、無いな、と。
酷い事言うなぁ(苦笑)。毒舌とかじゃなくて、辛辣だよな。冷めてるいやなガキだ。
それなりに二次元の世界に浸っていると気になる箇所とかも増えますし、注目点も普通の場所は勿論
オタク寄りな見方をする事だって時にある。純粋無垢に取り入れていた、かどうかは不明としても
何一つ、何かを受け取ったからには同じに返す、なんて事は無いのだ。それは、判ってる。
それでも、途中までしか巻がないから最後まで読みたいな、と至極当たり前の考えであっても、
そう思っていた作品にしては、味が無いと言うか、偽善的と言うか、独善的と言うか。続、毒。
なんていうんだろうか、得るものが無い? そう、そんな感じです。
その物語からキャラから台詞から感銘を受けたり勉強になったり参考にしたいと感じたり、
強く心に残る名場面も心惹かれたシーンも涙したくなるエピソードも、
ふざけんなと声を荒げる怒号もむちゃくちゃな展開に呆れ果てる事も、何一つ無い。
それなりに無難。良くも無く、悪くも無い。評し方も自然、そうなってくる。
話にでは無く、それを見終えた感想として、自分を見つめて纏めた答えとして、
そうなってしまうのはひどく虚ろで、悲しみから遠い寂しげで、意味も無いため息吐きたくなったり。
あっさりとしていてつまらないから、ではなく、あれがどうでこれがどうとか、
いちいち一つ一つに評価を下そうとしている自分とか。お前何様読者様。
読者だって重要な仕事で、其々が読み何かを思う事で一つ、そこにあるだけの物語が、完成する。
素敵な心のバイブルと言う完結も、むかつく話と言う結末も、度合いも色も形も其々だけの。
それに対し、自分が作れた自分だけのこの漫画の終わりってなんだったんだろう?
いや、そもそも終了したのだろうか。だって何も、感じていないのに?
つまらない、というのは退屈と言う感想ではなくて、何も感じない己への欺瞞。
物語自体が作者の手で〆られたのは見届けたけれど、だから何? それで、終わり。
こういうのが一番いけない。何事においても、無気力、無関心、無、無、これが、恐らく一番こわいもの。
幻滅したならそれでいいじゃないか。記憶を美化し過ぎたならそれでいいじゃないか。
その上で、下すこの漫画の感想は無いのか? ないですよ。ないんですよ。まっこと寂しき事ですが。
扱き下ろしたりしないし、薦めたりしないし、言い触らしたりしないし、きっと話にも出ない。
それこそキャラ萌えと言う観点で言えば、多少なりとも話は出来るし、そもそも振られたらする。
かと言って自分からネタ振りはしないだろうし、妄想には励まないんだろうなと。
これもまぁ経験の一つといえばそうですが、そもそも純粋にここはどうなってるんだ?
そんな話を理解する為の疑問や理詰めですら無く、何処何処がこうなんて変だ、だとか
此処がこうなれば面白いのに、だとか、捏造設定ですら無く、
嗚呼、これもまた言い難い事だけれど、それを表せないのは即ち無知だけれど、
空虚は空虚のまま存在していつの日にか理解したりするんだいきなり。ずどんと。
そんな、感想も浮かばなかった漫画を読んだ自分への、感想。



2006年10月19日(木) ■
四角い視覚。


缶のパイナップルを一人で食べるとなんだか成功者になったように感じる、
という某番組の某人気コーナーで某司会者が言った事に激しく同意。某ばっかだな。
成功者、と言うとニュアンスが違ってくるかもしれませんが言わんとする事は凄く判ります。
一個二個じゃないんですよ。三個〜全部、これがきますね。
しかし果たして、自分一人で一缶を食いきれるだろうか? と言う謎は残ります。
今日も、何となくおでんを食べたくなったので好みのものを九つ買ったんですよ。
そうすると、半分も食べない内にもう手が止まってしまう。父君様曰く、
一人で九個は多いだろうという事ですが、どうなんだろうか。おでんって平均幾つか判らない。
どれぐらいで腹は膨れるのか? 一人何個が妥当なのか?
正味一つ一つを見ているとどうもとても量は期待出来なさそうなんですが、
そもそもそういうのを期待してもあまり食べられないんですが、
なんかこう、九個でも十個でも食べられそうな気がしたんですよ。間違っていた。
餅に例えられるとはっとしますが。餅はお茶碗一杯分くらいとか言いますから。
そうしたらとてもとてもおでんを九つ食うなんて無理だ。いやそもそも二つくらいが限度だ。
確かにお餅は何となく進みますがそれでも三個で限界が来ます。
だから少し例えとしては適切ではないかもしれない。おにぎりとか?(どっちもどっちだ)
好きなのはちくわぶに巾着蒟蒻(含む白滝)後はその時の気分次第ですが、
ロールキャベツが入っているとどうしてやろうかと思います。
や、好きですよ、ロールキャベツは好きですが、果たしてそれはおでんなのか!?
言ってる間に浸透していって、そんな事を言っている奴の方が変に見えたりする、そういうもんです。

何かを、いえたらいいのに。
だけど此処には口が無くて、だけど此処には声が無くて、
だけど此処には頭が無くて、だから此処には台詞が無くて、
そして其処に僕はいないから、何かが始まる事も無い。
それでも何かを、いえたらいいのに。
今何処かから見える何かに対して、何かをいいたいと感じたのなら、
何かを、いえたらいいのに。



2006年10月18日(水) ■
時には時に左右されるように。


夏の楽しみを一つ奪うつまらなさ。
恐らく自分は蛍を見た時にはぎゃっと飛び退いて逃げ去る事間違い無しです。
ぎゃっとです。色気の欠片もありません。せめて濁音は外しておこうよ。
若しかしたら何も言えず引き攣ったまま逃げ出すかもしれませんが。その方がまだいいな。

誰でも一度は思う事だろうから敢て口にしたくはないんですが。主な時期は過ぎたと感じるので
いいだろうと己の天邪鬼精神を落ち着かせるだけの又自分勝手な解釈から。
時が経って再放送された時、何故せつなさんがいるのか判らない、そんな世界になるなんて。
時の番人が、ちびうさのよき理解者? が、その立場ごとなくなるなんて。
…面白いっちゃあ、面白いんですが(こら)。冥王せつな消滅の危機だ!
消滅はして無いですが。更に言えば危機はもう通り過ぎた感じですが。
いきなりそんな事を部屋に押しかけてのたまい出したら、兄上様も同様に心配して下さいました。
いい感じに腐ってる奴で頼もしい限りです。決して染めた訳ではないですよ。
あれは元からそう言う気質だと見た。買う漫画買う漫画金も出さないで(貧乏故のせこい意見)
恐らく買った本人よりも熟読している事と思われ。キノ旅に関しては、手出し迷っている様子ですが。
大体テレビゲームだって彼がやらなければ従って自分も見ません。
何故って自分でやったら五年かかってもクリア出来そうにないからですRPG。
好きなんですけどねー。まどろっこしさに飽きるくらいなら、彼がやっているのを見る方が。
多分今でも出来るのは、クロノトリガーぐらいなんじゃないだろうか。
出来るというのは殆ど自力で早期解決出来るものの話で有りますが。
結構判り易いと思うんですが。それともお得意の記憶錯誤だろうか?(言ってて悲しくならないか)
天地創造は別腹で、難しいけどやりたいんです。スーファミで斜め移動が出来るんだぞ!?
いやクロノトリガーだって出来た気がしますが、その斜め移動が重要な場面もあるんだ!
ジャンプとか駆使して仕掛けといていかなけりゃならないので出来る人は楽しい操作性でしょうが
自分としては目印やヒントに矢印が出てきても中々攻略出来ないのでは。
そこまであからさまに出来ない訳でもない筈なんですが。そう思いたいんですが。
綱渡りとかですね、あるんですがいらないボタン押して落下させたり日常茶飯事。ごめんよアーク。
ちなみに天地創造で一番ツボを付くのは暫く放置しておくと動くアークの顔や行動。
いかにも暇だなーって文句を垂れるんです。いや文句こそ言いませんが態度が。
細かいよなぁ。願わくば他のキャラクタも操作してみたかったな。
って何故又いつの間にか天創トークになっているんだろう。だって好きなんだアイラブ天創!
ヨミとエルのその後とか考えると泣き出すどころか滂沱の勢いで愛してますとも。



2006年10月16日(月) ■
呻いた言葉の行きつく先には。


ワールドマップとしては同じ舞台なのがやり易さの一つかもしれないと考える。
違う時間軸の、同じ国。なので幾らなんでも中世越えた辺りからは、自分でも迷いません。
いやシルバードが出てきて足が広がった場合はそれなりに迷うんですが(方向音痴め)。
何かってクロノトリガーの話です。うっかりクロノトリガーに再熱していたりします。
時系列どんなだったかなと軽い気持ちでネットさ迷っていたらアウトです。それともこれセーフ?
大体そんなんばっかりですか。まぁそうですね(認めた)。
ちなみにクロノクロスは家にあったりしますが、未プレイなのは勿論の事
兄上様がやっているのも見ていません。粗筋は兎も角どう扱われているぐらいは知っていますが、
否定的な未来がいやな訳ではなく可能性の一部であるのも未来を変えた罪に当たるというのも
納得或いは共感出来ますが、では何故本作を見ていないのかといえば
ただ単に二人の時間の都合が合わなかっただけです。つまり今後あう事があったら、
今度はゼノギアスより同じく一作も見ていないテイルズシリーズより先にこれを頼んでみようか、
なんて結局自分でやらない分前向きなんだかそうで無いんだかいまいち判らない野望を秘めていたり。

クロノトリガー自体はとてもすきなんですが、そして例に漏れずジャキこと魔王様を敬愛していますが、
肝心のクロノはどうかと言うと、ドラクエシリーズの主人公と同じく喋ってくれないからなのか、
イメージが掴めずなんともいえないところです。鳥山さんの絵を見ると心躍りますし、
又その情景に思いを馳せると彼は他の鳥山作品に漏れず活発なのではと想像し、
絶望的な未来を知って、だからこそ立ち向かうと決めた姿勢からもそれは理解出来ますが、
結局言動から性格を推察する事が出来ないので。僕なのか俺なのかも判らない。
驚いた表情とか、あったりしますしクロノも普通の少年なんだろうと思います。
思いますが本編では何があっても無口なのでどうしても、感情が欠落しているか
余程酷い目にあって達観しているか、そんな風にしか取れなくて。それもまた凄いが。
うっかり二次創作を拝見していくとあっさり普通に喋っているところも多いんですが(笑)。
その世代の少年っぽければOKな感じですか?
マルチエンディングはクロノが喋るものを除いて全制覇しました。それこそが、一番見たいのに。
説明が判らないんだよあれ! 何処をどうして倒しに行けばいいんだ!?
PS版のアニメも見てみたいと思いつつ手を出していないのでそこまで熱烈なファンとは、
呼べないのかもしれませんが。ロボとカエルも愛してます。なんだよ男ばっかだなー。
女性陣に関しては、誰々がどうで好き、と言うよりその強さに惚れたり憧れたり、
しかし萌え系の色香ではないと言うか、それこそ鳥山作品全体に言える事ですが。
何かこう単体でこの人! というのは出てきません。感心するけどラヴじゃないと言うか。
マールは弱いし(酷)前髪あんまり無いし容姿的に(前髪とか)(えー)強く惹かれる要素が無く、
緑の森編は好きですが全体的な印象で、のめり込んだりはしないルッカ、
ダルトンの船では必ずパーティーに入れておくエイラも、好きですが、好きなんですが、
こう、この人が好き、という前面に押し出す感じではないんです誰も。
強いて言うならば、否、クロトリで誰がすきかと聞かれたら真っ先に出てくる、
ジール王女サラはフェイバリットですが。但しこの名前を浮かべる時たまに
ラブひなのサラも頭に出てきますが。全く両極端な二人なのに何やってるんだろう(笑)。
サラちゃんすきさー。彼女は愛してます。だからこそどうなったか知りたい。



2006年10月14日(土) ■
静かに転んで転げまわって。


うっかり言葉が思いつかず妙な敬語を使う人を見る時程、哀れむ時はありません。
幼少の砌より外国語の英才教育を受けていたなら兎も角、普通に日本語習ってきたんだろう?
なんて思わずタメ口も聞きたくなりますが、自らがちょっとおかしな日本語を使ったりした日には
ぺこーんとかなり深くまで落ち込めます。お食べになられるなら、ってどうですか。
紙一重ですね。いかにも最近の若者チックな駄目っぷりです。匙加減がコツいります(嘘吐け)。
そこはお召し上がりになられれば、だろ! 言い終わった後に気付く我が身の不甲斐無さよ……
どうせなら一日経ってから気付くとかならダメージも少ないですが、言った瞬間その場で悟りました。
嗚呼畜生! もっと早くか遅く! タイミングも問題の内です。
それより何より誰も注意しないところとかね! 言われたおばあさんはおろか先輩もスルー……
以前、別の方ですが先輩が屈む際思いっきり膝をぶつけて、見ていた自分はどうすべきか考え
スルーしたんですが、その後その先輩は自ら、派手な音出しちゃったよー、なんて聞いてもいない弁解。
おかげでその話を種に普段はあまり話さない方なのに(自分が話す人の方が少ないとも言いますが)
和やかなムードになりました。というのを振り返って、今更先輩に謝っておきます。
どうでもよさげな凡ミスをした時は、笑って貰えた方が救われますね! ごめんなさい!
しかし人のポカを笑い話にするのはね、まずいかなとか、それなりに巡ったんですよ。
その上で気まずい選択しか出来ないならそれこそ問題なんですが。がくり。

拍手代わりに一言を下さる方も結構いて、それは嬉しいんでそのままで大丈夫なんですが。
時に、一部改定して送られてくると、何かのメッセージ性があるのかそれとも
何かしらのミスなのか、と妙に悩んでみたりします。そんな時間も、楽しいもんは楽しいですが。
今週はクロノトリガーに矢鱈はまっていましたがうっかりネット上の無料アニメ探していると、
そんな事をするなら先ず前に自前のDVDとかのを見てしまえとはえぇえぇ極々当然思うのですが。
そうするとまぁ、やっぱりついうっかりそのまま見てしまったりして疲れます。
他にする事あるんだろうに、何故そこで敢てネットに求めてしまうのか。
や、本当にですね、部屋の一角に犇いている雑誌の山ですとか、ビデオですとか、含むDVD。
兎に角その辺からせめて行くべきだろう。始めに着手する場所間違ってますよー、と
幾ら指摘しても遅いもんは遅いんです。一話見始めちゃったら見るんです。見ちゃうんです。
アニメは麻薬だ。そんな恐ろしいものに例えている暇があったらそれを先にでいいから消化して、
それから散漫するその他諸々取り掛かろうか? 暇があるならそうしましょうね。はい(納得)。



2006年10月12日(木) ■
森の影近く。


突然ですがキノ旅ではキノとエルメスが好きです。
そしてシズとティーが本命だろうといわれるといやな顔をしながら認めます。
いやな顔をするのは図星過ぎてこいつ心読んだな!? とか危険域に達してしまうので。
でも、あの話は、熱烈にキャーとか黄色い声をあげるものでは無い気がする。
つまらないとかそういう意味じゃなくて、世界観、情景からして?
世界観、というのは諸国漫遊しているんだから固定はし辛いですが、
それらの国を通して見る、それは誰の目を持ってなのか。
目でなくてもいい、側らでも、背後でも、空の上からでも、何でもいいけど、
見られるのは旅人とモトラド、時にはバギーや黄色いおんぼろ車の、人達が通った国々の事。
実に当たり前の事ですが、それら各国に対し彼らが抱く感情と言うのもまた話の醍醐味であり、
そういった淡白だったり哀愁だったりするキャラ達を好きになるのも別によくて、
しかしこの話を好きになったなら、そういったキャラクタや国々の変人とのギャップや、
スタイルとか、そう言うものに惚れたのなら、好きだー! と喚いたりするのはなんか違うなと。
かと言ってそう言っている人達をこの駄目ファンめ! と見たりしませんし
言ったらお前何様で夜道で突然刺されるかも知れませんし(おー怖)
思うぐらいは自由かもしれませんが、そういう人達もいる、と認識はするので。
しかし兄上様が読む気にならないと言うのもそれはそれで又勿体無いかなと。
どの話を好きになる、なんてのは全く持って個人のプライバシーですが
少なくとも自分が買った漫画の全てを自分以上に読み返している彼なら
絶対はまると思うんだけどなぁ。活字であるのがいただけないらしい。
おいおいお前ライトノベルで何言ってんだ? と危うくライトノベル軽視傾向にも至りますが
そう考えるとライトノベルってなんでしょうね。ウィキペディーで調べてこいよ。

近場にブクオフ出来たぞきゃほーい、の心意気でキノ旅をざくっと買い占める前、
あまりの懐かしさと作者の面白事件(こら)から立ち読みしたリーダーたけし。
特にギャグじゃなかった、つまりギャグだと認識していたんですが。
なんだろ、何あれ、何下手にいい話に持っていこうとしてるんだろう。
三話くらいまで読んですーごーい反感染みたもの懐いてしまったんですが(笑)。
なんかもう、色々を含めて、よくあれであーいう話に持ってこうとするよな、みたいな。
誤魔化したい時、よく、というものを使ってみたりします。
よく、というのは頻繁に、とか一般的に、とか意味としても使い方としても汎用性がありますが
自分が使う際は精々逃げる時です。つまり上記です。面倒臭いんですね。ひでぇや。
なんかもう、なんかもう、切なさとかこみあげてくる感じで、どうでもいいやと。
そんな大掛かりなどうでもいいやってなんだろう。そもそもどうでもよかったですが、
ファンに対し何処までも失礼な奴ですが、度合いは高まりましたよどうでもいい度合い。
この世の中には数多くお話があるんだなって事です。はい。



2006年10月10日(火) ■
そっと静かに語りかけるもの。


タイミングを計るなんて器用な事簡単には出来ない。
待っている、と取れるならそう言う見方もあるんだろう。
結局はただの濁りでしかない。

自転車パクられてしまいました。公僕では無く恐らく見ず知らずです。
と言ってもそこまで愛着を持っていた訳でも無いので怒りとかよりは
ぽかーんとしていたりします。何処の誰だろう、あんなポンコツ持っていったの。
だって、だってですね、全体が折り畳み自転車くらいちっさいので、
けれど折り畳めない意味の無いちっささですが、機動力は期待出来ず、
前籠も貧弱で、毎日コンビニの前や駐輪場に置かれている時間のが長い寂しい奴。
酷く辛辣な意見ですが、それでも毎日使用していたので足が無くなると困る。
困るのでもう一台のマウンテンバイクで現在移動していますが籠がないからちょっと残念。
貧相ななりでも一応ちゃんと、籠っていうものの役目はあったのだと、
無くなって判る大切さ。人間って奴は、いつもこうさ。何だこのちょっと悲劇気取り。
でも身近な人であれ有名人であれ早めに引退したり或いは死んでしまった場合の方が、
思い出は美化され美しい存在だったとその心には残る事が多く。
次にマイチャリにするなら籠がもっと大きくて二人乗りが出来るサイズで
後、鍵が最初からついているのがいいです。あれ結構固くて苦手なんですが
いちいち外付けのチェーンぐるぐるするよりはずっとましだと。
以前はいちゃもんを付けましたが思いなおしました。やっぱり人間、楽が一番です。駄目人間は。
なんて言っていても空から降ってくる訳でもありませんしそれきっと多分死傷者出るだろうし
仕方ないから手頃なの見繕ってパクリ返しますか(待て不穏分子)。



2006年10月08日(日) ■
終わる嵐に今更挑み。


死に至る病、そして。で当たるのも多少微妙ですが。
いいのです、念願のカヲル君全回転で丁度魂ルフまでかかったから!
けれど思った以上にあっさり淡白に終わってしまって、ちょっと引きが強過ぎるんじゃ。
もっとカヲル君も出していきましょうよ。当たり確定じゃなくていいんで、ねぇ(誰に言ってる)。

近場、と言う程でも無いんですが最近ようやく付近にブクオフが出現した為
ふと思い立った際に近寄っては大量に買い込みする自分の姿があります。
ついね、あれかってこれ勝手とやってしまうんです。ただ矢張りそこはブクオフですから、
普通の書店よりは選びがいもあり、損も少ない方なのは事実です。
今日もまた五巻で止まっていたキノ旅の続きをどっさり買い込んでみたり。
嗚呼久方ぶりに充実した、と感じるのは、それなりに本好きであると呼べなくは無いだろうか。微妙。
しかしだ、このローマ数字と言う表記、どうしても馴染めない。
自分が今書いているUALの話数表記にばりばり利用しておいて何を今更ですが、
どっちが4でどっちが6なのかわからないんだよおおぉぉう!
あらん限りの声で腹のそこから叫び出したい、なんて衝動は今も昔もありませんが、
�拘�読む前に�鹸�読んどこうと思ったらどうやら�佐�だったらしくて
ほぅら段々判らなくなってきませんか? そんな単純はお前だけだと、そうですか(納得するのか)。
しかし前提として�拘�まで買ったんだ、と言う思いが強い為若しか�犬抜岼磴┐騰最磴辰燭里�なと想像、
中身を確かめもせずに�鹸�もブクオフで買ったらあらどっかで見た事のあるお話。
嗚呼、もう、事前の調査って奴は必要ですよね。怠るとまさに無駄遣いしますよね。
後ろに値札の貼られたキノ旅�鹸�何方か要りますか。今なら漏れなくその他間違えて買ってしまった
例えば最遊記の何かとか例えばらんま完全版の何かとか、ついてきますよ(いるか中途半端な)。



2006年10月06日(金) ■
及ばない答え。


程度にも寄りますが、多少の雨ならば傘を片手に自転車移動が主です(違法だそれ多分)。
しかし流石に今日その状態で出掛けるのは、幾ら近場といえ無謀だったと実感。
行きはまだ何とかなりましたが台風でも無いのに風の強い事強い事、
傘は役立たずでかなり序盤から戦力外通告しましたが雨粒がでかい上に強くて
もう冬のど真ん中にいる寒さでした。こんなに風呂に入りたいと思ったのは久しぶりだ!
そもそもそこまで入浴は、きらいでないんですが時間が掛かるので。面倒臭くて(出た)。
生粋のシャワー派なのかと問われると、温泉行きたいとか思ったりもするので一概には。
汚れたー、とかでなく純粋に温まりたいなんて、一体いつぶりなんだろうか。お湯に包まれたい。
しかし強く感じたのは、元々雨がすきと言う何処ぞのヒロインにありそうな感覚以外にも、
と言うかそれ以上に、否大部分が(前振り多いから)、傘がきらいなんだと言う結論。
濡れるのが好き。それは、濡れないようにする道具を持つ事がきらいだから。
そんな理由付けも出来てしまう始末。しかもそう答えを見つけた直後、
ヒカ碁の序盤でサイとヒカルが傘について会話している部分を思い出したり。
嗚呼本当、何で傘って進化しないんだろう。


小さくとぐろを巻いて蹲っている。
時を待っているのでも無く、
傷付いた身を癒しているのでも無く、
何処か不貞腐れた風体で、
今もまだ暗い影が落ちる場所で、
今ではもう少し寒く感じる隅で、
小さくとぐろを巻いて蹲っている。



2006年10月05日(木) ■
ゆけ、今夢を壊しに。


やれる事とは、なんだろう。
したい事の中で、出来る事はなんだろう。
行わなければならない事は、せめて見落とさないように。
例え、過ぎた事と呼ばれるのならその為に今を費やして次へと進む為に。

青春リクエストに摩訶不思議を持ってくる辺り次課長の馬鹿な方だと思います(酷)。
特にハンサムだとは思っていないので唯一のポイントもあしらってしまいましたが、
そもそも芸人の中でもそうで無くとも格好いい、又は可愛い、綺麗、と称される方に
悉く疑問を懐くそんな厳しい目の持ち主なので(物は言い様)それも詮無き事かと。
絵だったらあるんですけどね、リアルの人間にそういった感情を懐く事はあまり無い。
この言い回しだと最早社会復帰は見込めないような廃人ぶりですが、
初老以降の方には大変魅力を感じたりするのでただの年上好きとも取れる。だいぶ年上ですが。
同じ番組の中で猿が何故女性ばかり狙うのか、と言う検証が行なわれていました。
結果から言えば、最初の威嚇で腰が引けた方を襲い、その確率が圧倒的に女性のが多いと、
それだけなのですが個人的には男女どちらでも威嚇で気圧された時点で何事も、
甘く見られたり負けに持ち込まれたりするのだろうと。ちらりほらり。
何処から何を威嚇と擦るか、やる方にもやられる方にも各々の線引きはあるのでしょうが
びびったもんが負け、というシンプルな答えならばすぐにでも納得が出来る。
個人的にはその威嚇を、たかが優勝した高校球児の為に徹夜してまで場所取りをする
される本人としても全く持って好意を通り越した迷惑と思っているに違いないと
勝手な推察をしているハンカチの君の観客に捧げたい。それをニュースで流すと言う輩にも。
そんなすぐに苛立つのなら何も目にしなければいいんですが、
ニュースはBGMはたまた目の保養ですし無闇な愚痴を零せる癒しの空間ですから。
そんな癒しって存在意義はあるんだろうか。せめて幸あれと、存在意義を疑いたくなる
見方しかしない張本人が言っても、実に説得力の無い話。



2006年10月04日(水) ■
某猫芸人風味では無いと信じたい。


別にそこまで虚弱な訳でも無いですが性質としてヘタレはあるのかもしれない、風邪っぴき真っ盛り。
判り易い状態で(咳とか)現れたら隠したがるこれもまた天邪鬼なのかもしれませんが、
今日は流石に諸先輩方に血の気失せてるだの死相が出てるだの物騒な事を。
血の気が失せているのはまぁ当たりです。というか相乗効果でへたり込みたい二日目……
某アスカでは無いのでなんでこんなもんあるのよっ! とか反発したりは致しませんが
少し弱っているところには大打撃〜、ですよ。寧ろそんな時期に体調崩すようじゃいかんのか。
そんな訳で(まだ使うか)今回の更新も引き続きスレイヤーズ絡みですが、最近ふと思う。
いや別に今に限ってではないのだけれど、キャラクタをお借りしている本元が無いというのに
だからこそ出典が書けない訳ですが、別のお宅の子です、といっても
事情を知らない方には一体この二人が誰なんだか訳わからんちんだろうなぁと(なんだその言葉は)。
どっかに解説頁でも作ろうかと考えない事も無いのですが、ふーむ。どうしたものか。
取り敢えず今すぐにキャラクタ紹介頁を作る意欲がえぇ先述の通り湧かないので
こんなところで二人を改めて紹介。『〜遊び相手』等に登場するジュエル、ルカとは!(ばばーん)

えもいわれぬ絶世の美人ですれ違った相手は誰しもが振り返り、
その魅惑のミルクティー色の髪の毛から仄かに香る清潔感に魅了され、
ひと度悩ましげな唇から言葉を滑り出せば誰もが砂塵と化す。それがジュエルです。
何故風と共に去りぬ状態になるかといえば生まれ持ったもう一つの武器、長ったらしい講釈元い毒舌。
一しか聞いていないのにべらべらと十ぐらいのたまい、しかし問い掛けた内容についての答えは
話す気が始めから無いのかと疑いたくなる程それとも長過ぎる話の間で聞いている相手が
解答に当たるものを見逃してしまう事請け合いの得るものの無さ。え、何か間違ってますか?(爽)
そんな誰をも振り回してしまう小悪魔ボーイを更に振り回すおちゃめちゃんこと(何故死語系)、
これまた今世紀最大の美女と銘打っても遜色ないナイスボディのお嬢さん。
全くの偶然で(こう書くと尚更怪しい)自分の名前の一部と被っておりますが、
このルカ嬢はジュエルがいれば世界が津波に攫われても竜巻に侵されても
構わないんじゃないかという一部危険思想の持ち主(え)。彼のあるところに彼女あり。
心身共々彼任せのようでありながらしかしその心の最奥にあるのは、それとも最奥があるのは
決して彼では無い。ような気がするんですがどうなんでしょうか?(聞くな)
こんな勝手ばっか書いてていいんだろうか悪い気もするんですがまぁ自分からの考察という事で(わ)。
更には天上天下、唯我独尊な毒舌魔人ジュエルの兄にして銀色の美を讃える男、
ラズライト氏はその溺愛っぷりを真っ向から拒絶されてもされてもめげないある意味つわもの。
それこそ作中のアメリアの発言の如く問い掛けなんてしなくてもちゅーぐらいしてまうかもしれない。
うわぁい嘘ですごめんなさい。耐性はありますが自ら着手する気は無いですBL。今のところ(何?)。
他ジュエル氏の周りにはチャーミングな父ちゃんを始めとした俗に言う類友しかいませんが
今日も負けず辺境の奥地白い花の咲き誇る崖っぷちで長閑に呑気に優雅に美を行っている事でしょう。
そうだ、これを書き忘れちゃいけない、確かに持って生まれた美はあるが、それに感けて
怠る事は決して無い、否美しいものは好きだが自分より美しいものは嫌いな彼でも
努力すればましになるかもしれないでほっておいているもんを見たら癇に障ると見た!(また勝手な)
日々美容に関する事はどれだけ面倒で手間隙が掛かってても遣り遂げる美の手先(ショッカーか)。
スキンケアや保湿は勿論バスタイムや就寝時にまで何かやっていると想像に難くない。
家族が家にいる事の無い生活事情然り手先が器用なので必然として家事もスキルの内。
炊事の際には己の美容と健康状態を考えて常に気を配っている事だろう!
…嗚呼、簡単な紹介のつもりがどんどん墓穴を掘っている気もしますが(誰の)
まぁ大体そんな感じの変人さんです(酷い事言った!)(仮にもご来賓のお子さんに!)。
美しく、それを自覚しており、他者が魅了されるのも当たり前、そんなナルシーでイッちゃっていて
且つ身の回りの事は完璧にこなせる、話を馬耳東風出来る方にはうってつけのメイドさんv(うわ)
但しお世話はしてくれないのであくまで観賞用と割り切れる方のみ。売ってませんが(そりゃそうだ)。
それがジュエル。そしてそのジュエルにもれなくついてくる、目の保養には相乗効果、
がそれ以外には家事が出来るなどの搭載機能が無い為(何故ロボ化している)
それこそ話し相手と目の保養には、この二つの点においては、申し分ないルカ。
彼女は話し長くないですが禅問答な節がある。と思います。
やや、やっぱり纏まってきません。おかあさーん、こんなんじゃおれ紹介頁作れないよー! ょー(エコー)



2006年10月02日(月) ■
おんぶに抱っこで連れてって。


いざ、という何かがあった時。その場の対応で、人の強さなりは図れるのだろう。
こそこそ事前に頭の中でシュミレーションばかり繰り返しては土壇場になって
何もしなかったり果ては逃げ出したりする、それを一般的には弱いと呼べるのか。
時によりけりといえど、そういった弱さがある事は認めよう。強さが無い、でも正しいかもしれない。
いじめるよりはシカト、会話を保つよりは無口、人と接するよるはノータッチ。
とどのつまり面倒なんだと言ってしまえば本当に全てがそこで終わってしまうけれど。
いい加減それに頼って逃げ込むのは、飽きてきたなとも考えつつ。だって天邪鬼。
だけどこの心地良く、甘美な響き。心そのものを現すような、愛すべき言葉。
常用すれば飽きるのは確かに事実だけれど、表現として切り離す事は、一生叶わないのかもしれない。

折角チャンピオンになってもがっかりとか言われたら可哀相ですね。
色んな業界を賑わしていたんでしょうがそういう人物程興味が無い或いは毛嫌いし、
そして落ち目に入った瞬間哀れむ、そんな自分結構好きです。落ち目に入ったとか酷いな。
しかし苦労して判定をもぎ取ったのに、言われる苦言というのは流石世間といったところで。
そういわれる布石、前歴なんてそれこそどうでもいいし、それを知らないからこそ
そういった世間一般の勝手に期待した様を無様だと笑える訳ですが、
まぁ無闇やたらと期待してはいけない世の中って事ですよ。あおり過ぎはただの顰蹙。
そんでもって用意した次の舞台を諸事情で延期させた、ただそれだけで、
よくもまぁ此処まで取り上げられるものだと、別の意味でかなりいやな意味で驚いてみたり。
女性と会っただの車に乗っただのだけで取り上げられるよりは、まだマシなんですかね。
車といえば声高に叫ばれる飲酒運転の危険性ですが、今更なんだと言う気もするし、
世間が注目する事柄でありながら自分は大丈夫だろうと言う思い込みからか
槍玉に挙げられる危険を回避する為にも一時的にそれをやめる事の出来ない人が多い事も、
そして自分や周囲を差し置いてそれに文句を言う世間の眺めも、
面白いなんて不謹慎な意味で驚いたりそうでもなかったり。
メディアが食らい付いたネタというのは暫くの間根掘り葉掘り探られる訳で、
たった一社の不正が明るみに出た事から業界では暗黙の了解であった事も
ずばずばと引き摺りだされ公共の電波に乗せられる、正に芋蔓式の怖さ。
次は何をバッシングの対象にして関連の曖昧さをずたぼろに引き裂くのか、
今からとてもとても楽しみです。いやな人間街道まっしぐら。自覚しているならまだ平気な方。



2006年10月01日(日) ■
到達する一秒前まで。


まだ、やれる、事ならあるよ。

やりたい事よりは、やらなくちゃならないもの。

のた打ち回っても、

悶絶しても、

今更どうにもならなくっても、

まだ、やれる、事ならあると。


信じていなけりゃ、やってられない。


已当 原初 今 羅列