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■ あふれる思い。番外編。その1
こっちも早く進めたいと思いつつ、なかなか…。 とりあえず始まり始まり。アキラさんの物語。
「あふれる思い。番外編。その1」
アキラは、携帯を買った。 手合いが増え、中学を卒業したらますます忙しくなるのは目に見えていたが、アキラは携帯の必要性をあまり感じていなかったので、自分から買ってはいなかったのだ。 しかし、父とともに母も家を空けることが多くなり、お互い連絡がとりづらくなってきていたので、持っていた方がいいだろうということになったのだ。
「アキラ君、携帯買ったんだって?番号を良かったら教えてくれ」 塔矢家で、名人に会いにきた緒方がアキラの部屋の前でアキラを捕まえて言った。 「…情報早いですね、緒方さん。昨日買ったばかりですよ」 まあいいじゃないか、と緒方はアキラから携帯を取り上げる。2つ折りのそれは、いまどきはやりのカメラ付ではない。色も銀色でありふれたもの。 買う時に、アキラが「余計なものはいらない」と言ったからだ。電話をかけられて、受けられて、そしてメールができればいい。そんな程度。 「ちょっと違うが、同じ会社のだから、難しいことは無いか」 と言って、緒方はなにやら携帯のボタンを忙しく操作し始めた。 そんな緒方を横目に、アキラは小さくため息をついた。 まあ、緒方とも連絡をとる必要にかられることがあるだろう。まだ説明書も良く読んでいないので、番号やアドレスのメモリにはまだ自分の家と棋院、碁会所くらいしか入れていない。 「…ほら、これでもう完璧だぞ、アキラ君」 どこかにやけた笑いで、緒方が携帯をアキラに返す。その笑いに何かが引っかかって、アキラはいぶかしげに緒方を見た。 「何が完璧なんですか?」 にやにやしながら緒方は言う。 「ついでに、芦原とか…まあ、アキラ君に必要そうなので俺が知っているのを入れておいたから、後で確認しておいてくれ。アキラ君の番号、芦原には俺から教えてもいいか?」 「ええ、かまいませんが…」 じゃあ、と手を上げて緒方は帰った。
携帯に何かされたんだろうか、と思って、まじまじと見てみるが、特に変化は無い。表示されているのは、買ったときから変えていない、カレンダー形式の壁紙だ。 そして、ふと思い出した。 「ちょっと違うが、同じ会社だから…」 と緒方は言っていた。 (…?) 確か、緒方のは自分のとは違う携帯電話会社のはずだ。機種のメーカーも違う。
(…メモリ…)
なぜだかドキリとして、アキラは慌てて部屋に戻り、椅子に座って携帯のメモリを確認し始めた。
「…緒方さん…!」
どういうことだったのか、すぐに分かった。 メモリの件数は少なかった上、それが登録ナンバー000で一番に出てくるように登録されていたので、それは真っ先に目に飛び込んできたのだ。
【000 進藤ヒカル 090―○○○○―○○○○】
ご丁寧に、メールアドレスや家の番号まで入っている。 (緒方さん…必要って、進藤のことですか…) 勝手に人の携帯のメモリを操作してまで、あの人はこういう「いたずら」をして楽しむ人だ。 アキラがすでに入れていたナンバー000は家のものだったので、それを新しく入れなおして、携帯を閉じる。 ヒカルも最近、携帯を買ったと言っていた。それが多分、アキラと同じ携帯電話会社のものだったと記憶している。
…無意識に、同じところを選んだ?
いやいや、違う、となぜか赤くなる顔を振ると、アキラは再度携帯を開いてメモリを見てみた。 進藤ヒカル、の文字が、携帯の小さな画面に光っている。 少し時間を置いて、バックライトが消えて、暗くなった画面を、アキラはじっと見つめる。
…緒方さんと進藤って、そんなに仲が良かったかな。
アキラは、ヒカルと緒方が割と仲がいいらしいことは知っていたが、ヒカルも買ったばかりであろう携帯の番号やメールアドレスを緒方に教え、果ては家の番号まで…。
(進藤…) アキラは、ふとこの間のことを思い出していた。 それは、名人戦1回戦の時のことだった。
名人戦1回戦で打った後、アキラはヒカルと碁会所で打つ約束を取り付けた。 検討が終わった後、帰りかけたとき、まだ物足りなそうにしているヒカルに、アキラが声をかけたのだ。 「進藤、今日はもう帰ろう。遅くなったし」 「うん…」 棋院のエレベーター前は、もう自分たちだけになっていた。エレベーターがあがってくるのを待つ間も、ヒカルはどことなくぼうっとしているようにアキラには見えた。 「どうしたの、進藤?」 小さな音を立てて到着を知らせたエレベーターに乗り込むと、アキラは1階のボタンを押して聞いてみた。 「うん、なんかさ…まだ、もっともっとオマエと打っていたいなって思ってさ」 きらきらと瞳を光らせて、ヒカルが言う。 「オレ、オマエと打っていて、ホント楽しくてさ。もっと打ちたくて仕方なくなる…オマエは?」 そう言って、ヒカルは満面の笑みをアキラに向けた。 (…!) ドキリ、と心臓が跳ね上がる。 わずかに赤くなる頬を気づかれまいとして、アキラは扉のほうに顔を向けて答えた。 「そうだね…ボクもそうだよ。だから、もし良ければ、これから手合いが無いときとか、ボクのところで打たないか?」 自分でも、思いがけない言葉が口をついて出ていた。言ってから、その大胆な発言に自分で驚いた。 ヒカルも、一瞬目を丸くしたが、嬉しそうに答えた。 「ああ、いいぜ!手合いの無いときとか、打とうぜ」 「…え、いいのかい、進藤?!」 これまた思いがけないヒカルの答えに、アキラが思わず詰め寄る。 ちょうどドアが開いて、そんなアキラから離れるようにヒカルが先に外へ出る。 「はは、何驚いてるんだよ、塔矢。いいじゃん、オレもオマエもそう思ってたってことだろ?打とうよ、もっと。たくさん」 棋院のドアへと向かいながら、ヒカルは言う。そのヒカルの後を追うようにアキラも外へと出た。 「オレさ、もっともっと強くなりたいし…オマエともっと打ってみたい。オレとオマエなら、きっといろんな碁が打てると思うんだ」 夢見るような顔で言うヒカルに追いつくと、アキラは言った。 「本当にいいのかい?その…進藤の先生って確か…」 「ああ、森下先生のこと?大丈夫、内緒にすればいいって」 駅へと向かいながら、2人は連れ立って歩いた。割と早足のアキラは、ヒカルに会わせてゆっくりめに歩く。 「そうだけど…」 どうもひっかかる、といった感じのアキラに、ヒカルはすねたように唇を尖らせて言った。 「何だよ、オレと打ちたくないのか?塔矢は」 「違う!打ちたいんだ、ボクも!」 またもや詰め寄るアキラに、ヒカルは笑いかえした。 「なら、いいじゃん。今度、手合いが無いときとか、時間があったら絶対打とうぜ。オレ、楽しみにしているからな」 電話してくれよー、オマエの方が忙しいんだしな、といって、ヒカルは駅の中へと姿を消した。 アキラはドキドキしている心臓をなだめるのが精一杯だった。 (なんで…ボクはこんなにドキドキしているんだろう) 初めて、ヒカルの笑顔を間近で見たからだろうか。 そう考えて、気がついた。 電話してくれよ、とヒカルは言っていたが、お互い電話番号を交換しなかったことに。
かけてくれ、というのなら、教えてくれないとかけられないじゃないか…。 進藤らしいといえばらしい。携帯を買ったと、和谷君とか言う友人に言っていたのが聞こえていたから、その番号を後で棋院ででもあったときに教えてもらおう。 とりあえずは、また棋院で会えた時かな…。
そう考えて、アキラもドキドキを抱えたまま帰途につく。 そうして、その時のヒカルの笑顔はアキラの脳裏にくっきりと焼き付き、しばらく離れず、思い出すたびにアキラは胸のドキドキに悩まされたのだった。
(でも…これでかけられることはかけられるんだな) 緒方が入れてくれたおかげで、棋院で会うことを待つこともなく、ヒカルに打つ約束を取り付けることもできる。 携帯の画面の「進藤ヒカル」の字を見ながら、今かけるべきかどうか、アキラは考えていた。
続く。
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はい、始まりましたアキラさん編!珍しく緒方さんなんて出てきます。 …たぶん、また書き直ししている…かなあ。。 これも本にいれるかどうかは考え中。入れるとしたら、多分改稿しているでしょうね。 いつも、SSは何度書きなおしても直したいところが出てきて…キリがないです。
良ければ、感想くださいな。 しばらく続くと思います。何回くらいになるかは未定。
しかし、緒方さん、勝手に他人の携帯番号とかを許可なく教えてしまっています。いいんでしょうか。私なら嫌ですね。教えるのなら、私が直接教えたい。 で、教えて欲しい人には、直接教えて欲しい。
2002年11月28日(木)
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