![]()
- 2003年12月31日(水) 過去のことにしたい話
DV加害者の性格・心理パターン http://plaza.rakuten.co.jp/principessa/007001
というページを見つけた。そこにはこんなことが書かれていた:
以下引用-----------------------
DV加害者の性格・心理パターン
必ずしもぴったりと当てはまるわけではないのですが、ある程度の性格傾向を示します。以下に紹介します。
�祇�別役割を当然と考えている
妻は家に居て、夫に黙って付き従うのが当然と考えています。
決定権が夫にあるものと思っていることの根拠がここにあります。
男女が対等であるなどという考えは全く理解しようとしません。
相手が女性というだけで、自分のほうが優位にあるという錯覚を起こしています。
ですから、「出来る女性」を見ると、「あんなのは女じゃない」と否定したがります。
�競僉璽肇福爾紡个垢覯畩蠅粉�待と過度の依存
自分の理想の女性像をパートナーに求めます。
そのイメージとパートナーが少しでも違っていると、パートナーを許せなくなってしまいます。
そして、そのギャップを埋められないことをパートナーのせいにします。
自分の無力さを、パートナーの「努力不足」のせいにします。
そして、そういうパートナーと一緒に居る自分が不幸者だと、勝手に被害者になろうとします。
自分が愛するように、またはそれ以上にパートナーも自分を愛することを求めます。
その愛情は、「自分が愛だと感じる」愛し方でないと、愛とは認めようとしません。
�啓仕平爾�
後で説明する支配欲・独占欲へとつながっていく感情です。
パートナーが他人と接触するだけで腹が立ってきます。
しかし、自分が他の女性と親しくすることに対してはなんとも思っていません。
嫉妬は、実は、人間関係の不安定さの証明です。疑心暗鬼になり、人間関係はうまく行きません。
この感情が、「身体的暴力」「心理的暴力」「社会的隔離」「性的暴力」につながっていきます。
ここで大事なことは、「嫉妬心」と「愛情」は全く別のものだということです。
暴力にさらされていると、ここのところが麻痺してきます。
このことをぜひ覚えておいてください。
�源拉柩漾ζ叛衢�
暴力夫の大半は、家庭の安全が保たれているのは、自分のおかげだと思っています。
そして、これからもその安全を守るのは、男であり、一家の大黒柱である自分自身だと思いこんでいます。
また、この様に思うことが家族への愛情だと本気で思っています。
このため、家のことに口を出されると、それだけで激怒します。
なぜなら、家庭内での主導権が脅かされると感じてしまうためです。
�洪牲于疉劼能�つきやすい
あれほどの身体的暴力や心理的暴力、言葉の暴力を振るう男性も、びっくりするほど傷つきやすい心の持ち主です。
自分を傷つける言葉には非常に敏感です。
また、傷つけられると、今度はその感情に対して押さえが利かなくなります。
感情のコントロールの欠如(コントロール障害)している彼らの怒りは尋常ではありません。
DVによって死者が出るほどですから、そのコントロール欠如については理解していただけることでしょう。
特に厄介なのは、いらいらしているときは、誰が何をしても、誰も何もしなくても、気に入らなくて怒りが表出する点です。
�再睚朷弔粒庵和�
多くのDV男性は、会社では仕事熱心であったり、信望の厚い人物であったり、有能な人材であったりします。
地域でも、温厚で人柄がよく、面倒見の良いパパさんという評価をされています。
ところが、家の中では態度が一変するのです。
これでは、パートナーは1日中ずっと夫のご機嫌伺いをしていなくてはなりません・・・
セックスについて
DV男性は、性行為によって自分の支配関係を確認しています。
自分の望むセックスプレイを強要し、それに黙って従う相手に対しては、征服感と安心感に満たされます。
しかし、それを嫌がる相手に対しては、それだけで自分に対する愛情が無いと決め付けます。
そして、そのプレイの恥辱度と、自分への愛情を比例させて考えます。つまり、自分の要求するどんな行為も受け入れる女性は、自分のことを深く愛し てくれているということになるのです。
また、自分が暴力を振るった後で、性行為を求める男性が数多くいます。
ここで、女性が性行為を受け入れると、男性は、自分のした行為すべて(暴力も含めて)が許された証拠だと錯覚します。
女性からすれば、性行為を受け入れなければまた暴力を振るわれるからという場合がほとんどですが(こうなると家庭内レイプです)、男性側にはその 自覚が全くありません。
自分の犯した暴力行為について
DV男性の多くは、自分の犯してきた暴力行為に対して、全く無自覚です。
それは、前述してきた様々な要素によるからなのですが、だからこそ、暴力を振るう男性は、変わることは出来ないのです。
パートナーに逃げられても、また新しい女性と暮らし、その暮らしのなかで暴力を繰り返すことになるでしょう。
だからこそ、DVの渦中から脱出しなければならないのです。
-----------------------以上引用
……で、これを読んで、わたしは自分に当てはめて考えてみた。
�祇�別役割を当然と考えている
> 妻は家に居て、夫に黙って付き従うのが当然と考えています。
……
> ですから、「出来る女性」を見ると、「あんなのは女じゃない」と否定したがります。
ある面で、全く当てはまらない。
わたしはわたしのパートナーがしっかりした職業を持っていて、自分より収入も多いということを好ましいことだとしか思ってはいなかった。
それはそれで問題があるようにも思うけど。
ただ、ある面では当てはまるかも。
というのは、わたしは彼女よりも仕事・生活、全ての面で劣っていたので、自分のことを「女性以下」だと思っていたのだけれど、それってもしかしたら「男>女>自分」という、男女差別的な価値観に基づく価値判断だったのではないか、という気がするから。
うーん、でも、パートナー以外の女性を見ても仕事ができる女性は素晴らしいと思っていたし、たぶん女性のほうが男性に任せておくよりもずっと優秀だとも思っていた。
そうして、自分は「ちゃんと女に戻れば今よりもっと能力を発揮したり人格的に成長したりできる」とも思っていた。
いったい、どれが本当の自分の価値判断だったのだろう?
振り返ってみて「DV加害」としか思えないようなことをしていた時期にも、上のように考えていた。
決して「後から考えを変えた」のではない。
むしろ、パートナーや彼女の両親、それに職場から「性役割」について(差別的な)厳しさを求められていて、それが嫌になってしまった、というのが本当のところだ。
�競僉璽肇福爾紡个垢覯畩蠅粉�待と過度の依存
> 自分の理想の女性像をパートナーに求めます。
> そのイメージとパートナーが少しでも違っていると、パートナーを許せなくなってしまいます。
これはなかった。でも
> 自分の無力さを、パートナーの「努力不足」のせいにします。
> そして、そういうパートナーと一緒に居る自分が不幸者だと、勝手に被害者になろうとします。
> 自分が愛するように、またはそれ以上にパートナーも自分を愛することを求めます。
これは言えてるかも。ただし
> その愛情は、「自分が愛だと感じる」愛し方でないと、愛とは認めようとしません。
これは「????」。激しく疑問。
�啓仕平爾�
> パートナーが他人と接触するだけで腹が立ってきます。
> しかし、自分が他の女性と親しくすることに対してはなんとも思っていません。
こんなふうに考えたことはなかった。
確かにわたしは「浮気」してしまったことがあった。
相手から篭絡される、というようなかたちで。
でも、わたしにわからないようになら、彼女だって浮気してもいい、(だってわたしがしてしまったんだから)とは思っていた。
今思うと、なんて幼稚な考え方だったのだろう、と思うけど。
わたしは、自分がした浮気について、「だから男でいるとろくな目にあわない」と思った。
それ以後、わたしは一切の女性と恋愛なんか絶対しない、と誓った。
それまでだって彼女のことだけ愛していると思っていたのに、それじゃあ足りないんだ、と思ったから。
いつのまにか、パートナーのことも愛せなくなっていた。
> 嫉妬は、実は、人間関係の不安定さの証明です。疑心暗鬼になり、人間関係はうまく行きません。
> この感情が、「身体的暴力」「心理的暴力」「社会的隔離」「性的暴力」につながっていきます。
> ここで大事なことは、「嫉妬心」と「愛情」は全く別のものだということです。
これは、思い当たるところがある。
でも、わたし自身は自分の「嫉妬」と「愛情」をごっちゃにしたことはない。
嫉妬で苦しい気持ちになっているのを愛情だなんて思ったことはない。
> 暴力にさらされていると、ここのところが麻痺してきます。
> このことをぜひ覚えておいてください。
彼女はたぶん「わかっています。余計なお世話」と言うだろう。
�源拉柩漾ζ叛衢�
> 暴力夫の大半は、家庭の安全が保たれているのは、自分のおかげだと思っています。
これは全く当てはまらない。
典型的な「家父長主義」だと思うし、自分がDVやっていた頃にもそういうタイプの男性を見ると「気持ち悪い」と思ってしまっていた。
> なぜなら、家庭内での主導権が脅かされると感じてしまうためです。
主導権を彼女が握っているのは大歓迎だった。
この、DVの原動力としていちばん肝心のはずの「支配欲・独占欲」が、どうもわたしにとっては「他人事」としか思えないのだ。
�洪牲于疉劼能�つきやすい
> あれほどの身体的暴力や心理的暴力、言葉の暴力を振るう男性も、びっくりするほど傷つきやすい心の持ち主です。
> 自分を傷つける言葉には非常に敏感です。
> また、傷つけられると、今度はその感情に対して押さえが利かなくなります。
……(以下略)
これは、全面的に当てはまる。
問題は、「びっくりするほど傷つきやすい心」をまともに表現できず、結局「暴力」でしか表せなくなってしまう、ということだ。
悲劇はここから始まる。
被害者や周囲からは「びっくり」されているのに、加害者側にとっては「傷ついたから暴力に走る」という構造になっているとしか感じられない。
つまり、順番が逆なのだ。
自分の苦しみを誰一人理解してくれないどころか、いちばん痛いところを更にえぐるように傷つけてくる。
もちろん、それに対して「暴力」なんて幼稚なやり方でいくら表現したところで、更に誰も理解してくれなくなってしまうだけなのだが。
�再睚朷弔粒庵和�
> 多くのDV男性は、会社では仕事熱心であったり、信望の厚い人物であったり、有能な人材であったりします。
> 地域でも、温厚で人柄がよく、面倒見の良いパパさんという評価をされています。
> ところが、家の中では態度が一変するのです。
> これでは、パートナーは1日中ずっと夫のご機嫌伺いをしていなくてはなりません・・・
これは自覚がないけれど、DV末期にはこんな感じだったような気がするなぁ……(涙
セックスについて
> DV男性は、性行為によって自分の支配関係を確認しています。
気持ち悪い。理解できない。
これは、書いている人の個人的な体験を一般化しているだけなのではないか。
強いて言えば、わたし(とパートナー)の場合、相手がわたしに対して「支配的なセックスを要求してきた」ように感じるだけだ。
それとも、こんなふうに感じるわたしがおかしいのか。
おかしい? どういう意味で? 「典型的なDV男性」と比べて「おかしい」?
もしもそうだとしたら、それはとても幸いなことだ。
自分の犯した暴力行為について
> DV男性の多くは、自分の犯してきた暴力行為に対して、全く無自覚です。
> それは、前述してきた様々な要素によるからなのですが、だからこそ、暴力を振るう男性は、変わることは出来ないのです。
> パートナーに逃げられても、また新しい女性と暮らし、その暮らしのなかで暴力を繰り返すことになるでしょう。
初めは無自覚でも、自力で自覚できる男性もいる。
なぜそれを躍起になって否定したがるのだろうか。
被害者側の人々の論調は、ともすればこんな感じになりやすいけれど、それってもしかしたら「共依存」?
「相手が全面的に悪い、だからいつまでたっても相手は変わらない」と言いながら、相手の暴力傾向を煽って相手が「変わらない」ことを確認することで、実は「だから自分と相手が失敗したのは相手が決定的に悪いからだ」という決め付けを固定したいだけなのではないか。
わたしはそんな、何もかも人のせいにするような共依存的な「弱い女」になりたくはない。
それはある意味、加害者の「男」と「同じ穴の狢」だ。
わたしは、弱くてみみっちい「男」でいるよりも、強くなりたいからこそ「女に戻った」のだ。
……というわけで、わたしは既存の「DV加害者男性像」にはとても違和感を感じることが多いし、加害者の多様性を無視してステレオタイプにはめ込むようなやり方でしかDVに対応できないとしたら、それはとても危険なことだと思うのだった。
ただ、最後にひとこと付け加えると、上のような(やや決め付けはあるものの)「パターン」の理解によって、被害者が見失っている自分の置かれている不当な状況を自覚することはできるかもしれない。
確かに、暴力をふるわれても「これがこの人の愛情表現なんだ」と思い込むことで、なんとか現状を変えないままにしようと思わされている被害者は多いだろうから。
はぁ。
もしかしたら、DVにも「マジョリティ」と「マイノリティ」があるのかもしれないね。
そういう意味では、わたしはマジョリティじゃなくて良かった。
自覚はできていなかったけれど、けっきょくは暴力の温床になっている「家庭」という環境を解消して、暴力そのものから離れることができたのだから。
![]()
- 2003年12月30日(火) HP更新しました
HP(会津里花研究)の表紙も更新したけど、
★★会津里花公開スケジュールhttp://ydl.nazca.co.jp/1/jackies/
というのを新しく作りました。
あ、このページ、フレーム使ってるからたぶんケータイからだと見えないのでは。うーん。
あと、EXPERIENCE LIVE SCHEDULEも更新しました。
原案帳#22にも書いてるけど、鬱の薬を買い損ねて、年末年始は低機能状態で過ごすしかなくなってしまった。
っていうか、薬が減るとHP更新の集中力が異様に上がってくる(だからあっちこっち更新できた)。
↑友だちからこんなのもらった♪ 嬉しい♪
お風呂に入って鏡で自分の体を見る。
ノンケの人が萌え〜になるほど「女らしい」体つきではない。まあ、いいトシだし。
でも、少なくとも「性転換したって無駄、死んだほうがまだまし」と思わなければならないほど「男らしい」体ではない。
(脱毛してないのに腿には毛が全く生えなくなった。何の手入れも必要なし。ラクだ〜。)
せめてそれを幸いとしよう。
(脛毛はちょっとみっともないので週に1度くらい剃る。腋毛はつい忘れるけど2週間に1度くらいは剃ったほうが良さそう)
毛深くない自分の体が好き。
っていうか、自分の目には「ゴツい女の体」にしか見えなくなってるんだけどね。
だって、わたし、女だもん。女が女の体持ってるの、当たり前じゃん。
昔のわたしがおかしかったの。
……って、なんか「これこれできる」とか「なになにがない」とかで自分をはかるのって、なんだかものすごく愚かな気がしてきた。
世の中にはいろんな事情(お金がない、以外の)でSRS受けたくても受けられない人もいるわけだし。
じゃあそういう人は「劣っている」のか? なんつー差別的な考え方!!
でも、わたしが喜んでいるのは、そういうことの裏返しでしかない。
そう思ってしまったものは仕方ない。それが今のわたしの限界なのかもしれない。
でも、気づくことができた。それなら変えることもできるかもしれない。
![]()
- 2003年12月28日(日) アファメーション(久しぶり)
西尾和美『今日一日のアファメーション』(IFF家族機能研究所)より
-----------------------
自分は生きるのに、あたいする人間です。
自分は、自分のままでいいのです。
自分は愛するに、あたいする人間です。
自分は、自分の居所をつくっていいのです。
自分を、うんと好きになります。
12月28日 自分の目標は達成できたか
テレビでは一年を振り返ってみる番組が放映される時期です。
年の始めにたてた、あなたの一年の目的は、達成されましたか。もし達成できていなかったら、どうしてだったのか理由を探ってみましょう。目標を忘れてしまったからですか。どうしたらよいかわからなかったからですか。目標が大きすぎたり、難しすぎたからですか。忙しすぎて、時間をとらなかったからですか。
もし達成できていたら、完成してみてどんな感じがしますか。自分の目標を達成することによって、どのように自分が違ってきましたか。どんな成長があったでしょうか。次はどんな方向に向かっていったらよいでしょうか。
まちがいや、矢敗があるのはあたりまえです。目標を達成できなかった人は、まちがいから学び、一歩一歩進んでいきましょう。目標を達成した人も、自分に「よくやったね」といたわりの言葉をかけて、次の一歩を踏み出す準備をしましょう。
まだ二〜三日、日にちが残っています。やりたかったのに、やれなかったことで、今でもできることはありませんか。今年の残り少ない日々を、有意義に過ごしましょう。
-----------------------
>もし達成できていたら、完成してみてどんな感じがしますか。自分の目標を達成することによって、どのように自分が違ってきましたか。どんな成長があったでしょうか。次はどんな方向に向かっていったらよいでしょうか。
という言葉が素直に受け止められるようになりました。
まあ、わたしの場合、割と「良かった年、悪かった年」が交互にやってくるようなところがあるので、来年はこうはいかないかもしれません。
けれど、「後戻りしてしまった〜」「元の木阿弥だ〜」「ムダになってしまった〜」というようなことはないんじゃないかな、という気もします。
なんか、いろいろ大変な目にあうこともあるけれど、そういうことだって生きているうちに後から役に立つこともあるもん。
とりあえず、今年1年生きてこれてよかったな、と思います。
誰だっていつ死んじゃうかわからない、ということはあるけれど、生かされて、生き残れて、とりあえず自分はよかったな、と思います。
もう決して会えない人が何人か……っていうか、今はもう何人「も」のような気もするけれど……いるけれど、「あっち」に行った時にその人たちと再会したら楽しく話せることがひとつひとつ積み重ねられて、良かったな、と思います。
次は、もう少し人の役に立つことができるようになるといいな、と思います。
音楽についても、GIDについても。
あと、できれば、DVについても。←これ、けっこうつらいんですけどね。今でも。
![]()
- 2003年12月26日(金) 悲しい
なんでこんなことになるんだろう。
☆プレマリンよけいに飲んでしまった。
☆ある人(たち)と仲たがいを始めてしまった。
☆西原理恵子(サイバラ・リエコ)『ぼくんち』を3巻まで読んだら、(プレマリンのせいもあるけど)悲しみが沸き上がってきて止まらなくなってしまった。
……たぶんわたしは、もう少し鈍感になるべきなんだろう。
わたしはあの人たちとは違う。
なのに、あの人たちと同じ尺度で自分を責めても、前に向かって進むことができなくなるだけで、たぶん何も良いことは起きないだろう。
わたしはわたしの道を歩む。
それでいい。
でも、今は、少し休ませて……
↑はケータイから。今はPCから。
時間がたってみたら、わたしは「ある人」から勝手な価値判断を押し付けられて、それで傷ついたんだ、とわかってきた。
あの人(たち)は、わたしを傷つける。
前はそうじゃない、と思っていた。
けれど、今は気がついている。
しかたない。あの人(たち)とは距離をおくようにしよう。
![]()
- 2003年12月25日(木) 生誕2003(±20くらい?)周年記念
今日、救い主、神のみ子がお生まれになりました。
わたしは人間でしかないので、イエス・キリストと同じようにはなれない。
世界中の人の罪をかぶって自らすすんで処刑されることを選ぶ、なんて。
ていうか、もしわたしがそんなことしても、たとえば「宅間死刑囚」とかと同じようなものとしか扱われないだろう。
(だからわたしは宅間が自分と「似ている」と思ってしまったことがあった。
でも、今はそうは思わない。
牢獄で自分の本当の気持ちを騙しながらほくそえもうとしている宅間に、
たとえ死刑の執行をしてもなんの償いにもならないだろう。
あ、そうか! 死刑の執行を思いっきり遅くして……というか、自然に死ぬまで放っておいて、
いつか自らの本当の「罪」に気付き、七転八倒して苦しみまくるようになるのを待つのもいいのかも。
ああ、わたしってなんて残酷なんだろう。
宅間への本当の刑罰は「罪の自覚」だと思う)
あれから2000年もたちました。
でも、世の中はあの頃となんにも変わってはいません。
神の国はいったい、いつ、どこに実現するのでしょうか。
アメリカ合州国の大統領やその側近が今、自らのことを「神の国」と勘違いして、世界中を帝国主義の脅威にさらそうとしています。
アメリカはもはや「20世紀の遺物」に成り果てようとしています。
どうか、世界中が協調して、アメリカの迷いを解いてやることができますように。
石油の備蓄量はあと50年か100年程度です。
でも、石油の消費量は上昇するばかりで、人々には反省する余裕すらないように思えます。残念ながら、わたし自身もです。
どうか人間が、地球を征服して覆い尽くすようにではなく、地球の中でその恩恵を感謝しながら、他のあらゆる生命や物質と共に生きていくことができますように。
わたしが早く、聖書と教会とともに歩むことができるようになるよう、お祈りいたします。
今のわたしはあまりにもそれらから離れすぎてしまいました。
わたしの世界に対する見方はあまり間違ってはいないと思うけれど、神さまの声がちゃんと聞こえるわけでもありません。
それでもいつもわたしの(そうして全ての人の)隣にいらっしゃるイエスさまのおとりなしを。
聖霊さまの知恵の光を。
そうして、神さま、あなたの偉大なる愛を。
忘れずに次の1年間を過ごせますように。
アーメン。
![]()
- 2003年12月24日(水) Christmas Eve!
というわけでクリスマス・イヴだよ〜♪
なんか画像でもアップしようかな?
いやいやそんなことをしているヒマがあったら、表紙を更新しなさいよ>自分
実は最近、自宅に戻らない生活が続いてしまって。
久しぶりに帰宅して、それで自分のページのあちこちにごちょごちょ書いているのでした。
-----------------------
(もしかしたらこの後にまだ何か書くかもしれません)
-----------------------
ということで、書きます。
某掲示板に書き込んであったこと:
『やっぱり、「加害者」だって苦しんでいる。
その苦しみを取り除くことができなければ、DV被害はなくならない。
「加害者」という烙印は、世界中の誰もが忘れてしまっても、わたし自身の心の中から消えることはない。
それはあたかも「終身刑」のようなもの。
でも、「死刑」にされても問題は解決しないと思う。』
![]()
- 2003年12月23日(火) BeGood Cafe Vol.9
いやー、今日の"BeGood Cafe"は良かったですよ〜♪
BeGood Cafe SHIZUOKA
日本中のそこここでちらほらとやっているらしい。
BeGood Cafe
静岡はここ2回ほどは割と参加者が少ないみたいだけれど(前回は台風に直撃されて参加者が少なかった……けど、今回もなぜか「大盛況」っていう感じじゃなく)、なんか居場所が大きくとれるのがゆったりできて安心、だったりするので、いいのか悪いのかわかんない。
(採算とれるのか、という問題はあるだろうけど(-_-;)
できればいつか出演したいよぉ。お客さんいっぱい連れてくるからさっ!
-----------------------
『ナマケモノ倶楽部』というサークルがあるそうな。
小さなパンフをもらった。
「ナマケモノ」は動きがとても鈍くて、食べるか眠るかしかしないし、その食べる時間よりも眠っている時間のほうが長いほど。
でも、生態を調べれば調べるほど、実は「省エネ」のカタマリみたいな生き方をしていることがわかってきたのだそうで、重厚長大な生き方をして地球資源をむさぼり尽くすんじゃなくて、静かに慎ましく生きていく、という方向性。
うーん、憧れるけどできそうにない、わたしには……
あと、会場で『メメント・モリ』(藤原 新也・著)が置いてあって、一緒に行ったTさんが見つけてくれた。
わたしもすごく興味を持った。
せめて死んだら、地球から奪うだけでなく地球に返したい。
以前から「散骨」で葬ってほしい、と思ってきたけれど、死体を焼却する方法ですらもう、なんかどうかなあ、という気がしてきた。
本当は、どっか誰も来ないような山奥に、そのまま埋めておいてほしい。
そのほうが、まだしも自然のお役に立てそうな気がする。
墓地は自然の栄養に。
墓地が森になる日を夢見て。
ああ。なんか、妄想が膨らむわ。
-----------------------
ちょっと前になるけれど、2003年12月13日(土) SBS午後6時に放送「女になりたい!元男性のシンガー」だって(-_-; に追記しました。m(__)m
![]()
- 2003年12月16日(火) サダム・フセイン逮捕(アムネスティ発表国際ニュースより)
あえて全文を転載します。
-------------------------------------------
アムネスティ発表国際ニュース
(2003年12月15日)
アムネスティ日本 info@amnesty.or.jp
http://www.amnesty.or.jp/
-------------------------------------------
イラク:公正な裁きのみがイラクの未来に貢献する
-------------------------------------------
AI INDEX: MDE14/183/2003
アムネスティ・インターナショナルは、戦争犯罪や人道に対する罪をはじめとする
大規模な人権侵害について糾弾されているサダム・フセインが拘束されたことを
歓迎する。国際基準を満たした、公正で独立した裁判が今こそ重要である。
「この裁判の行方は、イラクの将来、そして法の支配がどこまで尊重されるかと
いう点で重要である」とアムネスティ・インターナショナルは語った。「真実が明ら
かになることは重要だが、同時に法的正義が行き渡ることも大切だ」
どのような法廷がサダム・フセインやその他の者を裁くにせよ、公正でかつその
ように認められるべきである。法廷は適正であり、独立性を保ち、かつ公平で
なければならない。また、公正な裁判のための国際的な安全網(セーフガード)
に合致した手続きをとらなければならない。
「サダム・フセインが告発されている人権侵害の深刻さと規模は、同時に、
サダム・フセイン自身を、疑問の余地がないほど公正な方法で裁くことの重要性を
強調している」「前イラク政権による重大な人権侵害が引き起こした数十年にわたる
数え切れない被害者に応えるには、それ以外にはない」
イラク統治評議会は12月10日、サダム・フセインその他を裁くためのイラク特別法
廷の設置を発表した。法廷規程によれば、判事と検察官はイラク人の予定だが、
「統治評議会は規程の適用範囲にある犯罪について経験のあるイラク人以外の判
事を任命することができる」
アムネスティ・インターナショナルは法廷に非イラク人が含まれるという選択肢
が十分に検討されるよう求める。イラクは強い法的伝統を持っているが、戦争犯罪
や人道に対する罪などの複雑な犯罪のための起訴はこれまでなかった。そのような
法廷をイラクに設置するということの重要性はあるだろうが、一方で、きわめて政治
的な流れが強い中で、検察と判事の独立性と公平性が保証されているかについて
は明確ではない。
この法廷は、イラクの市民社会との開かれた協議もなく、また、似たような状況の
経験を持つ国際的な法の専門家からの助言も受けないまま設置された。しかし、同
法廷はまだ是正する余地がある。
「連合軍暫定当局とイラク統治評議会は、最善の法廷が選択されることを保証す
るために、他国で似たような経験を有する国連の専門家に呼びかけるべきだ」とア
ムネスティは語った。「そうした水準に満たないような法廷では、イラクだけでなく
世界中の司法にとって大きな損害となるだろう」
アムネスティにとって、死刑が特別法廷において除外されていないことも重大な懸
念である。サダム・フセインその他の者の法廷が、復讐の過程とするべきではない。
連合軍暫定当局は死刑を一時停止しているが、アムネスティは永久廃止を期待して
いる。
「占領軍の代表部が、この時代遅れで非人道的な罰を永久に終わらせようとせ
ず、イラクにおける死刑について支持あるいは中立の立場を公言していることは非
常に残念だ」。
前イラク国軍最高司令官として、サダム・フセインは戦争捕虜であり、それに従っ
た取り扱いがなされなければならない。そのような取り扱いには、赤十字国際委員
会の代表との迅速な面会も含む。他の犯罪被疑者と同様、サダム・フセインは、拷
問を受けず、公正な裁判を受ける権利など、国際法にもとづいたすべての関連する
安全網(セーフガード)が与えられる。
アムネスティ・インターナショナルは、サダム・フセインの医学的検査が放映され
たことについて懸念している。戦争捕虜の取り扱いを規定したジュネーブ第三条約
は、公衆の好奇心にさらすことから捕虜を保護するなど、いかなる場合でも捕虜を
人道的に取り扱うことを求めている。
「サダム・フセインが生存し、身柄を拘束されていることを証明する必要性は
あるかもしれないが、サダム・フセインが口や髪を検査されているところを放映する
必要はなく、そのようなことを行なった意図について疑念が高まっている」。
アムネスティ・インターナショナルは、フセイン政権期を通じてイラクでの大規模
な人権侵害を記述し、それに対して行動をとってきた。また、そのような暴力を
免責することに終止符を打つよう訴えてきた。アムネスティは1988年、国連安全
保証理事会に対して初めて、クルドに対する大規模な人権侵害を止めるために
国連が介入するよう訴えた。真実は明かにされなければならず、被害者とその
家族は賠償を受けなければならない。
「拘禁、尋問、法廷において適用されるべき基準を、サダム・フセインらは、
イラクの人びとに対して認めてこなかった、しかし、まさにその原則に基づいて
サダム・フセインらを裁かなくてはならない。それこそが、国際法の原則なのであ
る」
背景情報
アムネスティは、他の人権擁護団体とともに、国際およびイラクの専門家に対し
て、フセイン政権下で行なわれてきた犯罪によって告発されている者のために公正
な裁判を保証する選択肢を作り上げるよう求めている。国連は、この分野について
相当の専門性を有している。アムネスティはまた、裁判のために具体的な選択がな
される前に、過去の犯罪に対する説明責任を問うための手段全般について、イラク
の市民社会内での広範な協議をおこなうことを呼びかけている。
詳しくは、『人権侵害に対する公正な裁きを保障せよ』(原題:Ensuring Justice
and Accountability for Human Rights Abuses)を参照のこと。
公正な裁判のための基本原則は、推定無罪を含んでいる。すべての裁判は適正
かつ公正で独立したものでなければならず、証拠にのみ基づいて、公正な手続きを
通して審理を進めなければならない。国際法下における犯罪を裁くために、判決や
被害者への賠償が妨げられる可能性がある場合、出訴時効や恩赦、特赦、またそ
れらと同様の手段はとられるべきではない。被疑者は、公正な裁判のための国際法
と基準が、すべての段階で十分に遵守された手続きによって裁かれるべきである。
被疑者には控訴する権利がなければならず、死刑やその他の残虐で非人道的、か
つ品位を傷つけるような刑罰に頼ることがあってはならない。被害者とその家族は、
長年苦しんできた暴力に対する十分な賠償を得るために、効果的な手段を持たなけ
ればならない。
AMNESTY INTERNATIONAL
PRESS RELEASE
AI Index: MDE 14/183/2003 (Public)
News Service No: 283
15 December 2003
Iraq: Only justice can serve the future of Iraq
Amnesty International welcomes the arrest of Saddam Hussein who is accused
of gross human rights violations, including war crimes and crimes against
humanity. A fair and independent trial that meets international standards
is now essential.
"The way this trial is handled will be crucial for the future shape
of Iraq and the extent to which the rule of law will be respected," said
Amnesty International. "It is important for the truth to emerge but equally
important for justice to prevail."
Whatever court will try Saddam Hussein and others should be fair and
be seen to be fair. It must be competent, independent and impartial, and
follow procedures that are fully consistent with international safeguards
for fair trial.
"The gravity and scale of the violations of which Saddam Hussein has
been accused underscore the paramount importance that he be brought to
justice in a manner that is unquestionably fair," said Amnesty
International. "The countless victims of decades of grave violations of
human rights by the previous Iraqi government deserve nothing less."
The Iraqi Governing Council announced on 10 December the
establishment of the Iraq Special Tribunal which is expected to try Saddam
Hussein and others. According to the tribunal's statute, judges and
prosecutors are to be Iraqis but "the Governing Council can appoint
non-Iraqi judges who have experience in the crimes encompassed in [its]
statute."
Amnesty International urges that the option of including non-Iraqi
expertise in the tribunal is fully explored. While Iraq has a strong legal
tradition, there have not been prosecutions for complex crimes such as war
crimes and crimes against humanity. While it would be important that such
trials take place in Iraq, it is not clear that the independence and
impartiality of prosecutors and judges can be guaranteed in a highly
politicized context.
This tribunal was set up without widespread consultations with Iraqi
civil society or input from international legal experts with experience of
similar situations. However, this can still be redressed.
"The Coalition Provisional Authority and the Iraqi Governing Council
should call on United Nations (UN) experts who can draw from similar
experiences in other countries to ensure that the best make up of the
tribunal is chosen," Amnesty International said. "Anything less would do a
great disservice to the cause of justice not just in Iraq but across the
world."
It is also a grave concern for Amnesty International that the death
penalty has not been ruled out as a punishment by the special tribunal. The
trial of Saddam Hussein and others should not be seen as a process of
revenge. The Coalition Provisional Authority has suspended the death
penalty and Amnesty International looks forward to its permanent abolition.
"It is a great disappointment to see representatives of the Occupying
Powers now supporting or professing neutrality on the issue of the death
penalty in Iraq rather than encouraging the permanent end of this obsolete
and inhuman punishment."
As former head of Iraq's armed forces, Saddam Hussein is a prisoner
of war and must be treated accordingly, including promptly being given
access to delegates of the International Committee of the Red Cross. Like
any other criminal suspect, Saddam Hussein is entitled to all relevant
safeguards under international law, including the right not to be subjected
to torture or ill-treatment and to receive a fair trial.
Amnesty International is concerned that aspects of Saddam Hussein's
medical examination were shown on television. The Third Geneva Convention
regulating the treatment of prisoners of war requires that prisoners be
treated humanely at all times, including by protecting them against "public
curiosity".
"While there may be a need to prove that Saddam Hussein is alive and
in custody, showing him undergoing an examination of his mouth and hair was
unnecessary and raises questions about the intention of distributing such
footage," said Amnesty International.
Amnesty International has documented and acted upon gross human
rights violations in Iraq throughout the rule of Saddam Hussein. It has
long called for an end to impunity for such violations. In 1988, Amnesty
International for the first time urged the UN Security Council to intervene
in Iraq to stop the massive human rights violations being perpetrated
against the Kurds. The truth must be disclosed and the victims and their
families must receive reparations.
"The standards that should be used in the detention, interrogation
and trial should be based on exactly the same principles that Saddam
Hussein and others are accused of having denied the Iraqi people: these are
the principles of international law," said Amnesty International.
Background:
Together with other human rights organizations, Amnesty International has
called for international and Iraqi experts to develop options for ensuring
a fair trial for those accused of crimes of the scale and nature of those
committed under the rule of Saddam Hussein. The UN has considerable
expertise in this area. Amnesty International had also called for broad
consultations within Iraqi society on the overall approach to
accountability for past crimes before a final decision is taken on the
specific option for bringing accused to justice. See Ensuring Justice and
Accountability for Human Rights Abuses
http://web.amnesty.org/library/Index/ENGMDE140882003?open&of=ENG-IRQ
Fundamental principles of fair trial include the presumption of
innocence. Any tribunal must be competent, impartial and independent, and
pursue suspects solely on the basis of the evidence against them and
through a fair process. There should be no statute of limitations and no
amnesties, pardons or similar measures for crimes under international law
if such measures would prevent a conclusive verdict and full reparations
for victims. Suspects should be brought to justice in proceedings that
fully respect international law and standards for fair trial at all stages
of the proceedings. There should be the right to appeal and no recourse to
the death penalty or other forms of cruel, inhuman or degrading punishment.
Victims and their families must have effective means to obtain full
reparation for the violations they have suffered.
Public Document
****************************************
For more information please call Amnesty International's press office in
London, UK, on +44 20 7413 5566
Amnesty International, 1 Easton St., London WC1X 0DW. web:
http://www.amnesty.org
For latest human rights news view http://news.amnesty.org
-------------------------------------------
![]()
- 2003年12月13日(土) SBS午後6時に放送「女になりたい!元男性のシンガー」だって(-_-;
うーん。
12/10のライブ、内容はめっちゃくちゃ良かったんだけど、その後さすがにフヌケてしまいました。
今見たら、なんかこの日記の書き込み欄がエラく高機能になってるし……
今日の午後6時、SBS(静岡放送)でわたしのことを特集として取り上げてくれるそうです。
「女になりたい!元男性シンガー」……って、ちょっと違うような気がするんだけど……
-----------------------
追記(03/12/24):
言葉だけの問題で言ったら「女になりたい」ではなくて「女に戻りたい」なんだけど、番組そのものは全体的に正確な捉え方をしてくれていて、単なる興味本位の採りあげ方はしていなかったです。
取材してくださったSBS静岡放送の記者の方の名誉をそがないためにも、一言付け加えさせていただきます。
SBSのIさん(ネット上に名前を出していいかどうか確認していないので匿名にしますが)、半年間にわたって取材を続けてくださって本当にありがとうございました。
これからもどうかよろしくお願いいたします。
![]()
- 2003年12月10日(水) Mild Live #8(年内最終回!;次回1/28)
お客さんの入りは、まあ20名ほど。
録音をかけて……と。
ライブスタート!
……
うーん、今回は調子いい!
……
アンコールも「本気で」かけてもらって、内容のすごく良いライブができました。
で。
録音……できてない!
なぜかマイクのスイッチをオフにしてあった!?
これはジンクスになりそう。
『会津里花の名演を聞きたかったら、直接聞きに行くべし』
本当に聞きに来たお客さんしか、それが真実だということはわからないでしょう。
正直、ちょっと「うえ〜ん(TдT)」な気分。
だって、あんなに気持ちよく歌えて、しかもそれが「なんか今日、歌良かったよ!」「うまくなったねー」と言ってもらえたのに、来なかった人にはそれを伝えるすべがないんだもん(;_;)
(ギターも、今日はかなり納得できる弾き方ができた!)
(チップインも5000円近く入った!)
でも、いいんだ!
「次のライブがいちばんいいライブ」。
キーボードの竹内さん(♪)ともそう言いあって、次回こそ名演+録音!(→CD化?)を目指すんだい!
ということで、完成度の高いMild Live最終回でした!
年明けは第4水曜日=1月28日。
「Mild Live」じゃなくて、会津里花・Select Liveとなります。
えりすぐりのイイ曲ばっかりやる予定なので、ぜひお楽しみに!
![]()
- 2003年12月09日(火) 西炯子『双子座の女』!!!
ねー、ちょっとちょっとちょっと!!!!!
聞いてよきいてよ〜〜〜〜っ!!
小学館「月刊フラワーズ」で連載が始まった西炯子『双子座の女』って、なんだかGIDをテー(ピーーーーーーーーーーー)……
※※ネタバレのため以下は自粛させていただきます※※
![]()
- 2003年12月08日(月) 静大、12/8〜12/9
1979年のあの日を、わたしは生き直そうとしているのかもしれない。
ああ、もうあれから24年もたったのね……
でも、今のわたしには「2003年12月7日」がある。
わたしは、生き直すんだ。
ふつうに思春期を過ごすのに比べたら、思春期全部をあわせたのよりも長い年月がたってしまった。
でも、
わたしは後悔しない。
男になろうとして生きた年月と、その間に経験した、すべてのこと。
よく「神さまにだって間違いはある」といわれる(わたしがそう言っている、と思った人もいた)けれど、それは違う。
神さまはそのみ心によって、女のわたしを男として世につかわし、この世界の「多様性」を喜ぶメッセージを伝えようとされているのだ。
わたしが女に戻るように仕向けられたのも、神さまのみ心だと思う。
わたしはわたしの歩んできた道を、喜んで受け入れようと思う。
そうして、これからの道のりを、喜びと感謝をもって歩んでいこう。
会津里花
![]()
- 2003年12月06日(土) Smokey Beach本日デビュー!
今日、EXPERIENCEにて"Smokey Beach"がデビューします!
フルバンド(ドラムつき)でちゃんとしたステージに乗るのはン年ぶり。
ドラムのたけちゃんがけっこういけてるので、演っていてすごい楽しい♪
今からでも遅くはないので、来れる人、よろしく!
当日¥2000.-
![]()
- 2003年12月04日(木) 「記念日鬱」
今年はなんとか乗り切れるだろうか。
実は、EXPERIENCEでライブやってる日が、先月と今月、たまたまその日にあたってる……というより、たぶん無意識に選んでしまったのだろう。
どういう記念日なのかは、詳しく書かない。書きたくないもん。
今日は、生きてる。
でも慢性的に疲れちゃってるよー。
![]()