、まとめ
)
こあらの見た風景(要はブログ)
スタートしました。
| 2002年02月28日(木) |
いつのまにやら【追記】 |
追記部分へ
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ただいま、28日午後7時30分。夕ご飯の準備一通り終了。あとは、しばが帰って来る直前に仕上げるだけだ。
2月が終わってしまう。このことに、今朝のニュースで気がついたのだが、つい「今日で終わるんだぁ」といってしまったため、しばから浮世離れした人間(こあらですけど)といわんばかりの対応をされる。
それにしても、日々「体感時間」が短くなっているように感じる。1秒の定義は、「セシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9,192,631,770周期の継続時間」という、僕には良くわからないものの、変化することのないものである。でも、体感時間は短くなっている。このまま年を重ねるにつれ、どんどん短くなるのだろう。
最近、しばのおなかの調子がよろしくないらしい。そういえば、最近、こあらが夕食を作るのをサボっていたため、野菜が少ない食生活だ。ごめん、柴さん。そこで、今日は「野菜をひたすら取ったるで〜」との方針で夕ご飯を作った。
<メニュー>
・ごはん
・けんちん汁(鶏肉、にんじん、しいたけ、ごぼう、こんにゃく、ネギ、サトイモ)
・カボチャの煮物
・コールスローサラダ
これで、おなかが本調子に戻ってくれよ〜
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追記部分
ただいま、午後10時30分。しばが帰る気配がない。
柴さんが携帯電話を携帯していないので、確認の仕様がない。職場の電話に直接かけるのもねぇ・・・。
といって、いつまでもまっていると、こあらもおなかがすいてしまう。仕上げはしてしまったから、食べてしまおう。こういうときに一言「今日は遅くなるよ」とか「飲みに行くよ」という連絡をくれても良いのにとおもうのは、こあらのわがままではあるまい。
今日は名古屋出張だった。もちろん日帰り。
新幹線に揺られて往復4時間。その間に頭に浮かんだことさまざま。
1.賢い妻、柴。
柴自身は自分の事をボロボロに日記に書いているものの、実際のところ、柴は頭の良い妻である。特に、柴が「評価」するとき、その賢さを感じる事が多い。
柴さんは、物事を分析しながら眺めるということはしない、というより苦手のようだ。しかし、柴さんは直感に優れている。そして、その直感を言葉にするのがうまい。だから、こあらのようにあれこれ考えながら評価するより、物事の本質を見ぬくのがうまい。それゆえ、美術や小説なんかは、柴さんのほうが、作者の言いたいことを見ぬいていることのほうが多い。こあらが、真似したくてもできない点だ。
日記にしてもそうで、しばさんの文章はすっきりさっぱりしている。それなのに、言いたいことはちゃんと伝わる。こんな文章を書けるようになりたいと、しみじみ考えるこあらだった。
2.言葉遣い
先日、「英語の表現の違いによるニュアンスの違い」のような本を買った。たとえば、毎日遅刻する先生と生徒の会話、「また、遅刻ですね」「そうですね」という会話を、英語にしたときに、"You're late again."の答えが"I know."と"I know that."のどちらがふさわしい会話となるか・・・のようなもの。他にも、「丁寧な表現を覚えるのは必要だが、場合によっては皮肉になる。」みないのものもある。
でも、こういうのって、言葉そのものの問題というよりは、言葉のセンスの問題なんだよね。日本語でも同じなんだから。もちろん、知らなきゃ使えないのは確かなんだけど、知っていても使えるとは限らないわけでしょ?お世辞にもまともな日本語を使っていない人が、英語になったとたんにまともにしゃべられるはずがないもん。だから「言葉遣いにその人の地がでる」なんて言われるんだろうし。
ただ、英語をしゃべるときは、どうしても論理的な考え方をしないと話が進んでいかないのは確かだろう。日本語頭で考えると、ぜんぜん会話できないもん。ディベートってのは、日本語でするにはむかないのかもな。日本語が論理的でないというのではなく、言葉を使う環境が曖昧さを旨としているというか・・・困ってしまう。
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ほかにもいろいろ考えたけど、書けない内容なので今日は終わります。
おやすみなさいませ。
| 2002年02月26日(火) |
花粉症じゃぁないんです |
最近、いびきが絶好調らしい。その理由は単純で、鼻が詰まっているから。1月24日の日記にも書いたように、僕の鼻はもともと空気の抜けが悪いのに、これに加えて鼻詰まりだから、すごい音になっているんだろうと想像する。すまないの〜しば。
ただし、この鼻詰まりはアレルギー(=花粉症)ではありません。僕は、「現代人にしては珍しく」アレルギーを一切持っていないのです。
2年前の冬、こあらは咳が止まらない時期がありました。病院に行っていろいろな抗生物質を処方してもらうのですが、症状に改善の兆しなし。そこで、RAST法によるアレルギー検査をすることになった。
この検査は、「ある特定の物質について」アレルギー反応があるかどうかを検査するもので、時間がかかって少々高いのだが、何が原因か明確にわかるもの。こあらは、代表的なアレルゲン10種類(カモガヤ、ヨモギ、ブタクサ、スギ、ヒノキ、ハウスダストなどなど)について検査を受けたのだが、結果はすべてについて陰性。今現在陰性というだけでなく、当面大丈夫でしょうというお墨付きまで頂いた。
つまり、この鼻詰まりは花粉症ではないのだ。
だから、何?といわれれば終わりだが。
<余談>検査結果を伝えられたとき、ドクターに「現代人なら一つくらい引っかかるんですけどね」といわれた。どうやら僕は原始人らしい。
2月25日。僕が受験生だった時から、国公立大学前期日程の試験日。
今を去ること11年前、高校3年生のこあら。1日目の試験(2次試験は2日がかりだった)が終わり、ホテルに帰ってテレビをつけると、KBS京都のニュース番組が、北野天満宮の梅花祭といっていた。今日は菅原道真公の命日である。受験生だった僕は、バスに揺られて北野天満宮へ。神前に詣でお御籤を引くと、よくある話の展開なので恐縮だが、凶だった。
かくして、翌年再挑戦。その年は、年のはじめから一切天神様には近寄らず、代わりに「南無大師遍照金剛」と唱える日々(何かに頼るという点は変化していない)。おかげさまで(後期日程だったけど)無事に合格。
僕とは相性が合わないけれど、天神様は「学問の神様」である。それは、菅原家が「大学頭(だいがくのかみ)」の家柄で、かつ、道真公自身が学問の世界のスーパーエリートで、なおかつ、大学入学を志す貴族の子弟の学問の面倒を見ていた「菅家廊下」と言われる私塾を持っていたから。今の感覚なら「東京大学学長兼有名進学予備校校長」といったところ。ただ、この「学問の神様」としての信仰が始まったのは、江戸時代の寺子屋ブームの時なので、天神様自身も経験はそれほど長くないと思われる(それまでは、祟り神だった)。逆に言うと、天神様への「試験合格祈願」が始まったのは、江戸時代からだったのである。時代は変わらないものだ。
しかし、あの時試験に落ちていなければ、しばと出会うこともなかったわけで、天神様には感謝するべきなのかも。だいたい、こう言う経歴をお持ちの方なら、お願いしたところで、「何もしなくてもホイッと合格」のような神通力は発揮していただけそうにない。もし、声を聞くことができるのなら「普段からまじめに勉強しておくんですよ〜」と諭されるのだろう。
受験生の皆さん。ベストを尽くしてね。でも「人生万事塞翁が馬」ということもお忘れなく。
追記部分へ
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最近更新をしていなかったので、どうしたのだろうかと思っている皆さん(なんて、いないんだろうけど)。こあらは金曜日と土曜日をこのように過ごしておりました。
◎22日(金曜日)
仙台に出張してきました。
時間があったので、独眼竜政宗の像を拝みに行ったんだけど、
駅前に観光地図を置いている観光協会の皆様に申し上げたい。
「政宗像は山の上にあって、徒歩だと大変なんだよ」ということを
あらかじめ表示しておいて頂きたい。
僕はいつも歩いていこうなんて考えるから、、
登りはじめて大変だということに気がついたときには、
バス停なんてとっくの昔に通り過ぎていて、戻るにも戻れない距離で
スーツに革靴で山登りしたんだぞ!
まぁ、修復中の石垣工事の様子(文化財の修復なので昔ながらの方法だった)や
お目当ての像は拝めたので問題ないけど。
◎23日(土曜日)
ひたすら癒されたこあら。
昼ご飯は下北沢のマザーリーフ。
柴と下北散歩をして、つきまさでお茶。
そのあと渋谷で足裏マッサージ
下北で髪を切ってもらえなかったので、銀座で散髪。かわいくまとまる。
最後のとどめに、M氏のお店でお酒(1ヵ月ぶりにバーで飲みました)
いや〜、癒し系な日々
で、日曜日はこんなことをしていました。
◎24日(日曜日)その1
今日は試験だ。勢いで受験することにしてしまった日商簿記。
受験してわかった。僕は経理向きではない。
電卓をたたけばたたいただけ、答えが変わるんだもん。
昔習っていたそろばんを思い出した。
掛け算・割り算はともかく、見取算(たしざん&ひきざん)が苦手だったのだ
はじくたびに答えが変わり、その答えの中に正解はあるけど、その答えが一発で 出てこない・・・これで、よく3級まで行ったものだ。
世の中には経理の仕事をする専門家がいるではないか。
数行に渡る計算なんて、エクセルがやってくれるさ。
だから、僕一人ができなくても、世の中困らないも〜ん
あぁ、むなしい
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◎24日(日曜日)その2(追記部分)
昨日の夕方、学生時代からの友人、はまはま氏からメール。カラオケの誘い。
彼とは、ゼミが同じだったことから付き合い始めた。といっても、最初から仲がよかったわけではないのだが、あることがきっかけで話すようになったら、お互い気が合うことが判明したのだ。
一番気のあう点は「根っからのカラオケ好き」ということ。学生の頃は、3日とあけず、夜の10時ごろ、どちらからともなくカラオケを誘い、農学部前のバス停の近所にあったカラオケやさん(この前京都に遊びに行ったら、もうなくなっていた)で3時間ほど歌い、その後、こあらの家で眠くなるまで「桃太郎電鉄」に興じるという日々を過ごしていた。就職活動の頃は、厳しい状況にあるなかでも、今井美樹の「Piece of my wish(♪朝がくるまで〜)」を心の支えとして、慰めあっていたものだ。
さて、彼はカラオケが非常に上手だ。なにがうまいって、ちゃんとリズムに乗っていること。僕は「4拍子」をベースにした「規則正しい」曲なら、ちゃんと歌えるのだが、それを崩さなくてはならないものは苦手だ。つまり、8ビートの曲なら一応まともなのだが、ラップになると、歌っている本人がしっくりとこない・・・ということになる。ついでに言うと、同じ理由でスポーツクラブのエアロビの曲としてよく利用されている「ユーロビート」は好きですが(リズムがとりやすいんで)、ヒップホップは阿波踊りになってしまう。
彼がうたうラップは、ちゃんとラップだ。僕が歌うと・・・なのだが。
今日は、銀座で夕食を食べて2時間カラオケ。休日としては最高だ。彼との付き合いもこれからずっと続けていきたい
たまに、僕がお邪魔するホームページの掲示板に「やることがいっぱいあるのに集中できない」ということを書きこんだら、管理人さんが「時間を区切ってやれば?時間を区切ってそのとおりになったら達成感を感じられるよ」と、レスをつけてくださった。
そう、発想の転換である。区切りがないのなら、区切りを自分でつければいい。
今日の仕事、打合せ3件、残業たっぷり・・・そんな感じ。
打合せの内容も、「新規サービスの標準契約書の社内レビュー」「社内の業務基準の作成に関する意見交換」「商法改正に関する勉強会」で頭の使い方が全部違い、打合せ場所が全部違うオフィスだから、荷物を持ってえっちらおっちら移動しておりました。
すべての打合せがすんだのが定時前30分。本当は駅前留学したかったのだが帰るに帰られない。契約書がこんもりあったのだ。依然作った契約書の修正が3本。さいしょから作成するものが1本。
ここで、さっきの「時間を区切って達成感!」の方法を採用する。ちょっとしたことで達成感を感じながら、何とかすべての仕事を終えることができた。
すべてを終えて帰ってくると、しばがこあらのことを心配してなにかと気遣ってくれた。夫婦になってよかったと思った一瞬。
今日、社内で受けた団体受験のTOEICのスコアが帰ってきた。リスニング:385、リーディング:355の740点。うれしい。自己最高記録更新(5点だけど)!しばには負けているが・・・
ただ、7割方しか聞こえていないともいえるんだよね。これからの精進にかかっているのでしょう。
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今日は国会で面白いことがあったようだ。最近の総理を見ていると、胡散臭い政治家からにじみ出てくる「いや〜な感じ」が全面に出てきているようにみえる。問題は、この感じ「マスコミの報道によるもの」なのか、「自分の直感が感じているものなのか」の見分けがつかないことだろう。
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金曜日に仙台、来週の水曜日に名古屋に出張するこあら。両方ともJRを利用するのだが、切符の購入に一工夫をした。「連続キップ」にしたのだ。連続キップとは、「同じ経路を2度とおるけど往復ではない」キップのことで、今回の場合だと「仙台→(東京)→名古屋」「名古屋→東京」(東京〜名古屋間が往復)を一連のキップにしたのだ。
料金は片道キップをそれぞれ買ったものと同じだが、違うのは有効期間。それぞれ買うと5日と3日、だから水曜日に仙台、東京で途中下車して、水曜日に名古屋というのは、片道キップで買うとできないのだが、連続キップにすると、2つの有効期間を通算することができる。つまり「全体で水曜日から5日+3日=8日の有効期間のキップ」となるのだ。
なぜこんな買い方をしたかというと、東京と仙台、名古屋の往復切符を単純に買うよりも2000円ほど安く購入できるから。鉄道料金は長い距離の切符を買えば買うほど、1キロあたりの料金が安くなっているのだ。
正当な方法をつかって安上がりの道を探す。これは気持ちのいいものだ。
最近の日記を読み返すと、物事を悪い方向でしか考えなくなったような気がする。まずい。
昔、日曜日のよる7時30分のアニメ番組で「愛少女ポリアンナ物語」を放送していた。この話の主人公「ポリアンナ」は牧師であるお父さんに「聖書の中には喜びや楽しみという言葉がたくさん出てくる。つまり、神様は人間にたくさん喜べとおっしゃっている。だから、聖書だけではなくて日常生活に『よかった』を見つけ出してごらん」といわれて育つ・・・という話。(これは第1話ぐらいかな?)
そんなわけで、よかったを探すことにする。
1.役員にほめられた
今日、役員から「株主代表訴訟とその損害賠償」についてご下問があった。たまたま僕が席に居合わせたので、損害賠償責任の相続について簡単にまとめる。こ「簡単にまとめる」というのは意外と難しい。難しい理屈を並べた文書は簡単に作成することができるけど、それでは「素人」の役員には難解。だから、正確さを損なわない程度に簡潔に説明するのは大変なのである。
今回、1時間ほどでこの書類をまとめたのだが、あとで役員から「わかりやすかったぞ」とお声を頂いた。スタッフとしては、うれしいものである。
2.食材を無駄にしないですんだ
今日の夕食。冷蔵庫に生のいわしがある。これを料理しようと思った。元もと刺身用だから、さばこうと思ったら・・・さばき方を知らない。そう、こあらはすし屋の息子でありながら、魚をさばいたことがないのである。
まぁ、見様見真似で何とかさばくが、とても刺身で食べられるものではない。だから、包丁で軽くたたいて、しょうがと和えておこうと考える。しかし、軽くの予定がしっかりミンチになった。ならば、野菜スープに浮かべようと、丸く団子にしてスープに入れた後で気がついた。
「つなぎを入れてない(^^;」
かくして、野菜のなかにバラバラになったいわしミンチが浮かぶというきわめて奇妙なスープになった。でも、味はまともだし、なにより、食材が無駄にならなかったのが一番よかった。
3.ブッシュさんの国会演説が英語のまま聞き取れた
世の中の英語をしゃべる人が、みなあのようなしゃべり方をしていただきたい
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ただ、最後にひとこと文句を
四月からのペイオフにそなえ、普通預金金利を下げるそうな。
ある銀行は、年0.005%、別の銀行は年0.002%である。0.05%ではない。0.005%である。
金利計算してみよう。100万円を1年間預けると50円。0.002%なら20円だ。ATM時間外手数料なんて問題外。一体どういうことだろう。
| 2002年02月18日(月) |
嫌煙権の主張!!!!!! |
ブッシュアメリカ合衆国大統領の来日。確かにビックニュースかもしれないが、自分の生活には関係ないと思っていた。
今日は、麻布にあるお客様の会社で打合せ。麻布は、アメリカ大使館のある赤坂のご近所(?)。つまり、超厳戒態勢のど真ん中なんですね。私達の一行は、この「超厳戒態勢」のふちに沿って移動する格好になったから何事もなかったけど、他の会社の人がこない。3時の約束なのに3時45分になってもこない。
四時になって、やっと当事者が到着。新橋からタクシーに乗ったら、普段なら5分程度の道のりが、1時間かかったとのこと。ブッシュ君、やはり偉大なんだ。
たしかに、メンバーがそろわないからとビルの窓から外を眺めていると、低空飛行のヘリコプターがいったり来たり。こりゃ、大騒ぎだよな。でも、代々木で流鏑馬をご覧になるために、銀座から交通規制をかけることはないでしょうに・・・。
会議そのものは、プロジェクトの第1フェーズが終了したことの確認と、第2フェーズの進め方がテーマで、内容としては面白かった。やはり、お客様先に行くのは面白いものだ。
でも、「タバコ」だけは、すんごく気になった。おかげでず〜っと頭が痛かった。何で会議の席で煙草吸うのよ。しかも僕のとなりで。吸っているのはあなただけなんだよ!!!!!!!!!!他人の迷惑考えろよ!
今の家に引っ越してきて、通勤のとき、親父どもが歩きながら吸う煙草の煙が非常に迷惑だ。横浜に住んでいるときはそうでもなかったのに、東京に引っ越してきてから、朝のさわやかな空気なんてどこへやら。
でもこれは、決して「横浜がマナーがいい」という意味ではない。横浜のほうが人が少ない。密集していないから、煙だらけということはない。それだけである。シンガポールのように「煙草を捨てたら罰金」くらいにしてくれないかなぁ。そうしないとなくならないよ、歩行喫煙。
日本人にはマナーのかけらもないんだから。信賞必罰ですよ。
| 2002年02月17日(日) |
のほほんとした日曜日 |
◎あぁ、悪循環
最近、駅前留学での調子が悪い。思うように話せない。何とかしようとあがけばあがくほど、深みにはまっていく感じ。
あることが上達する過程は、階段を上るようなものではなくて、一定期間同じ所をだ〜っと走って、いっきに高みに「ぴょん」と乗るようなものとはよくいう。レベルが上がればあがるほど、この「だ〜」の時間が長くなるから、イライラする時間も長くなるわけだ。ここを我慢できるかどうかが、飛躍できるかどうかの分かれ目なんだよね。
・・・と、ここまで客観的に思うんだけど、実際の思いはまた別問題。最近、「自分が上がれないのはグループレッスンで一緒になるほかの人のせいだろう」とか「講師の質が悪いんだ!」とか考えるようになってしまった自分に気がついた。おぉ、まずいまずい。自分ができない原因を他人に求めるようになってはどうしようもない。まずは、できることからはじめますか。できないのは自分にどこか悪いところがあるせいなんだから。
◎夕ご飯
しばと「すたばでだばだ」しながら、今日の夕ご飯の話になる。柴はシチューが食べたいらしい。確か、しばこあら家では「食べたい人が食べたい物を作る」というルールのはずなのだが、自然の成り行きでこあらが夕ご飯のセッティング。
シチュー作りのポイントは「ひたすら弱火で煮ること」
水を入れて、一度沸騰させてから弱火にして煮込む方法だと、中の具(とくにジャガイモ)が煮崩れをしてしまって、さらっとしたシチューにならない。だから、弱火でひたすら煮こむだけなのだ。(もちろん、アクはすくいましょう)
あと、市販のルーを使うなら「火を止めてからルーを入れる」ことでしょうか。こうするとダマができません。ルーは沸騰していないと溶けない・・・ということはありませんので。
しばから、「もみ師」「づけ師」にならんで、「煮物師」の呼び名を頂いた。こあらはこうやって、台所仕事にいそしむように、柴にてなづけられていくのだろう。まぁ、自分の好きな仕事だし。惚れたほうの負けなんでしょうけど・・・。
| 2002年02月16日(土) |
うちの会社の困ったちゃん |
タイトルに関係することは後ほど。
今日は通常の土曜日。いつものようにレッスンにゆき、いつものように外出する。しかし、今日は学生時代のしばと僕の共通の友人が東京に出てくるので、彼と夕ご飯をともにするために銀座へ。
彼との付き合いは、実はしばのほうが長い。いつものことですが、詳細はしば日記でどうぞ。
自分の行動パターンをふりかえると、外出先の中心が銀座であることに気がつく。銀座という街、外界で使用されている円とは違う価値でお金が流通する街。しばと「銀座円で計算すると・・・」と、冗談混じりの会話をするくらいである。
確かに、銀座は「お高い」。でも、よ〜く探せばお得な店は多い。「銀座は高い」という先入観がある状態で物事を見ると、見落とすものは多いのになぁと残念に思い、同時にほくそえんでしまう。
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さて、「困ったちゃん」の話。それは、入社15年目にしてまだ平社員(年功序列人事がほとんどの当社にとっては非常に珍しい)の方の話。彼のことを知る人のなかでは、彼は「シリアルさん」と呼ばれているようだ。彼は私より入社年次が上であり、本来はこのようなことをいってはならないのだろうが、この呼び方は納得せざるを得ない。彼に振り回されている人は、社内にかなりいるはずだ。
ここで、少しだけコンピュータの話。
例えば、PCで作成した文書をプリンタで印刷するときには、印刷するもののデータをPCからプリンタに送ってやらなくてはならない。この送る方法は、それぞれの装置(ディスプレイ、マウス、キーボードなどなど)ごとに決まりがあるんだけど大きく「パラレル伝送」と「シリアル伝送」にわかれる。
「パラレル伝送」とは、複数のデータを同時に送信する方法で、「シリアル伝送」とは、データを一つづつ順番に送っていく方法。ちょうど、バケツリレーをするために一列に並んでいる人に、バケツを3つづつまとめて渡していく方法(パラレル伝送)と、1つづつ渡していく方法(シリアル伝送)の違いと思っていただければ、わかりやすいかもしれない。ただし、「3つづつのためバケツは早く届くが、途中で重さのためにバケツをひっくり返してしまう可能性があり、そうなると最後まで完全にバケツが届かないこともある」パラレル伝送と、「1こづつだから速度は遅いが、確実にデータは届く」シリアル伝送という特徴もある。
ここから本題。「シリアルさん」のシリアルとは、データのシリアル伝送のシリアルから来ている。
一つの業務の中には複数の要素が含まれる。今回の話で言えば「社内調整」「機械の手配」「自部署内の調整」「お客様対応」・・・かな(もちろん、この要素ももっと細分化される)。普通仕事をするときは、いや、日常生活でも、この要素の一つ一つについて、「これはここまで」「これはまだやらなくてもいい」と判断しながら、すべての件を同時進行で解決していくのだと思う。
彼の場合、この要素の一つにしか目が行かない。いったんはじめてしまうと、他の要素は一切目に入らない。他から至急処理してほしいとの要請があったとしてもそれは変わらない。どんなにたくさんのやるべきことがあったとしても、彼がするのは1つだけ・・・だから、シリアルさんなのだ。
最悪の状況はまだ続く。シリアル伝送なら「遅いけど確実」なのだが、彼の場合「遅いうえに、いいかげん」である。その彼が「事業取り纏め部署」にいて、「この業務の唯一の担当者」である以上、指示がない限り業務は進まない。ずっと前から「指示をくれ!」と要望しているのに、締切ぎりぎりになって「本件至急処理願います」と依頼がきたら、「お前のせいだろう!」と激怒しないはずがなかろう。結局周りが振り回されることになる。そして、そのことを本人は知らない。いや、気がつかないのだ。
加えて、彼は他の業務を一切担当していない(正確には、他の業務を担当させてもらえない)、専従である。それなのに、この体たらく。あまりのひどさに、ある人が、彼の上司に担当を変えてくれと訴えた。その答えがすごい。
「担当変更はできない。いま、うちの部は非常に大きなプロジェクトを推進していて、優秀な人材は、すべてそちらにつぎ込んでいる。担当を変更すると、優秀な人間をプロジェクトから減らしてしまうことになる。そして、彼をそのプロジェクトに参加させることは絶対にできない。彼の言うことは無視してどんどん業務を進めてくれ。」
おいおい、上司がそれを言うかよ。・・・にしても、こんな社員を養っている当社。まだ、余裕があるんだな。
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これまで書いてきた日記をふりかえって思った。
その日の気分の波が、そのまま日記に反映されている。ショック(T_T)←顔文字つき
早く、「しば」をはじめ他の皆さんのように、「一定のレベルのものをコンスタントに」書けるようになりたいなぁ。
引っ越してまもなく3か月。部屋もそれなりに(ここがポイント)片付いた今日この頃、しばとこあらの居場所が,僕は和室で、しばはホットカーペットの上と決まってきた。しばが会社の同期と飲みに行ってしまった金曜日のよる。僕はバムセとともに日記の更新中。以前も日記に書きましたが、うちのなごみグッズ「バムセ」はこういうやつです。

一番小さいのが手のひらに乗っかる大きさとなっています。
おやすみなさいませ・・・・
| 2002年02月14日(木) |
バレンタインデー<追記> |
<追記>
手作りチョコレート。手作りケーキと異なり、「ただ溶かして固めなおすだけなのになんで『手作り』っていうんだろう」と思っていた。もし、手作りというのなら、カカオマスとカカオバターを混ぜるところからちゃんと手作りしろ!なんて。
でも、誤解だったんですね。その「溶かして固める」って作業は、意外に難しいみたい。料理番組を見ていて思った。「製菓用チョコレート(こういうものがあることすら知らなかった)」を溶かして、味をつけて、滑らかに食べられるように固める・・・大変だ。
バレンタインデーが過ぎ、製菓材料売り場が落ち着きを取り戻す頃、トリュフ作りに挑戦してみるか。食べてくれる人もいることだし。
***********************
朝、少し寝坊。今日も、白こあらと黒こあらの戦いが繰り広げられるも、バタバタして出社。
今日は「いわゆる」バレンタインデーである。今日の収穫、同じ部の女性一同と生命保険の営業職員さんからもらったものの2つ(一つはすでに残業の友として胃の中)。しばから?どうでしょ。しばさんは、その辺無頓着だから。
生まれてこのかた、家族親族以外からもらったことのあるチョコレートは、しばからのものだけである。
チョコレートがどうこうと気になるお年頃である思春期真っ只中の頃の顔と今の顔、年齢の差はあるものの、雰囲気に大きな変化はない。だから、実物の私をご存知の方にはわかると思うが、僕は決してチヤホヤされるルックスではない。加えて運動が全くだめ、そして、女の子の気をひくような話ができるわけではない。つまり、「その当時の年頃の女の子が男を見てかっこいいと思うポイント」からことごとく外れているのだ。当然、チョコレートと縁があるはずがない。ただ幸せだったのは、僕がこのことに無頓着だったことだろう。
最初に出会ったときにやはり「へんなやつ」と僕のことを思っていたしばよ。僕を選んでくれてありがとう。
2001年8月10日のしばの日記に、こんなことが書いてある。
>目は書類に落としてるねんけど、私の意識ははるか彼方へ
>(←BGMはコンドルは飛んでゆく)。眠気の神様(多分、
>コンドルの姿をしている)が、私の頭をがしっとつかんで
>そのまんま遠くへさらって行くかのような。あ〜れ〜。
きょうはまさにそんな状況。眠気の神様がふわ〜っとやってきて(姿はやはりコンドル)、頭の上でしばし御休息状態。気が遠くなることはなかったけど、いつまでたっても眠気が取れない。しかし仕事が去っていくわけではないので、「必要以上に頭を使わなくてもいい仕事」から順番に片付ける。
今日は英語のレッスン日だった。帰宅するのが9時近かったので、「今日はしばも遅いから夕ご飯は作らないでおこう♪」という黒こあらの誘惑もあったのが、無事に帰宅、台所に向かう。白こあらの勝利だ。予想したとおり、しばは遅い。一人で夕食を先に済ませる。
夕ご飯の途中にしばから電話。これから帰る・・・日付が変わるかもな。
***********************
最近はオリンピック関連の番組しかないので、TVはしばしお休み。今は、モーツアルトのレクイエムを聞いている。葬送の曲のはずなのになんとなく明るさを感じさせるのは、なぜなんだろう。
書いてある以下の一節。これは、こあらに対するあてつけのひとこと。
(昼)お気に入りのお店で醤油ラーメンwith味付けたまご
(大変美味しゅう御座いました>こあらさん)
私の妻、しばさん。黙って立っていると「ちょいとそこ行くお嬢さん」と声をかけたくなるような、おとなしくて、清楚で、気品が漂う女性であるが(言い過ぎかも)、しゃべりだすとそのイメージはもろくも崩れる。
別に関西弁が問題なんじゃない。その言葉遣いがとてもとても気になるのだ。
言葉や立ち居振舞いは、普段からきちんとしておかないといざというときにちゃんとしたものができない。その人の個性といってしまえばそれまでだが、ピシッと決めている柴さんに、「このラーメン、うまい!」は似合わない。
付き合い始めた頃、しばさんはせっかくの自分の魅力を、十分に引き出す術を知らなかった。そのときから、こあらの「しばちゃんMyFairLady」計画は始まった。歩き方、かばんの持ち方、座り方、レストランでの振舞い方などなどなどなど、こあらはしばを必死に磨いた。
あと残されるは言葉づかい。緊張しているときではなく、ちょっとした時に出てくる「ことば」。これを磨き上げるだけである。
| 2002年02月11日(月) |
3連休第3日(久しぶりに薀蓄を) |
今日は建国記念の日。そこで、久しぶりに薀蓄をたれてみることにした。よろしければ、日記の後半をご覧ください。
月曜日なのに会社に行かなくてもいい喜び。でも体は正直で、いつもの月曜日のように目が覚めてしまった。もちろん二度寝しましたが。
今日は取りたてて予定も組んでいなかったので、午前中はしばしゴロゴロ。でも、放っておいたらいつまでもゴロゴロしているしばとは異なり、ゴロゴロできない僕。どこかに出かけようとしばをせかす。
最近、僕は東急ハンズがお気に入りだ。何でもそろっているんだもん。独身時代は特に買うものはなかったので、行くことはなかった。しかし、最近生活をするようになると、ほしいものがたくさんあるある。ついでに、マニアックなものまでそろっている品揃えに感動して、しばとこあらの散歩道の一つとなっている。本当は、渋谷のハンズに行きたかったんだけど、柴の反対により新宿のハンズとなった。今日もこまごまと買い物をした。満足。
夕方、いったん家に帰ったあとマッサージへ。明日からの元気をもらう。夕ご飯はこあら作のおかゆ&しば作のスープ。最近、しばの味付けが僕に近づいてきた。まぁ、夕ご飯は僕が作るから、当然なのかも。
こあらが日記を書いているその横で、しばは仕事をしている。しかし、ファイルサイズがあまりに大きいので自動解凍ファイルで圧縮したらと勧める僕に、「自動解凍ファイル形式で圧縮して、もし会社で開けなかったらどうするの?」と詰問する柴。おっしゃることは御もっとも。しばとこあらの性格の違いは、こんなところでも発揮されるのである。あぁ、おもしろい。
*****ここから薀蓄*****
建国記念の日。決して建国記念日ではない。そもそも祝日は「国民の祝日に関する法律」を根拠としている。この法律の第2条で建国記念の日を定めているのだが、その日は「政令で定める日」としか書いてなく、「建国記念の日となる日を定める政令」により、2月11日と決まった。
この建国記念の日に関する祝日法改正(同時に敬老の日なども制定)と政令が出されたのは昭和41年。そして、昭和42年から2月11日が祝日となったのだが、これまでに2月11日が休日であったことがなかったのかというとそうではない。戦前の紀元節がそれだ。
紀元節の起こりは、明治5年にまでさかのぼる。翌明治6年から太陽暦を採用することになったとき、日本書紀の神武天皇即位の日「辛酉春の正月朔日」を太陽暦に変換するとどうなるか計算したところ、BC660年2月11日となったのだ。
紀元節は天皇家の大きな行事の「四節日」であるため、国家行事として、宮中三殿で天皇御親祭(天皇自らに祭祀を主宰なさるもの。)で儀式が行なわれ、このとき全国各地の神社でも同様に儀式が執り行われた。(祭日については、注参照。)
法律上の建国記念の日のスタンスは「国家にも誕生日があってもいいじゃない。だからどの日でもいいんだけど、政府が2月11日を誕生日ということに決めましたよ」というもの。そんなわけでこの日は、日本という国が何らかの形で明確に成立した「建国記念日」ではなくて、自分の誕生日に自分のこれまでを振り返ってこれから頑張っていきましょうと思いをはせるように、日本のこれまでを振り返るための目印としての役割を果たす日、なのである。
「建国記念の日」の「の」、ゆめ疎かにするなかれ。
(注)「祭日」も戦前に「天皇家のお祭りの日」として定められた日のこと。現在は祭日という言葉は法律上使われていない(法第3条第1項「国民の祝日は、休日とする。」)が、昔の名残でいいまわしだけ残っているのだろう。なお、旧祭日のほとんどは名前を変え(新嘗祭→勤労感謝の日)、現在も同じように休みである。
なお、戦後GHQの命令により紀元節が廃止され、国家行事として、2月11日の天皇の宮中三殿の祭祀はなくなった。しかし、昭和天皇はその後も「思し召しによる臨時の祭り」として、つまり、「天皇がお祭りをなさりたいとお考えになったので行う祭り」として、従来と同様に親祭をなさり、今上の陛下もそれを踏襲なさっているとのことである。もちろん、皇室行事としておこなわれるため一般には公開されていない。
| 2002年02月10日(日) |
3連休の第2日(誕生日) |
今日は僕の誕生日。祖母によると、母親が分娩室に入ったのは前日の午後8時くらいだったらしい。しんしんと雪の降り積もるなか、母親は10時間の難産に耐えてくれた。僕が出てきたのは、10日の午前6時33分。お産がすんで部屋に戻ると、前日からの雪がやんで一面の銀世界の中、朝日がとてもきれいだったと、祖母はいっている。いずれにせよ、お母さんありがとう。
ちなみに、なぜ僕がそんなに出てくるのが遅かったのかというと、僕が上下逆さになっていたから。出口に頭を向けていない「逆子」ではなくて、頭は出口を向いていたけど上下逆さ。よつんばいでハイハイしていたのではなく、床を背にして足をバタバタしていたらしい・・・このときから人と変わったことをして親に迷惑をかけていたのね、ほっほっほ。
昨日の日記に書いていた「今日の予定」。それは、しばの日記友達(?)である「はんなさん」とオフラインでお会いすること。
(行動の詳細はしばの日記をご覧ください。)
彼女とは上野駅での待ち合わせだったんだけど、待ち合わせ場所に行くと空からゆきがちらりほらり。上に書いたようないきさつを何度も聞かされて育ったせいか、雪が降るととてもうれしい。特に今日の雪は天から僕への誕生日プレゼントのようで格別だった。誕生日祝いの電話をくれた祖母によると、鳥取も今日は雪だったらしい。
彼女に実際にお会いすると、「若いっていいなぁ」と思えた。行動に勢いがあって、肌にハリがあって・・・と、そんな意味ではなく、自分の好きなことにひたむきに向かっている姿。最近、僕が忘れていたものだ。いつのまにか心も老け込んでいたらしい。自分を見つめなおすいい機会になった。
彼女とわかれた後は、銀座を散歩。しばが食事をおごってくれた。ありがと、しば。
今日は3連休の初日。だからといって「土曜日」に変わりはないので、僕は英語のレッスンへ。いつもと変わらない週末のスタートだ。こういうときに駅前留学をすると、だいたい聞かれるのは「この3連休に何かするの?」
ほっといて・・・旅行が趣味というわけでもなく、ただひたすらのんびり(=無為に)ときを過ごしたいだけだから、連休だからといって何かするわけではないのだ・・・と、英語で言ってみたいものだ。
ただいま夕方の5時くらい。しばとこあらは駅前留学が終わり、昼ご飯を食べに帰ってきたら、眠くなってしまった。午後の散歩に出ようかと思っていたけれど、そのまま家でゴロゴロとしている。このあと特に動かないと、このまま今日は終わってしまう予感。平日にバタバタしているから(特にしばは)、一日くらいはいいか。
明日、しば&こあらはちょっとした予定がある。今から楽しみだ。
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ただ今、午後8時20分。予想どおり、夕食を作る以外はやはり何もしなかった。しばとこあらが一緒に住むようになり、こあらはTVを見なくなった。その分、CDを聞いたり、しばと取りとめもないことを話している時間が増えた。
今日も、僕が夕食の後片付けをしている間、しばが後ろでお茶を飲んでいたので、今後の駅前留学のあり方(おおげさか・・・)について、世間話する。こういう時間をこれからもちゃんと確保していきたい。
田中前外相の「引継ぎ式」問題。新聞やテレビを見ていると、「川口大臣と外務省改革について話をしたい」と「私の前任者は小泉総理大臣だから引継ぎ式の必要はない」とは、一方は正論でもう一方は感情論だから、議論がかみ合うはずがない。
日本は、感情的なことがあると正論を正論としてとおすことを嫌う社会、つまり、論理に感情論をぶつけ、本来議論のかみ合わないはずの議論を無理やりとおして、正論を述べる人を攻撃する社会である。その典型例が、大学1年生のときの法学入門で教えてもらった「ため池子供溺死事件」の隣人訴訟だ。
隣人訴訟の名のとおり、この事件は近所づきあいの中でおきた。ご近所で仲のよいAとBがおり、Aが自分の子供をBに預け買い物に行っている間に、Bの子供と一緒に遊んでいたAの子供がため池に落ちて死亡してしまった事件で、裁判所は、Bの管理が不充分だったと過失(ただし、過失相殺7割)を認めて、BがAに約250万円の損害賠償を支払うよう命ずる判決を出した。
この判決が出たとき、世論はA(原告)を「隣人の配慮に甘えて預けておいて損害賠償を取るとは何事」「自分の子供の命を金に替えるのか」と非難した。新聞もこれをあおった気がする。この非難に耐えきれず、Aが訴訟を取り下げることを決定すると、今度は世論がB(被告)を(Aは判決を不服として控訴していた)、「Aは訴訟を取り下げたがっているのに、取り下げないのは何事」「おまえは人殺しだろう」と非難し、訴訟を取り下げざるを得なかった。
これは「たとえそれが正論であっても、世間の感情を害するようなことを言うと必要以上に猛反発をくらう」ことの典型的な例かもしれない。「川口大臣の前任者は小泉総理で、手続きはすでに終了している」との発言は明らかに正論だけど、「真紀子さんかわいそう」の世論がある中で正論を主張したから、「話もしないのか」という世論の反発を買い、「小泉悪者」の論調が強くなってしまった。結局のところ、田中氏の「外相は明確な返事はしていない」で解決したように見えるけど、世論を十分に把握しての策略という気がしないでもない。
ちなみに、この授業の中で先生が「過失割合を7割としたところが裁判所の限界」とおっしゃっていたのは覚えているのだが、それ以上のことは覚えていない・・・われながら中途半端な覚え方だ・・・
出張してきました。プライベートを含めて初めての東北地方。京都にすんでいた頃は、中途半端に遠い地域だったので交通費がかかさむと敬遠し(本当に遠い北海道へは格安ツアーがある)、横浜に来てからは、いつでも行けると優先順位が低い地域となり、結局足を踏み入れることがなかったのです。
杜の都、仙台。仙台駅に降りたら、駅前にずら〜っと並ぶケヤキ並木(でも、このケヤキ並木があるから「杜の都」ではない)。そこをてくてく歩いて出張先に向かう。
出張の目的は、当社の関連会社の許認可申請のお手伝い。基本的にこういう仕事は、いくら関連会社であろうとも、自分たちでやっていただくのが原則なんだけど、この会社は諸般の事情によりルーティンの処理ではどうしようもないので、要員として僕が派遣されたのでした。
僕の仕事は、「宮城県庁に行って、担当官と直接話をすることで「何が必要か」「どうすればよいのか」を見つけ出すこと。」法律に限らず、手引き・マニュアルというものは、事情を知っている人が読むとよくわかるが、知らない人が読んでもどうしようもないという、本末転倒な事が多い。役所の担当さんもえてしてそんな傾向があるため、「向こうの言葉をつかってこちらの意向を伝え」、「こちらの言葉で社内に事情を説明する」ことが僕の仕事だった。この件に付いては、無事にその役割を果たすことができた。どうやら、もう一度仙台に出張することになりそうだ。(課長、ありがとうございます!)
ところで、関連会社に行くと、いや、うちの支社でも、行ったらすごく丁寧にもてなしてもらえるし、ペーペーの僕が幹部クラスに「こんなことをしないでください!」ということもできる。今回もそうだったんだけど、これは、「こあら」そのものを信用しているんではなくて、「本社の法務担当」であるこあらに頭を下げてもらっているんだと考えている。これを考え違いしないように注意したい。ぼくは、頭を下げてもらえるような人間ではないのだから。
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結局、自宅についたのは8時過ぎ。柴は当然帰っておらず。最初は夕食の用意をするつもりはなかったんだけど、つい台所へ。たぶん、台所は僕の癒しの場になっているのだろう。誰かのために食事を作る、自己満足かもしれないけど、これが僕の生活の「ベース」になっていることは間違いない。
もちろん、たまには作ってくれてもいいんだよ。あーだこーだうるさいかもしれないけど。>しば
やったことが裏目に出るってのは、全くないわけではないんだけど、最近とくに顕著なのが「夕ご飯の買い物」
夫婦でスーパーに食料品の買い物に行くとき、結婚してよかったとしみじみと感じます。でも、そうやって買い物に行った翌日以降、残業続きで「ご飯作れません。ごめんなさい」と、しばにメールしなくてはならないことが続く。
今週もそう。日曜日にうきうきと材料を買ってきたら、月曜日はつくれたのですが、(昨日)残業、(今日)残業、(明日)出張と、全然作らない。すぐ作るだろうからと買ってきた塩鮭や豚バラはそのまま冷凍庫へ。焼き魚やトン汁に生まれ変わるのは、一体いつになるんだろう。
明日の出張は仙台です。本当は課長が行く予定だったんだけど、急遽僕に変更になりました。始めての東北地方(これにより、足を踏み入れたことがない地域は四国のみとなりました)。楽しみなんだよな、始めての仙台。でも、東北支社には行きたくないんだよな。東北支社に行くのが仕事なんだけど・・・会いたくないんだよな、あの人には・・・
○仲間入り
最近、会社にいる奥様方と「食材」の話で盛り上がることが増えた。「ここで売ってある○○というのがとてもおいしいの〜」「どうやって使うの?」のような会話だ。たぶん、僕が「一家の食事を預かる人間」として認識されたゆえの結果だろう。なんとなくうれしい。
○父のことをふと思い出した
僕の両親はすし屋を経営している。だから、両親、とくに父親と一緒にいる時間なんてほとんどなかった。そんな父親に教えてもらったこと、それは職人の父親らしく「本物を知ること」だった。本物を知らなければ偽物が偽物だとわからない、かならず一流に触れなさい、ことあるごとにそういっていた。食べ物を扱っている商売をしているせいか、日常の食材は本物を揃えてくれた。世間にあふれている偽物をみて、「偽物を使ったらお客様は将来必ず離れていく」と言っていた父は、僕に何が言いたかったのだろう。
こういう育てられ方をしたせいか、「なぜかわからないけどいいもの」に対する感度は高くなっている。おかげで「買うときは大きな買い物」というものが多いけど、愛着の持てる品ばかり。僕と柴との間に子供ができたら、僕の子供にも、僕が両親から受けたように、本物に触れさせて大きく育てたい。たぶん、これが僕ができて、一番喜んでもらえる親孝行だろうと思うし。
○余談
柴の日記を見ていたら、夕ご飯に「野菜とつみれのミソスープ」とある。うまいこと書くなぁとおもった。作った本人としては、当初は、つみれと野菜の「味噌汁」にする構想だった。しかし、だしで煮込んでいる最中、つみれの臭い消しに酒、隠し味にしょうゆ・・・なんて入れているうちに、一通りの下味をつけてしまっていた。加えて野菜は「春菊・白菜・まいたけ・にんじん」とまさに鍋物。結局、味噌は入れたけど、味噌味の鍋物仕立てのスープになってしまった。
まぁ、おいしかったからいいか。
○英語のテストで高得点を取るには
学生時代の模試の採点バイトの経験からすると、英文和訳の場合
�|姥譴琉嫐�よりその前に下線部の文法的な構造を見ぬき、
��大きな意味の固まりごとに正確に和訳する。
というのがポイントだと思う。
つまり、単語の意味を知っていて、それをずらずら並べても、しょせん得点には結びつかないということ。採点する側からすると、「条件節はわかっているけど、関係代名詞はわかっていないんだな、だから○てん」という採点が理想的だ。
そしてもう一つ。「わからないなら潔く諦めろ!」これは採点側の心証を良くして、必要以上に減点されないように防ぐ効果がある。自分だって高校生だったから、気持ちはわからないでもない。しかし、君にとっては1枚の答案でも、こちらにとっては数千枚のうちの1枚。時間とは有限である以上、君に深く関わりあっている時間はない。知っている意味ををずらずら並べていたところで、構造を理解していない文章に明日はない。
しかし、書いてある以上は読まなくては成らないのが採点者の宿命(さだめ)。急いで書いた乱雑な字をゆっくり善意に解釈しながら読んで、結果として得点がなかった時の(英語は減点法の採点だった)哀しさ、むなしさ、そして憤り。こんな状態で他の問題の採点をして、優しい気持ちで採点できるであろうか。
最後にもう1度繰り返す。わからないなら書かないで!。
入籍して早2ヵ月と少し。しばとこあらの間に全く昇らない話、それは「新婚旅行」。少なくとも僕に関して言えば、「どうして結婚したからといって旅行に行かなくてはならないの?」というくらい全然興味がない。ただ、実際に新婚旅行について聞いてきた人に本当にこのように言ってしまうと、相手が引きつった笑顔のままを固まってしまうので、気をつけるようにしている。
今日は予約をしていなかったけど、空きがあったので駅前留学。
僕はいま「レベル4」にいる。始めた1年前は柴と同じ所だったのだけど、1年間のたゆまざる努力(と、どんどんレッスン代を出してくれる会社)のおかげで、何とか今のところまで登ってきた。
このレベルにいる他の生徒さんは、だいたい「海外に住んでいました」とか、「海外旅行が好きです」という人が多い。今日もNYに滞在していたことがある人と、ロンドンに語学留学していた人と一緒だった。
このような構成になると、僕にも「海外に滞在したことある?」とか「旅行したことがある?」という質問が来るのだが、申し訳ないが海外にはまったく興味のない私としては、答えに困ってしまうのである。
もし、海外についてのモチベーションの高い人なら、たとえ行ったことのない人でも話はしやすいだろう。でも、僕は海外に行ったこともないし、行きたいとも思っていないのだ。これを取り繕うため、かつては「アメリカに行きたいんです」などと嘘をついていたのだが、最近は(これも半分は嘘なんだけど)「業務命令です」と言うようにしている。行きたいとも思っていないところに行きたいというと、「行ってなにをしたいの?」のような次の質問に対して答えられないからだ。ただ、業務命令という言い方も、僕としては楽なのだがレッスンの雰囲気を完全に壊してしまう場合があり、注意を要する。
だいたい、なんで英会話を学ぶ人は海外に興味をもたなくてはならないのだろう。「人はみな海外旅行をしたいものである」という前提で会話されるのがたまらなく不愉快なのである。
たぶん、海外に興味がないのは僕の食わず嫌いだろう。でも、僕の野菜の好き嫌いを、無理やりでも食べさせるとか、食後のおやつをちらつかせながら練習させていくうちに直したように、僕が海外にどうしても行かざるを得ないシチュエーションになるか、何らかの「報酬」が得られることが約束されない限り、海外に行くことはないんだろうな・・・。
「海外の文化に触れること」は僕にとって「報酬」にならない。僕の海外熱に火がつくのは、一体いつになるのだろう。
当社は、一応IT企業である。だから、従業員はパートさんや派遣さんなど関係なく「最低」一人1台PCが配備されている。そして、社内の連絡ツールとしてきっちりメール・スケジュール管理などの機能を備えたグループウェア(メールソフト)があるため、社内の連絡は基本的にメールを通して行なわれる。
事務連絡だけではない。住所変更などの人事関連の申請、出張旅費や立替金の支払などの経理部署への申請、はたまた(個人的には気にくわないが)給与明細までも、すべてメールで届く会社である。おかげで、PCが使えない状況になると身動きが取れないということにもなる。そんなわけで、仕事の依頼もメール経由が大半。こうすると、極端に言えば人に合わなくても仕事はできてしまう。
今日は東京のオフィスに座っていると、いろいろ相談を持ってきてもらえた。僕は、相談の回答を、メールだけではなく、できるだけ直接相談相手とお会いして面と向かって話をするようにしている。そうしないと、真意が伝わらないことが多いからだ。また、それが僕を営業の最前線である東京のオフィスに配置した理由だ。「現場の人と話をしておいで」ということである。
人間がコミュニケーションを取るときには、言葉は大切な道具ではあるけど、表情などの言葉以外の情報というのも大切なんだそうな。電話なら「声調」というものもあるけど、メールは単純に言葉の勝負である。たまに、すごくストレートな表現でメールをくれる人がいるが、本人を直接知っているからいいようなものの、これを全くの他人が見たら、「怖い人」とか「どぎつい人」または「自分のことだけが一番だと思っている人」と誤解するだろうなぁ・・・と思う人はいる。
時代はどんなに進んでも、「アナログ」な世界は大切なのよね。ついでに、自分の文章も気をつけよう。言葉って、むきみの刀なんだよね。