チュニジア・カルタゴ空港にて
◇
空港の外のタクシー乗り場では、運ちゃんたちが車から降りて仲間うちでたむろしている。そのなかの一人が、バックパックを背負った東洋人のカモ(僕)を見つけて食いついてきた。小柄でやや小太りな中年オヤジ。精一杯の笑顔で話し掛けてくる。
「どちらまで行かれますかー? ん?ん?」
ホテルの場所と名前を告げると、ちょっと考えてから、
「うーん、だいたい20ディナールくらいですかねぇ。ん? ん?」
とのこと。これは高い。かなり吹っ掛けてきている。おそらく空港から出てきた僕を、今日チュニジアに到着したばかりの旅行者だと思い込んでいるんだろう。入国して間もなくまだ相場感覚が分からない旅行者からボってやろうというわけだ。
こういう輩はヨーロッパでも多かった。なんの良心の呵責もなくこういうことができてしまうのを見ると、なんともやり切れない気持ちになる。どうしてこう騙そうとするのかねえ、こっちの人たちは……。ため息まじりに、トズールから国内線で着いたんだよと言うと、すかさず言い値が13ディナールに下がる。でも、まだ高い。
「それと荷物が2ディナールだから15ディナールでどうでしょうねえ。ん? ん?」
…………。
彼はしきりに「遠いです、とても遠いです。30キロメートルもあるんですねえ。ん? ん?」というが、地図で見てみると、どう多めに見ても15キロ。そこで、メーターで走ってくれと言ってみるものの、オヤジはなんとしてもメーターを使わずに行こうとする。
まあいい。それなら、事前に話をつけよう。タクシーで荷物代を請求する習慣のある都市は他にもあるしね。 相場からしてこの距離だと7〜8ディナール。チップ込みで多めに払うとしても10ディナールってとこかな。
「オーケー、10ディナール。でも荷物で12ディナール。ん? ん?」
もう怒った、他に乗る!と、僕が後ろのタクシーの運ちゃんに声を掛けようとすると、やっとのことで「分かった分かった」ということになった。これでもメーターで走るよりは儲けられるのだろう。
料金交渉というのも、旅慣れないうちは楽しめるものだけど、行く先々でこう度々だとさすがにうんざりする。数百円をケチろうというんじゃない。ただサービスに対する適正な対価を払いたいだけなんだよ、俺は……。
やっとのこと助手席におさまって発進。しばらくするとオヤジはラジオをつける。聞こえてくるのは、男が甲高い声で「♪ハンニャーハーラー」みたいなことを歌っているアラビア歌謡。するとオヤジが口を開く。
「アラビアン・ソング、2ディナール。ん? ん?」
まだ言うかこいつ。今はそんなジョークが面白くない気分なんだよ。
「プチッ」
電源を切ってやった。するとオヤジはまたスイッチを入れて、今度はチャンネルを替える。この曲は知ってる。『ジャマイカン・イン・ニューヨーク』だ。 すると、
「レゲエ・ソング、3ディナール」
…………。
オヤジの「サービス」はさらにエスカレートする。信号待ちの間に「これ、読みます?」。そちらを見ると、
「新聞、1ディナール」
そんなミミズがのたうち回ったような文字(アラビア文字)なんて読めないっての(怒)。しかしこういうやりとりを続けていると、次第に次はどうくるかと期待をしてしまったりもする。オヤジもオヤジで次のネタを考えているらしく、二人ともしばし沈黙――。
いいネタが浮かばず落ち着かないのか、オヤジは頻繁に車線を替える。しかしウインカーは出さない。自称神経質の僕は、薄暗くなってもライトを点けない奴とウインカーを出さずに車線変更する奴に虫唾が走る。イライライラ……。
さらにオヤジは、車線をまたいだまま走り続けたりもする。道がそんなに混んでいないとはいえ、これがまた神経に触れる。イライライラ、イライライライラ……。
するとオヤジが急ブレーキを踏んだ。なにかと思えば、前を走っていた車が何の合図もなしに突然道の真ん中で停車したのだった。追い越しざまにその車を覗き込んでみると、案の定おばちゃんドライバーだ。探している建物に夢中になるあまり、後続車のことなど頭からすっ飛んでしまっているらしい。おばちゃんのこういう行動というのは、万国共通のようである。
どうやらオヤジもおばちゃんの無神経さに対して憤りを感じたらしく、
「んんんー(怒)! マダム、マダム!」
と小声でつぶやく。そしてそこで、油断していた僕にすかさず次の手を打ってきたのだった。
「マダム・プロブレム、2ディナール。ん? ん?」
こいつ、おもしろいわ。
2001年07月21日(土)
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