TOI,TOI,TOI!


2002年12月26日(木) マライケファミリーとのクリスマス2

こちらでは、親は子にプレゼントを用意し、
子も親にプレゼントをします。親も親同士、交換したりして、
これってすごくいいなあ。

マライケが、23日の日に町で買ってきたもの。
エスプレッソメーカー。メーカーという感じではなく、
古風なタイプのイタリア式のやつです。1杯分だけできる小さいもの。
ビアギットのうちにも年季の入ったやつがあったなあ。

すべては、お兄ちゃんの仕切り。これを買ってこいとマライケに命令したのもお兄ちゃん。お兄ちゃんはマライケが買ってきたそれの包みを開け、中身もばらばらに(いくつかの部分に分かれるので)していました。どうやらばらばらに包んで、一個づつ開けさせるみたいです。
「ひひっ」と嬉しそうなお兄ちゃん。鼻で笑うマライケ。

聖夜の夜、ツリーの下にたくさんのプレゼントが並んでいます。
このシーン、立ち会うのは初めてなのでちょっと感動。
食事が終わったあと、みんなでソファーでくつろぎながら、一個開けては感想をみんなで話し、また一個、と包みを開けていきます。

ちなみに、マライケは「クリスマスに欲しいものリスト」を前もって両親に渡してあるっていう、いいんだか悪いんだかわかんない子供。夏にもう渡してある、と言って自分でも笑ってた。
それを見せてもらったら、本のタイトルがずらっと並び、CDが1枚。

ほんっとうに、本が好きなマライケさん。

夏からずっと欲しかった本っていうだけあって、もらった瞬間を見てたら、こっちまで嬉しかった。心の底からの喜びが、ぱあっと顔に広がっていった。私がジ―っと見てたのに気付いて、照れたように「だって本当にこれ夏から欲しかったんだもん」とか言って。知ってるよ!聞いた。何度も。

両親へのプレゼントは、まずお母さんが開けたのは、ろ過する部分。ちっちゃいじょうごみたいなもの。なんだこれ?親2人して、いろいろ想像を張り巡らして、ああじゃないかこうじゃないかと聞くけど、子供2人は何を聞かれても答えず、含み笑い。
こりゃ、大成功だね。兄ちゃん。

次は、パッケージの袋、のみ。イタリア語でメーカー名が書いてあるので、それがヒントになってまた盛り上がる。


さて、教会に行かなければいけない時間。また続きは帰ってから。

教会で、まず合唱団と私達で、プローべ。
お父さんのリードぶりは、なかなかすごかった。
オルガンも弾くし、大忙しのパワフルお父さん。

そしてすぐ本番。22時の長い長い鐘が鳴り終わった瞬間に、まず1曲目。
曲は、たくさんあったんだけど、ヴァイナハツオラトリオ(クリスマスオラトリオ)からの数曲、聖しこの夜、など。
聖歌の伴奏はオルガンのみ。私の隣にいた合唱のアルトの人が聖書を見せてくれたので、私も一緒に歌った。

長いお説教も終わり、最後の私達だけの合奏。
曲名は、うかつにも曲名を聞き忘れた。バッハだと思う。きれいな曲だった。
オーボエのお兄さんは、プローべでは封印していたらしい、かなりすごい即興を聞かせてくれた。そのあと、お父さんは、その曲の調性から即興のカデンツでEdurにつなげてくれて、Edurのコードがなった瞬間に、私にバトンタッチ。

普段のミサでは最後まで聞かずにみんな帰り始めてしまうんだけど、今日は最後までたくさんの人が聞いててくれました。驚き!と、お母さんからの報告。盛大な拍手ももらいました。


家に帰り、プレゼント交換の続きで、マライケは更に本をもらい、CDももらってうれしそう。
突然、「これはノブコに」とお母さん。

一つは、『ノブコのクリスマスのお話』という題名の、彼女が書いてくれたもの。日記のように、この二日間のことが書いてあって、ところどころ虫食い状態になっている。そこにあてはまる単語を埋めましょう、ドイツ語の勉強にね、と。

ドイツ人のプレゼントって、実用的なものが多いなあと思っていたけど、これは正に私が今一番必要なもの、語学力。

もうひとつは、ろうそくスタンド。小さいガラスのもの、3つ。
こっちの人ってろうそくが好きだなあと思っていたけど、それは夜が長いからだそうです。夏が日が長い変わりに、冬の日はとっても短い。
だから、ろうそくをつけるの、と。なるほど。

―――――

25日は、ジュゼッペの寮で、パーティ。寮の住民達による、すごい料理が並んでいて、お腹いっぱい。そのあとは、ピンポンしたり、映画を見たりしてたんだけど、なんと、メリーポピンズをイタリア語で見た!たまにカタリ―ナが通訳してくれて。言葉は分からないのに、十分楽しめた!あれ、私初めて見たんですけど。あんなにいいとは。日本語で見たい。


2002年12月25日(水) マライケファミリーとのクリスマス

メリークリスマス!

イブイブ&イブは、マライケファミリーと過ごしました。
幸せな時間を過ごした。良い思い出ができた。

23日の昼、マライケがうちにやってきた。
ふたりでCDを聞いたり、しゃべったり、インターネットをしたりしてだらだら数時間過ごしたあと、
「今から、うちに来ない?」
とマライケ。

伸「え〜?でもクリスマスは家族と過ごすものじゃないの?」
マ「ぜんっぜん、かんけーないから。来る?来る?今、ママに電話して聞いてみる」「え〜?まじ?」
さっさと電話するマライケ。――今日のご飯は何?ノブコも連れて帰るから。


というわけで二日分のお泊りの用意をして、クロンベルクのマライケ宅へ。


ジュゼッペの誕生パーティの日にケーキを作るためにおじゃましたので、2回目の訪問。          
アイルランドに住んでいるお兄さんが帰ってきていて、初対面。
ちなみにもうひとりのお兄さんはモスクワ在住。ちょっと前から帰国していたそうだが、この日、再びモスクワへ。
マライケは、この日、空港までお兄さんを送り、両親へのプレゼントを買うという用事があってフランクフルトに来たので、そのあとうちに来たというわけです。


マライケ一家は、音楽一家。

お父さんは、合唱団の指導、指揮をしたり、ピアノやオルガンを弾いたりいろいろできる、プロの音楽家。クリスマスも、教会でお仕事。

お母さんはフランクフルト音大出身。バイオリン。ビオラも弾ける。先生もしている。

お兄さんはオーボエが吹ける。もう今は音楽ではなくほかの勉強をしているそうだけど、オーボエ、結構うまいんですけど。

家族の晩餐。ちょっとまだ緊張気味。
人見知り&ドイツ語浴びにより、かなり萎縮気味。
やはり日本のことを聞かれます。いつものことです。

パパ「日本の音楽をちょっと聞いたことがある。抑揚がなくて、不思議なものだった。日本では、多くの人がやっているのか?」
伸「いいえ!」
パ「半分ぐらいはやっているのか?」
伸「いいえ!もっともっと少ないです。・・・私も、6歳のときからクラシック音楽を弾いています」
パ「ってことは、6歳までは日本の音楽をやっていたという意味?」
伸「いいえ・・・いいえ・・・。(なんと言ったら分かってもらえるのか、頭フル回転中)」

パ「ああ!わかった。
クラシック音楽が、長い時を経て、各地に広まり、発展してきたのに対して、アフリカの音楽などは、大昔からほとんど変わることなく、むしろそれを守り続けて今に至っている。日本の音楽もそうだってこと?」
伸「はい!!(なるほど!)」

一呼吸置いて・・・・。覚悟を決めて、Go!

伸「抑揚があんまりないのは、日本の言語の特徴と共通しています。それに比べてドイツの言語にはどの単語にも必ず強調があり、文章にはリズム感があります。

私は、ドイツ系の作曲家の曲が弾くのが好きです。日本にいたときから好きだった。
これを、楽譜に書かれたとおりに間違いなくアジア人が弾いても、ドイツ人が弾くのと、何かが違う。ということに私は気付きました。
でも私は、勉強したいのです。だからここに来たのです。その国で生活しながら勉強し、ドイツ人から直接習いたかったからです」

ふぅ・・・。


そのあと、パパ氏は、非常に為になる、音楽発祥から発展の歴史の話をしてくれました。すごく長く説明してくれたのですが、かなり大雑把に書きますので、パパごめんなさい。しかも間違ってる可能性もあり・・・かも。


『始めに歌があった。
言葉を乗せて、旋律が生まれた。
始め、歌は単旋律の「響き」のようなものだった。

そののち、複数の声部に分かれていった。
そして、ソプラノ、メゾ、アルト、テノール、バス、という五声部になった。
のちに、誰かの「代わり」として、楽器が入って弾くようになった。
そして、歌1声に対して、楽器4声で伴奏するようになった。
その1声をも、楽器が代わりにやったのが、「ソロバイオリン」として発展し、のちには、ほかの楽器にも可能性が広がっていき・・・。

楽器は、もとは、フォローする役目だった。楽器のもとの役目は「2番目」だ。

つまり、言葉を理解してないと、音楽を演奏できませんよ。
これは、きみたち外国人にとって、すごく大事なことだと思う。というのが私が言いたかったことだ。』


マライケがいろんな語学に詳しいのも、うなずけた。おもいっきりうなずけた。


――翌朝(24日)――

パパ氏「今日、夜のミサで、ノブコも一緒に弾く気があるか」

伸「マライケは?弾くの?」
マ「ノブコが弾く気があるのかと聞いてるの。」

クリスマスにお客さんとして遊びに来て、キリスト教徒でもないのに時間を割く気があるかってことを聞きたいらしい。

伸「ある。でも(ミサってどういうものか)私には分からないから、できるのかどうか私には分からない。でも、マライケが弾くなら弾くよ。」
マ「OK。ほとんどが合唱の伴奏。問題ないよん。」

そのあと、部屋で個人練習。ふつ〜の自分の練習。クリスマスでも関係ありません。朝起きたときの私へのパパ氏の挨拶、「ノブコ、もう練習したのか?」だもん。

さくっと1時間さらったあと、さらにパパ氏、
「バッハでも1曲弾かないか。もちろんその気があればだけど、どうだ。Edurのプレリュードとかどうだ。ミサの一番最後に、我々だけの合奏を1曲やるから、そのあと、キミの♪ミレミッシッてのはどうだ。」

伸「いや〜。わっかりませーん。ちょっと今練習してみます・・・」
パ「いけそうだったらでいいよ。どっちでもいい。決める必要なし」


と、いうわけで、飛び入りです。いきなり。すでに弾く気でした。
断りたくなかったのは、勇気?負けん気?それともプライド?
12歳のコンクールで弾き、入試前にフォーヒャルトに初めてレッスンを受けた曲だし、入試だから弾きこんだし(っつっても1年半も前だという事を忘れている)、それでもなお飽きずに大好きな曲に、どんぴしゃりでリクエストが来たからかな。

午後、その日はちょっと太陽が出てたので、マライケが散歩につれてってくれた。昨日降った雨のせいで、靴はどろどろ。この靴で教会で弾いていいんですか?自問。
大自然。クロンベルク。裏はすぐ山。
春になったらもう一回ここを散歩したいね。夏も、秋も散歩したいね。

マライケとは本当に、ちょっと前までは顔見知り程度だった。そういう話をマライケはいっぱいする。顔見知り程度のとき、あの時あんな会話した、とか、よく覚えてるから、参る。私はすぐ忘れる人。言われて初めて思い出す。

私は、今までにマライケに自分の話を、全部した。
・・・いや、ほとんどした。
小さいときの話、学生時代の話、台湾の話、なんでドイツに来たのか、入試のときに何があったのか、バルトークカルテットのこと、夏の講習会の思い出、パルナスのこと・・・

しかしこの6月に私が25年目にして知った事実については、まだ話してなかった。先生には話したのだけど、そのときも泣いてしまいそうになったので、やっぱりあんまり頻繁にこの話を気軽には話せなくなった。人に話そうとして順に思い出すと、あのときの悲しい気持ちがぶり返す。でもマライケには話さなくちゃ。とずっと思っていた。

散歩しながら、ゆっくり話した。辞書なしで全てを語ることは難しかったが、多分私の気持ちは通じている、と信じてる。

先生を含め、ほかのドイツ人と反応が同じなのが、
”奇形で生まれた”という事実にはさほど驚かず、
「今まで気付かなかったよ。でも今は何も問題ないんでしょ?(生活するのに)」これで終わり。

それより、25年間知らないままだったということにものすごーく驚いて、めちゃ突っ込まれる。みんな同じ反応。
「それはノブコ自身のことでしょう?なのに、なぜ知らないまま?」

これは、どうやら理解できないらしいです。
ドイツは「言う」社会で、日本は「言わない」社会。その点では正反対だからです。(雑な言い方ですみません)
私は理解できます。当時の両親が何を考えていたか想像できます。
私も日本人社会で生きてきたのだから、知っています。

でも私がそういう子を持ったら、自分の両親と同じようにはしない。それだけのこと。と言うと、彼らは強く同意してくれます。

それでも突っ込まれたら、
これは日本社会の悪い部分からきている日本人の典型的な性格かもしれない。
と言うしかありません。


散歩を終え、帰宅すると、お兄さんが手作りお菓子(クッキーみたいなもの)をせっせと作っていました。
私達も手伝い。お兄さんの妹使いの荒さがほほえましかった。
なんだかんだいってお互いにうれしそう。こうやって小さいときから一緒に育ってきたんだろうなあ、と思った。

「マライケ。計れ。50」
「マライケ。コンロをつける。(強さは)2」
「マライケ。あったまったか?」
「まだ全然」
「2だ。真ん中」
「真中は5だよん」
「じゃあ5だ。早く言え」
「マライケ。混ぜる。焦がすな」
「マライケ。(クッキーを)並べろ」
「マライケ。黒くなってる。混ぜてろって言っただろ〜俺は〜。」
私のほうを見てチッコイ声で
「ごめぇんなさぁ〜い」
ぼーっとしてる私にも、仕事が周ってくる。
「オーブンつけて。180」
「これ3杯入れて、これ混ぜて」

ふたりは、練習室へ逃げ出す。「練習禁止。いくなよ。ここにいろ」
と言ってたけど、笑ってたのでオッケイ。無視。

さて、少しふたりでまったり話をした後、バッハを聞いてもらい、
助言をもらう。
「この部分、もっともっと雰囲気を変えて!」
・・・1年半前にフォーヒャルトに同じ場所で同じこと言われたの思い出した。
サスガ!

そのあと、クリスマスディナー。
昨日、お兄さんが山から持ってきた(!)クリスマスツリーに、両親が飾り付けをし(マライケはそういうの興味ない人)、ツリーに立てたろうそく10本以上&部屋のあちこちのろうそく全部に、無表情で淡々と点火していくマライケ。

・・・きれーい!!

窓の外には、パパ氏が飾り付けた電飾が。これもこの家らしく、ごてごてしないシンプルなもの。私の趣味にもぴったりです。

パパ氏は、夕方にもすでに1回教会でのお仕事があって、帰ってきてた。
なんだか人が集まりすぎて、半分ぐらい帰ったという話で、一同、とても驚いている。私は、まずは、「?」

これは、普段は来ない人が実はこんなにいるのかよ!っていう話らしいです。

60人ぐらいしか入らない教会に、倍(ということは120人ぐらい)来たらしい。
最近、教会に行く人が減ってしまったという話は、前にも誰かから聞いたことがあります。キリスト教の人は、本当はすごくたくさんいるのに、です。
それは牧師さんの話がつまらなくなったからだ、という説もあります。っていうか、マライケ説。
最近の若者世代は、信仰を持たない人もふえているとか。これはバーバラ談。バーバラの父上は牧師になりたくて勉強をしていたけど、バーバラ母と結婚するために牧師になるのをあきらめ(宗派が違った?)今は宗教学の教授だそうだ。


長くなりすぎたので、分けて書きます。


2002年12月19日(木) 初プロ−べの日

昨日はデヴィット達との初合わせの日。

曲はブラームスのクラリネットクインテット。

以前ここに、
「初演とブラームスの本番がある」
と言われたと書きましたが、それが同じひとつのコンサートだと思ったのは私の勘違いで、
ブラームスは楽しみの為にやるだけみたいです。
新曲だけじゃつまんねえだろ?ってことらしいです。
うれしいね。なんにしてもね。

楽しみのためっていうのと、ま、試しにノブコがどんな音出すか、合うのか合わないのかやってみようぜ、ってことでしょう。

1stVn.デヴィット♂
2ndVn.ノブコ♀
Viola クリストフ♂
Cello ヨハンナ♀

クラリネットは、イギリス人のヘレン♀


やっぱ、カルテット!!
血がね、騒ぐのね。
3度の飯よりカルテット!なんだなやっぱり。わたしは。
今回はクラが入ってるけどね。

ヨハンナとは、顔見知り程度だったんだけど、
お互いにあちこちで見たり聞いたりして顔も名前も一致していた。これから仲良くなれそうな気がする。
これからしゃべってみないとわかんないけど、見た目の印象としては、黒っぽいさらさらの長い髪、すらっと背が高く、すれ違うときの挨拶は「微笑」って感じの人です。ヤッホーとかヒャッホ−とか言ってるタイプではない。それはバーバラ(と私)。

合わせ中に、ダヴィットがアンダンティーノについて、
アンダンテよりちょっと遅い、と言ってて、
話が進んでたので、話をとめるのもどうかと思ってたところ、
ヨハンナと目が合って、ヨハンナも全く同じことをを考えてる顔をしてた。

遠慮がちに
「たしか速い(アンダンテより)・・・んじゃ?」
とヨハンナ。
「そう・・・か。ま、どっちにしてもブラームスはそんなにイタリア語を理解してなかったんだから、いいんだ。」
とデヴィット。彼はこういう性格ですが、全然私はいやじゃない。逆に男の子らしくてほほえましいぐらい。

これ、うちに帰って調べたら両方解釈があるみたいです!
もちろんアンダンテよりちょっと速いのがアンダンティーノというのが一般的だけど。まったく逆の解釈もあるそうな。へえー。

そして、作曲家がイタリア語をどこまで理解して書いたかを考慮に入れる必要があるというのは、本当です。
私も、T大時代にもいろんな先生からそう教わったし。

話がちょっと広がってしまうけど、
たとえば、スタッカート。
短く切ってという意味ですが、
どの作曲家の作品を弾くときにも同じにしてしまうと、
それは間違いです。

作曲家はその音をほかのよりちょっとどうにかさせたいってときに、
音符の上に点を書いたり、棒を書いたり、もっとっていう時は>、sfなどを書いたわけですが、
つまり、その音に何かしらの意味を込めて、紙の上に記したわけだけど、
今はもう生きてない作曲家の場合は、その音にどんな意味を込めたのか、こっちが読まなきゃいかんわけです。

私は今、シューベルトのレッスンを受けてて、
「モーツァルトとかロッシーニみたいなスタッカートで弾かないで」
とよく言われてます。

ま、たとえばこんな事をこっちで勉強してるんですよっていう話でした。


昨日は、夜にVortragsabendがあり、
出演しない私とマライケは夜まで練習室で遊んでました。
Bacewitzを弾いたり、いろんな曲を遊びで弾いたり、
レッスンでどんなことを言われてるか話したり(結局みんな同じこと言われてる)。マライケはもう3年半先生についてるだけあって、やっぱりフォーヒャルトの音になってる。いい音。

みんなの演奏を聞いた後、いつものように打ち上げをし、
そのあと、フローニ、イナ、バーバラ、ユーデトなど女の子10人ぐらいでJazz Kellerにいきました。仲のいいクラスだ。
みんな、よく知ってる場所みたいなんだけど、私は初めて行ったの。
お酒は高かったので飲まなかったけど、ジャズ聞いて、みんなでおしゃべりして、いい気分。

ジャズケラーっていうのはジャズの生演奏をやってるバーみたいなとこです。
ケラーっていうと、地下で飲む店っていう意味があります。

こないだのアボカド寿司、おにぎり、大好評だったみたいです。
よかった。
とくにアボカドはうけたみたい。読みが当たってうれしい。
イナは生まれて初めて寿司を食べて、おいしくって感激したって。
アボカドは典型的な日本の寿司じゃないけど、と、一応言っておいたけど。ほかのを食べたらいったいどう思うんだろうか。


2002年12月15日(日) 飲んだり騒いだりの1週間

コンサートがあったというだけでなく、
この1週間は、ものすごかったっす。
濃かったっす。

月曜日は、学校のパーティ。半期に一度の。

月曜日はコンサートの初日だったんだけど、ね。
22時にコンサートが終わり、すごい勢いで着替えて片付けて駅までもうダッシュして22:16の電車に乗り、23時前には学校に到着。
の予定だったんだけど、私はコントラバスFと一緒にいたので、目の前で電車を見送る羽目に・・・。

激寒の駅のホームで待つこと30分!!いてもたってもいられないぐらい寒い。
通過電車も多くて、空しい。通過した後の風の冷たさに、更に絶望的な気分になり。

しかも不運なことに電車が故障で30分以上停車したまま動かず。
コントラバスを置くために私の家に寄り、学校に着いたのは24時でした。
ま、でもちょうどパーティも盛り上がってたので、
そんな不運のことはあっという間に忘れちまいましたけど。

学校に着くと、さっきまで一緒に弾いてたフローニ、クリストフ、トーマスその他大勢が、飲み物売り場で忙しそうに動き回ってました。
なるほどね。
学生会の手伝いね。だからあんなに急いでたんだわ。
クリストフにビールを頼み、お金を払おうとすると、
私の財布をひょいっと覗いて、10セント玉をつまんでいきました。
ホントは2.5ユーロなんだけど。

さて、パーティって何をするかって言うと、
踊るんです!
大ホールのいすを取っ払って、そこがディスコになっちゃうのです。
いやー普段の姿からは想像できない、みんなの見事な壊れっぷり!
羽目はずしっぷり!

気付いたら朝になってました。

なんかでも、すっきりしたー。楽しかった−。


火曜は、お隣さんの誕生日。
フランクフルトで一番おいしい中華レストランで数人で食事をしようというので、
本番終了後、かけつけました。
一時過ぎまでいたかな。
お隣さんも、いい人なので、楽しいです。


水曜は、朝から指揮の試験。
私ら学生は、この試験があるたびに問答無用で召集されます。
今回は一人だけだったので、ラクだった。

曲はドヴォルジャーク、新世界より。
ヴェルディのアリア一曲。

というもので、私はまたもやセカンドヴァイオリンで、
しかも行ったらすぐ、玄関のとこでインペクに呼びとめられ、
「トップやってね。」

ま、知ってる曲だから心配はなかったし、正直うれしかった。

毎日バッハとヴィヴァルディだけをやってるので、
気分転換になって楽しかった。

さて、昼には試験も終わり、
マライケやバーバラと学食へ。
マライケはピザを頼んで、サラミを全部はがしてチーズだけにして食べてました。
彼女は基本的にベジタリアンらしい。

マライケにこの後本番までなにするの?と聞かれて、
なにもない。と言ったら、
じゃ、一緒にいる!とか言って、も〜可愛すぎ。
この空き時間で、今日も合わせしようよ、という話になっちゃった。
私、とても疲れてるので昼寝しようと思ってたんだけど・・・と言っても、聞き入れてもらえず・・・。
合わせ場所は、うち。

合わせというのは。

私の思いつきだったんだけど、
ヴァイオリン4本の面白い曲知ってるから、
私、マライケ、バーバラ、ユーディットの4人でやろうって言って、
私はいつかやろう、なんていう気だったんだけど、マライケはすぐ数日後に図書館で楽譜を探してきて・・。

G・Bacevitzという人の曲です。

ただユーディットは今、肩の手術をしたばっかりで、
来週からは弾けるらしいんだけど、
で、バーバラとマライケと3人だけで、
一回やったのです。あれは魔笛に行く前の時間だったな。

ユーディットは乗馬してて落馬したらしいです。
ユーディットと乗馬っていうのも、またイメージがぴったりだこと。
でもそれは5月のことで、そのときにプレート状のものを手術していれてたんだけど、それをまた手術して今回取り出した、らしい。
入試前に手術できなかったので、今やったってことらしい。

この日の本番がフランクフルトだったってことで、
本番後みんなで飲みにいった。
マライケは、今まで、私が教えた
「カンパイ」「アリガト」
のふたつを、気に入ってしょっちゅう言ってたんだけど、
今日は、自分もって言うときの、
「マライケも」
という言い方を覚え、連発していた。
飲み屋で周りがうるさいので、「も!MO!」とかなり強く言って教えてしまったため、
「マライケも!」
と、「も」が強すぎるのがおかしくて、腹がよじれるぐらい笑った。
クリストフが、バーバラとマライケと3人、あした車に乗っけてやるっていってくれた。わーい!らっきー。


木曜は、ジュゼッペの誕生日。土曜日に彼の住む寮のフロアでパーティです。
ゲネプロ前に先生にこっそり伝え、先生がみんなにこっそり伝え、
いっせいにみんなでハッピバースデーを弾きました。
これは、世界共通なのね。びっくりハッピーバースデー。

休憩時間にみんなで食べようと思って作ってったおにぎりが、
なかなか好評で、
「これ土曜日にもつくってくれない?米とか必要なものは買うから」
とジュゼッぺ。

とにかくその日は千秋楽だったので、コントラバスF♂に誘われて日本人同士3人で飲みました。終わった日のビールはうまい!


金曜日。
朝10時にジュゼッペから電話。
「ノブコ、買い物にいこう!」
というわけで、2人で日本食材屋へ。
米二�繊△�ゅうりのQちゃん、かつおぶしを買い、
そのあと、ほかの食材買い出しにも付き合う。


土曜日。パーティ。
15時にジュゼッペはうちにやってきました。
小さ目のおにぎりを二�訴�。せっせと作ります。
でも実はほとんどジュゼッペが来る前に終わらせちゃってた。

このおにぎりの具についてだけど、
Qちゃんとかつおだけではちょっとさびしいので、
前に友達が日本で買ってきてくれた炊き込みごはんの素を使って、
3合分は、それをおにぎりにしました。
3合分は、酢飯にして、
超ミニアボカド巻きを作り、海苔が足りなくなったので、
あとはアボカド+酢飯おにぎりという不思議なものを作ってみました。


おにぎりができて、それをジュゼッペに持ってってもらい、
私は学校でマライケ、バーバラ、ユーディットと待ち合わせ、
マライケの家へ。みんなでケーキ作り。
マライケはKronbergというフランクフルトから一時間かかるところに一家で住んでます。

私は、「混ぜ」係。
バター、砂糖、卵、粉、みんなが計ってどんどん入れてくるので、
ひたすらウイ〜ンとやっています。

焼いている間はみんなでマライケの部屋でしゃべったり、マライケが前から見せたがっていたビデオ(バルトリ)を見たり、CDを聞いたり。
マライケは読書が大好き。かなり読んでる。語学も、すごい。英語はもちろん、ロシア語、スペイン語、ラテン語などがちょっとずつ分かる。
なんか、簡単な本ない?と聞いたら、
星の王子様を貸してくれた。しかもテープつき。

ヘルマン・ヘッセは全部持ってた。バーバラもヘッセが好きみたい。
好き!の感じが「ファン!」ていう感じなのが、私には新鮮だった。
私も昔読んだけど、当時はすごく大人っぽいものを読んでる気分だった。また今読みたいなあ。
マライケが、星の王子様の次に貸してくれるというから、
ドイツ語で読んでみようか・・・な・・・。


いかにもドイツな、どっしりしたチョコレートケーキの表面にチョコレートを塗り、
M&Mチョコでカラフルにぐるっと円を描き、
その中に、アーモンドのかけらで、
「FÜR GIUSEPPE ALLES GUTE!」
とワーワーキャーキャー言いながらみんなで書いて、
できあがり。

さて、ケーキを持ってジュゼッペの住む学生寮へ。
行く途中で・・・、
私、財布落としました。

電車の乗り換えをするときだったと思う。
乗り換えた電車の中で気がつきました。
とりあえず、電車を降りて、来た道を戻ろうとしたら、
携帯に電話が!
「あなたはなにかなくしましたか?」
「はい!はい!さいふ!」
「電車の中で見つかりました。今、中央駅に22:20に着く電車に乗ってるので、中央駅で、会おう」
「ああ!信じられない!ありがとうございます!」

すぐにマライケに電話。
マ「運がよかった!本当によかった」
ノ「ほんとに!ジュゼッペに遅れる理由を言っといてね」

というわけで、ものすごく親切な人のおかげで、
財布、戻ってきました。
電話をくれたのも、財布を渡してくれたのもその電車の車掌さんでした。
彼が見つけたのではなく、誰かほかの人が気付いて車掌さんに渡してくれたのでしょう。
ああ!本当になんて運がよかったんだろう。

私の電話番号は、バーンカード(電車のカード)から調べたみたいです。
持っててよかったバーンカード。
持っててよかった携帯電話。

パーティ会場について、マライケの顔を見た瞬間泣きそうになっちゃいました。
なんか、すごい、一緒になって心から喜んでくれてて。
こんなお馬鹿に、みんな「よかった!運がよかった!」と言ってくれました。
バーバラには、「これからはもうしないよね。ポケットに入れるのは危ないよ」
と、軽く叱咤されました。ありがとうありがとう、もうしないよ!

と、そんなこともあったおかげで、テンションも上がり、
パーティということで、また、踊りまくりです。
マライケは、私とバーバラが踊り出したら、恥ずかしそーに部屋の端っこにいっちゃった。あ、文学少女、こんなの初めて?

でも途中からは、すごいテンションになって大声を張り上げながら踊ってました。


2002年12月13日(金) クリスマスコンサート

銀行主催の室内オーケストラのコンサートが終わりました。
ものすごく疲れた。けどもちろん楽しかった。

月曜はフランクフルトの北、BAD VILBELの、文化センター。
火曜は北西、SCHWALBACHの、市民ホール。
水曜はフランクフルトのど真ん中にある、銀行ホール。
そして昨日は東へ。HANAUの教会。

という4箇所で本番。

プログラムは、

バッハ:3人のヴァイオリンのためのコンチェルト(ソリスト;先生、ジュゼッぺ、トーマス)
ヴィヴァルディ:4人のヴァイオリンとチェロのためのコンチェルト(ヨハネス、ユキ、フローニ、イナ)
バッハ:ヴァイオリンコンチェルト(K子)

・・・・休憩・・・・・

ヴィヴァルディ:四季より冬(マリア)
バッハ:ドッペルコンチェルト(スヴァンティエ、先生)

ということになっており、
コンサートの名前は、
「クリスマスコンサート」
指揮なしの弦楽+チェンバロの室内オーケストラです。

うちの門下の学生が、怪我をしてる一人を除いて全員参加。
スヴァンティエだけが、うちの門下ではなく、バロック専攻の学生。
私は、ソロはないけど、その分オケで活躍。
バイオリンの中で私と先生だけが、全ノリ(全部の曲を弾く)です。
ほかの人はソロがあるかまだ若いかどっちかで、ソロがある人はその前の曲は降り番。マライケ等の若者たちも、一曲か二曲、降り。

バロックのスタイルということで、
チェロとチェンバロ以外は全員立って弾き、
舞台の配置は、対向配置。
ファーストに対向して、つまり、向かって右の一番外にセカンドが来ます。

さて。
私、なにを隠そう、身長155センチ。

先生、ジュゼッぺ、トーマス、みんな190ぐらいあると思われ。
揃いも揃って、さ。。


・・・じぇんじぇん見えにゃいにょ−。

スヴァンティエ(コンミス)がー。


それでもなんとか右に左に動いてたまに見える状態でやってたのですが、月曜日のゲネプロのときに、スヴァンティエからの提案。
私の隣の子と私が入れ替わる。というもの。
入れ替われと言われたときは、もしかして首?と一瞬思ったけど、
そのあとに、すぐ
「ノブコを見るため」
と言ってくれた。

休憩時間に、「いい考え!」と言ったら、前に一度そうやったことがあるんだってさ。私の背が低いからさ・・・と言ったら、いや、ソリストがたくさんいるときはいつもやっかいなのよ・・と言ってた。

そこで私からも、1つ提案。

舞台の左半分がファーストバイオリン(5名)。
真中に、チェンバロ。
右半分に、チェロバスビオラセカンド!(計15名)

降りバンのヨハネスに、「おかしい」と言われ、
客席への聞こえ方もおかしいそうなので、
どうにかならないかと思ってたんだけど、
私の提案というのは、
左半分にファースト、そしてチェロ。
真中チェンバロ。
ビオラ、セカンド。
にすればいいじゃん。って。

そのときは、ソリストとチェロのコンタクトの問題が・・・とか言ってたけど、
次の日から私の提案どおりになっていた。
・・・嬉しい瞬間。


2002年12月12日(木) すっかり仲良し

オペラ魔笛、マライケに誘われてバーバラと3人でいってきた。

マライケは、魔笛が大好きで、部屋でCDをいつも聞いてて、曲も歌えちゃうぐらい好きなんだけど、生で見るのは初めて!っつってめちゃ興奮してて、バーバラは、全く初めてで、話の筋も全く知らず、次どうなるかハラハラドキドキして見てたみたい。
私は、というと、モーツァルトを満喫しました。
モーツァルトの世界を。
言葉は分からないけど、それでも面白かった。
やっぱり、楽しい。面白い。モーツァルトって人は。


クリスマスマーケットに、マライケと一緒にいってきました。
超寒い中で、グリュ−ヴァインという、あったかくて少し味のついたワインを飲みながら、熱々の栗を食べながら、いろいろしゃべってました。
なぜ私達はクラシック音楽をやるのか。
そんな話題でした。
前に一度ここで書いたようなことです。

マライケは本当にいい子。
こんなにこの子と仲良くなるとは、初めて会った時には考えられなかったけどね。
6つも年が下だからさ。

5月に家族で北海にいくんだって。旅行で。
すーごくいいとこなんだって。ってこの話は前に聞いてたんだけど、
この日、クリスマスマーケットでしゃべってたとき、
「ノブコも来れる?」と誘ってくれた。

嬉しいぃ〜。

あと、スキーにも誘われてます。
私、実はスキーしたことがないと言ったら、
教えてくれるらしい。しかも板だなんだも貸してくれるって、マライケが。


2002年12月08日(日) 寿命縮んじゃう

昨日は、ひさっしぶりにアノ恐怖を味わった。

というのは、

昨日、今日と仕事のプロ−べで、
朝10時に学校に行かなくちゃいけなかったの。

昨日、朝、起きました。
寝ぼけたまま、顔を洗ってコンタクトレンズ入れました。
タオルで顔を拭いて、目を開けました。
・・・私、固まりました。

一気に目が覚めましたよ。

左目。確かに目に入れたのに。ぽちっと。
コンタクトレンズ・・・。

ハードです。はい。

もちろんこれが初めてではなく、
何度もやってます。
自分で踏んで割ってしまったこともあるし、流してしまったこともあります。


さあ、頭はフル回転。
どうしよどうしよ!
メガネでプロ−べに参加する自分の姿を想像したりしながら、
こっちってコンタクトを作ってから受け取るまでにどれくらいかかるのかなとか考えたりしながら、
探す探す!

可能性1.自分にくっついている。→よくよく見たけど、ない。
可能性2.床に落っこちてる。→よくよく見たけど、ない。
可能性3.洗面台のどこかにくっついてる。→よくよく見たけど、ないッス!
可能性4.と、いうことは、流したー?→だとしたら、勢いよく栓を抜いて大量の水、流したから、今ごろはもう下水道をどんどん流れているはず。どんどん流れて今ごろマイン川かも?どんぶらこっこ?・・・NO−!


ふー・・・・っと半ばあきらめ、
メガネかな。なんて現実的に考え始めた頃、

「ピカッ」

ん?

あ!

アッタ!!!

洗面台の横の浴槽まで飛んでました。


いやー、15分くらい探したんじゃないの?もっと長かったような気するけど!
うぉー!みたいな、ほおー!みたいな、
声が自然に出て自分でびっくり。喜びのあまり、雄たけび。


いろいろ書きたいことあるので、忘れないうちに書きたいけど、
最近、ちょっとゆっくり書けましぇん。
忙しいことはいいことですが。

・昨日、オペラ「魔笛」見てきました。
・明日から4日間、つまり4公演あるコンサート(仕事)です。
・今日、クリスマスマーケットいってきました。

予告でした。でわ。


2002年12月01日(日) 自分の意見を言う

昨日、マライケ&バーバラと3人で、コンサートにいってきた。
ベルリンで教えているという、ドイツ人(女性)のリサイタル。
場所は、フランクフルトから南に50km、Bensheim。

会場に着くと、そこにはマライケの友達がいっぱい!
ドイツには、いろーんなジュニアオケがあって、そこで知り合った友達なんだって。
抱き合って再会を喜び合う皆さん。
片っ端から私のことを皆に紹介してくれるマライケさん。
マライケと同じ位か、もっと若い子ばっかりよ。
そんなとこに混じっても割と違和感のない身長155センチの25歳。

コンサートの主催者の方が、私達みんなの分、招待券を用意してくれた。
その代わり、チケット売り&もぎりをみんなでやることに。私も、もぎり。

コンサートの休憩時間に、マライケとバーバラ2人に、
「どう思った?」と意見を求められる。
うう。来た。
「周りにいっぱい人がいるから、嫌。あとで。」と逃げようとしても、
「なんでよ?言ってよ!」としつこい。

やっぱり?

自分の意見が言えなきゃ、この国では生きていけない、ですよね。
可愛い顔してても、やっぱり2人ともドイツ人なのね。
そうやって小さいときから鍛えられて、育てられてるのね。
いいじゃーん、いろんな人がいてもさ、って思うんだけどねー。
そんなぬるいこと言ってちゃ、そのうち相手にされなくなるんでしょうね。

もう、この2人と仲良くなってから、いろいろ日本のこととか、いっぱい説明させられてるし、何かっていうとすぐに意見は求めてくるしで、
日々、大変ですー。

でも、おかげでドイツ語の練習になっていて、前と比べたらずーいぶんしゃべることに慣れてきて、話し言葉で使う語彙も増えてきた。
今は、話すのが楽しい。自分でも、驚き。こんな日が来るとは。
最近は、なんか言いたいことがうまく言えなくて困ったときに、逃げようとして
「ドイツ語で言えないから・・・」とでも言おうもんなら、2人から同時に、

「DOCH!」

と突っ込みが飛んでくる。うれしいけどね。

このDOCHは、否定に対して、それを打ち消すときに使うのです。


マライケの友人達の中で唯一Bensheimに住むミレーネという子が、コンサートの後にみんなを家に招待してくれて、手作りピザを振舞ってくれた。
終電でフランクフルトに帰る途中、3人になった瞬間に、
「で、今日のコンサートの感想は?」
・・・忘れてないし。

自分はどうなんだよ?と思いながら、彼女の演奏の問題点をあげ、
なんとかうまいこと自分の意見を述べ、ま、なんとか話はまとまり、
そこから話題が発展して、こないだのコンクールの感想を言い合ったり、
いろんな作曲家の話をしたり。
ずーっと3人でしゃべりながら帰ってきました。

えっとですね。面白かった、かな。
私も、多少、ドイツ人化してるのかな・・・。
うーむ。
そこら中にいるような、融通の利かない、ただの頑固なおばちゃんにはなりたくないんだけど・・・。


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