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- 2000年05月31日(水)
★わかった!at 2000 05/31 02:39 編集
江角マキ子と私の顔の決定的な違い。
似ているような気がするのに、印象はぜんぜん違う、と思っていたら、なんと、顔の輪郭が違うのでした。
くやしいぃ〜〜〜(;_;)
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- 2000年05月29日(月)
★1・変身劇 影 と 錯 覚
★1・変身劇 影 と 錯 覚at 2000 05/29 01:25 編集
(1975年の作品なので、幼稚であまりにも恥ずかしい書き方をしているところが多いですけれど、そのまま載せちゃう(*^^*;)
人物 葦山由央(あしやまよしお)
その妻 涼子(りょうこ)
長 男 亮介(りょうすけ)
姪 良子(よしこ)
涼子、亮介、良子は同一人物。
時 知らず
情景 普通の部屋で由央と涼子が仲良さそうに話している。
由央 おまえはいつ見てもきれいだなあ。
涼子 あら…(うつむく)それほどでもないけれども…(ほおを染める)
由央 また、そういうところが好きなんだなあ、ぼくは。
涼子 (微笑みつつ)そういうあなたは、ちょうどアポロンね。お医者で、アーチェリーをやったり、ピアノをやったりするあなたは、ほんとうにアポロン神だわ。……好きよ。
由央 僕もさ…おまえは僕のヴィーナスだ…
――二人、肩を抱きあう。――
暗 転
風景は、殆ど変わらず、只、全部が少しずつ古ぼけている。
あれから、もう二十年経ったのだ。かなり老けた由央が、椅子に深く腰掛けて、やや不安げに煙草を吹かしている。
由央 (独白)私は、あのとき既に何か虚しさを感じていた。あのとき―(目を閉じ)そう。涼子と結婚した、その瞬間からだ!・…それでも、あれが生きている間は、その虚しさも、少しは、…併し、涼子が、私の手によって、息絶えたその瞬間から、…いや、それでも、あれの死顔は、未だ美しかった。…が、涼子の死の瞬間から、私と涼子の間に、憎しみでは無い或る「虚しさ」のような感情があったのを禁じ得なくなって来た。それからもう十年…(首を垂れて暫く何かをこらえる様子。そしてふと頭を上げ、無理に快活そうに)おお、今日は姪の良子が来るんじゃないか!少し頭が弱いが、ピアノだけは上手い子だからなあ。あの子は、今、確か、十五歳だったなあ。
――良子が入って来る(涼子と同一人物、格好と態度が違う。)――
良子 こんにちは。叔父さん、いる?
由央 やあ、良子。相不変(あいかわらず)、元気かい?まあ上がって、ピアノでも弾いて、しゃべったり食べたりしようじゃないか。さあさあ。
良子 おじゃまします。うちのママがね、いっぺんうちにも来るようにって。
由央 ああ、そういえば未だ一度も行って無いね。(独白)美しい娘だ。何処となく涼子に似て…遺伝か何かの関係かな?
良子 叔父さん、何か考えているときの顔、いいわねーえ。
由央 (やや照れる)え?ええ、まあ、うん、いいじゃないか!そうそう、ピアノの弾き比べをやろう。何か弾きなよ。
良子 うーんと…ショパンのポロネーズにしようかしら?一昨日こなしたばっかりだけど。(ピアノのふたを開け、弾きだす。)
由央 (良子の弾くのを見、聞きながら独白)うーん、…何て上手いんだろう。もう、私よりも上手いかも知れない。
良子 (ピアノを弾きながら)ねえ、叔父さん、亮ちゃんは何処に行っちゃったの?あたし会いたいわ。
由央 (少し不安げに)え?私の息子の亮介にか?う〜ん。まあ、そろそろ、戻って来てもいいんだが…(独白)一体、何処で何をしているんだろう?
――良子はピアノを弾き終わり、由央の正面に向かい、まっすぐ由央を凝視(みつ)める。由央は、それを見て、驚いた顔をして、――
由央 あっ?お、おまえは…私の…r、涼子じゃあないか!
良子 (涼子の声で)あなた……!
――二人とも、感慨の表情で見つめあう。――
暗 転
風景は全く変わらない。由央が、驚愕と感慨と不安の混じった顔をしている。髪と服装が、乱れている。
由央 姪のあの顔…あの顔の中に私が見出したのは妻だった。しかも、月の光の中の美しさ、その上、何よりも虚しさが無かった。一体どうしたのだろう?(煙草を一本箱から出して、火を点ける。不安そうに一服)まさか、涼子の霊が憑依していたんでもあるまいし…。
――そこに亮介が現れる。(亮介は、やはり涼子・良子と同一人物。女性が男装をしている)――
亮介 おとうさん!帰りました!
由央 おお、亮介!帰ったのか!話してくれ、外で一体どんな体験を積んで来たんだ?
亮介 家を出て、すぐ盗みをして捕まりました。少年院は辛かったなあ。出所して、今度は人を殺して捕まりました。えっ?保護者?そんなもの居ないと答えちゃったよ。どうにかこうにか出所して、今度は日雇いの労務者になりました。楽しかったですよ。落ちて来る鉄筋の下敷になりそうだったこともあったし、有毒なガスが何処かから漏れて意識不明になったこともありました。
由央 おお、凄い!…何という生活だ!
亮介 そのうち、職を失いました。上野公園でゴロゴロしていました。夜になるといろいろな人間が現れて…ほんとうに楽しい毎日でした。
由央 よく生きていられたなあ!えっ?凄いじゃあないか!
亮介 いえ、驚く程のことではありませんよ。全部嘘ですから。
――亮介は、ふと立ち上がり、由央の真正面に立ち、由央を凝然(じっ)と見つめる。――
由央 あっ!おまえは…いや、誰でもそんなふうに見えるらしいな。この間だって、良子が、…ああ、いや、そんな筈は無い。
亮介 言ってください!僕は、一体何者なんですか?
由央 嫌だ!
亮介 いや、言うんです!僕は、一体何者なんですか?
由央 おまえは…嫌だ!
亮介 言って下さい!(興奮し、涙を流し)早く、僕は、何ですか?早く!
由央 おまえは、おまえは、…おまえは…
亮介 さあ!わたしは、あなたの、何なんですか?言ってください!
由央 おまえは…おまえは私の妻だ!涼子っ!
亮介(ないしは涼子) そうです、あたしは涼子です!(言うなりばったりそこに倒れる。)
暗 転
風景、変わらず。相不変(あいかわらず)普通の部屋。由央が煙を不安そうにふかしながら、何か考えている。傍には亮介が倒れている。
由央 また、妻を見出してしまった…。あの涼子は、熱い涼子だった。私の幻影か?それとも、涼子が、涼子の霊が姿をあらわしたのか?一体、何だろう…?
――亮介が起き上がる。――
亮介 (涼子の声で)あなた…あたし、生き返ったのよ。ねえ、あなた…
由央 おまえはやっぱり妻の涼子か?…ああ、そうだ。月光の中にいるようだ…しかも、おお、虚しさがない!故意に亮介に憑りついたのか?
涼子(亮介の姿の) えっ?この体、亮介なの?ああ、亮介…(泣きながら)この子には、ほんとに辛い思いをさせてしまったわ。赦してちょうだい…
由央 (涙を一滴)いや、私のほうが罪が重い。私は、この手でおまえを死なせたのだ。
涼子 (嗚咽)いえ、…そんなこと、もう…いいのよ。あたしは、わずかでも…あなたに…会えて…良かっ…た…(声は消え、亮介倒れる。そして退場)
――そこに、亮介と殆ど入れ違いに良子が入って来る。――
良子 叔父さん、また来たわよ。
由央 おまえは涼子だろう。
良子 いいえ?どうしたの、一体…あなた…
由央 わっ!やっぱり憑いている…
良子 冗談よ。何をそんなに怖がっているの?(またピアノを弾き始める。弾きながら、)ねえ、伯母さんて、どんな人?亮ちゃんのお母さん。
由央 えっ伯母さん?…どうして、そんなこと尋ねるんだい?
良子 何となく、聞きたくなったの。
由央 (独白)やっぱり憑いているのか?
良子 (涼子の声で)うふふっあなた、あたしは涼子よ。あなたに会いに来たのよ。あなたに…
由央 (瞳孔は大きく開き、冷や汗を流し、四肢は震え、)な、何んだ…一体…私を…おれを、…からかう気か?うるさい!消え失せろ!
――その瞬間、閃光――
暗 転
牢獄。囚人服を着た由央がすみの方にうずくまっている。
由央 (諦めた微笑を顔に浮かべ)結局、今迄のは皆、夢なのか…ふふっ死刑になって、涼子のところに行くんだ。はははっ!(急に沈み込んで)併し、残された亮介はどうするんだろう。それだけが心残りだが…。思えば、亮介は、涼子に酷似していた。一言で「酷似」と言ってしまえる程、酷似していた。それが災いのもと…ふふふっ家出…か。あれっあのとき、涼子は未だ生きていたのか?…いや、死んでいた…のか?それだけ全く忘れてしまった!いや、待てよ?亮介の家出とともに、涼子の姿も見えなくなって…そうだ!今、見えたぞ!妻の涼子も、息子の亮介も、同じ人間だったんだ!…はて、それにしては…涼子が亮介を抱いてあやすのも見た、食事にはいつも三人分の食事が、いつも、揃っていた。なのに…いつの間にか、合体でもしてしまったのだろうか…?莫迦な!人間だぞ、二人とも。併し、妻と息子は一人になってしまった。或る時は妻で、或る時は息子で…………どちらが仮面で、どちらが実物なのか?確か…?
――監守が鍵を開けて入って来る。――
監守 おい、出ろ。面会人がいるぞ。
由央 誰が?
監守 さあね、ご婦人だがね、美人だぜ。歳はおまえさんと同じ位いかね、おまえさん、歳の割には老けてるからなあ。
由央 思い当たらないが…行ってみればわかるかも知れない。(監守に伴われて、面会室へ行く。)
面会人 あなた。
由央 わッ!…一体、一体、どういうことなんだ?
涼子 (穏やかな目で夫を見つめ、)あなた、残念ね。死刑なんでしょ。実を言うとね、あなたの殺したのは只の「影」だったのよ。実物はここにいるわ。
由央 何ということだ!「影」殺しで死刑とは!…ひとつ、尋(き)きたいことがある。亮介はおまえの子だったんだろう、何時合体したんだ?
涼子 ああ、あれはあなたの錯覚よ。それじゃ、さようなら。(去る)
由央 (首を垂れて暫く何かをこらえる様子。そしてふと頭を上げ、無理に快活そうに)ふふっなんだ、欺かれていただけか。(涙を流しながら微笑み)大したことじゃなかったんだ。つまんねえ一生だったなあ。(監守に振り向き)監守さん、意向よ。あの、俺を幸福(しあわせ)にしてくれる死刑台へ。俺を解放してくれる、あの十三段の階段のところまで、一緒に行こう。
――由央、監守に伴われて死刑台へ向かう。――
幕
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(2000年の後日談)
中学生でした。
できるだけ人が読んでも分からないように、心がけていましたが、今読むと、「意図」が見え見えですよね(^^;
それにしても、「家族機能研究所」のどなたか、この戯曲を「分析」してくれないかしら?
そういう点でも、(まさか当時は思いもよりませんでしたが)「見え見え」じゃないの!
あー疲れた。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。
めちゃくちゃ退屈で、めちゃくちゃ恥ずかしい内容なので、どうか他ではこのことについては言わないでね。
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- 2000年05月28日(日)
★1・音と言葉の体験
★1・音と言葉の体験at 2000 05/28 01:43 編集
1.45歳のストリートミュージシャン
さすがに土曜日の夜だけあって、お仕事から帰ってきて駅に降り立つと、たくさん、いる、いる。
そんな中、ちょっと他の子たちと違ったことをやっている二人組がいたので、興味を持ってのぞいてみた。
その二人は、リコーダーを吹いていた。
けっこう、息が合っていて、上手だった。
おじさんと、若い女の子だった。
実は、父(45歳)と娘(高1)だった。
ジャンルは、実にさまざま。
「ラピュタ」、「ディラン��(という昔のグループの曲;これはお父さんの方がギターを弾いて歌ってくれた)」、バッハやラヴェル「ボレロ」、「ユーモレスク」などクラシック、ついにはシャンソンやジャズまで……
を、ぜんぶりコーダーで吹いてくれたわけではない。
気が付いたら、私が伴奏していたのだ。
父親の方は、この道27年の猛者で、……っていうことは、「元祖」じゃーん!
若い子たちに見習わせたいよー!!
そうして。
父と娘で、思いっきり息が合っているのが、とても羨ましかった。
娘さんの方は、すでにとっても良い音感とセンスを身に付けているようだった。
お父さんが歌う、とっても古〜いフォークソングを、一緒に小さく口ずさんでいるのが、じんときてしまった。
(で、こっそり娘と同じような立場で音を出したりお話ししたりしちゃったんだけどね(^^;)
二人とも時計を持っていなかった。
私も、思わず時の経つのを忘れて、ギター伴奏を心から楽しんだ。
2.「ッサイマセ」「ッサイマシタ」
コンビニのお兄ちゃんの「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」の言い方。
でも、このお兄ちゃん、名札に「おう」と書いてあったし(=「王」さん?)、何よりもお金の受け取り方に特徴があった。
お札の上に小銭を置いたら、お札で小銭をはじいて手元に引き寄せたのだ。
・「いラっしゃいませ」「あリがとうございました」には「ラ行」の音が含まれる。
日本語の「ラ行」は、実は外国人にとってはとても厄介な発音だ。
その微妙さは、残念ながらネイティヴ日本人でないとわからないのだ。
(よく、英語の「l」と「r」の発音ができない、と嘆いているお父さんたちが今でもいるけれど、立場を裏返せばちゃんと「l、r」が発音できてしまう人たちは、日本語の「ラ行」のあいまいさを出すことができないのだ!)
・お札を使って小銭をはじく動作って、日本人が唯一禁じていることがらで、さすがに若い子たちでもやらないのよね。
(今の日本人に信じられるのは、お金だけでしょう? 宗教とか思想とか英雄とかじゃ、ダメじゃん? 誰もがお金だけは大切にあがめているよね)
あの手つきは、確かに「信じられるものがあるとしたら、お金以外にも考えられる」と言っていた。
彼が外国人らしい、ということが、このときリードされてしまったのでした。
3.Jewell
木曜日に出会った、とても声の良い女の子が教えてくれた。
「アコースティック系がよくて、癒し系だったら、……(他にもいろいろと挙げてくれた)ジュエルがいいですよ」
さっそくCDを借りて聴いてみたら、……
確かにステキ!
歌詞カード、英語の方だけ見ながら、どのくらい聞き取れるか試してみたけど、うーん、私のボキャブラリーは、日常の表現をさっとキャッチできるほどこなれていないわね(^^;
人も言葉も信じられないときは、音楽がいちばん。
きっと、これが、神さまが私にくださった癒しのよりどころなの。
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- 2000年05月27日(土)
★1・「明るいことを……」とは言ったものの
★2・やっぱり愚痴が言いたくなりますね
★1・「明るいことを……」とは言ったものの
at 2000 05/27 00:50 編集
影響されやすい私(^^;
「独身生活」を借りてきて見ているうちに、
娼婦になりたかった
と思ってしまった。
今からでも、なれないわけじゃないけど……
もっと若い頃だったら。
……きっと、身を持ち崩して、今ごろこの世にはいなかったでしょうね。
私、堕ちやすいから。
あの頃チャンスを逃していて、「よかった」と思います。
楽しむなら、今からよね。
でも、私みたいなタイプじゃ、お客さんなんかつかないだろうなぁ……
TV(トランスヴェスタイトのことじゃないよ(^^;)見ていて、妄想は膨らんでいくのでした。
最近、本当に江角マキ子みたいになりたい、と思えて仕方がないのよ〜〜(;_;)
なはは(^^;;;;;;
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★2・やっぱり愚痴が言いたくなりますね
at 2000 05/27 12:12 編集
私って、冷たいんでしょうね。
(って言うと、「そうですね」とか言われて、また私は落ち込んでしまうんですけれど)
私って、口が軽いんですね。
(って言うと、「だから人に迷惑をかけるようなことを言うな」と言われて、また落ち込んでしまうんですけれど)
ここはオンラインです。
もちろん、現実の生活が後ろにあってはじめて成り立っているものだけれども、オンラインはオフラインを脅かすものであってはいけないと思います。
今日は最悪。
今からお仕事なのに、顔も洗っていない。
私はまだ、身だしなみひとつ、まともにできはしない、弱い弱ーい生き物なの。
それにしても。
ちょっと悪意にとってしまうのは、「明るいこと……」って書いたとたんに、まるで私の足を引っ張るようにネガティヴなことを言ってきた人がいること。
それも、複数。
私が言っているのが「強がり」だって、なんでわかってくれないの?
なんでそっとしておいてくれないの?
私を理解しようと思うのなら、こういうときには「返事がないのが最も好意的」って、なんでわかってくれないの?
私はおしゃべりです。
けれど、大切なことを言うのには、もしかしたら人以上に苦心しているのです。
だって、大切なことほど、ちゃんと言えないんだもん。
すっごく苦労して言っても、分かってもらえないんだもん。
お仕事、行って来ます!
ぷんぷん。
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- 2000年05月19日(金)
at 2000 05/19 11:28 編集
☆☆事実上「What's New」☆☆ にも書きましたけど、内容が濃くなっちゃったので、こちらにも転載。
*05.19
明るいことを書こう!
だって、クラいことばっかり書くと、みんなに心配かけちゃうもん。
ねっ、みんな知ってる?
よく「クラい時代になってしまった」と言う人がいるけれど、本当はね、「明るいこと」も「クラいこと」も世の中には均しく存在するものなのよ。
陰惨なニュースがやけに目立つような気がする(陰惨さがエスカレートする)ように見えるのは、そういう「ニュース」が増えたからでしょ?
そうして、ちょっと厳しいかもしれないけれど、「クラいニュース」を気にしてしまう精神状態がある、ということもあるのでは?
私は、自分に対して強く言い聞かせる意味合いも込めて、私の信条をここにもう一度書きます。
世の中は、私の思ったとおりになる(なっちゃう)。
世の中は、あなたの思ったとおりになる(しかならない)。
心を光りある方向に向けましょう(暗い方を見たら暗くなっちゃうよ)。
カッコの中のネガティヴなイメージに負けないようにしよう。
不思議と、この「信条」は、「セレニティ・プレアー(平安の祈り)」と矛盾しないような気がするのです。
神さま、私にお与え下さい
変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものを変える勇気を
そして、この二つを見分ける賢さを
もちろん、こう書いているからって、
「明るいことしか書いちゃダメ」
なんて言うつもりはありません。
へこんだり、むかついたときは「へこんでいるよぉ」「むかつく!」って書けばいいよね。
きっと、今までもそうだったように、誰かが励ましてくれると思うよ!
(もちろん、私にそれができたら、もう、サイコー!)
ね♪
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- 2000年05月17日(水)
★1・「らせん」読了
★2・Re「05.17・『らせん』読了」
★3・被害者は加害者になる
★4・書き込み to IFFat 2000 05/17 02:08 編集
「今ごろになって……」と思う人も多いかも。
だって、今までは怖くて読めなかったんだもん。
でも、読み始めたら、あっという間でした。
で。
怖くは、なかった。
むしろ、同じようなことを考えている人がいたんだなあ、とあっけにとられ、私なんかよりもずっと科学的に追求し尽くしたことに舌を巻き、そうして……
世界中が「山村貞子」になっても、かまわない。
私は、自分が自分の意志もろとも滅んでしまっても、「山村貞子」として蘇生するのならいい。
「人類が滅ぶ」?
いいじゃん、ちっぽけな「自己保存」の檻の底でうごめいている必要なんか、ぜんぜん感じないよ、私は。
安藤、カッコイイ。
とっても、清清しかった。
鈴木光司、いい。at 2000 05/17 02:08 編集
神さまの意志さえ、感じる。
人間は愚かで、自分のしていることだってわかっていないけれど(当然、私もね!)、知らないうちに神さまの手によって、正しいこと(神さまの意志どおりのこと、予定どおりのこと)をしてしまっているのよ。
「自分の意志」として。
そうして、私は、こう思う。
「世の中は、自分が思ったとおりにしかならない ― 誰にとっても」
上の言葉と全く矛盾せずに。at 2000 05/19 02:55 編集
傷つけた相手から、傷つけられた。
私はそんなつもりじゃなかったので、とてもびっくりしている。
取り乱しているので、今、ここに何度か文章を書き込んでは消している。
友だちを何人も失いそうなことを書いたから、消した。
とても、悲しい。
------------------------------------
5/19付記
私はよくこういうことを書きますね。
でも、これを読んだ人のうち、私のことを殊に心配してくれる人が何人か、「これは自分のこと?」と思ってしまいました。
無理もありません。
自分の思いを簡単にぶちまけるところのある私ですが、それは周囲に対してよからぬ影響を与えることも多いのだ、ということ。
いつになったら身につくのだろう?
悔しい。at 2000 05/17 02:48 編集
[2563] ちょっとだけ 投稿者: じゃっきー 投稿日:2000/05/17(水) 02:45
泣かせて。
今、ここで話題になっている「バスジャックと家庭(無力な子どもが標的にされる)……」などを読んでいて、ようやく涙が出ました。
それまでは、とにかく
「悔しい!! 悔しい!! 悔しい!! 悔しい!! 悔しい!!」
しか出てこなくて。
ただ、個人的に人間関係で悔しい思いをしているだけです。
家族の問題、ACの問題っていうわけではありません。
でも、きっと、こういう感情を「言葉」にしてほぐしていかないと、話題に上がっている恐ろしい犯罪につながってしまったりするのかもしれません。
そうして、また「加害者」と「被害者」の関係が出現するのです。
-------------------------------
(すっきりしたけど、今度は意地悪な気持ちになってきた)
(自分のところには書かないけれど)
ここにだけ、暴露しちゃいますね。
私は「酔っ払い」の相手が下手くそです。
うちは、みんな飲めないのです。
だから、小さな頃は酔っ払ってどうなるのか、間近で見たことがありませんでした。
ただ、お隣りに住んでいる家庭のお父さんが、ときどき大きな声を出しているみたいだったのは覚えていますけど。
家族には誰も「飲み屋さん」に行って飲む、ということをする人もいませんでした。
でも、これって、けっこう「特殊」な環境だったのかもしれませんね。
実は、私自身は「酔っ払ってわけがわからなくなる」ことがありました。
大学に入ってからのことですけれど。
でも、そういう状態で「はしたないこと」をする自分がイヤで、あんまり飲みませんでした。
「はしたないこと」……男に抱きついたり、女に迫ったり。ああ、バカみたい。みっともない。
ちょうどよく飲めるようになったこともありましたけれど、就職してからはかなり大変になりました。
飲めないと「接待」できないでしょう。
私は、大切なことをお話しているお客さんの前で居眠りしてしまったりしました。
そうして。
何度目かに勤めた職場の上司が、飲むと荒れる人でした。
ある日、その人が荒れてしまって、飲み屋さんから追い出されてしまったので、男4人がかりで押さえつけながら、寝かせられる場所へ、ということで会社の建物へ連れて行ったのですね。
(注:当時の私は「男」でした)
とても力の強いその人は、押さえつけられているのに、まだ4人を振り回します。
そうして、社屋に到着して、いったんその人を地面に降ろして(というより、暴れるので落としてしまった(^^;)、カギを開けようとしていたら、その人はまたむくっと起き出して、暴れ始めてしまったのでした。
当時、私はあまり上手に仕事ができていなかったので、その上司には辛い思いをさせてしまっていたようです。
でも、その人は私を何度か殴って、こう言ったのです。
「おまえ、年は何歳だ? ……(私が答えると)○○歳か。うちの女房と同じ年だな」
このとき、私の中で何かが狂い始めました。
私は、一方でその人に対して「暴力をふるわれる」という恐怖を感じながら、もう一方でその人の背中に抱きつきたい衝動に駆られてしまったのです。
汗のにおい。
太い四肢。
なぜ、その後ちょっと姿を見ただけで身体が硬直するのがわかるほど恐怖を感じる相手に惹かれるのでしょう。
そういう自分の狂ったところが、許せない。
気持ち悪い。
新潟の監禁事件で「逃げられなかった」少女の思いを、私のそういう気持ちと重ねてしまったところがありました。
でも、それ、ぜったい違う!!
私、また、壊れちゃうのかな。
自分で自分を昂ぶらせて。
いやだ、いやだ。
決して、自分で切ってしまうことだけはしないように、って思うのに。
気持ち悪い。
いやだ、いやだ。
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- 2000年05月14日(日)
★1・書き込みふたつ
★2・出家とトランス
★3・「ハリー・ポッター」とか「ガラスの仮面」とか
★4・小説(SS)書きました
★5・諍いat 2000 05/14 01:53 編集
[2541] 軸足 投稿者: じゃっきー 投稿日:2000/05/14(日) 01:28
みんな、自分の軸足は「自分」のところ。
そんなの、あたりまえ。
でも、辛いなあ。
ある人が見たいと思っていることが、その人の「軸足」を変えないと見えないところにあるのを指摘してあげようと思うと、自分の見えないところは「棚上げ」にしないとならない。
まるで、自分が「見えないものは何もない」かのように振舞わなければならない。
そんなの、あり?
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[2440] 性 投稿者:じゃっきー [東海] 投稿日:2000/05/14(日) 01:50
今の私にとって、男も女も、どちらも異性。
魅力的な人にはときめいてしまう。
でも、今の私にとって、男も女も、どちらも同性。
心か身体か、どちらかはおんなじ構造や性質なのがよくわかる。
でも、きっと、私の存在はどちらから見ても異様なんだろうな
あ。
いつまでたっても、どちらにもなれそうもない。
自転車で走る自分の姿がショーウィンドウのガラスに映ると、今
はほとんどどちらにも見えるしどちらにも見えないのがわかる。
姿も、動きも。
そうして。
生まれつき「どちらでもない」人からも、拒絶される。
もしかしたら、私の「性」は「わたし」なのかもしれない。
誰とも違う性。
自分だけの性。
自分のせい。
エデンの園の、林檎の食べ残しを、芯まで齧り尽くそう。at 2000 05/14 01:59 編集
似ている。
ような、気がする。
でも、それ、おかしい。
子どものGIDなど、そんなもんではないでしょうに。
いやだ、いやだ。
こんなの、早く終わりにしたい。
男として生かされてきたことなど忘れて、穏やかに暮らしたいだけなのに。at 2000 05/14 02:01 編集
☆「ハリー・ポッターと賢者の石」
今、ペーパーバックで読み始めたのですが
(英語のレベルは、もともと子供向けの文章なのでそんなに難しくはない)
10ページも進んだところで、ハリーが「許されない存在」だったことが浮かび上がってきました。
☆「ガラスの仮面」、「一気読み」しました。
(「急性漫画中毒」にはならなかった……と思うけど)
北島マヤもまた、子どもの頃から「許されない」存在のように扱われていました。
・二人とも、自分の存在の「許されなさ」を克服しようとして、
額に稲妻型の傷跡があったり、一度見たお芝居のセリフをいきなり暗記できたり
するようになるのでしょうか。
☆そういえば、私も小さな頃、自分の存在が「許されない」ものだ、と知って、それが「ばれない」ようになる「超能力」が身についているかどうか、必死で念じてみたことがあります。
残念なことに、自分の心のどこを探っても超能力のかけらも見つからなかったのですが、ふと気が付くと私の場合は「音楽をやっているときは『自分』でいていい」と思うようになっていました。
そういうのも、アリですよね?
惜しむらくは……音楽をやる自分は、完全に「オトコ」に「翻訳」されているのでした。
だって、声変わりしちゃったもーん(;_;)at 2000 05/14 12:35 編集
迷子
作:会津里花
そろそろ高校生活にも慣れてきたかな、なんて気がしてきたこの頃。
4月の間は正直言って怖かった。
なぜなら、俺は極度の方向音痴なのだ。
自転車で高校まで通うことになったとき、「やばい」と思った、マジで。
案の定、ほとんど「毎朝」って言ってもいいぐらい、俺は登校路を間違えた。
初日、町の東の端にある高校へ行くつもりが、気が付くと西の海岸のあたりまで来ていた。
おかしいと思って、2日目はしっかり道順を聞いておいて、目印なんかも確かめながら行ったのに、いつのまにか目印が見当たらなくなっていた。
戻ろうと思って今来た道を引き返したのに、次に気が付くと、さっき通ったのと違う道を走っていた。
学校に到着したら、1時間目が終わろうとしていた。
で、2度続けて遅刻しちゃったから、3度目は道に迷っても遅刻しないように、30分も早く家を出た。
前の日は1時間半ぐらい迷ったので、「30分」でいいかどうか、心配だったのだが……。
そうしたら、ぜんぜん道に迷わずに、学校に着いてしまった。
まだ誰もいない校舎が妙に新鮮で、俺は図書室とか音楽室、美術室なんかがある建物の端の方を歩いて回った。
教室だと、先輩の中に入っていくのは怖かったし、2日続けて遅刻したのを見られているやつらに「今日はやけに早いなあ」と冷やかされるのもいやだったから、始業まで人がほとんどいないままのところを選んで見て回ったのだ。
ところが、最上階の音楽室にいたら、始業のチャイムが鳴った。
鳴ってから1階の自分の教室まで降りていったのでは、間に合うわけがないじゃないか!
……というわけで、3日目も遅刻みたいなものだった。
迷子になるパターンはさまざまだった。
太陽の見える方に向かって走ればいい、と思って実行してみた。
そしたら、いつのまにか高校を通り過ぎて、もっと東に行っていた。
父に地図を描いてもらって、目印を通過するごとにチェックを入れた。
なのに、必ずどこかで目印がいつまでたっても出てこなくなるのだ。
日曜日、父の車に乗って通学コースを走ってもらった。
どの目印も―コンビニは同じ看板の店が多いから、必ずその隣の店や家の様子もセットで―見間違えてはいなかった。
週が明けると、また30分早く家を出た。
また、迷わなかった。
今度は、学校に着いてからフラフラして失敗するのがイヤだったから、文庫本を持って行って、席につくなりそれを読み始めた。
いつのまにか、小説の内容に没頭していた。
始業のチャイムが鳴ったのでようやく我に返ると、俺の席の横に女子が一人、半分泣きそうになって立っている。
「そこ、……あたしの席なんだけど……」
俺は隣の教室に来ていたのだった。
2週間たって、どうやら「30分早く家を出る」と、少なくとも学校へは迷わずに到着してしまう、というパターンに気が付いた。
もうちょっと遅くてもいいだろうと思い、25分早く家を出てみた。
そうしたら、やっぱり迷った。
でも、このときはギリギリで遅刻しないで学校に着いた。
20分早く出たらどうなるか。
やっぱり迷った。しかも、遅刻した。
35分早く家を出た。
迷わなかった。
けれど、やっぱり学校に着いてからが大変だった。
早く着くと、油断してしまうのだろうか。
友人と一緒に通うようにしようか、とも思った。
ところが、友人宅を探して迷子になってしまった。
「待っていた俺まで遅刻しそうになっちまったじゃねーか!」
そいつは二度と一緒には行ってくれなかった。
別の友人に、家まで迎えに来てもらうことにした。
ところが、その友人は、俺と一緒に迷子になってしまった。
「ひょっとして、おまえも方向音痴?」
「バカヤロー、俺は今まで迷子になったことなんかねーんだよ!!」
そいつも、二度と俺と一緒に通学してくれることはなかった。
こういうわけで、4月いっぱいかかって、俺は「25分早く家を出て、迷子になりながら遅刻寸前で学校に飛び込む」という日常を身に付けたのだった。
迷子のコースは毎日必ず違っていたので、退屈はしない。
ただ、ふとした拍子に前にも迷い込んだところに再び出くわすこともあって、「お、ここ知ってる」と気が付くのはとても感慨深い。
そんな気がし始めて、4月が終わった。
ゴールデンウィークは人並みに遊んだ。
一度、家族(父、母、俺、ばあさん)で食事にでかけるのに車で走っていたら、ほとんど見たことのある道ばっかりで驚いた。
もしかしたら、4月の間に町じゅうの道を走破していたのかもしれない。
俺はひそかにほくそえんだ。
1ヶ月で町じゅうの道路をぜんぶ走ったやつなんて、他にはいるまい。
これで、どの道を通るか、自分で決められれば、ぜったい人に自慢してやるのに。
くそぉっ。
そうして、5月になった。
担任の教師(なんでこいつはいつもボタンの合わせ方が逆になったワイシャツを着てるんだ?)が言わなくてもいい「5月病」なんて言葉を言ったので、少なくとも3人は本当に「5月病」にかかったらしい。
2人が学校に来なくなり、1人は保健室に通うようになった。
俺はそれどころじゃなかった。
せっかく身に付けつつある「25分前に出発、迷子にはなるけれど遅刻しない」というパターンを守ることに神経を集中していたし、迷子になって新しい道を見つける (なーんだ、まだあるジャン)のが楽しくて仕方なかったのだ。
帰り道もたいてい迷子になるが、遅くても日付が変わる頃までには家にたどり着くので、捜索願も出されないし、西日から藍色に変わっていく風景の中の迷子はあんまりあせることもなかった。
何よりも、けっきょくは家にたどり着くのだ。着かなかったことはない。
もしかしたら、俺は本当は「方向音痴」なんかじゃないのかもしれない。
そんなある日のこと。
いつものように、俺は朝「25分早く家を出て」……っていうより、これは最初(入学したての頃)に決めていた時間が25分早すぎた、と考えるべきだよな、だから「定時に家を出て」って言うべきだよな。今、気が付いた。
で、いつものように迷子を楽しんでいた。今日はなんだか、静かな感じの住宅街、それも大きな家ばかりが並んでいるから、「お屋敷町」なのかな。
でも、学校へ行きたかったら、こんなところを走っていてはいけない。
確か、……確か、ここは、……学校よりもわりあい南の方だったはず。ええっと、北へ進路を変えないと……あれっ、太陽が後ろに見える。じゃあ俺、西に向かって走ってるのか。
なんでこうなるんだろう、いつも。
自転車を歩道に止める。なんだか、やけにおしゃれなレンガ色の石畳の歩道。
父に描いてもらい、その後自分で目印なんかを書き足している地図を、鞄から出して広げる。
確か、さっき見つけた目印は、……ああ、これだこれだ、コンビニ「K」の横を通り過ぎて、最初の角を左に……あ、これを忘れていた。そうすると、俺はそこをまっすぐに来てしまって、……そうすると、今いるのは「O町」か。じゃあ、「K」の次の角まで戻るしかないよな。ああ、でも、あの角、こっちから行ってわかるかなあ……不安。
地図を見ながらでは自転車で走れないので、いったん鞄にしまうと、俺は自転車の向きを変えて、走り出そうとした。
すると、路上にキラリと光るものが目に留まった。
いつもなら、どうやら100円玉らしいけど、そんなものを見つけても正しい道を探すのに精一杯で無視してしまうのだった。
それなのに、なぜか今日だけは、自転車をひきずってそこまで行き、自転車を降りてかがみこむと、落ちていた100円玉を拾ったのだった。
ほとんど泥も着いていないので、たぶんつい今しがたぐらいに通り過ぎた誰かが落としていったんだろう。
あ、今年のじゃないか! もう出てたんだ。初めて見た。
俺は100円玉を小銭入れに入れて鞄の中のしまうと、さっきまで走ってきた道を引き返した。
太陽はちゃんと後ろに見える。西に向かって走れば、また元の角まで行き着くはず。
at 2000 05/18 01:47 編集
「05.14・書き込みふたつ」にも書きましたが、人は誰でも、自己主張するときは必ず、自分の立っているところを軸にして立論します。
言い換えれば、自分の立っている足を「軸足」にして世界を見回し、自分の中で世界を再構築するのです。
それはあたりまえのことです。
理由は二つ。
・他人の目で世界を見ることなんか、できるわけがない。
・仮にできたとしても、自分のことを他人の目で見てものを言っても、何を言いたいかわからなくなる。
ところが、そういう前提があるにも関わらず、人は「他人の目」を持とうとします。
他人の目で見て、その人がどんなふうに世界を再構築しているか想像することの一部を「思いやり」とか「気遣い」とか言います。
このとき、注意すべき点が二つあります。
・決して相手の目「そのもの」でものを見るわけではない、ということ。
・「自分の目」と「相手の目」をしっかり区別すること。
二つ目のこれが、私は苦手なのです。
自分の気持ちと相手の気持ちがごっちゃになってしまったら、相手が感情的に高ぶっているときに、自分も同じように感情的になってしまうことしかできません。
これでは、「思いやり」「気遣い」は、きちんと機能しないのです。
「あなたは『自分』と『他人』の区別がしっかりできていませんね」
……この間まで通っていた精神科のケースワーカーさんの私への言葉です。
(「境界型人格障害?!」といって騒いでしまいましたよね(^^;)
「そんなことはない、あの人はとことん自分勝手な人だ」と思っている人が何人もいるでしょう。
でも、たぶんそれは違います。
その人からの私への視線に、私自身が重なってしまっているのです。
相手が自分を見ていれば見ているほど、自分と相手の「目」が混同したとき、私は相手の目で自分を甘やかすことしかできなくなってしまうのです。
もちろん、それは相手の問題ではなくて、私自身の問題です。
相手が私に対して盲目的に慕ってくれたり頼ってくれたりしていると、私はその人との関係において自分自身に対して盲目になってしまうのです。
なんておバカなんでしょう。
でも、私に対して苦言を呈してくれる人に対しては、私は拒否的な態度をとってしまうことが多いです。
はっきり言って、何か言われると「ムカツク」のですね。
子どもみたいです。
でも、それ、どうやら、自分で元々低い自分に対する評価を、それ以上下げる余地がないから、批判を聞き入れる余裕がないんですよね。
こんなとき、私は相手と「諍い」を起こしてしまいます。
ただ、そんなときには、たいてい相手にも必ず何かしら「非」があるのですが、残念なことに、私は「自分」と「相手」を上手に区別できていないので、「相手のこと」だけを相手にわかるように言ってあげることができません。
誰でも、何か悪いことがあったら、本当は「自分のこと」しか反省できないものです。
「他人のこと」まで、その人に成り代わって「反省してあげる」なんて、神さまじゃあないんだから……。
でも、時として、私はそのようなおこがましい感情を持ってしまっていることがあります。
そういうとき、私には相手の「非」を指摘する能力はなくなっています。
人を批判するには、信じられないほどの勇気と冷静になるための忍耐力が必要なのです。
これは、「AC(AA)」などの自助グループでよく唱えられる「お祈り」:
『変えられないものを受け入れる落ち着きを
変えられるものを変える勇気を
そして、この二つを見分ける賢さを』
(セレニティ・プレアーより)
私も、AC(アダルト・チャイルド=「機能不全な家庭で育ったため、子供の頃から何かしらの面で大人びた役割を果たすことを強いられてきた人のこと。子どもの頃に受けた精神的外傷の影響を強く受け、情緒的・行動的な問題を抱えている。自己治療の試みと思われる様々な嗜癖行動を持続していることが多い」)です。
(詳細は「みんなのひとこと」掲示板をご参照ください)
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- 2000年05月12日(金)
at 2000 05/12 08:07 編集
このところ、オンラインの私の調子がよくありません。
でも、実を言うと、オフラインではそんなに調子が悪いわけではないのです。
たぶん、前の書き込みで私がとても混乱しているようなことを書いて終わってしまっているので、心配された方もいらっしゃるかもしれません(もしかしたら、とうとう……?! とか(^^;)。
ご心配をおかけしていることについては、本当に申し訳ありません。
けれども、先日のオフ会のおかげ、その後の何人かの方からのお手紙(Eメール)、そうして新しいお仕事のおかげで、私は今自分が抱えている気持ちの問題に負けることなく生きています。
「半陰陽」への異様な拘り……確かに、私(たち、って言ってもいいのでしょうか)のような心の問題を抱えていない人には「異様」にしか見えないかもしれないでしょう。
また、当事者の方は(特に最初からこの話題で知り合う、みたいなかたちでは)お話ししにくいことでしょう。
ただ、偶々、もっと幅の広いお付き合いのできる方と知り合う幸運に恵まれて、私は今まで犯してきたのと同じ過ちを、どうにか回避することができたようです。
このことは、このめぐり合わせを設けて下さった神さまに感謝するほかはありません。
そうして、その方自身の、人間的な奥行きの深い魅力にも……。
さらに、「半陰陽」に仮託するしかなかった私自身の稚(わか)い頃の苦しみも、今は殊更に「いけないこと」のように捉えることはないんだ、と思えるようになりました。
「自分の性別が間違っている」という気持ち。
そんな気持ちを持つこと自体が「異常」とされかねない雰囲気。
そうして、あくまで自分の心の中で拘り続けるしかなくなった、追い詰められた状況の中で、「自分にとって現実にありうるとしたら」という、本当は非現実なのは百も承知で出口を探ろうとしていた足掻き。
人のせいにするつもりはないけれど、かといって自分を責めてもなんにもなりませんよね。
あんまり「苦しい」思いをしたから、その苦しみが「誰かのせい」だと思いたかっただけ。
苦しかったのは、仕方ないじゃん。
今は、苦しみの中身がわかるから、耐えられる。
「私だけ」がこの世でたった一人そんなことで苦しんでいるのではないこともわかったから、希望をもって生きていける。
そういうわけで、私はある人の言葉をそっくりそのまま自分を許す言葉としていただくことにしました。
「拘るのは当然でしょ?そんなの。あたしも拘ってきた、で、たまたま、そうだったことがわかっただけよ。
そういうのはね、GIDなら、当然だと考えていいのよ。」
心から感謝しています。
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- 2000年05月06日(土)
at 2000 05/06 16:28 編集
転載。from IFF
[2474] ちょっとへこませてね 投稿者: じゃっきー 投稿日:2000/05/06(土) 01:44
副題「私はストーカー?」
こんなところに書いていい話題かどうかわからないし、こんなこと書いたらみんなに「おまえ、そういうところもあったのか?」と引かれてしまうかもしれない。
けれど、なんとかしないと。
私はなぜか「半陰陽」のことになると、異常な感じの引っかかり方をしてしまいます。
今日、ようやく自分の拘りが「性器」「ホルモン」「第二次性徴」などの器質的なことがらばっかりだったということに気が付きました。
つまり、「どスケベ」だったってわけだ。
引っかかり方は「自分がそういう身体だったらよかったのに」というものなんですけれど、どうやらそういうことを現実に半陰陽である人に言うと、とても傷つけてしまうんですね。
それはそうでしょう。
1.「そうなりたくてなったわけではないし、どちらかというとそういう状態に対して自分で否定的になってしまうのに、いきなり『憧れてる』なんて言われても困る!」
2.「当事者ではない人が、なんで突然首を突っ込んでくるんだ?」
たとえば、ここでいうなら、
「過食嘔吐って、自分もそうなりたかった。うらやましい」と、(さしたる困難を抱えているようには見えない)部外者から言われる、とか、
「君たちは家族のあり方に問題があるんだってねえ、大変だろうけどがんばってよ!」なんてヘンな励まし方をされる、とか、
そういうのに近いようです。
……でも、そういう人って、なんだかいそう。(ぞっ)
なぜ私は、自分自身が「半陰陽」ではない(らしい、証拠がいろいろとある)のに、そんなにそういう人たちに拘るのでしょう?
しかも、今ここでやっているみたいに、いったんは傍若無人に振舞っておきながら、後で「ああっ、私はなんてヒドい言動をしてしまったの? 本当にごめんなさ〜〜い!!」と「懺悔」するのが、パターンになってしまっている。
そりゃ、ここ2年間に、半陰陽の人とコミュニケイトしようとして何度か失敗しているけど。
なんで「学習」してまともな態度を身に付ける代わりに、極端な反応ばっかりするようになってしまうのだろう。
それにしても、気持ち悪い。
こんな身体がなかったら。
首から下はいらない。
あっ、そうか。
きっちゃえばいいんだ。
ああ、もう。
迷惑。
人を脅すようなこと書き込んで、でも実は実行する勇気なんかないのに。
……
混乱していても、ちゃんと眠くはなるのね。
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*「ここ」 =IFF(家族機能研究所)
混乱しています。
でも、ちゃんと生きています。
切ってないです。
せっかく、みんなと会えて、とても楽しかったし貴重だったし、どうしてもまた会いたい、って思うのに、自分でぶち壊すようなことを書く必要なんかないのに……
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- 2000年05月02日(火)
at 2000 05/02 14:55 編集
ICQから、そういうメールが届いたの。
でも、私、ICQやったことないし……
あっ、違う!!
ICQは、人から突然送りつけられて「やってごらん」みたいに言われたんだけど、インストールしたりログインする方法がさっぱりわからなくて、それでも一度は「登録」できたみたいだったんだけれど、結局使えなくてそれっきりにしてしまったのでした。
かれこれ2年も前のこと。
たしかに「できたらいいなあ」とは思ったけれど、当時は(今以上に)ちょっとでも込み入ったコミュニケイションができない人だったので、「きっとあちこちでウソついちゃうだろうから、やめた」と思って放棄していたのでした。
それにしてもビックリ。
>Our records show that you set up an ICQ account stating that you are under 13 years old.
(当方の記録によれば、あなたは13歳未満でICQのアカウントを設定したことになっています)
だって!!
あはははははははっ!!
あーのねー、そうだったら、どんなによかったことか!!
この身体がこんなにゴツゴツの「オトコ」になってしまったりしないうちに、自分のことを認めてあげられれば……!!
とりあえず、現状ではICQを再度設定するつもりもないし、放っといてもいいのだけれど、誤解されたままだともしかしたら本当にそのとおりになってしまうかもしれないから、(それは嬉しい反面、怖いよ、やっぱり)いちおうこちらの事情を説明しなくちゃ。
でも、英作文、めんどくさーい。
きっと間違いだらけだったり、とっても不自然な英文になってしまうのよ。
「私はいま、39歳という年齢でございますだよ」
とか、そんなフンイキの。
(参考:「これでいいのか大学入試英語」G.Watkins、河上、小林・大修館書店;日本語にすると
「汝、『ナウイ』という言葉を如何なるものと思っちゃうか」
みたいな不自然な言い方になっている英文が、入試英語にはすごく多いんだって。確かに、「ITG」というアメリカのトランス向けのサイトを見たら、入試英語とはぜんぜん違った文法で「掲示板のカキコ」がされていた。新鮮だったわん♪)
あうっ、注釈が長い。
ここまで。
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