TOI,TOI,TOI!


2002年02月25日(月) 伸子のドイツ留学・第2章

Morgen!

今日は、ゆっくり寝られると思っていたのに・・・。
最近、目覚ましがなるより早く、朝7時に目が覚めるようになってしまった。

先週はカッセル第一週目。
新しい環境で新しい生活、新しい世界に飛び込んできた。

『伸子のドイツ留学、第2章』 へ突入。

仕事は、楽しい。
いろんな人がいて面白い。
この5日間で手続きやら、部屋探しやら、めんどくさいことはだいたい済ませ、
カッセルでの生活にもだいぶ慣れた。4月いっぱいまで、忙しいけど頑張ろう。

2月21日はKの試験だったのだが、ハラトモさんからの電話で彼女が
『1.0』
という最高点を取ったことを知った。

Kに電話し、オメデト。と言うと、
「大事な話がある」
とK。
「フォーヒャルトが、ブッフベルガ−に話をしてくれて・・・」

話というのは、私がこの学校に室内楽専攻で籍を置くことが出来ないかという相談。先生は以前にも同じことをやってくれたんだけど、そのときのブッフベルガ−の返事は
「そのシステムをこの学校につくることは、すでに考えていた。でもすぐには無理。」
というもの。
1月31日、Kの試験(1次)を聞いた私は、思わずまたフォーヒャルトに言っていた。これで何回目だ、これ言うの。「あなたのもとで勉強したい。1年では短すぎる」
返事は相変わらず「ブッフベルガーに聞いてみる」
先生それしか言わないもんなあ〜、とそのときは少しスネたのだった。

K「ブッフベルガ−が、伸子がこの学校にもう1年いられるようにしてくれたんだって。フォーヒャルトに、伸子に伝えてって言われたよ。」

伸「・・・まじ〜!?なんでなんでなんでなんでなんで?」

K「ブッフベルガ−の弟子として籍を置くんだって。でももちろんフォーヒャルトは今までどおりレッスンしてくれるよ」

伸「☆#★☆%★△○@▲☆!!!!!」


人生いいこともある!


2002年02月16日(土) カッセル、そして・・・��

市電で州立劇場に到着。
ドイツ人の女の子が、控え室に連れてってくれた。
「あなたはフランクフルトから来たんでしょ?フランクフルトで勉強してるのよね?」
何で知ってるの?
そんなことを知ってるということは、「あなたは団員さんですか?」
「違うわ。私も今日の試験を受けるのよ」

・・・あらら。だめかもしれない。今日。

なんだか、この人、オケの人たちと親しそうにしゃべってるもん。
この人取るつもりで試験するんだ、きっと。
そんなことを勝手に想像した。
でもそう思ったら開き直った。怖くなくなった。

緊張はほとんどしなかった。
なんだか知らないけど、楽しく弾けた。

終わって控え室で待ってたら、3人ぐらいの人がわらわらと来て、代わる代わる握手をしてきた。
「あなたと仕事を一緒にしたいと思います。来週から」

それから、事務所へいって、契約に必要な書類についての説明があった。
・保険証
・給与所得税算定用住民票
・滞在許可のコピー
これを郵便で至急送ってくれとのこと。

滞在許可。ちょうど、近日中にもらいにいく予定だった。
何を隠そう、今まで、(書類不備などで)ずっと仮ビザを延長されていたのだ。
帰ったらすぐしなきゃいけないのは、これだな、と思った。

そして、ノリ番、オリ番について。
私はAushilfeとして、このオケに入った。
契約はとりあえず4月いっぱいまで。
アルバイト、というか、パート、というか、そんな感じだろうか。

そして、空き部屋情報のリストをもらった。
フランクフルトを引き払うつもりはないけど、カッセルにも住居が必要。
オペラの仕事なので、22時、23時まで拘束され、フランクフルトには帰れない。そしてProbeは毎日朝10時から始まる。

というわけで今日さっそく動くことに。
事務所が出してくれた空き部屋情報のどこに電話しても、反応がおかしかった。
「え?何イッテンノ?アンタ。」
と言われる。よく見たら2001年11月発行。とリストに書いてあった。古過ぎるだろういくらなんでも!
事務所〜!事務所ってのはどこもだめだな〜まったく。

ふと思いついて、大学に行ってみた。
すると、予想通り、大量の空き部屋情報が掲示板に所狭しと貼り付けてある。
WGばっかり。(シェアして住むこと)
電話しまくってみたが、なぜか全て男の人だった。う〜む。
それでも二つ、会う約束を取り付けた。

最初に見たのは、ドイツ人の怪しいおじさんと、アラブ系の男の人とのWG。
家具がほとんど無い。
おじさんといろいろしゃべってたら、「上の階に女の子がWGで住んでいるんだけどもしかしたら1部屋空いてるかも」と言う。

上の階に行ってみると、感じのいいドイツ人の若い女の子がいた。
すっごく親切にいろいろ話してくれた。
コロンビア人の同居人が、今、国に帰っている。何週間か、何ヶ月か留守にするだろう。いつ帰ってくるか分からないけどそれでも良い?
だって。その間にほかの部屋を探したら?と言う。
おお!そうさせてもらいたい!

でも夜にもう一つ部屋を見る約束をしてるので、一応それを見てから考えることに。その約束の時間まで、ここにいていいわよ。と言ってくれた。
彼女が、ご飯を作ってくれた。いろいろしゃべってたら、その子がほんとにいい子だということが分かってきた。ほんと〜にいい子。

もう1つの部屋は、若い男子2名との同居。やっぱりちょっと・・・。
しかも家具がまた無かった。
やめ。

ICEでフランクフルトに戻り、家に着いたのは24時半。

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昨日(金曜)、早起きして外人局にいった。
7時半にいったのに、すでに長蛇の列。最初は、外で並ぶのだ。寒くてたまらない。
30分ぐらいして屋内に入ることが出来た。今日は本やCDをたくさん持ってきた。
もう、覚悟は出来ている。初めてのときはただぼーっと4時間ぐらい待ったのが、めちゃ辛かったなぁ。
10時半ぐらいに私の番になった。

よくよく見ると、なんと、2年分の滞在許可が出たのだ!!!!

私は学校に1年しかいられない。その証明書も出してある。
にもかかわらず、2年分出た。
どういうこと?でもラッキー!!!

学校を出たら、この滞在許可は無効になってしまうのかもしれない。
でもとりあえずは、めっちゃくちゃうれしい。

外人局から、その足で学校に行って滞在許可のコピーをし、
ついでにゼクレタリアートにいって、来ゼメスターの登録をし、
住民登録所に行って、給与所得税算定用住民票とかいうのをつくってもらい、
一度家に帰って、手紙を書き、
郵便局に行って、手紙と一緒に書類をカッセルに送った。

ふ〜。

1日、ぶっ飛びまわりましたです。楽器弾いてないです。

ドイツでは、学生ビザで3ヶ月間だけ働くことが出来るという法律がある。
それを事務所も、住民登録所の人も知らなかった。おかしなことに。
事務所にはそれを手紙で書き、住民登録所の人には、ビザを見せて
「ホラ、ここに書いてある」
と見せたら、口をへの字に曲げながらも、オッケーと言って書類を作ってくれた。

あとは、3ヶ月以内に、オケの契約書を持って労働局に行き、
労働許可をもらう。

今回は、なんだかお役所関係全て、すんなりこっちの思い通りに、ことが運んだなぁ。
うまくいくときって、うまくいくんだなぁ。不思議なことに。


2002年02月15日(金) カッセル、そして・・・

「良いことは(悪いことは)重なる」

「悪いことがあったら、そのあとに良いことがある」

誰もが一度は、口にしたり誰かに言われたりしてると思う。
言ってもらうことの方が多いな、私は。

「何で私だけ?私って運がない?私だけ苦労してない?」
恥ずかしながら、私はこういうマイナス思考によくはまってしまう。
テンションが高く、騒ぎまくっている時の方が多いが、実は、こういうネガティブ方向にズドーンと落ちるときがある。
愚痴る私に、いったい何人の友人が上に書いたようなことを言ってくれたことだろう。
ありがたいことを言ってくれてるのに、それを私は素直に聞けていただろうか?と振り返りたくなるようなことが、このところ続いた。
人生、本当にそうなってるんだぁ・・・と、今日は実感している私である。


カッセルの本番前日のこと。
「本番だと思って、全部通して弾いてみなさい」
と先生に言われた私は、レッスン室で明日弾く曲を全部、
先生と、Kとハラトモさんの前で弾いた。
       
       

  音程がめちゃくちゃになった。
  弓をコントロールできなかった。


だんだん調子が出てきて良くなってきたけど、最初がだめ。
いつもそう。

弾き終わると、先生は「GUT」と言ってくれた。
でも、私は笑顔で応じる余裕すらなかった。
全然GUTではなかった。

このクラスにいる誰もが皆、弾き方を変えている途中なのだ。
右手のテクニック。ボーイングのスタイルを。
前回のフォアシュピールでは、一発目の和音が不時着して墜落死してしまった。手首の支えが足りなかった。
そのスタイルとは、簡単に言うなら、
『ひじで弾く』
ひじから音を出すような感覚。ひじを重くして、その重さを手首が支え、指で表情をつける。言葉にするとこんな感じ。
弾いてるうちにだんだんレッスン時の感覚を思い出すんだけど、
慣れてきて感覚を思い出すまでの間が、ぎこちな〜くなっちゃう。


テンションの低い私に、先生は、めいっぱいテンションをあげて、
「この曲は、キミだ!これは伸子だ!これはキミ!これはキミだ!」
と言ってくれた。

モーツァルトのコンツェルトG-Dur。
「この曲の性格は、伸子みたいだ。いつも笑っていて、いつも冗談交じりで」
と、レッスンのときに言われことがあったが、今日も、Kたちの前でまた言ってくれた。K大ウケ。

モーツァルトのコンツェルトは、どこのオケのProbespiel(オーディション)の課題にも絶対に入っている。
G-durは点が取りにくいと言われてるらしくて、選ぶ人はとても少ない、そうだ。
だいたい、D-durか、A-dur。この2曲と一緒に並ぶとG-durは映えない、らしい。
そうかなぁ。
私は今のところ、G-durが一番好きだ。

帰るとき、先生は私の肩を抱き、力を授けてくれるような感じで、
「toi,toi,toi!」
とやってくれた。

「1週間延びて、集中力を持続するのに疲れたんじゃない?」
とK。どうやらそのようです。
「今日はもう弾かないで、ウチ来てご飯作ってよ(K)」
これは、ありがたかった。やることがあった方が気が晴れる。

帰りに挽肉を買って、K邸へ。
しょうが、にんにく、ねぎをみじん切り・・・サクサク。
「指だけは切らないよ−に(K)」
Kが指定したメニューは麻婆豆腐。
「前日上手くいき過ぎないほうがいいって。そのほうが本番上手くいくよ」
とKは言ってくれた。
「今日はビールでも飲んで、さっさと寝なさい」
と言って、帰りにKは缶ビールを1本くれた。
「名付けて、がんばれ応援ビア」とか言って。

翌日、早起きして少し音出しし、ICEでカッセルへ。
隣の席でおばちゃんがず〜っと話し掛けてきていた。
休みたいよ〜と思ったけど、まあ、私も結構楽しくおしゃべりしてたし、今考えるとよかったのかも知れない。おかげで余計な緊張もせず、変な気負いもなくごく普通にカッセル入り。

続きは明日の日記で。


2002年02月13日(水) 受かった

カッセルの州立劇場のオーディション、受かった。

今日は、そのままICE(新幹線)の終電まで部屋探しをしてきた。

疲れた。

続きは、またちゃんと書きます。

今日はこれで。


2002年02月11日(月) サロン・ド・K

Kに髪の毛を切ってもらった。

彼女は、いつも自分で自分の髪を切っている。
多才な人だよ、まったく。

ドイツ人の美容師さんのところには行かない方が良いというのは、
ドイツ日本人社会での常識と言っていいと思う。
もちろん、行ってる人もいるけど、私の知る限りではとても少ない。

第一に、こっちの人と日本人の髪質が違いすぎる。
第二に、言葉の壁がある。

日本人がやってる美容院もいくつかあるが、学生にはちょっと高い。

昨日は、学校で練習したあとKの家に行った。
ペンネアラビア−タ(激辛!)を作ってくれ、ビールも結構飲んで酔っ払ってから・・・いざ、散髪タ〜イム!

「髪多い〜」
「切っても切ってもまだある〜」
「クセがあってよくわかんな〜い」
「自信な〜い」
「しらな〜い」

などと、口走るのとは裏腹に、ザクッザクッ!と思い切りよく切っていく、
酔っ払い美容師、K。

ちなみに
「後ろは襟足ぎりぎりまで、前下がりのボブ」
というのが、私の注文。

出来上がりは、☆☆☆。

鏡の前でニコニコしてたら、
「うれしそうで、こっちもうれしいよ。」とK。
ほんとに自信なかったらしく、「ほっと胸をなでおろした」と自分で言っていたのには、うけた。

カリスマ(無免)美容師のギャラは、と聞くと、
足ツボマッサージで。とのこと。
お安い御用!


2002年02月07日(木) 結局1週間遅れで・・・

今日、昼間、先生から電話がかかってきた。「モシモシー!」

F「カッセルから電話があった!Probespiel(オーディション)は来週の水曜にやることになったそうだ!というわけで、やる?」
伸「・・・はい、もちろんやります」
F「実はもう『Ja』と返事しちゃった。」
伸「ありがとうございます」
F「今日の夜のKlassenvorspielで、弾く?何を弾く?」
伸「モーツァルト・・・」
F「Orchesterstelleも、弾く?ね?弾きなさい」
伸「はい、弾きます」

と、いうわけで、今日はオーディションで弾くものを全て弾いてきた。
きのう、おとついと気が抜けてた(つまり練習不足)ので、案の定、イマイチ。

先生も「イマイチ」と思ったのか、(もしかしたら「緊急事態!」ぐらい思ってるかもしれないけど)
F「土曜日、来れる?まだちょっとやりたいことあるから。」
と、緊急レッスンを入れてくれた。
月曜日にもレッスン入ってるから、かなりつめて見てもらえることになっちゃった。ありがたい。頑張ろ。


2002年02月05日(火) 拍子抜け

明日、やるはずだったオーディションは、なくなってしまった。

おかしな話ですが、本当なんです。

そもそも、参加者を募るのが遅すぎるという点からして、おかしかった。

1週間後にオーディション。しかもすぐ、2月14日から仕事。という条件。
これでは、人も集まらないわけで・・・。

また日を改めて、いつかはやるようだ。
しかし・・・拍子抜け・・・。

1週間という短期間で、集中して準備をするという練習にはなったな。
そう思うことにしよう。・・・。


「飲みてー」

思わずOにそう言ったら「慰める会」でもしてあげようと言ってくれ、
すでに家にいたOから、買って帰るものを電話で聞き、買い物してOんちへ。
ちなみにOが今日食べたいと思いついたメニュー。(Oの好物ばかり)

鳥の唐揚げ、
麻婆豆腐!
豚キムチ!!
&サラダ。

今日も、包丁担当は私、味付け担当はO。
Kはちゃっかり料理が出来た頃に到着。食べ始めてからサラダを作り忘れたことに気付いたが、めんどくさかったのでしなかったら、
Kが、ちゃちゃっとあっという間に作ってた。ですよね。このメニューじゃね。
野菜食べたくなるね。

食後は、Kにせがまれたため、彼女の足の裏マッサージ。今日で2回目。なかなかの腕らしい、私は。


2002年02月02日(土) 急!

来週水曜日、オーディションを受けることになった。
カッセル州立劇場のエキストラの募集。3ヶ月間だけのお仕事。

先生が話をくれた。

あまりにも急すぎるのだが、やらないほうがあとで後悔するだろうと思って、やるだけやってみることにした。

今週水曜日に初めて先生からその話を聞き、木曜日、Kの打ち上げの席で、「やります」と先生に言ったら、「あした、30分だけ」と急遽レッスンを入れてくれた。Kに「オケスタの楽譜、貸して」と頼んだら、その日の夜帰ったあとにファックスでびろびろ〜っと送ってくれた。

オケスタの課題は、
スメタナ;売られた花嫁
モーツァルトEs-dur終楽章
Rシュトラウス;ドンファン

それと、モーツァルトのコンツェルト1,2楽章。

頑張ってみます。


2002年02月01日(金) キラキラ

昨日、Kのディプロム試験だった。

昨日は、学校のグローサーザール(大ホール)にて、リサイタル形式の試験。
3週間後に、今度は非公開でコンチェルト2曲と、オーケスターシュテレ8曲(オケスタ)と初見の試験がある。

昨日のプログラムは、
バッハ;バイオリンと通奏低音のためのソナタ
バロックバイオリンとバロックチェロとチェンバロのトリオソナタ。

バチェビッツ;「カプリス」
バイオリンソロ曲。現代曲。

ベートーベン;バイオリンとピアノのためのソナタ。op.96。

バルトーク;「コントラスト」
クラリネット、ピアノ、バイオリンのための室内楽曲。


リサイタルプログラムを組む際の条件は、
異なる時代から選ぶこと。室内楽を1曲含むこと。というもの。

これを満たしつつ、こんなに盛りだくさんな内容にしたK。
いろんな人が入れ替わり立ち代り舞台に登場して、なんかガラコンサートみたい。
試験っぽくなくて、面白くて、Kらしい。
―Kと、その仲間たち―・・・とでも副題をつけたい感じ。

私は、譜めくりスト。ついでにステマネも(イス、譜面台のセッティング)。

ピアノのソンニョ(韓国人)は、ピアニストに譜めくりされるのが嫌なんだって。まあ分かるけどさ。
レッスンで一度譜めくりしてあげたら、
「本番もやってくれるの?」
とソンニョ。私はちゃんと客席でKの演奏を聴きたいから、
「やだ。」
と言ってやったのだが・・・。

なんか結局やるはめになってしまった。


お客さんは大満足のようだった。
本当にいい演奏会だった。あ、試験だった。

弾き終わったKは、満足そうだった。いい顔していた。
皆から祝福され、笑顔がキラキラしていた。

私はこの試験を受けないのだと思うと、うらやましい気持ちでいっぱいになった。
ああやって・・・ここで数年間勉強した成果を、こういう形で(皆の前に)出す機会があるのって、やっぱりいいなあ。


何で私だけ?私って不幸??
と、”悲劇のヒロイン思考”にはまりかける。
半年も経ってるのに、なさけないことに、未だにしょっちゅうはまりそうになる。
いかん、いかん。考えてもしょうがないことだ。と、そのたび振り払おうとするんだけど・・・。

しょうがない。何度も思ったけどまた思った。そう思うしかないもの。


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