おひさまの日記
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2010年11月30日(火) スローなブギにしてくれ 2

そして、ひとつ前の話のつづき。

カメラが壊れて気落ちして帰宅したabu、一緒に気落ちするフリをする私(笑)
そして、新しいカメラ、1D Mark�犬陵縮鹽蘇爾鯡曚辰萄垢圭个靴拭�

それをじぃーーーっと見ていたabu。
かなりしばらくじぃーーーっと見ていたabu。
そして、突然叫んだ。



「えええええっ!!!!!
 買ったの!?」





「うんっ、買った♪」

「呆然とする」って言葉があるけど、
それはまさにその時のabuみたいな状態を言うのだろう(笑)

なっ、とか、おぁ、とか、くぁ、とか、意味不明な音声を発した後、
やっと状況が飲み込めたようだった。
自分のところに新しいカメラが来ることを。

「ありがとう…」

abuがぺこりと頭を下げた。



夜遅くなって、abuは自分のことを話し始めた。

実は、abuは今のカメラに性能の限界を感じていた。
この頃はモトクロスの撮影をさせていただく機会が多く、
それは、つまり、びゅんびゅん走るバイクを撮るということ。
動的被写体を捉える時、
1秒に何回連写できるか、フォーカスポイントがいくつあるか、
そういったカメラの基本性能が結果にダイレクトにつながる。

abuは今のカメラでできることに限界を感じ、
その先の写真の世界を体験したいと感じていた。
基本性能がより素晴らしいカメラを手にした時、
今の自分の限界が限界でなくなり、その先にどんな写真を撮る自分がいるのか、
その場所に行って体験したいと、切に願い始めていた。

そして、今までずっと次はどのカメラがいいか迷ってきたけれど、
その思いが明確になり、手にしたいカメラが決まったのだった。
それが確固たるものになったのが、私が狂って(笑)カメラを買った前々日だったそうだ。

それまでは、自分でも思いがブレていて、
写真をやっていく上で自分はどう在りたいのか、どうなっていきたいのか、
そして、どんなカメラを手にしたいのか、はっきりしてなかったんだって。

ある日それがすべてくっきりとした輪郭を持って彼のものになり、
そして、私が狂った(笑)というワケ ( ̄▽ ̄)

私の発狂(笑)は、彼の内面の動きに連動していた。

自分のこれからの在り方、そして、そのためにパートナーに選んだカメラ、
すべてが明確になった時、自宅コードネーム「まめこ」ことえみやに何かが働きかけ(爆)
彼の願いを叶えるべく、発狂ボタンが押されたのだった(笑)

私が急にabuのカメラが欲しくなって買った日に、カメラが壊れたって聞いて、
それだけだって、ぎゃーっ!!!!!って、思ったのに、
そんなabuの話を聞いて、なるほど、すべてはこうなるべくして起こっていたのかと、
そして、それは、彼が創造した現実に他ならないのだと、
そのために力を貸してくれた多くの存在のおかげなのだと、
思わずにいられず、私は、めっちゃ興奮した。

だから、人生ってたまらない!
こういうことがある度、私は宇宙への信頼をより深く大きくしていく。
そして、これからはこうしたことがより頻繁に、そして当たり前のように起こる、
そんな時代になっていくんだって。



でもね、カメラの値段が値段なだけに、やっぱ心不安はあったんだ、ぶっちゃけ…
(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル
夏には新車買ったばっかりだったし。

カメラを買ったそんな翌朝、数字の羅列を見たの。
2と7の組み合わせ。
エンジェルメッセージ見てみると、こう書いてあった。



「新たな仕事あるいは入学、
 あるいはローンの申込みなどといったことをしましたか?
 これらの番号はよい知らせのしるしです。
 気をゆるめずに、そして、
 信じる気持ちが揺るがないようにするように言っています」




ひゃーーーーーっ!!!!!
。゚(゚´Д`゚)゚。



まさにローン、つか、クレジットカードリボ払い。
これ読んでわーん!って泣いちゃった。
それでいいんだよ、って、後押ししてもらえた気がして。

またもや私の頭の中で、
南佳孝の「スローなブギにしてくれ」のサビのフレーズが繰り返し流れる。




♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム




私達がもし古いカメラを修理して使ったら、
修理代にかかった金額を悔やみながら、何も変わらない毎日を送ったと思う。
心のどこかで次のステップへの兆しをかき消したことを知りながら。

壊れたカメラは修理され今度サブ機になる。
サブ機になることで、新しい役割を持つことで、
別の意味ですごく大切なカメラになった。
すべてがおっけだった。



前回に続き、決して無謀な買い物がいいことなんだと言ってるんじゃあ、ありませぬ。
それは念を押しておくよー。



そして、私は決めた。
こうして大きな買い物をする時、笑顔でキャッシュをドーンと出す人になりますぞ。



私達はこういう感覚に従って流れてゆく生き方が板についてきた。
でなければ、今、こんな生活してないって(笑)
こんなってどんなだよって感じだけど、まあ、いつか笑って話すこともあるだろう。
ひとつだけ言えることは、未来を思う時ワクワクするということ。

前にこのブログで紹介した造田さんのブログにこんな記事があったよ。
すごく素敵な記事です。



「変わった反省」



ぜひ読んでみて!!!
コレを読んで、あ、この未来へのワクワクは、
未来の私から今の私へのメッセージだ!って思ったの。

「ここ(未来)はすっごく楽しくて幸せで豊かなんだよ。
 だから、そこ(今)は不安で何も見えないかもしれないけど、
 大丈夫だからね!」

って、未来の私が今の私を励ましてくれてるんだって確信したんだ。
えへっ。



あああ〜、カメラが来るの楽しみだな!
abuの世界がどんどん広がってくのがすごくうれしいな!
それを見ているのが本当に幸せ。
そして、私も、まだ見ぬ素敵な世界へ、行くぞっ、おしゃーっ ( ゚∀゚)ノ


2010年11月28日(日) スローなブギにしてくれ

強い衝動が湧いてきた。

「こんなこと考えるなんておかしいんじゃ…」

何度もそう思ったんだけど、強い衝動がそんな思考をかき消す。
爆発しちゃうんじゃない?ってほどワクワクする。

やばい(笑)

そして、私は車を走らせ近所のカメラ屋さんに向かった。
キタムラに着くと、店員さんを捕まえて元気よく言った。

「1D Mark ��、現品ありますか?
 欲しいんです」

「お取り寄せで1週間ほどかかりますが」

「結構です。
 ください」

「ありがとうございます!」

10秒で商談成立(爆)

「メンテとか全部お願いするんで、限界まで安くしてください」

そう付け足すのを忘れなかった ( ̄▽ ̄)



1D Mark �犬箸�Canonのカメラのこと。
今私達が使ってるMacが5台くらい買えるほどの素敵なお値段なわけだ。
それを、思いつきで買ってどうする、オレ!!!!!

どうしてもそのカメラが欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。
そして、abuにプレゼントしたかったのだ。

abuは新しいカメラを買うかどうかずっと迷っていた。
機種も迷っていたんだろうけど、何より、経済的な面を考えて買わずにきた。

今、彼のステップアップの時期だと感じていたので、さらにいいものを持ってほしかった。
それを持つことによって彼の可能性と世界が広がる予感がした。
そう考えるとワクワクして仕方なかった。
でも、その値段に私も迷った。
今のカメラも使えないわけじゃないし。
そして、日々は過ぎていった。



それがだね、今日、なぜか、急に頭からそのカメラが離れなくなった。
そして、カメラを買いたいという強い衝動とワクワクが私を興奮させた。
abuは撮影に出かけていていない、買って驚かすなら今日じゃん!
頭が真っ白になって何も考えられなくなり、
私は壊れたように(笑)カメラ屋に突撃したのだった。

帰ってきて予約伝票を眺めているうちに、
自分のしたことって果たしてよかったんだろうか、なんて考えがよぎった。
払えんのかな(爆)とか。
ちょっと心の病気だったのかな(核爆)とか。



その少し後、撮影に行っていたabuから電話が入った。

「いやぁ、まいったよ。
 撮影の途中でカメラが壊れちゃったんだ…」

落胆したのが目に見えるように、電話の向こうで声が細く消えていく。

「来週末も撮影があるのに、どうしよう…
 修理に出しても間に合うかどうか…
 ちょっと壊れ方がヤバいんだ」

私は心の中で、

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

大興奮。

こういうことか!
こういうことだったのか!
あの消えない衝動とワクワク、コレでしたかーっ!

私の中では、南佳孝の「スローなブギにしてくれ」のサビのフレーズが繰り返し流れていた。
って、同年代の人しかわからないと思うけどね ( ̄▽ ̄)



♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム
♪人生はゲーム



もぉ、だっからたまんない、人生ってば!
ゲームみたいだよ、ホント。

新しいカメラを買ったこと、abuが帰るまで黙ってよう、後で驚かそう、そう思い、

「カメラ壊れちゃったんだ、大変だったね…
 まいっちゃうね…」

お悔やみを述べるかのように低く暗くそう伝えた。

でも、携帯を持っていない方の右手は、
肋骨にひびが入ってるなんかすっかりどうでもよくなって、
よっしゃーっ!!!のガッツポーズを何度も繰り返していたのだった(笑)

電話を切った後、私はひとり、

「きゃははははは!!!!!」

と、部屋でぐるぐる回った。
もうホント肋骨が痛いのなんてどうでもよく、興奮して空手の突きまで出る始末(笑)
やっぱ痛かったけど(爆)



abuが帰ってから、驚いたことはもちろん、
彼の心の中で起こっていたこと、そして、ずっと胸に秘めていた思いを語り出した。
それを聞いて驚いた。

私は、自分が感じた衝動とワクワクが、そして、それに従ったことが、
決して間違いではなかったことを100%確信した。

それについては、また次のブログで。




もし、おりこうさんな頭が、

「そんな高い買い物したら大変だよ。
 分割って言ったって払えるの?
 今それどころじゃないでしょ?
 ちょっと冷静に考えなよ」

そう強く主張していたら、こんなことはなかった。

ふと思い出したのだった。
まだabuに出会う前、私が自分のカメラを買った時もこんな感じだったことを。
そこから人生が転がるように変わっていったっけ。
abuに出会ったのだって、消えない衝動のまま今まで持ったこともないカメラを買ったからだ。
周りからは、カメラ持ったこともない人間が20万も出してそんなもの買って、
おかしいとか、もったいないとか、冷静になれとか、言われたな。

今のMacを買った時だってそうだった。
無謀な買い物に見えたその選択が、私達の変化の突破口になった。
ワクワクして爆発しちゃいそうな衝動が私を呼んだ。

私の変化はいつもこうした衝動の先にある。

あ、無謀な買い物をすすめてるんじゃないよ(笑)

♪人生はゲーム



つづくー。


2010年11月24日(水) 光の時代に向かって

10月のはじめに風邪をひいた。
点滴を2回しても、熱が下がらず、症状が改善されず、1週間寝込んだ。
扁桃腺がかつてないほど腫れて、喉には白い膿が張り付き、
あまりに痛くて眠れず、痛み止めも効かず、うめいて朝まで眠れない夜を過ごした。

8月後半から続いているくしゃみと鼻水は相変わらず続いている。
現在治療中。
ずびずび。

そして、先日、お風呂場でコケて肋骨にヒビが。

そんな私を見て、何人かの人が言った。



「ツイてないね」

「不運続きだね」

「悪いことばかり起こるね」



それを聞いて思った。
端から見るとそう見えんのね、って(笑)
当の本人の私は別段何も考えていなかったのだ。

「塞翁が馬」は有名な言葉であり、有名なお話。
それなんだ?という方はこちらで読んでみてね。

それが、いい、悪い、と判断するのではなく、ただ見つめていく。
それが今ここで起こった出来事として、ただ受け止めていく。

その出来事がどういうものだったのか、それによってどういう流れになるのか、
それは後になって初めてわかること。
そして、それはそこで完結することなく、また次の流れへとつながってゆく。

出来事から、気づくこと、学ぶことは必ずある。
自分でも気づかないでいた自分の想念を見せつけられることもある。
だから、その時、その時、その出来事を目の前にして、今できることをしていく、
そんなのがいいなぁって思う。



もちろん、人間様なので、何かあれば心が反応し、感情が湧いてくる。
心地いい感情だったらいいけど、苦しい感情の時もある。
そして、すべてがそこにあってそれでよくて、
自分はそこでどう在るか、それを選択していくことが自分にできる最善のこと。

そして、最近では、何かあって自分に訪れる感情も選択するようにしている。

感情は勝手にわいてくるものであって、選べないもの、ずっとそう思っていた。
けれど、違うとわかった。
感情も選べる。
自分が感じたい感情を選べる。
選んで、その感情を感じる自分でいる。
そういう状態が心地よく、常にそれを続けていくというのが、
今の私が最も力を入れていること。

そういうことができるというのは目からウロコだった。
できるんだよ(笑)
かつてはできないと思ってたけど(爆)
一体どうすれば私は幸せになるの?
一体どうすれば私はうまくいくようになるの?
その問いに答えるものを発見しちゃったんだからーっ♪

それについて熱く語った記事(笑)

があるのでぜひ読んでみてくださいね!



ここ何ヶ月かの私をツイてないと言った人に、そんな自分の考えを話すと、

「前向きだよね」

「プラス思考だよね」

と言われる。
でも、別にそういうわけじゃないんだよね。

いい方に考えるんだ!と自分を奮い立たせてそう考えてるんじゃなく、ただそう思う。
取り立てて悪くも受け取っておらず、また、よくも受け取っておらず。
私がすることと言えば、そこにある感情とお付き合いすること。

それは、きっと、44年生きてきた中で、
何かが起こってもそれがまた何かに続いていくということ、
ひとつひとつの出来事が訪れるのには何らかの意味があって、
その意味でさえ、時にはずっと先にならないと見えないものであり、
今わからないものは後でわかるもので、
わかったそれさえもまた何かに続いてゆく、
そんな思いが自分の中で固まってきたからかもしれない。

そして、すべてがありがたいものなのだと。

塞翁が馬。

意識して、物事をそう捉えるようにしていくうちに、
それが習慣になって、ひとつひとつに振り回されない自分になってゆく。

だから年齢を重ねるって素敵。
年齢がひとつ増える度にうれしくなる。
また素敵な生き方のレシピを手に入れて心地よくなるんだ、って。

今、私達の意識は急速に変化する道を辿っていると感じる。
ゆるやかだった流れが、激流になり、私達を引っ張ろうとする。
光の時代に向かって。

最近自分に訪れる出来事や、出会いや、体験が、強くそう感じさせる。
そして、そんな体験とシンクロする仲間がたくさんいることが。

みんなでいいことさ行くべ by 茨城弁。



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最新の「まるおくん」もよろすくね♪

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2010年11月20日(土) おかめ!

昨日は、Emisuオーナーの本間氏とそのお友達、
そして、私達夫婦の4人で、浅草の酉の市に行ってきた。

これが、行こうとしていったのではなく、振り返れば面白いもので、
私の仕事のミスが、最終的にたまたま酉の市につながったという(^◇^;
でも、「たまたま」って「たまたま」じゃないんだよなぁって、いつも思うのだ(笑)

ああした場では、空気がシャープでイキイキして力強くて、
そこにいるだけでもとてもよい気をいただくことができる。
新しい年を間近にして幸先がいいなぁとうれしくなった。
宝船を買って来年の商売繁盛を祈願し手をたたき、
楽しく清々しい時間を過ごした。

誘ってくださった本間さんに心から感謝!
行って本当によかったなぁ.。゚+..。゚+.

偶然と呼ばれるものによってどこかにいざなわれるってのは、本当にエキサイティング。
いつも見守られ助けられていると感じて幸せな気持ちになる。



浅草寺から少し歩いた鷲神社には、なでるとご利益があるという「なでおかめ」がある。
酉の市のど真ん中でもあり。
その顔のどこをなでるかでご利益が違うとか。
そんなこととは知らず、あの笑顔がたまらなくて、顔全体をなでなで(笑)

そうしたら、とってもうれしく楽しくなった。
どんなことも、

「まあ、いいじゃないの。
 あはははははは」

底抜けに明るい満面の笑みで、笑い飛ばしてもらっているような、
そして、こちらまで一緒に笑ってしまうような、
やさしくてあったかくておおらかな気持ち。
ああ、いつもこんな気持ちでいたいなぁ、そう心から思った。
不思議なおかめ。

次の瞬間、私はabuのそでをくいくいとひっぱった。

「おかめ欲しい。
 ねー、ねー、おかめ欲しい」

abuはびっくり。

「えええっ、おかめ?
 なんでおかめ?」

おかめが大好きになったの。
そばにおかめがいたら、いつも笑顔でいられると心から思った。
毎日眺めて、毎日なでて、幸せな気持ちになれるって、確信したんだ。
そうでない感情に顔が歪んだ時も、おかめといると笑顔に戻れるって。

私のおかめコールは延々と続いた。

「おかめー
 おかめー
 おかめー」

abuはおかしなものを欲しがると思ったんだろう、くすくす笑ってばかり。

そして、翌日の今日、ウチにおかめが…

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

前々からの予定で、今日は家族で紅葉を見に成田山へ。
行ってみるとお土産物屋さんにおかめの面が。
うへへへへ、もぉ、すべてがうまくでき過ぎてるって(笑)

色々な店に色々なおかめがあったけれど、やっぱり好きな顔ってのがあるんだよね。
それに、なでおかめみたいに、どうしても木彫りのものが欲しかったの。
とあるお土産物屋さんのおかめにピンときて、即購入(笑)

たまたま入れていた予定が、ウチに来るおかめとのご縁をつないでくれたことにも感動と感謝。
「たまたま」は「たまたま」じゃなく(笑)

きゃははははは.。゚+..。゚+.
おかめー.。゚+..。゚+.
うれしいぞ、すごくうれしいぞー.。゚+..。゚+.
毎日、ながめて、なでて、あああ、考えただけで幸せー.。゚+..。゚+.
いつも、いつも、そんな気持ちでいることを、私は強く望んでいる。

そして、周りの人におかめみたいな笑顔を向けられますように。
私が笑ってみんなも笑って幸せになりますように。

こんなに強烈に惹かれたんだもの、きっとおかめとのご縁をいただけたのね。
本当にうれしい。
本当にありがたい。
今日もよい日です。


2010年11月16日(火) doing ではなく being

時代には流れがあって、色々なものがよりよく進化している。

昔、素晴らしいと思われたもの、大切であろうと思われたもの、
それが、時代の流れと共に変わっていくことはよくある。

そんな中で思うことがある。

それは、自分自身も時代の流れに合わせて生きていくことが大切だということ。

たとえば、ずっと昔は、スポーツをする時は水を飲んじゃダメ、なんて考えがあった。
学校の運動部などは、練習中に水を飲むなどもってのほか、
根性で乾きに耐えながら練習するのがいいとされていた。

けれど、今は、水分を補給しながら練習をする方が体にいいという認識が浸透し、
運動部もそうだし、個人でスポーツをする人も、水分補給には気を配っていると思う。

そういうふうに、時代時代でいいとされるものは変わってゆく。
かつて正しいとされていたもの、素晴らしい、大切だとされいたものも、
間違いが修正されたり、もっと素晴らしいものに発展していったり、
あらゆるものがよりよくなってゆく。

だから、自分の生き方も変えていく必要が出てくることがあると感じる。
なんでそんなこと思ったのかというと、自分の仕事について考えたからなんだよね。

10年ヒプノセラピーをやってきて、
その10年の間に時代は確実に動いて、
人の精神的な成長や自己回帰は加速していると思う。

ヒプノを始めた当時は「癒し」という言葉が頻繁に使われるようになった頃で、
人が本来の姿であることにブロックをかけているものを解き放つ、
まさに「癒し」が主体だったように思う。

けれど、8年目くらいからかなぁ、なんか違うと感じるようになった。
自分がしていることに違和感を感じ始め、
そんな思いをいだくようになってから、セッションが減っていった。

前回のブログにも書いたけど、

「癒しを進めていくのはいいけれど、じゃあ、その先はどうすればいいの?
 具体的にはどういうふうにすればもっと素晴らしい人生を送れるようになるの?」

それが、まさに私の心の声だった。

トラウマが、心の傷が、
ほら、あんなことが、こんなことが、ってのが、
だんだん苦痛になってきたのだ。
もちろん、そういうプロセスは必要。
ただ、ひたすらそこにフォーカスしていくのがイヤになったのだ。
私の場合はね。
その次の何かをしたかった。

けれど、その声を聞かないようにしていた。
今だからわかる(笑)
その声を聞いて受け入れてしまうと、
今まで自分がしてきたことを、これから続けられなくなってしまうからだ。
これをしていれば、うまくいくんだから、豊かでいられるんだから、
そんな過去の栄光(笑)にしがみつく自分がいた ( ̄▽ ̄)

確実に時代が動いていることを感じていた。
でも、それに合わせてしまうと、今までの自分じゃ通用しなくなる、
そんな焦りがあったんだよね、きっと。

じゃあ、新しいものを学んで取り入れればいいじゃん、ってことになるけど、
私にはピンと来るものがまったくなかったのね。
頭で考えれば、あれがいいんじゃない?これがいいんじゃない?ってのは、
わんさかあったんだけど、どうもピンと来ない。
ピンと来ないと動けない、動きたくない。

いつか、ヒプノに出会った時のように、
ワクワクして、いてもたってもいられなくて、どうしてもこれがやりたい!
そう思えるものに出会いたい、そう思い続けていた。

セラピストを休業して、パートに出たり専業主婦したり、またセラピストに復帰したり、
その間に写真やウェブの仕事がいただけるようになって、
そっちをやりながら、私はいつも「何か」を欲していた。

そして、気づいたのが、昔の自分の栄華に(笑)執着している自分だった。

昔の自分のようになろうとしていたみたいなんだよね、ずっと。
ほれ、モデルケースがあるとイメージが描きやすいし、
うまくいってた体験があるから、またそういうふうになろう、って。

でも、今の私は昔の私じゃないし、時代も10年前とは全然違うし、
かつてそこにあった何かじゃなく、まだ見ぬ何かになってもいいのかなと。

まだ見ぬ何かって言っても、肩書きのある何かではなく、
どう在るか、それが大切なのであって、どう在るかが確立されると、
自然にその自分が引き寄せるものに出会えるんだと、最近は思うよね。

だから、何かになろうとするのをやめました。
どう在るかに心砕くようにしました。
そして、こう在りたいと願う姿でいるために惜しみなく力注ごうと決めたのね。

これから社会とどう関わり、人のためにどんなことができるのか、
それを感じていこうと決めたのね。
そんな中で心惹かれることに触れて表現しながら。

時代の流れにやっと乗っかった私なのでした。

ここ最近、なんか、あ、あ、あ、と気づくことが多く、
そして、そんな自分の内面の変化を加速させる人やブログやサイトとの出会いが多く、
本当にありがたい限りです。

今、取り組んでるのは食生活の改善かな。
食べるものが自分の体を作るので、まずはクリアな体を作ろうと。
と、言うか、自然にそういうものが欲しくなった。

ここ3週間ほどでずいぶん食べるものが変わったよ。
まだコーヒー飲んだり、タバコ吸ったりしてるけど、
それに対して体がイヤイヤしてるのも感じてる。

体が欲するものを取り入れ、体が欲する状態になるよう努める、
そういう努力ってのは価値ある努力だと思うので、なんかワクワクしてる。

さー、行こうっと。
こっから始まる世界へ。


2010年11月13日(土) 『思考は現実化する』の秘められた真実

こう感じたことありませんか?

「自分なりによさそうなもの色々やってきた。
 でも、なんかいまひとつわからない。
 変わらない現実が目の前にある。
 それをなんとかするために具体的にはどうしたらいいの?
 それがわからないから困ってるんだ、抜け出せないんだ、今一歩なんだ、
 誰か教えてくれーっ!!!」

って。

実はそれ、私の心の叫びでした ( ̄▽ ̄;)

潜在意識が、思考が、言霊が、感謝が、魂が、あれこれがどうのこうの、
そんな知識はイヤっちゅーほどあちこちで頭に入れました。
心から納得したし、本当にその通りって思いました。

でもね。

それを実際にやって形にするためにはどうしたらいいかわからなかったんです。
まるで、映画を見ていて、クライマックスにさしかかった時、
画面いっぱいに「END」の文字が浮かび上がるかのように、
いいところまで来てその先がないのです。
おいおいおい、最後が知りたいんだよ!
そこが肝心なんだよ!
いつもそこで終わりかよ!
最後を教えてくれよ!
心の中で叫んでました(笑)

ええ、そうです、私もセラピストです。
でも、そんな壁にぶつかっていたんです。
ポロッと本当のことを…いやん、はずかすぃ(笑)

30代に入ってすぐ、ヒプノセラピーを体験し、
自分が抱えていた自分を望まない方向に引っ張っていく観念達に出会いました。
感動し、自分の人生の謎が解けた気がしました。
ヒプノセラピーは無敵、これさえあれば人生が変わる!って思いました。
そして、自らもヒプノセラピストになり、10年に渡り催眠療法を提供してきました。

もちろん、ヒプノセラピーは素晴らしい心理療法です。
深い癒しを体験することができます。
人生に対しての深い洞察を得ることができます。
それが新しいスタートラインに立つ準備を整えてくれるのです。

けれど、私はいつしかその先を欲するようになりました。

「あれ、癒しを体験して、自分を受け止めて、
 現実をよりよくするために具体的にどうしたらいいんだ?
 癒しのその先は?」

10年に渡りヒプノセラピストとして活動してきて、
ある地点で私の中に湧いた疑問でした。

その「どうやしたらいいんだ?」の答えをクライアントさんにご提供できないジレンマ。
何より、それが明確になっていない自分のふがいない現実。
一度、セラピーの世界から身を引いてパートタイマーになったのは、
今思えば、そうしたジレンマや、変えていきたいのに動かない現実、
そんなものがわだかまりとなって私の中で育っていったからだと感じています。

セラピストに復帰してからも、
癒しのその先でもっと素晴らしくなるための「何か」を常に欲していました。

先日、それにさっくり出会いましたぁ(笑)

「あ、これだ!」

ピピピっ!と来ました。

前置きが長くなりましたが(笑)

造田修作さんのブログ

『思考は現実化する』の秘められた真実

をご紹介します。

この造田さんのブログに、私が何年も何年も求め続けてきた、

「現実を変えるためには具体的にどうしたらいいんだ?」

の問いへの答えあったのです。
読み進めていくうちに、あ!あ!あ!と、私の中の疑問がひとつひとつ消えていきました。
自分がなぜ変わらない現実の中でうずくまって嘆いていたのかが見えてきました。
そして、そこから抜けていく方法も。

その方法を、造田さんは、
惜しみなく無料メールセミナーで私達に伝えてくださっています。
皆さんも、ぜひ、受けてみてください。

「現実思考化・無料メールセミナー」

すでに親しい人何人かに紹介しています。
メールセミナーに申し込んだ彼女達の反応は全員が同じでした。

「目からウロコ!」
「シンプル!」
「そう、欲しかったのはまさにこれ!」

そして、私と彼女達全員が実感しました。

「メールセミナーを受けて実践したら楽になった、自分が変わった」

って。
現実も動き始めています。
もちろん、素晴らしい方向に向かって。

飾らず気さくな造田さんのブログ、そして、無料メールセミナー、
かつてご自身も葛藤の中にいらした造田さんだからこそ、
ひとことひとことが響きます。

よりよい人生のために自分は何をしたらいいだろう?
そんな気持ちで「何か」を探していらっしゃる方、
ぜひ造田さんとご縁を持ってみてくださいね。

ひとつ強く思うことは、どんな分野の方であれ、
素晴らしい方が最後に語ることは共通しているということです。
それを改めて感じさせてくださる造田さんでもあります。

私も実践の中で新しい体験を重ね、
その体験をしっかりと自分のものにし、人間的に成長し、
新しいセッションやなんらかのワクワクを提供していく人になります。

造田さん、ありがとうございます!


2010年11月12日(金) 楽しい週末

明日はドッグカフェNANAの撮影。
abuが色々なわんこを撮ります。

あさっては仙台のバーEmisuの撮影。
バーEmisuと関わらせていただいて、最近は車で仙台日帰りが多い。
ばあちゃんにお土産の笹かまぼこは必ず買う(笑)

なんか、仙台出身の人とか、ご縁をいただくことが多いんだよね。
面白いもんです。
ありがたいもんです。

そうそう、そのバーEmisu、ちょっと変わったバーなの。
まさに、スピリチュアルバー。
各チャクラに対応したカクテルがあるんだよ!
それぞれのチャクラに効果のあるハーブを使ってたり、
まあレシピは秘密なんだそうだけど(そりゃそうだ)、
色もそれぞれのチャクラの色でね、2色なの。
そして、それを混ぜて飲むことで、統合、と。
すごーい!!!
そして、おいしい♪
撮影後、abuはお酒を飲まないので、全部私が飲んだのさ(笑)

他にも、心願成就のためのお酒もあるし、
オーナーの本間さんが行者でもあり、
霊験あらたかな三面大黒天を奉っていて、
清々しい気に満ちあふれているというすごい場所。
BGMにはラテン音楽が流れてて、お店もおしゃれなの!

それにね、ピザがとってもおいしい!
選び抜かれた素材の手作りピザ。
これも撮影が済んでみんないただきました(笑)
合掌。

近かったら絶対通うね。
Emisuに行くために旅行してもいいくらい!
新たな観光名所。

どんな感じのお店なのかは、オーナーのブログで。
「願いが叶うバー Emisu」

サイトは製作中です。
abuがおっされーなのを作る予定。

楽しい週末になりそうです。
みなさんも素敵な週末を!


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今日の「まるおくん」アップしました。

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2010年11月10日(水) 肋骨ものがたり

お風呂場で滑ってコケた。
深夜だったのでうめくこともできず、黙って必死に痛みに耐えた。
風呂場の隣はばさまの部屋、うるさくすると起こしてしまうのだ。

しばらくフリーズ(笑)

予感。
予感。
予感。
骨までイってる、よ・か・ん。
この痛みは骨までイってる、よ・か・ん。

右側面を打ち、肋骨と骨盤の二カ所がヤバイ。
ズキン、ズキン、ズキン…

やっとの思いで最低限のものだけ身につけ、
手すりにぶらさがりながら、二階の部屋に戻った。

もうろうとしていたせいだろう、
階段の最後まで来ていたのに、それに気づかず、
まだ階段があると思って、私は1段空踏みしたのだ。
あるつもりで足をあげて下ろしたら、階段がないもんだから、
当然、ガグン!となる。

そして、その振動が強烈なバイブレーションになって肋骨と骨盤に響いた。

「んおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅ…」

部屋の前でぶっ倒れてうめいた。

ああ、私って二度おいしい人(笑)
そんな自分が好きっ (*´∀`)

翌日整形外科に行くと、肋骨にヒビが入っていた。
骨盤は大丈夫、その周りの筋肉が損傷しているだけとのこと。
肋骨と胸の辺りをぎゅっと締めるコルセットみたいなのを巻かれた。

胸が広がると胸を包んでる骨も押し広げられるようで、息を吸うのが痛いのね。
動くと痛いのはもちろん、動いてなくても常に鈍痛だし。
車の運転も、ちょっとしたカーブやでこぼこの振動で、んおあぅっ!
おかしくて、ぷっ、て吹き出そうものなら、

「んおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅ…」

せき、くしゃみなんかしたら、そりゃもう拷問。
寝返りも同じくらい痛い。

「きぇぇぇぇっ」

とか、

「ほぁぁぁぁっ」

とか、もはや『北斗の拳』の世界。
これからは「ひでぶ!」や「あべし!」も反応のレパートリーに加える予定。

面白いことが多過ぎマイライフ、ぷっ、と吹く機会が多く、
その度に両手を肋骨の脇にそえ、内側にぐぐっと押して、
振動を抑えながら、そして、胸が広がらないようにしながら笑う。

空手もしばらくお休みだなぁ。

どうせ負傷したんだから、それを楽しみながら過ごしたいと思いマース。


2010年11月09日(火) 「ママ!」のそれからの話

「おいでよ」

「えみちゃん、大好き」

そんな声にいざなわれて、おひさまぽかぽかな中、ウォーキングに出かけ、
素敵な体験をして帰ってきた後の、それからのお話。
不思議だなぁ、生かされてるなぁ、ありがたいなぁ、って思うお話。



ここしばらくの間、私と母の間には確執があった。
いつもぶつかり合い、いがみ合い、仲良くすることができないでいた。
でも、本当は仲良くしたかった。
母を大切にしたかった。

帰って何気なく台所のテーブルに座ると、母も向かい合わせに座った。

「今日は天気がよくて気持ちいいね。
 歩いてきたら気分がいいよ」

私は母に差し障りのない言葉をかけた。

私は、母につらい生い立ちがあることを知っていた。
小さい頃に母から聞いたのだ。
けれど、心が育っていなかった私は、ふうん、と聞いていただけだった。
記憶も曖昧で。
ただ、母にはつらいことがいっぱいあったってことは、わかってた。

最近になり、なぜだろう、その話をもう一度ちゃんと聞きたいと思うようになった。
父が亡くなり、自分の親もやがてはいなくなるということを肌で感じた時、
母のことをよく知っておきたい、母の生きた歴史をわかっておきたい、
そこで母がどんな気持ちだったか、そして、ここまでどんな思いで生きてきたか、
誰が知らなくても私は知っておきたい、そう思うようになったのだった。

母が生きた証を私が知ることで残したい、そんな気持ち…なのかもしれない。

けれど、母とぶつかってばかりのこの頃、顔を合わせれば言い合い、
そんなこと聞き出せるはずもなく、
言い合いの末に自分の部屋に戻る時、きまって悲しい気持ちになった。

でも、言いたかったのだ。

「お母さん、お母さんの昔の話聞かせて」

静かな午後。
テーブルに向かい合わせに座っていると、母が急に自分のことを話し始めた。



聞きたいと思っていた母の昔の話だった…
私の願いが届いたかのように、母自ら。



つらく悲しい話だった。
でも、私は逃げないで聞いた。
自分の母親が母親である前にひとりの女性であり、
そのひとりの女性がどんな体験をしてきたか、どんな気持ちで生きてきたかを。
母は時折涙を流しながら話した。
私も泣きそうになったけれど、なぜだろう、ぐっとこらえた。

話し終わった母は、自分の指をもてあそんでいた。
聞きたかった話が聞けて私はうれしかった。

そして、今度は私が自分のことを話し始めた。
父親から虐待を受け、逃げるように家を出てからのことを。
色々、色々。
今まで話さなかったことも、色々、色々。

母は、そうか、そうだったのか、そう言って黙った。
私は、そうだったんだよ、寂しかったんだよ、そう言って黙った。

午後の日だまりの中でふたりでおやつをつまんだ。
私の中にあった母へのわだかまりが消えていた。

私は初めて母に静かに寂しかったと言った。

もう何も話さなくてもよかった。
ただふたりでおやつを食べているのが心地よかった。



ふと、思い出した。

歩いている時のことを。

「愛しています、愛しています、愛しています」

その声がいつまでもいつまでも私を包んでいた。

声にいざなわれて外に出て歩いた私に何が起こったのかは今でもわからない。
けれど、理解を超えたところで、確実に私に何かが起こった。
その不思議を解明しようとも理解しようとも思わない。
ただ、ただ、受け取った。

そして、帰った私に母が自分のことを話し出した。

「お母さん、お母さんの昔の話聞かせて」

そう言って聞かせてほしかった話を。



それから、私と母は以前のようにぶつかり合うことが減ってきた。

そして、ここでそれが完結したのだと慢心せず、
この心地よい状態の中にいられる自分である選択をし続けよう。

不思議だなぁ。
うれしい、ありがたい、本当に、本当に。
そして、これからもこんな不思議の中で生きていこう。
この不思議は、本当は不思議じゃなく、
いつも私達の周りにあるものなんだと、私は確信している。



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今日の「まるおくん」アップしました。

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2010年11月08日(月) 自分の中の人を育てる

あの人ってこういう人、そんな誰かに対しての印象ってある。
でも、自分が変化するように、相手だって変化してる。
それをつい忘れてしまうんだよなぁ。

読んでガツンと来たブログ記事、稲葉尊治さんの「朝はスッキリ」。
ぜひ読んでみてください。
すごく短いけどグッとくる。

自分の中の人を育てる。
誰かに対して持っているイメージが古いものだったら、
今、目の前にいるその人の状態に置き換える。
先入観にとらわれず、今の相手を見ていく。
これをしたらホント素敵、うん、すごく素敵。
ぜひそうしようと思ったし、人にそうしてもらえたらすごく幸せなこと。

すっげ大事なこと伝えてもらった!

何かを誰かに聞いて「そうそう」って思うことも、
自分からそれはなかなか出てこなかったりする。
誰かの言葉のおかげで一気に深まる。

稲葉さんに感謝。
ありがとうございます.。゚+..。゚+.


2010年11月07日(日) 友蔵先生 2

友蔵先生は最近の稽古でまた名言を残した。

空手は…と語るほど、私は精通していないし、
なんせ始めてまだ3ヶ月目、見よう見まねで必死にやってる段階。

でも、先生が言うことが、すげーっ!ってことはわかる。

基本、空手は突き。
それをみんなで練習している時のこと。

「腕で突くんじゃないんですよ。
 (突く反対の腕を)引くことで、突く手が自然に前に出る。
 で、腰で突く。
 足の裏で突く。
 足の裏を床にしっかりつけて、そうすると、地球の力をもらって突ける。
 足の裏を通って、それが体を伝わって腰に来て、手からどーんとその力を出す。
 地球の力をもらって突くんです。
 そういうイメージでやるといいんですね。
 自分の力だけで突くんじゃ弱いんです。
 地球の力をもらって突くと、女性でもものすごい力が出ます。
 男の人もよろけてしまうほどです。
 ボクシングは違う。
 フットワークをしながらだから、足が床についていない。
 自分の力で打つから力のある人が強いパンチを打てる。
 空手は違うんですね、自分の力だけじゃないんです。
 空手ってすごいですね」

友蔵先生が言った。

おおおおおーっ、そうか、そうなのか!
自分はよき媒体となればいいのか!
よき媒体となるために、正しい構えや突き、蹴り、型を身につけていくのか!
で、地球の力をもらうことで自分が自分であることを越えるのか!
なんかメチャクチャ深いっ、ひゃぁ━━━━( ´∀`)━━━━っ!!!

猛烈に感動した。

私が型をやる番になった。
見よう見まねで間違いながらへこへこやる私を見て、小学生がくすくす笑っている。
でも、少年、かわいいから許す(笑)
端から見たら笑えるくらい、私の動きは滑稽なんだね (; ̄▽ ̄)

よき媒体となるまでにはまだまだ道のりが長そうだけど、
自分のペースでやっていこうと思うよ。

先生が言うことを感じながら、それを体にさせていく作業が面白くて。
上手い下手より、それが気持ちよくて。
何より、先生の話はグッと来ることが多くて。
いっぱい色々な話聞きたくて。
それで通ってるんだろうな。

よき師との出会いは、技の習得のみならず、精神的な成長もさせてくれる。
ありがたい、ありがたい。

abuが言った。

「一緒に通ってる友達が休みの時、
 じゃあ私も行かない、なんて休むんじゃなく、
 そうやってひとりでも行けるなら続けられるよ」

って。

うん♪


2010年11月06日(土) ママ!

大いなる宇宙はなんて深く私達を愛しているのだろう。
普通の毎日の中で、一瞬たりとも忘れられることなく、常に見守られている。
そして、人生の中で、時々「それ」は様々な形となって現れて印を見せる。



説明のつかない泥沼にはまり込んでいた私を呼ぶ声が、窓の外からした。

「おいでよ」

「えみちゃん、大好き」

そんな声とおひさまのやさしくてあったかい光にいざなわれて、
久しぶりにゆっくりと外を歩いてみることにした。
昨日のことだった。

てくてく歩き出した。
いつものコース、市街地を抜けて田んぼ道に入る。
遮るもののないその道は、いつもおひさまの光がいっぱい。
気持ちいい、ただ、ただ、ひたすら気持ちいい。
ぽかぽかして、あったかくて、やさしくて、包まれている感じ。

最初はまるおくんと話してたんだけど、そのうち全然違う人の声を感じ始めた。

「愛しています、愛しています、あなたを愛しいてます」

私のイメージの中に現れたのは、何年も前にその姿を感じた人だった。
成田でセッションをしていた頃、訪れる何人かの見える(笑)方に、

「この部屋(セッションルーム)には女性がいますね。
 セッションをサポートしてえみやさんを見守っています」

と言われていた。

まさにSunGoddess、太陽の女神のような人。
オレンジと黄色が外に向かって放射線状に伸びるような服を着ていた。
力強く、けれど、穏やかな、女性。

歩きながら感じたのはその人だった。

「あの時の…」

「愛しています、愛しています、愛しています」

涙が溢れてきた。
その声に混じって、わいわいきゃあきゃあ楽しげなざわめきがしている。

「よく頑張りましたね。
 よくここまで来ましたね。
 立派です」

その女性とその周りの楽しげなざわめきに包まれながら歩き続けた。
歩きながら涙が頬を伝った。

「愛しています、愛しています、愛しています、私の娘よ」

「お母さん?
 ママ?」

その道は通行量が少なく、めったに車が通らないことに感謝した。
私は立ち止まり、大きな声を上げてくしゃくしゃな顔で、うわーん!と泣き出した。
涙が後から後から流れて落ちた。

「ママ!ママ!ママ!ママーっ!」

叫びながら泣いた。
赤ちゃんが泣くように泣いた。
おひさまの光があったかくて、包み込んでくれるようで、
まるでお母さんにだっこされているようで、うれしくて、やさしくて、私は泣いた。

「ママ!ママ!ママ!
 会いたかったよーっ!
 さびしかったよーっ!」

その女性と手をつなぎたくなった。
空に向かって手を伸ばした。
彼女は私の手を取り、そして、滑り込むように私の中に入ってきた。

私は思いつく限りの大好きな人達を思い浮かべ、彼らにその女性のエネルギーを送った。
急にそうしたくなったのだ。

「あなたも愛されている」

黄色とオレンジ色の光が時空を超えて飛び、彼らを包むイメージを感じる。
人も、家も、場所も、その光で包んだ。
みんな笑顔に、みんな幸せに、なりますように…

その後、無心になったような感覚の中、ひたすら歩いた。
私の中は、波ひとつ立たない水面(みなも)のようだった。
何もなくただただ静か、満ち足りた穏やかな感覚。

自分に何が起こったかなど、分析する気持ちはこれっぽっちもなかった。
そんなことどうでもよかった。
あれは誰で、どんな人で、どういう意味でこれが起こって、なんてこと。

宇宙は私達の理解を超えたものを理解を超えた形で与えてくれる。
それだけはわかっていた。
すべてはひとつで、今世界はそんなふうな形に戻ろうとしていて、
宇宙は私達に精一杯の働きかけをしてくれている。

「愛されている」

その感覚が自分の中いっぱいに広がって、
私という枠を超えて外に広がり、それが、

「愛している」

そんな感覚になっていった。

自分に何が起こったのかはわからないけれど、
自分に必要なことが起こったということだけはわかる。
そして、心から望んでいたことが。

1時間のウォーキングコースの終わろうとしていた。
見えてきた家の玄関。
中に入ると、そこで不思議な体験が待っていた。
そして、何かが大きく変わったのを確信した。

近々ブログでそのことを書こうと思う。



もうひとつ改めて確信したのは、宇宙が無条件の愛を私達に与え続け、
ひとりひとりを片時も離れることなく見守り続けているということ。
そして、新しい世界に向けて、今、そのサポートをより強くし、
私達にどんどん働きかけているということ。

昔は、使うことさえ、むずがゆく、時に不愉快にさえ感じていた言葉「愛」。
今、宇宙からその愛のシャワーが降り注いでいる。
すべての人に。
そして、こっちだよと、いざなっている。
私達が進むべき方向に。

もうすぐ44歳になる私。
生まれ落ちてからこの瞬間までのすべての出来事が、感情が、
この時の体験を与えてくれた。
生きることの尊さ、生きとし生けるすべての人が持つ役割
(たとえそれが人を傷つける役割だったとしても)
その過程での未熟な自分、それが私をここに運んでくれた。
どれひとつ欠けても私はここにいなかった。

感謝しましょうと言われてするのではなく、
心の奥の奥から感謝が自然に湧いてくる。
涙があふれるほどの感謝。
どれほどまでに自分は愛されているのだろうかという感動と共に。

何十年という長い長いスパンで、私達人間はひとつの課題のために生きる。
気が遠くなるほどの時間をかけてそれをこなしていく。
時に、ボロボロに傷つき、希望のかけらさえ見えず、
失意のどん底で這いずり回りながら。
それが何年も続くことだってある。
それでも、やがて出会う、「ある瞬間」に。

その「ある瞬間」に出会っても、それは完結でなく、
そこからまた自分が行くべき道を行けるよう、慢心することなく心砕くことが、
私達のすべきことなのではないかと感じる。

昔は、こうした不思議ちゃんな体験があると、
「自分は辿り着いた」というようなおごった気持ちがどこかに生まれた。
いやん、恥ずかすぃ(笑)
けれど、それは違うって、今は思う。

前に空手の先生が言っていたように、
人はきっと辿り着くことなどないのだと思う。
辿り着くことよりも、その道のりこそが、人生の目的なのだから。

またここからの道のりを噛み締めて歩いて行こうと、今は思う。
歩き続けること、それが、すべてだと。

ママ!
私、行くね。
いつも一緒だね。



私に起こったことは特別なことじゃない。
あなたにも起こる。


2010年11月05日(金) おいでよ

朝、娘を送り出し、ダンナを送り出し、
窓を開けて、煙草を吸いながら外を見ていた。

おひさまがきらきらして、空が青くて、気持ちよくて、
私の心だけが取り残されたような気がした。
それでも、おひさまは私を照らしてぽかぽかとあったする。
おひさまが照らしてくれると無条件に幸せになる。

「おひさまになりたい…」

涙が奥の奥の方からにじんできた。

「おいでよ」

と、言葉が心の中に響いた。

「おいでよ、おいでよ、おいでよ」

たくさんの「おいでよ」があちこちからして、
重なって、にぎやかになって、私を呼ぶ。
とても楽しそうに。
きゃっきゃ、きゃっきゃと、はしゃぐように。

「だって、おひさまなるんでしょう?
 おいでよ、おいでよ、おいでよ」

心の中にくったくのないたくさんの笑顔が見えた。

「えみちゃん、大好き」

はっとした。

「えみちゃん、大好き。
 大好き、大好き、大好き。
 えみちゃん、大好き、大好き、大好き」

合唱のように降り注ぐ声。
私は泣いた。

「おいでよ、おいでよ、おいでよ。
 えみちゃん、大好き、大好き、大好き」

私は「うん」と答えた。
そして、朝の気持ちいいおひさまの光に中に冒険に行くことにした。

おひさまのシャワーを浴びよう。
こびりついてしまった心の垢を落とそう。
ぴかぴかになって帰ったら、
たくさんのやさしさを大切な人達にプレゼントしよう。



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今日の「まるおくん」アップしました。

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2010年11月03日(水) アルケミスト

最近、パウロ・コエーリョの 「アルケミスト―夢を旅した少年」 を読んだ。
ご存知の方も多いだろう。

この本を初めて手にしたのは恐らく5年以上前。
何度も何度も読んだ。
けれど、なぜか読み進めることができなかった。
最初のほんの少しを読んで離れて、また読んで離れて、の繰り返し。

それが、数日前、ふと思い立ち、一気に読んだ。
読んで思った。
まさに今読む必要のある本だったのだ、と。

「羊飼いの少年サンチャゴは、
 アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドに向けて旅に出た。
 そこに、彼を待つ宝物があるという夢を信じて。
 長い時間を共にした羊たちを売り、アフリカ砂漠のピラミッドを目指す。
 『何かを強く望めば宇宙が協力して実現するように助けてくれる』
 『前兆に従うこと』
 少年は、アルケミスト(錬金術師)の導きと
 旅の様々な出会いと別れの中で、人生の知恵を学んでゆく」

本裏表紙から抜粋。

少年はただの夢を信じて旅立つことはばかげているのでは…と揺れる。
けれど、多くの人が心の声を聞かないようにしてしまうのだと、
王様と名乗る老人から聞かされる。
そして、その声を聞いて従う者が、自分の運命を実現するのだと。

なぜ王様が羊飼いに話をするのかと尋ねると、老人はこう言う。

「いくつかの理由がある。
 しかし一番重要なのは、おまえが自分の運命を発見したということだ。
 おまえがいつもやりとげたいと思っていたことだよ。

 誰でも若い時は自分の運命を知っているものなのだ。
 まだ若い頃は、すべてがはっきりしていて、すべてが可能だ。
 夢を見ることも、自分の人生に起こってほしいことに憧れることも恐れない。
 ところが、時が経つうちに、不思議な力が、彼らに、
 自分の運命を実現するのは不可能だと思い込ませ始めるのだ。

 その力は、否定的なもののように見えるが、
 実際は、運命をどのように実現すべきかをお前に示してくれる。
 そして、おまえの魂と意思に準備させる。
 この地上には偉大なひとつの真実があるからだ。
 つまり、お前が誰であろうと、何をしていようと、
 お前が何かを本当にやりたいと思う時は、その望みは宇宙の魂から生まれたからなのだ。
 それが地球におけるおまえの使命なのだよ」

少年がどんなものを手に入れていったのか、ぜひ一緒に味わってみてください。
少年が手に入れたものを、読む人もきっと手に入れる。

魂に届く本。
地球が変革の時を迎えた今、たくさんの人に読んでほしい本。
「アルケミスト―夢を旅した少年」
ぜひどうぞ。

読みながらうるっちゃったよ、何度も。



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今日の「まるおくん」、アップしました。

まるおくんは、定義するなら、多分私のハイヤーセルフであろう存在。
「私のハイヤーセルフ、お話してください」って言ったら出てきたから(爆)
そして、好きに呼んでいいと言われ、
「まるお」という名前で呼ばせてもらうことにした。
別に男性ってワケじゃなかったけど「まるおくん」にすることで男性になったもよう。

日々、脳内会話をしております。

少し前から、そんなまるおくんとの対話をブログにアップし始めたので、
よかったらどうぞそちらものぞいてやってね〜。

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2010年11月01日(月) 友蔵先生

私の空手の先生、これがまたとても素晴らしい人。
さりげないひとことひとことがグッとくる。

この間、空手の技の話をしていた時にこんなことを言ってた。

「どんどん上手くなって、
 ここだという地点にたどり着いても、
 またその先がある。
 終わりはない。
 それは、どんなに上手い人でもです。
 だから、誰も辿り着いた人がいない。
 誰も最後を見たことはないんです。
 そして、死んでいくんです」

それ聞いて、じぃ…ん、ときた。人生もまさにそうだなぁ、って。
そして、その「死んでいく」という言葉に悲壮感はなく、
それでいいのです、そんな清々しさがあった。

空手もそうだけど、その先生に会ったこともまた財産。
やりたい!と思ってやることの中には贈り物がいっぱい。

人間として素晴らしい人には、どこか共通しているところがあって、
とても高い精神性を持つからこそ、
慢心することなく果てしのない追求の旅を続けるんだと感じる。
そして、辿り着くことよりも、
その旅こそがかけがえのないものであるということを、
言葉だけでなく、存在や生き様で教えてくれる。

で、その先生は、前にも書いたけど、
ちびまるこちゃんの友蔵じいさんにそっくりです、マジで。
モト冬樹超えるかも(笑)
一緒に空手やってるはるみちゃんと私は、
陰で先生を「友蔵」と呼んどります。

友蔵先生を見て感動したネタはいっぱいあるので、また近々。


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今日も読んでくれてありがと♪すごくうれしい!
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