あまつばめの雑記
こんばんは。いらっしゃいませ。

2002年08月30日(金) 多忙と理由

多忙につき、今月いっぱいは日記を書けません

こんにちは、いきなり泣き言を言っているあまつばめです。

今週、ほとんど日記をサボりながら部屋をかたずけたり、シナリオ書いたり、お酒を飲んでいたり(←おぃ)
時間が無いというのは言い訳でしかないのですが、寝る間も惜しく動き回っています。
あぁ、不眠症でよかった。
全然寝ていないのにいつもと大して変わりません。
疲労だけは蓄積していますが、9月3日まで休みを取ってあるので、月〜火と家でくたばっている予定です。

今は移動前のちょっとしたあき時間。
1時間ほど余裕があったので、マンガ喫茶から書き込んでいます。
これから泊まりで遊びに行く予定です。(コレの準備で忙しかったのです。)

それにしても、家のパソコンと変換が違うので打ちづらい・・・

はね、伸ばしてきます。では!



2002年08月26日(月) 掃除中(思案と思い出し)

今日はゴミの日ではないので、いくら掃除しても
部屋の中の埃とか塵とか汚れとかの総量は変わらない。
床にあるゴミをゴミ箱に放り込んで、
平積みになっている本を本棚に入れて、
小物を箱にまとめるだけ。

部屋の中の総量は、さしたる変化していない。

とある話だ。
「生まれて死ぬまで、人の幸せというものは誰であろうと同量しかない」
王様も、兵士も、農夫も、商人も、大人も、子供も…
同じだけ幸せを持っているのだ。
同じ量の幸せ。
それをもって、幸福と微笑むも、不幸と嘆くも、その人しだいだ。



掃き掃除をしていると、一度掃いたところを何度も掃きなおす私がいる。
真ん中のゴミを取る。
角のゴミが気になる。
真ん中に掃き集める。
また、角が気になる。
つらつらと繰り返す。

こういうのを、『四角い部屋を丸く掃く』って言うことだ。

とある話だ。
「発明というのは、何気ないところに隠れている」
発明の原理は単純なことが多い。
手品のようなもの。
何も考えずにいると騙される。
疑ったり、違った見方をしないとネタがわからないのだ。
四角い部屋を四角く掃く人は、発見するものが少ない。たぶん。
丸く掃く人だけが発見するのだ。これもたぶん。

今日の私は見つけた。
何度も何度も掃きつづけ、キレイになった部屋を見て、
「無駄だらけだ」
つぶやいた。
私に見つけられるものがあるのだろうか…



掃除が一段落して居間に行くと、家族がそろっていた。
父と妹が話し合っている。
父、ややケンカ腰。
水を飲みながら聞いた。

今日、辞表を出してきた。妹が。

来週には無職になる。

妹が言う。
「あたしの人生だから、辞めるのも勝手でしょ」
(一応)社会人の先輩として言わせてもらった。

「辞めるなら、最低一月前に辞表を出しなよ」

妹がどんな理由で辞めるか、考えなかった。
価値観や考え方はそれぞれで、本人が辞めるといっている以上、続けさせる必要はない。
ただ、「辞めます。今月いっぱいです」と辞表を渡された方は、いい顔をしない。
誰がいなくなった分を補うのか、考えはしなかったのだろうか。
大げさに言えば、何人かの人生を狂わしているのだ。
それを、「わかっているけど、仕事がしたくないから辞めた」と言い切った。

仕事を辞めること、それには賛成だ。
でも、他人を考えない妹に、今は賛同できない。



2002年08月23日(金) 今日はゆっくり眠れそうです

最短の道を知っていて、遠回りする私。
頭、悪いのでしょうか?

こんばんは、涼しいですね。
今日は最高気温が24℃だったとニュースで話していました。
汗をかかなくて助かります。
汗っかきなもので。

簡単にやることを好む時もあるのですが、
コツコツと無駄なことをする時は、妙に落ち着きます。
何も役になっていないことですけど、心を真っ白にして集中できる作業。

例えば、

食べるのには小さすぎるイモの皮をむいたり、
エンピツをカッターナイフで尖らせたり、
紙を半分に折るのを几帳面にあわしてみたり、
コップの水をギリギリまで注いで持ってみたり……
心の先を針にする。
鋭く、鋭く、鋭く・・・・・・・・・
すぐに折れてしまうほどに、儚く鋭く。


疲れるのが好き。
心にかかる適度な疲れが。
長い道を歩いて、ゆっくり火照る疲れのように、
静かに、静かに、休みたい。



2002年08月22日(木) 中華まんの季節がやってきた

コンビニの商品は季節を先取りするもので、早くも中華まんが並んでいました。
最近は最高気温が30℃を下回る事が多いため、違和感はありません。
でも、夏の日差しの下で、アツアツのアンマンを食べる人っているのでしょうか?
要らぬお世話ながら、想像してしまいました。
早速食べたのはピザまんです。

肉まんはこれからも食べること多いでしょうし、
アンマンではちょっとくどすぎる。
あと、店内の保温機にあったのはすき焼きまん(カレーマンは売り切れ)
ピザまんのほうが酸味が効いている分だけさっぱりしていそうでした。


それにしても、中華まんって買い食いするのには適当すぎるんですよね。
同じ値段でも、おにぎりやパンだと『食事』ってイメージが強くて、手をとめられます。
でも、中華まんだと・・・・・・
体重計と相談しながら食べることにしますか。



2002年08月21日(水) 涼しさをおぼえる

しっかり寝れない日が多いのですが、朝方の涼しさが心地よいです。
今までは夜中にシャワーが必要なほど汗をかいていましたから・・・

これで家族に気遣わせないかと思うと・・・それでもゆっくり寝れないのは嫌ですね。

暦の上では秋。
夜が長くなっていくが少し、苦痛かも。



2002年08月20日(火) 苦いのが好き

母の畑で、夏野菜たちがみずみずしいです。
つややかな紫のナス、新鮮なルビー色のトマト、濃い緑のモロヘイヤ。
毎日、おいしくいただいています。
その中で、父と妹に不評な野菜がひとつあります

ニガウリ。

ゴーヤチャンプルという沖縄料理(風)にして食卓に出されるのですが、食べるのは私と母のみです。
外のお店で食べるのに比べ、かなり苦いからです。

苦いのは育て方でしょうか? 調理の仕方でしょうか?

今日も朝晩食べました。



でも、苦いのが体に良い気がして、好んで食べているんですよね。
苦くなかったら、食べないかも・・・



2002年08月19日(月) 頭から離れない笑顔と言葉

♪幸せですかと聞かれたら
 いじでもYESと答えるわ♪
           〜 辛島美登里 赤わいん より 〜




24時間テレビで流れた笑顔を見て、ふと思ってしまう。
なんて、私は業(ごう)の深い人間なのだ、と。

世界中の人が同じように平等になった。
そうすると、多くの人は『幸せになりました』と喜びます。
でも、私たち大多数の日本人のように、明日の食事・寝床・そして命の心配をしないで生きてきた人々にとって、均(な)してしまった世界というのは不幸な世界です。


今日の食事があることが当たり前。
『何か食べられる』でなく、『何を食べる』で悩む生活。


雨露もしのいでゆっくり寝られる場所。
いいようのない不安におびえる毎日。

今日と同じ明日がくると考える。
幸せを見出せず、退屈だとなげく毎日。



戦争や、障害のある人たちが一生懸命になっている姿を見て、思ってしまうのです。

「悲惨な生活をしているのだ。助けてあげなくちゃ」

・・・何様のつもり?
幸せの感じる方法って、1つだけなのです。
何かと比べて今のほうがマシだということ

幸福感と比べるのが目の前の光景なら、過去の自分。
今は無い出来事と比べています。
これなら「幸せになっているのだ」と実感できること。
あるのかわからないけど、キレイで整った幸せです。

幸福感を比べるのがいま自分の届かない場所なら、すごく弱っているのでは?
安全なところから自分より弱いものを見つける。
保護してあげて、『私は立派な人間だ』って胸張りたいの。
いやなほど、ちっぽけです。
助けたいと思えても、何かしたいと思えないのです。

募金箱にお金を入れるけど、何も考えずに惰性でお釣りを処理するために。

あぁ!
何でこんなにいらいらするの?
私でいることがいやになる。
私が一番嫌いなのは、偽善者を演じきれない情けない俳優だからで・・・




11時のNHKで、脳の病気のことをやっていた。
片付けられなくなったり、忘れ物が多くなったり、手際よく物事ができなくなる病気。
難しいことはわからなかったけど、印象に残った言葉がある。


「私は病気でうれしかった」

理由がほしいのです。
理由(病気)なくできないなら、私の努力が足りないってことになるから。

「がんばれ」って言われているときみたいになるから。

私はこんなにがんばっているのに、あなたの目からは怠けて見えるんだ。
怠けて何もできない人のクズだ

そんな風に自分を追い詰めなくていいのが、とっても楽になったのだ。

きついですよ。
やるほどに言われる「がんばれ」って暴言は。
何も見ていない人ほど、気軽に毒を吐いてくれます。

私は不幸になりたい。
私は病気になりたい。
そうすれば、こんなにがんばってやることも無いから。
できない理由も、わずかな幸せも手に入れられるのだから。


壊れています。
疲れています。
歪んでいます。

だから、ね。
だれか、指差して笑ってください。

楽になりたいから。



2002年08月18日(日) 食べ物作り

最近、何かをつくりたいという気持ちが強くなっています。
不器用な私ですから、作れるものはたかが知れたものです。

豆乳とにがりを買ってきて、豆腐を作ってみました。
・・・濃ゆい豆味
美味しいことは美味しいのですけど、豆腐じゃなかったです。
分量が適当だったのがいけなかったのでしょう?

冷制パスタ。シーフド酢味噌味。
マグロとホタテを細かく切って酢につけて・・・
パスタ7分用を入れたのに、12分用と勘違いしていました。
コシがない・・・・・・

キムチ…
市販のキムチのモトを買ってきて、いろいろな野菜をつけました。
さて、問題です。
この中で1番不評だったのはどれでしょう。

�.┘離�&シメジ
 茹でて和えるだけ

�▲�ャベツときゅうり
 塩もみして塩を洗い流した後、1週間ほど冷蔵庫に漬けておきます

��もやし&ねぎ&にんじん&わかめ
 下ごしらえ(茹でる、塩でもむ、水で戻す)して和えて冷蔵庫に

�ぅ献礇�イモ
 レンジで温めて、固ゆで状態のまま和えます


どれも美味しかったです。
でも、でも・・・��は見た目が最悪。
ワカメは入れるなら最後にしましょう。


あ〜、たくさんつくったので、ストレス解消になりました。
楽しかったです。



2002年08月15日(木) 敗戦日にオモフ

12時。
正午の時報と共に、1分間の黙祷。
感慨はない。
その世代に生きたわけでなく、話でしか知らない戦死者のために祈る。
ただ、今は平和だから、60秒間だけは何も考えずに受け止める。
戦争を知らない大人たちが、自分達より若くして死んでいった英霊達のことを、ちょっとだけ感じる時間。

こんばんは、あまつばめです。
今日は第2次世界大戦が終わった日。
日本の敗戦日です。


メディアで流れる『終戦記念日』って、変に感じませんか?
日本にとって、戦争が終わった日であるのは確かです。
でも、戦争を止めたのでなく、あきらめ、負けた日なのです。
『記念日』って言葉、使うべきじゃないのでは?

『終戦日』もしくは『敗戦日』が正しいと思います。
『終戦記念日』と書いてしまうと、その日は嬉しく待ち望まれていた日に思えてしまいます。
多くの犠牲者が出て、数多の悲劇を起こし、無数の傷痕を残す戦争。
焼け跡で人々は思ったのでしょう。
「繰り返してはいけない」と
厳粛に受け止めるべき日です。
それを『記念日』としてしまうと、悲しみが薄れて行きます。
人の死にかかわった日を『記念日』と称してしまうと、『死』そのものが軽く感じられます。

仮に祖父の3回忌に、
「今日はおじいちゃんの『死亡記念日』ね」
といってみてください。

ひどいことを言っていると思うなら、『終戦日』『敗戦日』と言いなおして下さい。
これからで構いませんので。
ちょっとした、言葉の心遣いに気がついて欲しいのです。



今年は(小泉)総理大臣は、8月15日の靖国神社参拝を取りやめました。
諸外国の批判が強いからです。
でも、間違っていたとはいえ、国のために命を賭していった人たちを、国の指導者の人が参拝してほしかったです。
戦争の肯定でなく、アヤマチを見つめなおすために。
怒る人もいるでしょう。
でも、間違ったことすら忘れてしまって、のほほ〜んって生きられるほうが、大きな怒りになりませんか?
戦争を知らない私たちが、同じアヤマチを繰り返さないためにも、靖国参拝をして話し合ってほしかったです。



知人が言いました。
「戦争は、まず多くの人を殺し、その後で多くの生かす発明だよ」

賛成はしません。
反対もしません。

医療・運搬・エネルギーなどの分野は、戦争があると飛躍的に進歩します。
もし、今までに1度も争い事がなかったら、今の生活は不可能です。
多くの犠牲の上に、今の生活が成り立っている。
ゆるぎない事実です。

でも、未来の幸せのためと現在を切り捨てたら、本当に笑えますか?

知らずに生きている屍の上。
平和と浮かれるだけでなく、足元を見ることも大切です。



2002年08月14日(水) お盆進行

お盆のためか、バス・電車が日曜日のダイヤになっています。
普段、日曜日に出勤することはありません。
頭の中には平日のダイヤのみ……

危うく遅刻するところでした。

うちの職場、カレンダーどおりの出勤日なので、お盆は関係ありません。
「休みたければ(年次休暇を取って)勝手に休め」
とのこと。
でも、人数が少ないと、雑務が変に増えてしまいます。
ゴミ捨てとか、電話の応対とか……

忙しいから休めないのに!

早く今週が終わって欲しいです。それは、切実に・・・



2002年08月13日(火) 温度計

朝方、通勤中のことでした。
海からの風が吹き、暑くもなく、寒くもない中を歩いていました。

「(朝晩は、こんなに涼しいのに、昼は夏の色が消えないな
  一日中、このくらい過ごしやすければいいのに・・・
  ・・・このくらいの気温って、何℃なんだろう?)」

昼は室内にいることが多く、この温度が何℃かが判断できません。
たとえば、34℃(本日の最高予想気温)といっても、実感がわかない生活をしているのです。

「(すごしやすいから、23℃・・・にプラス2℃で、25度くらいかな?)」

銀行前の時計&温度表示を見ることにしました。
ニコニコ顔で歩いて行くと、そこに大きく表示されていました。

30℃

・・・・・・見た瞬間、汗が吹き出てきました。
数字というはっきりしたものをみてしまうと、気分なんてすぐに変わってしまうのですね。
急に暑くなってしまいました。



夕方は夕方で、同じ道を逆に歩いています。
帰路です。

アスファルトとコンクリートからの熱気。
今日一日中書いた汗の名残。
凪いでしまった空気。
全てが合わさり、蒸し暑いとしか言いようがありません。
よくある罰ゲームで、「『アツイ』といったら00円罰金」という状態になったら、すぐに払ってしまう状態です。
「(犬みたいに、舌を出して歩いたら気持ちいいのかな?)」
くだらないことを考えていると、銀行前に出ました。

「(こんなにも暑いのだから、30℃は超えているだろう)」
そう考えつつ、温度計をのぞいてみると、

28℃

嘘でしょ?
朝のほうが、絶対に涼しいです。
12時間ほど、時間がずれていませんか?

百葉箱が示す温度計は、実感とかけ離れているものなのでしょうか?
昼のながりを残すアスファルトの上。
一滴、汗をたらして不思議に思いました。



2002年08月12日(月) 大人と子供の違いは、なに?

少ししか行ったことない所への道、

 近道を探すのが大人
 寄り道を楽しむのが子供



こんばんは、あまつばめです。
疲れきって眠りにつく毎日ですが、3時間もすると目が覚めてしまいます。
体は『眠いよ〜』とシグナルを出しているのですが、起きて動き出す私。
そのまま横になっていると、一生そのままのような気がします。
そんな、状態の毎日。
働かない頭で考えていました。

大人と子供の違いってなに?



法律上、20歳を越えれば大人です。
明確な定義は文章化されています。
でも、言いたいのは杓子定規にはまった考え方とは違います。
100人いたら30人くらいが、
「あぁ、私もそう思うよ」「面白い表現だね」「じゃぁ、私は・・・」
と、言葉を返してくれる、曖昧でどうとも受け取れる方程式です。
例えば、

 痛いとき、
  周りを気にして泣かないのが大人
  周りを気にせず泣いてしまうのが子供

 月を見て、
  家路に急ぐのが子供
  立ち止まって、物思いにふけるのが大人

 目をつぶり、
  過去ばかり思い浮かぶのが大人
  未来を思い描くのが子供

 ごく最近、大きな声で
  叫んだことあれば子供
  叫べなかったら大人

 今やることに、
  見返りを求め請求するのが子供
  すでにもらっていることを知っているのが大人

 正しいことを
  「正しい」と口に出せるのが子供
  「正しい」と、心で叫ぶのが大人

 「自分は大人」と思っている人は子供
 「自分は子供」と思っている人は大人  


こんな感じです。
正しいかどうかなんて、関係ないですよ。
並べているだけで、わかります。
私って、子供にあこがれ、大人を嫌っている。
どちらにもなりきれていない人間です

子供と大人の悪いところしか残っていないのです。

 大人になりたいのが子供
 子供に戻りたいのが大人



無表情で通り抜ける駅の改札。
笑って抜けられる子供が羨ましい。



2002年08月11日(日) えびふりゃー

朝ごはんがコンビに弁当だったため、考えてしまいました。


こんばんは、あまつばめです。
電車に揺られながらコンビに弁当を食べていると、
『駅弁の方が旅情あふれていません?』
と、自答したくなりました。
でも、駅弁って妙に高いから嫌いです

それは、エビフライを箸でつまんだ時でした。
ごく、定番のメニュー、衣ばかり厚いエビフライは、揚げ物にソース類をかけない私にとって、油の湧き出るスポンジにしか思えないシロモノです。
つくづく、衣の厚さに職人芸を感じてしまいます。

あの、『衣の厚いエビフライ』はどんな人が考え出したのでしょうか?

料理人が料理をつくる理由は、「美味しいものを食べて欲しいから」が根本です。
『衣の厚いエビフライ』も小さな海老を大きく見せて満足してもらおうと思ったことが最初でしょう。
「どうすれば小さな海老でお客様に満足してもらえるか。
 ・・・よし、可能な限り衣を厚くしてみようじゃないか!」
そんな遊び心だったのかもしれません。
遊びなら、それでよかったのです。
でも、今の安い弁当に入っているエビフライは、無理に厚くした衣がスペースを埋めて、豪華そうに見せているだけです。
えっと、あれですね。
緑色のビニールのササ

美味しく食べてもらうためでなく、商業主義だけの食べ物はいりません。
せっかくの食べ物ですから、美味しくいただきたいものです。

きっとお弁当作成マニュアルに、「こうすれば、エビフライの衣が1cmになる」と書かれていることでしょう。
でもそれは、食べ物をつくっている意識はなく、売れるものをつくっているだけの機械的な意識です。
美味しくしようという気持ち、だれが、いつ、どこかに置き忘れてしまったのでしょうか?
味気なくて、私も義務的に胃の中に放り込んだだけでした。

近い将来、絵だけの弁当箱に、各種錠剤とアンプルだけの弁当が発売されるかもしれません。
だって、そっちのほうが効率的ですから。


ハンバーガーが59円の時代ですが、普通のパン屋で飾り気のないパンを買って、公園で食べるほうが落ち着きます。
私、1日生きる原動力が177円(税別)って、悲しくなってしまいます。
薄っぺらく包まれた人生は、衣の厚いエビフライ以上に泣けてきます。


エビフライ 新製品は 尻尾のみ
 物悲しくて 味もわからん



2002年08月10日(土) 性別

別に偽っている気はないのですが、
不思議とネット上では異性に間違われます。

こんばんは。
お酒を飲むと日記を書かないあまつばめです。
(昨日は心地よく呑みました)

隠す気はないので、聞かれれば、年齢も性別も身長・体重も答えるつもりではいます。
でも、むやみやたらに聞かないことがエチケットなのか、チャット上で聞かれたことは1度だけです。

もっとも、聞く前に

 「女性なんだから〜」
 「女の子だったら〜」
などと、非難する人。

 「今度さ、ご飯つくりにきて」
 「ねぇ、彼女になってよ」
とナンパする人。

私は男!
・・・やっぱり、趣味が『読書』『料理』『園芸』が、ネックなのでしょうか?

先ほどいつも行っているHPを覗いたら、女の人と間違われていました。
顔も母親に似ていると言われています。
世の中、私が女性のほうが、上手く回るのでしょうか?
今度生まれ変わる時、女性になって確認してみたいと思っています。
それにしても、年齢はいくつに間違われているのだろうか・・・



2002年08月08日(木) 赤い目、紫の光   下水の太郎ちゃん  小話

私は仕事の都合上、静岡東部を回遊していることが多い。
南は加茂南伊豆から、北は御殿場小山方面をつらつら移動しています。
今日は御殿場にて仕事をしていました。
晴天で、空が高く澄んでいて、日差しが強くなっていく時間帯。
……不思議と涼しかったです。

標高が高いことと、湿気が少ないこと。なにより風が吹いていたので、シャツと仕事着2枚を着ていたのですが、汗にまみれることはありませんでした。
「心地よい、ここなら住むのに最適だ」
などと車内で話していました。

職場に戻ってみると、なにやら目がかすみます。
一緒に出た人も「眼が痛てぇ」と赤く腫らしています。
加えて、思った以上に日に焼けていること。
もしかして……

話に聞いたことがあります。
冬の山などで、雪に反射した光を直に見ていると、眼の周りが赤くはれてしまうこと。
『雪焼け』でしたっけ?
紫外線が原因だったと思います。
標高があって、空気がきれい過ぎるから、紫外線も多く降り注いでたのでしょう。

でも、仕事中にサングラスをかけるわけにもいきません。
どうしたら良いのでしょうか?
かゆい目をこすらずに考え中です。




話は変わって、入浴中のことです。
体も洗い終わり、のんびりと湯船に浸かろうとして、
「(そうだ、痛い眼に温かい濡れタオルをのせよう)」
と、いったん洗面所に戻りました。
新しいタオルを出すのもなんだったので、今日一日使い終えたタオルを手にしました。
洗濯機に引っ掛けてあり、何かに使おうと(目的もなく)用意してあったのもでした。
浴室に入り、何気なく肩にかけてみると、這いずるような感触。
さらに、はばたく音。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「太郎ちゃん?」
別に、飲食店用の隠語を使う必要はなかったのですが、とっさにたずねてしまいました。
とりあえず、全国の太郎様、名前をこんな風に使ってしまったこと、お詫びさせていただきます。
黒字が下地のタイルなので、すぐにはわかりませんでした。
しかし、そこにはいました。
御想像どおり、黒くて平たくてテカッていて、かさかさ動き回る太郎ちゃんが。

……追い出して、いえ、滅殺して、体をきれいに洗い直すことにしました。
シャワーの温度を最高にして、おもむろに熱湯消毒。
途中、翼を広げた太郎ちゃんではありましたが、水圧&熱量に力尽き、排水溝に流れていきました。
・・・詰まったらどうしよう
嫌な予感はしたので、そのまま体を洗って浴室を退散いたしました。

今のところ、悲鳴が聞こえてきていないので、無事に下水の旅に出て行ったことでしょう、太郎ちゃんは。

いや、何よりです。




最後に、ふと思いついた小話を一つ。

<毛嫌い>

長い黒髪がキレイな女は唐突に言った。
「あたし、毛深い人って苦手なのよ」

彼女が言うにはこうだ。
「空気の汚いところにいると、鼻毛が伸びるのがはやいって言うでしょ。
 あたしが思うにね、汚いところにはたくさん毛が生えるようにできているのよ。
 鼻以外にも脇とか、あそことか・・・」

彼女は『毛深いこと』=『汚いもの』と認識しているようだ。
確かにそうだ。
汚いところほど、毛が生えて、大事なものを汚さないようにしている。
鼻毛にしたって、きれいな空気にするための手段なんだろう。

そう思いつつ、彼女のどうでもいい愚痴を聞いている。
もう、延々2時間は続いている。
よっぽど汚れた考えが詰まっているんだろう。
彼女の長い髪を見て思ってしまった。
『あの頭には汚い考えが一杯詰まっている。
 汚れた考えを浄化するように、長くてたくさんの髪が生えているんだ』

長い黒髪の女がいた。
眼の前で、まだ喋っていた。



2002年08月07日(水) まだ、成長中?

こんばんは、あまつばめです。

職場での健康診断がありました。
レントゲンに血液検査や心電図の結果は後ほどわかることですが、今でた結果の中に嬉しいことがありました。
身長が9��伸びていました。
26になっても身長が伸びること、あるんですね。
8年前から変わっていなかった身長が、ここに来て伸びるとは思っていませんでした。
やはり、柔軟運動を強化したのが勝因でしょう。
来年も伸びていると嬉しいです。
・・・もう、無理でしょうか?
思いつつ、柔軟に力が入ってしまいました。

参考:体重は1年前と変わらず
   ダイエットの効果、あまりなし。



2002年08月06日(火) 本屋へ寄り道

日課といえるほど、仕事帰りに本屋によります。
見てまわる本の種類はさほど多くないのに、毎日よらないと気がすみません。
本屋という空間に依存しているのです。
  鳥が空ではばたくように。
   獣が大地で駈けるように。
    魚が水中で泳ぐように。
私は本屋にいきます。
昨日も、今日も、明日も

<1.夏、恒例のフェア>
聞き馴染んだタイトルが平積みされています。
『不思議の国のアリス』『蜘蛛の糸・杜子春』『人間失格』『燃えよ剣』……
有名ですが、読んだことはありません。
多くの人が共感している話なのに、まだ躊躇っています。

「何か通じるものがあれば普通の人。
 何も通じるものがなかったら道を外れた人」

周囲の評価が高い本だと、変に気づかってしまう。
誰かが見ているわけじゃなくて、私だけが知っている。
勝手に裁決をして、勝手に刑に服している。
自我という檻の中で、返事を返す人形になっていく。
「うん、なるほど」「それはよかったね」「で、どうなったの?」
コダマのようにできる返事。
何一つ、私は考えていない。
……本一冊で、私自身を否定してしまう。
自虐のために本を読んでいるのでしょうか?

妹は、本一冊読むと必ず言う。
「体全部が疲れた」
多くのものが詰まっているのでしょうね、本には。


<2.得したのか、損したのか>
本屋を徘徊していると、バトルロワイヤルを発見しました。
ただし、文庫版です。
分厚い新書版を読んだ私は、その薄さがうらやましかったです。
上・下刊に分かれてたので、普通の本と同じ厚さでした。
重くて、場所を取って、持ち運びに大変だったんですよ。
何より、あの厚さが読めるか否かを試していたと思っていました。

さらさらっと目を通します。
1度区切ってあるだけ話としては頭に入ります。
裏の値段表記を見ると……600円でした。
安くなっていますね。
確か、新書版は1500円弱でした。
まぁ、文庫本のほうが安いのは当然です。
けど、分冊しても安くなっていることがショックでした。

なにか、読んでいた価値が目減りしてしまったみたいです。
でも……先読みの時間と、2冊分の価値を1冊で読んだことを考えると、得をしていると読みかえれるのでしょうか?

軽くなった文庫版を2冊重ね、その厚さを確かめてしまいました。


<3.『GOTH〜リストカット事件』>
乙一さんの新刊です。
といっても、探すのに手間取ってしまい、買ったのは今日です。
人気のある作家で、中〜高校生がターゲットですから、文庫版で出版されているものだと決め付けていました。
いくら探してもないわけですね。

他の本に比べ、乙一さんの本はゆっくり読みます。
同じ文量なら1日で終わるところを、1週間かけてゆっくりと読みます。
乙一さんの本は、痛くて苦しい本ばかりです。
描写が頭の中に浮かんできて、ドア越しに起こっている出来事に思えます。
息を止めて読むこともしばしば。
読み終えるとすがすがしい気分ではなく、うずくまって吐き出してしまいたくなる内容が多いです。

世界一嫌いな本です。
嫌いすぎて無視することができません。
私の一番嫌な部分を投影して、丸裸にして、さらけ出してしまうから。
大嫌いな本です。

好きな作家と嫌いな作家、どちらにも挙げられる不思議な方です。乙一先生は。


 注:GOTH(ゴス) 著.乙一 角川書店より出版 1500円(税別)



2002年08月05日(月) サルの笑顔、人の笑顔

朝方、毎日、通行人にチラシを配っている人たちがいる。
まるで何かのCMのような白い歯を見せ、
「いってらっしゃいませ」
と、言ってティッシュやチラシを配る。

笑顔、嫌いです。

不自然な顔ですね、笑顔って。
力いっぱい笑うと、口から歯が見える顔。
人間の祖先、サルは、この笑顔を見ると威嚇されたと思って攻撃してきます。
歯を見せる行為=攻撃的な行為と見えるのです。
進化した人間は、祖先の『攻撃』の姿を、友愛と捉えているのです。

怖い怖い。
笑顔が怖い。
ほがらかな顔で、心の隅まで踏み込んでくる。
笑顔が嫌い。
何より怖いから。


でも、歯を見せないようにしていると、まるで人形のように表情が変えられない。
不機嫌そうな顔しかできない。
何でだろう?



2002年08月04日(日) 雷と稲妻

夕方5時頃、怪しかった空模様が決定的になった。
雨だ。
叩きつける激しい雨。
このところの暑さを考えると、嬉しいお湿りだ。

「そんなに長くは降らないだろう」

何気にそう思える。
夏の強い雨は激しいほど、急に弱まり、消える。
この雨は、夜半過ぎにはカケラも残らない。
轟く雷鳴が、それをあらわしていた。


こんばんは、あまつばめです。
夕立に紛れた雷鳴が近くて心が弾んでいました。
光るたびに
「0、1、2、3……」
カウントアップして、距離を測っていました。
一番激しいので、2秒弱です。
600〜700Mの距離で電気がはしゃいでいたせいか、みごと、1度停電をしました。
きゃ〜、またラジオをチューニングしなくちゃいけない(><)

思ったのですが、前面が光るような雷はよく見ます。
でも、筋状の雷光(稲妻)は1回しか見たことはありません。
あれって、何か大きな違いがあるのでしょうかね?
稲妻のほうが落ちてきそうな気がするのは、イメージだけなんでしょうか?

あぁ、隣の家のお子さんが元気にはしゃいでいます。
楽しんでいるのかな?
怖がっているのかな?
雷が、これだけ激しく鳴るのもめずらしいですからね。


夕立に 窓ごし眺め 涼しむが
  湿度に負けて うちわをふるう

では、おやすみなさいませ。



2002年08月01日(木) 遅れてきたもの 許してしまう一言

偶然なのか、必然なのか。
今日は電車とバスが遅れていた。
電車が7分、バスが15分。
共に1本分ほど遅れていた。

機械仕掛けの乗員・乗客なら、時間には正確だろうけど、人間が動かしている以上、遅れるのはしょうがない。
全く遅れない交通機関は理想であるけど、人間味を全部排除してしまわないといけないような気がする。
たまに遅れてくる方が、安心感を覚えてしまう。
ちょっとしたいらだちはするけど、それもまた、人間の感情だからだ。


今日の電車・バスは共に遅れた。
けど、乗ってすぐに放送が流れた。
遅れてしまったお詫びと、その理由を。
たったそれだけだけど、

「なら、いいか」

と安心もできる。
理由があって、しかり謝ってくれること。
そうすれば、たいていの怒りはどこかに霧散してしまうものだ。
待ちわびた時間の不安は、少しの言葉で消えてしまうもの。


 < 過去  目次  未来 >


あまつばめ [MAIL]

My追加